はじまりと終わりの間婚

便葉

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道也の誕生日

…9

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風磨は私をタクシーで家まで送り、しばらくは一緒に居てくれた。
自分が起こした騒動で、私を傷つけてしまった事を何度も謝りながら。
風磨はミチャに誕生日のプレゼントを持ってきていたけれど、それは私に託して帰って行った。
「また改めて謝りに来るから…」とそう小さく呟いて。
 
 
それからどれくらいの時間が経ったのだろう。
私は自分の部屋に籠って、絵の具の整理に没頭していた。
昔から嫌な事があると、決まって絵の具の整理をする。
何十色にもなる絵の具達をホワイトから順に並べていく。
カチカチになったり使い切って小さくなった絵の具は、この際、思い切って捨てる。
バケツくらいの大きな缶の入れ物に入った絵の具を部屋いっぱい広げて、一個づつ仕分けする作業は、私の頭の中の邪念を追い払ってくれた。
 
部屋中が絵の具の匂いで充満して、私の指先も絵の具の様々な色に染まってしまった頃、玄関のドアが開く音がした。
私は気付かないふりをする。
どんな顔をしてミチャに接すればいいのか分からないし、その前に、ミチャの他人行儀な表情が怖かった。
 
「まひる、部屋にいるの?」
 
私はそれでも黙っている。
百パーセント自分達が悪いのに、何で私はこんなに傷ついているの?
部屋のドアが静かに開く。
そこを見なくても、ミチャがドアに寄りかかって私を見ているのが分かった。
 
「さっき、風磨から電話があった。
まひるを怒らないでくれって。
怒る気なんか全然ないのにさ…」
 
あの時のミチャの冷めた目が、中々頭から離れない。
私は無言で絵の具を片付ける。
 
「それで、僕のケーキは買ってきた?」
 
ミチャの空気の読めない性格はこの家では健在なのに、何故あの場所では空気を読めてたのだろう。
それか、あの場所での私達が恐ろしいほどに空気を読めてなくて、ミチャはいつものミチャなのに空気が読めると感じてしまったのか…
あ~、もうそんな事どうでもいい。
 
「そっか…
ケーキはないみたいだね。
了解、分かったよ」
 
了解、分かったよって…
怒ってるのか落ち込んでるのか分からない意味不明な言葉。
そう言って、ミチャは私の部屋から出て行った。
 
「ミチャ…?」
 
ミチャが部屋を出た途端、急にミチャが恋しくなった。
ミチャの奔放で掴みどころのない性格は、ミチャを想う私の心を不安にさせる。
そんな私の瞼の奥には、桜子さんの余裕に満ちたあの妖艶な笑顔だけが浮かんでくる。
結局は、何一つ自分に自信がない。
今の私とミチャを繋ぎとめているものはあの契約書だけで、契約期間が満了になったら、ミチャは私の元から離れていくだけ。
もう最悪だ…
この止まないネガティブ思考は、感情に占拠されている今の私をじわじわと自滅に追い込んでいく。
 
私は絵の具の整理を無理やり止めた。
絵の具に逃げていても何も解決しないし、私の心はずっとミチャの笑顔を求めている。
私は窓を開けて、外の空気を部屋いっぱいに入れ込んだ。
もう、自分の立場や約束なんてどうでもいい。
ただ、正直に、ミチャを愛してるって、大きな声でそう言いたいだけ。
 
私は部屋から出て、そっとリビングへ歩いて行く。
リビングのドアが開いているせいで、キッチンの方からカチャカチャと色々な音が聞こえてくる。
 
「ミチャ、ごめんね…」
 
私のか細い声は、その大きな金属が重なる音にかき消されてしまう。
ミチャは、キッチンに立ち、大きなボールを抱え何かを混ぜていた。
 
「ミチャ、何してるの…?」
 
さっきまでへそを曲げてミチャの事を無視していた私は、もう、今はここにはいない。
だって、こんな時間に、銀色のボールを抱えて銀色の泡立て器を必死に動かしているミチャの姿は、滑稽でそれでとても愛おしくて、ミチャを無条件で許したくなる。
 
「ケーキを作ろうと思って。
まひるが大好きなフワフワのパンケーキを重ねて、バースデーケーキにするつもり。
店で買ってくるやつより、百倍美味しくするからね」
 
「ミチャ… ごめんね…
私がケーキを買って来なかったから、だから…
今日は、ミチャの誕生日なのに…」
 
自分が情けなくて涙が溢れ出る。
ミチャと私が一緒に迎えられるたった一度の大切な誕生日を、やっぱり私が台無しにしている。

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