50 / 97
道也の誕生日
…9
しおりを挟む風磨は私をタクシーで家まで送り、しばらくは一緒に居てくれた。
自分が起こした騒動で、私を傷つけてしまった事を何度も謝りながら。
風磨はミチャに誕生日のプレゼントを持ってきていたけれど、それは私に託して帰って行った。
「また改めて謝りに来るから…」とそう小さく呟いて。
それからどれくらいの時間が経ったのだろう。
私は自分の部屋に籠って、絵の具の整理に没頭していた。
昔から嫌な事があると、決まって絵の具の整理をする。
何十色にもなる絵の具達をホワイトから順に並べていく。
カチカチになったり使い切って小さくなった絵の具は、この際、思い切って捨てる。
バケツくらいの大きな缶の入れ物に入った絵の具を部屋いっぱい広げて、一個づつ仕分けする作業は、私の頭の中の邪念を追い払ってくれた。
部屋中が絵の具の匂いで充満して、私の指先も絵の具の様々な色に染まってしまった頃、玄関のドアが開く音がした。
私は気付かないふりをする。
どんな顔をしてミチャに接すればいいのか分からないし、その前に、ミチャの他人行儀な表情が怖かった。
「まひる、部屋にいるの?」
私はそれでも黙っている。
百パーセント自分達が悪いのに、何で私はこんなに傷ついているの?
部屋のドアが静かに開く。
そこを見なくても、ミチャがドアに寄りかかって私を見ているのが分かった。
「さっき、風磨から電話があった。
まひるを怒らないでくれって。
怒る気なんか全然ないのにさ…」
あの時のミチャの冷めた目が、中々頭から離れない。
私は無言で絵の具を片付ける。
「それで、僕のケーキは買ってきた?」
ミチャの空気の読めない性格はこの家では健在なのに、何故あの場所では空気を読めてたのだろう。
それか、あの場所での私達が恐ろしいほどに空気を読めてなくて、ミチャはいつものミチャなのに空気が読めると感じてしまったのか…
あ~、もうそんな事どうでもいい。
「そっか…
ケーキはないみたいだね。
了解、分かったよ」
了解、分かったよって…
怒ってるのか落ち込んでるのか分からない意味不明な言葉。
そう言って、ミチャは私の部屋から出て行った。
「ミチャ…?」
ミチャが部屋を出た途端、急にミチャが恋しくなった。
ミチャの奔放で掴みどころのない性格は、ミチャを想う私の心を不安にさせる。
そんな私の瞼の奥には、桜子さんの余裕に満ちたあの妖艶な笑顔だけが浮かんでくる。
結局は、何一つ自分に自信がない。
今の私とミチャを繋ぎとめているものはあの契約書だけで、契約期間が満了になったら、ミチャは私の元から離れていくだけ。
もう最悪だ…
この止まないネガティブ思考は、感情に占拠されている今の私をじわじわと自滅に追い込んでいく。
私は絵の具の整理を無理やり止めた。
絵の具に逃げていても何も解決しないし、私の心はずっとミチャの笑顔を求めている。
私は窓を開けて、外の空気を部屋いっぱいに入れ込んだ。
もう、自分の立場や約束なんてどうでもいい。
ただ、正直に、ミチャを愛してるって、大きな声でそう言いたいだけ。
私は部屋から出て、そっとリビングへ歩いて行く。
リビングのドアが開いているせいで、キッチンの方からカチャカチャと色々な音が聞こえてくる。
「ミチャ、ごめんね…」
私のか細い声は、その大きな金属が重なる音にかき消されてしまう。
ミチャは、キッチンに立ち、大きなボールを抱え何かを混ぜていた。
「ミチャ、何してるの…?」
さっきまでへそを曲げてミチャの事を無視していた私は、もう、今はここにはいない。
だって、こんな時間に、銀色のボールを抱えて銀色の泡立て器を必死に動かしているミチャの姿は、滑稽でそれでとても愛おしくて、ミチャを無条件で許したくなる。
「ケーキを作ろうと思って。
まひるが大好きなフワフワのパンケーキを重ねて、バースデーケーキにするつもり。
店で買ってくるやつより、百倍美味しくするからね」
「ミチャ… ごめんね…
私がケーキを買って来なかったから、だから…
今日は、ミチャの誕生日なのに…」
自分が情けなくて涙が溢れ出る。
ミチャと私が一緒に迎えられるたった一度の大切な誕生日を、やっぱり私が台無しにしている。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
『 ゆりかご 』
設楽理沙
ライト文芸
- - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - -
◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
――――
「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語
『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』
過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、
そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。
[大人の再生と静かな愛]
“嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”
読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。
――――
・・・・・・・・・・
芹 あさみ 36歳 専業主婦 娘: ゆみ 中学2年生 13才
芹 裕輔 39歳 会社経営 息子: 拓哉 小学2年生 8才
早乙女京平 28歳 会社員
(家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト)
浅野エリカ 35歳 看護師
浅野マイケル 40歳 会社員
❧イラストはAI生成画像自作
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる