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第四夜 Frankenstein's Dream
Episode24 Frankenstein's monster -人造人間-
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「久し振りだね~、フランちゃん。お元気してた~?」
お気楽そのものといった口調で、六堂 那津奈がそう尋ねる。
ここは ドイツ南部はバーデン地方に広がる「黒い森」
その深い森の奥にある、とある古城の地下である。
そこが、最近巷で噂の天才錬金術師である彼女の研究施設であるとは、さすがのアルカーナ(吸血鬼)も初耳だった。
那津奈の問いに、コクリと頷くフランチェスカ(雷電可動式人造人間)。
「はい。現時点で各機能には異常は生じておりません。自動修復機能機能も正常に稼働していると思われます」
「ほれはひょかっら~。ん~♡ほれ、おいひ~♡」
手にした特大どら焼きを貪りつつ、那津奈は満足そうに言った。
道中、ドイツの空港で入手したお土産である。
たまたま行われていた「日本の味覚フェア」で、フランチェスカが選択したものだ。
那津奈は日本に縁があるようなので、和菓子を選んだが、本人も満足そうだ。
「あ~、でも、例のアレは~?まさか起動させてないよね~?」
どら焼きを飲み込んでから、不意に真剣な表情でそう尋ねる那津奈に、フランチェスカは今度は首を横に振った。
「日本での特殊訓練で、一度だけ起動しました」
その答えに、やや思案した後、那津奈は肩を竦めた。
「そっか~…まあ、使っちゃったなら仕方がないね~。いいよ~、後でよーく診ておくよ~」
「申し訳ありません」
謝罪するフランチェスカに、傍らで見守っていたアルカーナは口を開いた。
「失礼、ミス六堂」
それに指を立てて、チチチと振る那津奈。
面食らうアルカーナに、那津奈は笑顔で言った。
「私の事は、気安く『なっつん』って呼んで欲しいんだな~」
「…」
呆気にとられるアルカーナ。
噂に聞こえてくる「天才錬金術師」としての彼女は、まさに破格の存在と言えた。
錬金術師として歩み始めた歴史が浅い家系の出であるにもかかわらず、そのずば抜けた才覚により既出の錬金術体系を再構築。
魔術の一角である錬金術を、魔術とは対極にある科学と融合させ、独自の研究成果を発表するに至る。
その成果は「先鋭的過ぎる」と評価されつつも、業界の注目を一手に集めており、弟子入り志願者も後を絶たないという。
事実、彼女の従者として、傍らに控えているイヴは“魔動人形”であるというが、その外見は人間の女性と全く遜色ないものだ。
少なくとも、アルカーナが知り得る“魔動人形”は言葉も喋らないし、自律思考もしないロボットのような存在である。
が、イヴは見ている限り、人間としての思考や行動を披露しており、かつ極めて有能だった。
まさに「錬金術界の革命児」ともいえる彼女だが、実際に会ってみると「頭のネジが緩いのではないか」と思ってしまうほど、おっとりとした普通の女性だった。
アルカーナは咳払いををすると、軽く一礼した。
「失礼。愛称で呼びたいのはやまやまだが、そうした教育を受けずに育ったのでね。申し訳ないが、せめて『那津奈』で勘弁していただきたいのだが…」
すると、那津奈は少し考えた後、
「ん~、まあ、いいか~。じゃあ、私は貴女のことを『アルカーナ』って呼ぶよ~。いいかな~?」
「ああ。構わないよ、レディ」
「えへへ~、レディだって~♡アルカーナって、ホントにイケメンだね~」
空気がほわほわと音を立てそうな雰囲気にもめげず、アルカーナは質問した。
「那津奈、いま言った『例のアレ』とは?」
その問いに、那津奈は何故かフランチェスカへと目をやる。
フランチェスカは、それに頷いた。
「問題ありません。彼女は信頼のおける同僚です」
「そっか~。うーんと、どう話したものかな~」
