はじまりと終わりの間婚

便葉

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秋分の日(風磨の引退試合)

…11

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「ミチャ…
この歌聞いて、涙は?」
 
ちょうどタイミングよく車が赤信号で止まった。
ミチャはゆっくりと私の方へ顔を向け、化粧も取れて鼻の頭を真っ赤にさせている私を見て楽しそうに笑った。
 
「まひるの涙は、生産性が高いな。
それが原油だったら、日本は潤うんだけどね」
 
ほら、また訳の分からない事を言う。
こんな素敵な一日の終わりに…
 
「私の目からガソリンが出るわけないじゃない」
 
そう言いながらも、私の目から涙が溢れ出る。
そして、そんな私を見て、ミチャは更に楽しそうに笑う。
 
「もう、ミチャはこの歌を聞いて、風磨の人生に思いを馳せるとかそんな気持ちにはならないの?」
 
信号が青に変わり、ミチャはアクセルをゆっくりと踏んだ。
車の中には、まだノーサイドの曲が流れている。
 
「ならないな~
僕は共感能力とか持ち合わせてないらしい。
その点、まひるは芸術家だから、感情豊かで見てて本当に面白いよ」
 
「風磨の涙を見ても何も思わない…?」
 
ミチャはしばらく考えるふりをして、そして、お手上げ状態でうんと頷いた。
そして、横目で私を見る。
まひるの反応はどんなかな?って、興味津々に。
 
「ミチャは嬉しかったり悲しかったりして、泣いた事はある?
それも大声で」
 
「大声で??」
 
ミチャはケラケラと笑った。
 
「泣く事はあったかもしれないけど、それも子供の時にね。
でも、大声はどうだろう。
人って大声で泣くの?」
 
そんな改めて聞かれたら、何て答えていいか分からない。
 
「わ、私は泣く、たぶん、風磨も泣く。
それに沙織先輩も… 泣くかもしれない」
 
ミチャは納得したように頷きながら、フロントガラスの向こうを見ている。
あんな答えで納得するのも、ミチャの単純でいいところだけど。

「僕は、きっと、人間としては不良品なんだと思うんだ。
色々な意味で、感情っていうのをあまり実感した事がない。
人間より、ロボットに近いのかも。
でも、今の時代、ロボットにだって感情のような仕組みをプログラミングできる。
僕は、今、芸術家のまひると知り合って、僕の脳に感情という大切な仕組みをプログラミングされている最中なのかもしれないな。
 
そんな単刀直入に、感情という面で切り込んできた人間なんていないから」
 
何だか少し嬉しかった。
という事は、私はミチャにとって必要な人間なんだよね?
 
私は大きく深呼吸をする。
ミチャという人間は掴みどころがないけれど、でも、何でも素直に吸収してくれる。
そう、それは、まるで柔らかくてフワフワしたスポンジみたいに。
 
「じゃ、もう一回、ノーサイドを聴いてみよう」
 
「へ?」
 
「今の話だったら、ミチャの脳は、私の言葉によってプログラミングが完了したかもしれない。
共感能力が備わってるかも」
 
「いやいや、そんな急には変わらないと思うけど」
 
「ミチャ、心を穏やかにして、今日の事を思い出すの。
ミチャの奥に潜んでいる何かが出てくるかもしれないから」
 
戸惑っているミチャを無視して、私はまたノーサイドをリピートする。
 
「泣きたくなったら、遠慮しないで泣いていいからね」
 
イントロが流れ始めると、恥ずかしながら私の方が先に涙がこみ上げた。
条件反射というものだ。
今日は、この歌を何十回聞いても、涙が溢れ出る自信がある。
だって、風磨の笑顔が浮かんでくるから…
でも、残念な事に、ミチャは泣くどころか、笑いを堪えて私を見ていた。
 
「まひるは本当に可愛いな…」
 
ミチャはそう言って、私の頬を指でさすった。
そうやっていつも私を触りたがるミチャ…
それは、好きっていう感情じゃないの…?
 
風磨がミチャへ投げつけた言葉が、走馬灯のように脳裏をよぎる。
 
…なりふり構わずまひるを愛しているのなら、俺はミチャを諦めるよ。
今のミチャはそうじゃない。
そんなのまひるが一番分かっているはず。
 
ノーサイドを聴いて泣くどころか、一緒に歌いながら運転をしているミチャ。
頑ななミチャの感情を揺さぶる事ができたなら、ミチャはどんな風に変わるのだろう。
私達が別れる日までに、ミチャは変わってくれるのかな…
 
「まひる、今日は疲れたろ?
夜ごはんは何か食べて帰ろうか。
まひるの好きな物でいいよ」
 
車窓から見える空は、もうオレンジ色に染まっていた。
 
「そうだね、じゃ、餃子がいいな。
にんにくたっぷりのコテコテのやつが希望!」
 
考えれば考えるだけ辛くなるから、今は、この唯一無二の時間を大切にしたい。
夫婦ごっこでも何でもいい。
ミチャの近くで笑っていられる今を、精一杯楽しまなきゃ…
 
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