はじまりと終わりの間婚

便葉

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「それも何も問題ありません。
うちは母子家庭で、母に自分の進路のせいで負担をかけたくないと思ってて。
母は、娘の夢に何一つ協力できない事を心苦しく思っています。
だから、私の方から一つだけ条件を出させて下さい。
道也さんも私の夢を応援していると、そう、母に言っていいですか?
イタリア行きも許可してくれていると…」

母は私の壮大な夢をいつも応援してくれている。
夢をあきらめて結婚するのなら、温厚な母でもそれは絶対に反対する。

「それは、もちろん、応援するよ。
その夢のために、この結婚を利用してくれて構わない。
いや、そうしてくれた方が、僕にとっても都合がいい」

黒縁メガネの奥に見える道也様の瞳は、何だかとっても神々しい。
人間として道也様を好きにならなければ、一年間の偽りの結婚生活は成立しない。
私は先輩と視線を合わせた後、もう一度、大きく頷いた。

「じゃ、これにサインしてくれる?」

道也様はそう言って、事細かに書かれた誓約書を自分のデスクから持って来た。

「この誓約書は、まひるさんが守る約束より、僕が守らなきゃならない約束事がたくさん書いてある。
まひるさんの権利と報酬を守るためのものだから」

私と先輩は、その誓約書に一緒に目を通した。
そして、先輩は私の事を優しく見つめる。

「まひる、本当にいいの?
まひるが決めたのなら、私はこの秘密の結婚を絶対に口外しない。
口を閉ざして墓場にまで持っていく覚悟だから、心配しないで」

私は泣きそうになった。
この場所に先輩がいてくれた事を本当に感謝した。
そして、私はその誓約書にサインをする。

「じゃ、この場で、僕達の関係性は変わる。
僕は、今から、まひるさんの事をまひるって呼ぶし、まひるは僕の事をミチャと呼んで」

ミ、ミチャ??
まず一回心の中でそう叫んだ。
そして、会話文に変換して道也様に質問する。

「ミチャって…
ミチャって、一体、何でしょう?」

道也様、いや、ミチャは、目をぱちくりしている私を見て、大きな声で笑った。

「ミチャは僕のニックネームなんだ。
みちやが短縮されてミチャ。
風磨がうんと小さい時に、僕の名前がちゃんと呼べなくて、そういうニックネームになった。
風磨は勘がいいし、頭も切れる男だから、僕にとってまひるは風磨より上をいかなきゃならない。
風磨が僕をそう呼ぶのなら、まひるも僕をそう呼ぶ。
絶対に、まひるは風磨より僕の中で大切でかけがえのない人でなきゃならないからね」

ミチャはそう言って、私に軽くウィンクをした。
何だか、私は一人だけ勘違いの世界にいる。
芸術的感覚を養うには、こういうマニアック的なシチュエーションは最高の贈り物なのかもしれないのに、私の中では、偽物という現実があやふやになりそうでちょっと怖かった。


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