考え込む那津奈に、アルカーナは苦笑していった。
「秘密なら踏み込んで聞くつもりはない。掻い摘んでもらってでもいい」
「了解~」
そう言うと、那津奈は椅子に深く座り直した。
「まず、フランちゃんが人造人間であることは知ってるよね~?」
「ああ、勿論」
「じゃあ、彼女が『極めて特殊な人造人間』であることは~?」
アルカーナが眉根を寄せる。
そもそも怪物として神話伝承に語られる“人造人間”の例は少ない。
さらに言えば“人造人間”という存在の「定義」そのものが曖昧なのである。
魔術によって創造られる“魔動人形”や“人工生命体”
科学によって製造される「ロボット」や「アンドロイド」
古今東西を見回しても「人が造りし人間」というカテゴリーの間口は広い。
そして、極めつけなのが「人間との差」である。
例えば、フランチェスカのように外見や行動がより人間に近い人造人間は「人間」と「人造人間」との境界(精神的な部分も含めて)は明確にしづらい。
突き詰めると「人間とは?」「生命とは?」「心および魂とは?」といった、より根源的な問題を含むこととなるため、専門家の間でも意見が分かれるくらいだ。
「…『大切な仲間』であるという意味では、僕達にとって、彼女は『極めて特殊な人造人間』だろうね」
その言葉に、フランチェスカがわずかに顔を上げる。
それに、那津奈がウィンクして見せた。
「嬉しい回答をありがとう~。でも、残念ながらフランちゃんという人造人間の特殊性には届いてないかな~」
「改めてレクチャーを乞おう、那津奈。私も仲間に魔術の指導を受けているが、君達の領域には遠く及ばない身なのでね」
慇懃無礼に一礼するアルカーナに、那津奈は頷いた。
「それには、フランちゃんの誕生から触れなくちゃね~」
那津奈は一呼吸を置いてから続けた。
「フランちゃんはね~、実は私の師匠が作った最高傑作の人造人間なんだな、これが~」
「君の師匠が?」
アルカーナが意外そうに聞き返す。
「君の師匠といったら、確か…」
「うん~。『狂乱のアメルハウザー』こと、ディートハルト=アメルハウザーだよ~」
『狂乱のアメルハウザー』…魔術の世界では、名の通った錬金術師の一人である。
古来より続く錬金術師の家系に生まれ、那津奈ほどではないが、巷を騒がせた傑物だ。
「しかし、彼は…もう何年も前に行方不明になったと聞いたが」
「正解~。お師匠様は、現在も行方不明中なのでーす」
「いや、そんなに明るくいうことではないと思うが…」
たじろぐアルカーナに、那津奈は続けた。
「大丈夫~。あの人のことだから、きっとどこかで生きてると思うし~」
その言葉は、あながち否定できない。
噂だが、彼は自ら編み出した延命術により齢三百年を越えていたともいわれている。
そう簡単に死ぬような存在には思えない。
「で、フランちゃんは今から約二十年前に師匠が創った“人造人間”で~、唯一無二の最高傑作なのでした~。ヒュ~、スゲ~!」
「それが事実なら、確かに凄いとは思うが…」
思わずフランチェスカを見やるアルカーナ。
にわかには信じられない話である。
いくら『狂乱のアメルハウザー』が優れた錬金術師だったとはいえ、技術も素材も術式も今ほど洗練されていない時代に、フランチェスカのような『人に近い人間』を創ることは、到底不可能だったはずなのだ。
「信じられない~?」
そう尋ねる那津奈に、アルカーナは素直に頷いた。
「正直に言えばね。現代の錬金術や設備などを用いても、フランのような『人に近い人間』を創造するのはほぼ不可能なはずだ」
「…って、言われているよ~、イヴちん~」
「我が王は別格です」
控えていたイヴが、静かに答える。
「ドラクル卿の仰る有象無象と我が王とでは、猿と最新型人工知能ほどの差があるかと」
「もぅ~、それは言い過ぎだよ~」
イヴの惜しみない称賛に、屈託なく照れる那津奈。
アルカーナは再び咳払いをした。
「しかし」
スッと深紅の目を細めるアルカーナ。
