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嵐の頃 …8
しおりを挟む「こんにちは~~~」
流人は大きな声でそう挨拶して、入口の扉を開けた。
流人達を真っ先に歓迎してくれたのは、本田さんの飼っている柴犬だった。
大きな声で吠えながら流人に体当たりしてくる。
「うわ~、お前、元気だな」
流人はそう言いながら診察用のバックをその場に置き、犬の目線までしゃがみと犬とじゃれ合い始めた。
きゆはそんな流人を呆れて見ている。
流人の動物好きは実家の病院では有名な話だった。
流人の父親の院長先生の話によれば、小さい頃は獣医になるときかなかったそうだ。
院長先生が、我が家では犬や猫、ハムスターまでほとんどの動物を飼ったことがあるんだと、目を細めて話していたのを覚えている。
「先生、きゆちゃん、わざわざこんな所まで来てくれてありがとう」
家の奥の方で本田さんの声がした。
「本田さん、上がらせてもらいますね」
きゆはまだ柴犬とじゃれ合っている流人を置いて、先に家の中へお邪魔した。
「いや~、マルがあんなに先生に懐くなんて思いもしなかったよ」
本田さんは奥の間で座椅子に腰かけたまま、きゆにそう言った。
「流人先生は、本当は獣医になりたかったみたいですよ」
きゆの言葉に、マルを抱きかかえた流人が反応した。
「本田さん、マルって、結構、高齢ですか?」
本田の膝の上にマルを置いて、それでもまだマルをさすりながら流人は、そう質問した。
「もう、今年で11歳になるよ。
10年前に家内が死んで、その時に寂しくないようにって、息子たちがマルを連れてきてくれたんだ」
「そっか~、マルはおじいちゃんの相棒か~」
流人はそう言いながら、またマルを抱っこする。
「マルが私以外にこんな顔を見せるのって、あんまりないから驚いたよ」
「そうっすか?
なんせ、僕は、子供の頃、家に動物園を作ろうと思ってたくらいですから」
そうなんだ…
院長先生の言ってたとおり…
「流人先生、マルちゃんより、本田さんを診てあげて」
流人はマルを座布団の上に置くと、今度は本田を座椅子の横に寝かせた。
「いつ頃から強い痛みがありました?」
医者の顔に変わった流人は、本田に今の状況を詳しく聞いた。
そして、仰向けに寝かせ膝を立たせたり、横向きに寝かせ筋を伸ばしたり、痛みを感じない程度に優しくマッサージをした。
「本田さん、あと二日くらい安静にしてたら、だいぶ良くなると思いますよ。
でも、その二日間はちょっと動けるようになっても、無理はしないこと。
シップを貼って、のんびりしててください」
流人はカルテに書き込みながら、80歳という高齢で一人暮らしのたいへんさを思い知った。
近所があるわけでもない。
300m程離れた場所に、家が一軒あるくらいだ。
「もし何かあったら、すぐに病院に電話してくださいね。
僕は、病院に寝泊まりしてますから、夜中でも全然大丈夫ですので」
本田はマルを抱きしめ、何度も頭を下げた。
「とにかく、安静にしてて下さい。
それと、マルを抱いたまま立ち上がるのは絶対だめですよ」
流人がもう一度マルを撫でると、マルは流人の顔をペロッと舐めた。
「マル、また来るからな。
ちゃんと、おじいちゃんの面倒を見るんだぞ」
流人ときゆは名残惜しかったが、本田さんの家を後にした。
道路脇に停めている車に乗る前に、流人は目の前に広がる海へ向かって歩き出す。
きゆは車に荷物を載せ流人の後を追いかけると、流人は砂浜に転がっている大木に腰かけていた。
「きっと、本田さんみたいな孤独なおじいちゃんが、この島にはたくさんいるんだろうな」
きゆはそっと流人の手を取り優しく握りしめた。
「流ちゃん、本当にありがとう。
本田さんは、きっと、流ちゃんの言葉ですぐに良くなるし元気になる。
本当は、役場の人がデイケアのサービスを受けるようにすすめてるんだけど、元気な上に頑固で中々行こうとしないみたい。
今度、診察する時、流ちゃんの方からなんとなくその話をしてもらえれば助かるんだけど」
流人は真っ直ぐに海を見ている。
「そうだな…
誰かの目が行き届く環境にしてあげなきゃ、もうかなりの高齢だもんな」
流人はこの島が大好きだ。
もし、自分に何のしがらみもなく自由な身であるならば、この島に留まることも考えただろう。
本田のおじいちゃんのように犬と二人ぼっちで暮らしていても、毎日この海とこの自然が、当たり前のように包んでくれるし癒してくれる。
でも、きゆの言うように、たまにこの壮大な自然は大きな牙をむく時があるらしい。
「流ちゃん、なんだか、流ちゃんには驚かされてばかり…
流ちゃんはこんな田舎でも、丁寧に一生懸命、患者さんに接してくれるし、なんだか東京にいる時の流ちゃんとは、また全然違う魅力にびっくりしてる」
流人はそれでも海を見つめたままだ。
穏やかな波が寄せては返す単純な流れの中で、流人はこの島に来た意味を考えていた。
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