はじまりと終わりの間婚

便葉

文字の大きさ
40 / 97
秋分の日(風磨の引退試合)

…10

しおりを挟む



でも、そんな私の大好きなミチャの長所が、今回は完全な短所になってしまう。
 
「ねえ、なんか、風磨、あっちの出口から出たらしいよ」
 
ミチャがまだ喋っている途中なのに、二人はミチャに軽くお辞儀をして風のようにいなくなった。
本当に嵐のような出来事だった。
こういうファンとか追っかけとかに全く縁のない私達は、ぐったりと疲労感だけが残ってしまう。
 
「ミチャ、お疲れ様…」
 
しばらくその子達を目で追っていたミチャは、ようやく私の方を見てくれた。
何が何だか分からない顔をして。
 
「僕への質問はもうよかったのかな?」
 
私はミチャの腕を優しくさすった。
 
「うん、いいみたい。
あの子達は風磨の大ファンなんだって」
 
その一言で、ミチャは笑顔になる。
 
「風磨ってすごい人気者なの。もう驚いちゃった」
 
今度はミチャが私の肩を引き寄せた。
頑張った僕を癒してほしいみたいな、子猫のような可愛い目をして。
 
「帰ろうか?」
 
ミチャは私の肩を抱いたまま歩き出した。
グランドの喧騒から解放された私達は、駐車場へ続く細い小道を歩いている。
さっきまで露店が並んで賑やかだったこの道沿いも、今は閑散と心地よい静けさに包まれていた。
 
「あ、そういえば、風磨からまひるに伝言を預かってたんだ」
 
ミチャの口から風磨って言葉が出るだけで、何だか胸がキュンとする。
それだけ、あのグラウンドでの二人のシーンは美し過ぎた。
ミチャは車のキーを遠隔操作で解除すると、いつものように助手席のドアを先に開けてくれる。
そして、私の耳元でこう囁いた。
 
「風磨が、ミチャをここに連れて来てくれてありがとうってさ」
 
「え、でも、私は何も…」
 
ミチャは私がシートベルトを着けた事を確認すると、そのままドアを閉めた。
そして、運転席に座ってからこう言った。
 
「風磨は僕の事は何でも知ってるらしい。
僕が一人だったら、絶対に来ないって分かってた。
まひるが一緒だったからこの場所へ来た事くらい、お見通しだよ」
 
私達が作り出すトライアングルは、その場や状況に応じて器用に色々な形に変化する。
そして、それは、私と風磨の関係をより親密にし、複雑にした。
風磨の事だって愛おしくてたまらない。
この感情がどういうものなのか、自分の中でもよく理解できないけれど。
 
「じゃ、出発するよ」
 
ミチャはエンジンをかけ、そして、運転席の窓を半分だけ下ろした。
 
「久しぶりに外の風を心地いいって思ったよ。
風磨の最後の試合は、ちゃんと僕の記憶に刻み付けられた。
彼が必死に追い求めてきたラグビーの魅力にも、少しだけ触れる事ができた。
この風の匂いを、きっと、僕は忘れない…」

ミチャは駐車場から車を出すと、まっすぐに伸びる国道を颯爽と走り出す。
私も助手席側の窓を開けてみた。
秋の初めといっても気温はまだ夏のようで、でも、ミチャの言うように私達の間を吹き抜ける心地よい風は秋の趣きを感じさせてくれる。
私はある事を思いつき、車のステレオから流れるBGMを他の曲に変える。
 
「ミチャ、今の私達にピッタリの歌があるよ。
さっきのあれ、分かる?」
 
ミチャの横顔はちゃんと考えてくれているのかさえも分からない。
いつもの無頓着な表情だ。
 
「あれだよ、ほら、分かるよね?」
 
ユーミン好きを自称するなら絶対に知っているはずなのに、というか、数時間前に私、説明したよね?
 
「ノーサイドだよ。
引退するラグビー選手のためにユーミンが書いたっていうやつ。
さっきも説明したじゃん」
 
「あ、そうか、あれね」
 
今の私達の状況でこの歌が流れたら、絶対に泣く。
さっきのグラウンドでの出来事がこの歌詞にリンクして、心に響き渡るから。
期待を裏切らず、私はイントロを聞いただけで急激に涙が溢れ始めた。
ユニフォームを着たカッコいい風磨がミチャを見て涙を流すシーンは、思い出すだけで何度も泣いてしまう。
私はバッグからタオルを取り出し鼻をすすりながら泣いていると、ふと、横目で私を見るミチャと目が合った。
な、何? ミチャ、泣いてない?
私は半笑いで運転するミチャの顔を、涙でぐしゃぐしゃな瞳で凝視した。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~

藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。 戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。 お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。 仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。 しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。 そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

処理中です...