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七夕の日
…5
しおりを挟むミチャと私は並んで、風磨と先輩を眺めていた。
風磨は、先輩のスマホに収められた男性のコスプレ衣装の画像を念入りにチェックしている。
すると、風磨は急に笑い出した。
「ミチャにいいやつを見つけた」
風磨はそう言いながらミチャの隣に座り、先輩のスマホをミチャに見せた。
ミチャはその画像を見て、子供のように喜んでいる。
「何? 何?」
私と先輩もそのスマホを覗き込む。
すると、そのコスプレ画像は、鉄腕アトムに出てくるお茶の水博士を真似ているものだった。
「唯一、ミチャが尊敬する人。
それは、アトムを作ったお茶の水博士」
風磨の説明に、ミチャは恥ずかしそうに頷いた。
「古いアニメだったけど、CSでやってて何度も何度も観たのは確か。
僕は、アトムより、博士の方に夢中になった。
小さかった僕のために両親が鉄腕アトムの漫画を全部買い揃えてくれて、その漫画もすり減るほど読んだ」
風磨は先輩に目配せしている。
私は二人の怪しい動きを見逃さない。
「ミチャはお茶の水博士を愛してるけど、コスプレはしません!」
すると、風磨がミチャの腕を掴んだ。
「俺はワンピースのルフィに変身するけど、ミチャはどうする?」
「風磨はルフィが大好きだもんな」
ミチャは上手く風磨の質問をはぐらかす。
ほら、ミチャはコスプレなんてしたくない。
「道也さんがお茶の水博士に変身したいのなら、私、それ風の衣装は持ってきてますけど、どうします?」
先輩、無理強いはやめてって言いましたよね?
私は心の中でそう叫びながら、視線を逸らす先輩の事を睨んだ。
「いや~、でも、僕以外のみんながコスプレをするのなら、僕も合わせた方がいいのかな…」
ミチャは全く乗り気じゃない。
でも、ミチャの優しい性格は、そういう盛り上がりの状態に水を差す事に躊躇する。
それだけ周りの空気感を常に大切に思っている。
「先輩、私、ミチャの作ったお料理をもっと食べたいから、このキャットスーツ脱いでもいい?
これって、先輩も分かってるように、苦しくて何も食べれないから。
あ、先輩と風磨のツーショットの写真、たくさん撮ってあげる。
先輩、何なら、ナミに着替えちゃえば?
ルフィの衣裳があるなら、絶対に、ナミの衣裳もありますよね?」
私のマシンガントークに先輩はすっかりその気になっている。
でも、風磨は、ちょっとだけ不機嫌そうな顔をしていた。
私は自分の部屋へ行って、普段着に着替えた。
そして、先輩は風磨を連れ立って一階にあるゲストルームへ戻った。
その部屋に先輩の必須アイテムが置いてある。
今日はそれプラス男性用の衣裳も何点か揃えていた。
先輩って、コスプレに関しては、完璧で抜け目ない。
そんな先輩と風磨が気が合ってくれて、本当に良かった。
先輩と風磨が居なくなり、私とミチャは改めて乾杯をした。
ミチャにとっては、目まぐるしい数時間だったに違いない。
「コスプレのカミングアウトがこんなにミチャを驚かす事になって、本当にごめんなさい…」
ミチャは目を細め、物静かに笑った。
「まひると沙織さんのコスプレに関しては、僕は素晴らしいと思うよ。
二人ともクオリティが高過ぎて、ずっと見ていられる」
でも、私は首を横に振った。
「何か違ったの… 私の中では」
ミチャは下を向く私の隣にさりげなく座る。
「コスプレをする時の私は、違った誰かになりたい意識がすごく強い…
刺激がほしかったり、違う何かとして注目を浴びたかったり、その時に、素の神田まひるはそこにいない。
でも…
ミチャの前では、そんな刺激なんて全然必要なくて、違う何かにもなりたくなくて、神田まひるのままで、ミチャの傍にいたいってすごく思った…」
自分の中の正直な気持ちは支離滅裂で、きっとミチャには上手く伝わらない。
「でも、コスプレをするまひるも、それは神田まひるなんだろ?」
私は顎を親指に載せて、首を傾げて、そして頷いた。
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