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秋分の日(風磨の引退試合)
…10
しおりを挟むでも、そんな私の大好きなミチャの長所が、今回は完全な短所になってしまう。
「ねえ、なんか、風磨、あっちの出口から出たらしいよ」
ミチャがまだ喋っている途中なのに、二人はミチャに軽くお辞儀をして風のようにいなくなった。
本当に嵐のような出来事だった。
こういうファンとか追っかけとかに全く縁のない私達は、ぐったりと疲労感だけが残ってしまう。
「ミチャ、お疲れ様…」
しばらくその子達を目で追っていたミチャは、ようやく私の方を見てくれた。
何が何だか分からない顔をして。
「僕への質問はもうよかったのかな?」
私はミチャの腕を優しくさすった。
「うん、いいみたい。
あの子達は風磨の大ファンなんだって」
その一言で、ミチャは笑顔になる。
「風磨ってすごい人気者なの。もう驚いちゃった」
今度はミチャが私の肩を引き寄せた。
頑張った僕を癒してほしいみたいな、子猫のような可愛い目をして。
「帰ろうか?」
ミチャは私の肩を抱いたまま歩き出した。
グランドの喧騒から解放された私達は、駐車場へ続く細い小道を歩いている。
さっきまで露店が並んで賑やかだったこの道沿いも、今は閑散と心地よい静けさに包まれていた。
「あ、そういえば、風磨からまひるに伝言を預かってたんだ」
ミチャの口から風磨って言葉が出るだけで、何だか胸がキュンとする。
それだけ、あのグラウンドでの二人のシーンは美し過ぎた。
ミチャは車のキーを遠隔操作で解除すると、いつものように助手席のドアを先に開けてくれる。
そして、私の耳元でこう囁いた。
「風磨が、ミチャをここに連れて来てくれてありがとうってさ」
「え、でも、私は何も…」
ミチャは私がシートベルトを着けた事を確認すると、そのままドアを閉めた。
そして、運転席に座ってからこう言った。
「風磨は僕の事は何でも知ってるらしい。
僕が一人だったら、絶対に来ないって分かってた。
まひるが一緒だったからこの場所へ来た事くらい、お見通しだよ」
私達が作り出すトライアングルは、その場や状況に応じて器用に色々な形に変化する。
そして、それは、私と風磨の関係をより親密にし、複雑にした。
風磨の事だって愛おしくてたまらない。
この感情がどういうものなのか、自分の中でもよく理解できないけれど。
「じゃ、出発するよ」
ミチャはエンジンをかけ、そして、運転席の窓を半分だけ下ろした。
「久しぶりに外の風を心地いいって思ったよ。
風磨の最後の試合は、ちゃんと僕の記憶に刻み付けられた。
彼が必死に追い求めてきたラグビーの魅力にも、少しだけ触れる事ができた。
この風の匂いを、きっと、僕は忘れない…」
ミチャは駐車場から車を出すと、まっすぐに伸びる国道を颯爽と走り出す。
私も助手席側の窓を開けてみた。
秋の初めといっても気温はまだ夏のようで、でも、ミチャの言うように私達の間を吹き抜ける心地よい風は秋の趣きを感じさせてくれる。
私はある事を思いつき、車のステレオから流れるBGMを他の曲に変える。
「ミチャ、今の私達にピッタリの歌があるよ。
さっきのあれ、分かる?」
ミチャの横顔はちゃんと考えてくれているのかさえも分からない。
いつもの無頓着な表情だ。
「あれだよ、ほら、分かるよね?」
ユーミン好きを自称するなら絶対に知っているはずなのに、というか、数時間前に私、説明したよね?
「ノーサイドだよ。
引退するラグビー選手のためにユーミンが書いたっていうやつ。
さっきも説明したじゃん」
「あ、そうか、あれね」
今の私達の状況でこの歌が流れたら、絶対に泣く。
さっきのグラウンドでの出来事がこの歌詞にリンクして、心に響き渡るから。
期待を裏切らず、私はイントロを聞いただけで急激に涙が溢れ始めた。
ユニフォームを着たカッコいい風磨がミチャを見て涙を流すシーンは、思い出すだけで何度も泣いてしまう。
私はバッグからタオルを取り出し鼻をすすりながら泣いていると、ふと、横目で私を見るミチャと目が合った。
な、何? ミチャ、泣いてない?
私は半笑いで運転するミチャの顔を、涙でぐしゃぐしゃな瞳で凝視した。
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