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秋分の日(風磨の引退試合)
…2
しおりを挟む「風磨、風邪ひくぞ」
ミチャの言葉はたったそれだけだった。
でも、その言葉には、風邪ひくから家に入ろうという優しさが感じ取れる。
私は先に部屋へ帰った方がいいのかもしれないと、そんな風に考えた。
風磨はミチャと二人になりたい。
何かしら心に湧き上がる想いをミチャにぶつけたがっている。
「ミチャ…
私、先に家に帰ってるね…」
普通の感覚を持ち合わせた男性ならそんな私の気遣いを分かってくれるはずなのに、こんな非常事態にも関わらずミチャは何も感じないし何も気付かない。
「え、何で?
一緒に行くよ、あ、風磨、お前も来るだろ?」
ほんの何時間前まで、沖縄の陽気な気候ではしゃいでいた私達はもうここにはいない。
ううん、ここにはいないはずなのに、調子に乗ってペアで買ったシーサーTシャツを二人仲良く着ている姿や、お土産が詰まった沖縄のロゴが入った紙袋、日に焼けたミチャの肌も、風磨にとっては最悪以外の何物でもないはず。
風磨がようやく腰を上げた。
そして、私が持っている大きな紙袋をさりげなく取り上げて、何もなかったような素振りで部屋まで運んでくれた。
前を歩く風磨を見ていると、私は胸が詰まってくる。
風磨はとってもいい子。
ミチャを巡って私達は三角関係の恋敵になっているけれど、本当は、私は風磨の事は嫌いじゃない。
だからこそ、風磨の苦しい想いが自分と重なってしまう。
私とミチャだって、近いうちに必ず別れが来る。
確実に言える事は、きっと、その時の私の気持ちは今の風磨と同じくらいに膨れ上がっているという事…
部屋に入ると、私はすぐに自分の部屋に閉じこもった。
まずは、早くこのシーサーTシャツを着替えたい。
でも、こんな風に考えてしまう私の気持ちは、今のミチャとの結婚を否定する事になる。
風磨のミチャへの想いを断ち切らせるための結婚なのに、その計画に賛同した私が逃げ腰でどうするの?
私はやっぱり着替えるのをやめて、ミチャと風磨のいるリビングへ行く事にした。
そっとリビングへ入ると、ソファに座っている風磨が声を殺して泣いていた。
「ふ、風磨、どうしたの?」
私は鬼にはなれない。
風磨のすすり泣く姿は、私の母性本能に訴えかけてくる。
「まひる、いいんだよ。
風磨はこうやってすぐに泣くんだ。
それは子供の頃から一緒なんだ」
ミチャはそんな事を言うけれど、それでも私は風磨を放ってはおけなかった。
「風磨… 大丈夫?」
風磨は濡れたジーンズからミチャのスウェットパンツに着替えていた。
冷たいように感じるミチャだけど、ちゃんと風磨の事を心配している。
私は風磨の顔を覗き込んだ。
大きな体をした成人男性の涙は、中々お目にかかる事はない。
特に、風磨の涙は、素直で誠実で美しい。
その涙を一滴欲しいと思った。
そして、その涙を絵の具に混ぜて絵を描いたなら、普段の私には出せないフレキシブルな柔らかい作品が描けそうな、そんな気がした。
でも、今はそんな事はどうでもいい。
私は風磨の前にティッシュの箱を置いた。
その流れ落ちる涙を、私でよければ拭いてあげたい。
「まひる…
今の気持ちはどんな気分…?」
風磨はこみ上げる嗚咽を必死に飲み込んで、私にそう聞いた。
「どんな気分って?」
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