「彼が、そうした技術格差を埋める程の知識を、何らかの方法で得たなら話は別かな」
それに、那津奈がきょとんとした表情になる。
そして、にこやかに笑った。
「さすが~。神祖の血を引くだけのことはあるね~」
アルカーナは肩を竦めた。
「神祖への称賛と受け止めさせていただくよ…ところで『正解』ということでいいのかな?」
「『Ωの棺《ひつぎ》』」
おもむろに、そう告げた那津奈に、アルカーナの表情が固まる。
目ざとくそれを察する那津奈。
「…さっすが~。この名前も知ってたみたいだね~」
朗らかな那津奈とは対照的に、アルカーナは真剣な表情のまま、呻くように言った。
「さっきも言った通り、僕も多少なりと魔術の薫陶を受けているからね」
そこで、深く息を吐くアルカーナ。
「禁書『Ωの棺』…中世以前に記された魔導書の一つで、噂では、この次元とは異なる異界の知識が納められているという、いわくつきの本だ。確か、人間達の魔術結社『王の紋章』が管理する禁書の蔵に保管されていたはずだが…」
「それを、ずっと前に師匠が盗んだみたいでさ~」
アルカーナの目が点になる。
「待ちたまえ!」
思わず応接用ソファから立ち上がりながら、アルカーナは那津奈に詰め寄った。
「それが本当なら、とんでもない重罪だぞ!?吸血鬼の私が言うのも何だが!」
「えへへ~、やっぱそうなるよね~」
魔術結社『王の紋章』とは、有史以前から、人や名前を変えて存在したという世界最大の魔術師達の集団だ。
世界中の魔術師達は、もれなくこの魔術結社に統括されており、それは『狂乱のアメルハウザー』だろうが、天才児の那津奈だろうが関係は無い。
故に結社が敷く掟は絶対とされ、それに違反した魔術師達は、残らず滅ぼされることになる。
アルカーナは目を覆った。
「自覚があるのが余計問題だよ、那津奈」
「まあ、肝心の禁書は師匠が持って行っちゃったようだし、私も知らなかったからさ~」
そう言うと、那津奈は唇を尖らせた。
「でも、師匠もケチだよね~。そんな禁書、可愛い弟子の私にもちょっとくらい見せてくれてもいいのに~」
当の犯人ではないとはいえ、悪びれる様子も無い那津奈に、アルカーナは嘆息した。
「まったく…吸血鬼に通報義務が無いことに感謝したまえ」
「ふふん~、だから話したのさ~」
その豊かな胸を張る那津奈。
アルカーナは再び溜息を吐いた。
「しかし、それで納得したよ。前から共に戦っていて、この娘がどのように創造されたのだろうかと疑問に思うことが多々あったが…」
フランチェスカを見ながら、アルカーナは続けた。
「この娘は、かの禁書にある叡智によって生み出されたということか」
「そう、だから彼女の身体には、まだ秘密が多いの~。師匠も彼女の設計図を残していかなかったから、もう身体のあちこちに正体不明の機関が多くて~」
何故か、嬉しそうに手をわきわきする那津奈。
それをあえて無視しつつ、アルカーナは言った。
「その一つが『例のアレ』とやらなのかい?」
「そう~。人呼んで『虚空の心臓』っていうんだけど~」
「『虚空の心臓』…」
「名前は私がつけたんだけどね~。これは彼女の中枢…いわゆる心臓部にある機関なんだけど…ちょっと厄介でね~」
「厄介?」
「うん~。私の分析では『虚空の心臓』は増幅装置みたいな働きをする機関だと思うんだけど~、その稼働が始まると、フランちゃんの身体全体にちょっとした負荷がかかるのよ~」
アルカーナの目が鋭くなる。
何やら聞き逃せない話だ。
「取り外すことは出来ないのかい?」
「ムリ~。天才の私でも、多分解析だけで一生かかりそう~」
「もし…」
アルカーナの声が低くなる。
「それを稼働し続けたら…どうなるんだい?」
「仮定の話だけど~」
少し考えてから、那津奈はそう切り出した。
「『虚空の心臓』が生み出すエネルギーが余剰過多状態になると、フランちゃんの身体の各部位が負荷に耐えられなくなると思う~」
那津奈は眼鏡を押し上げた。
「その後に待ってるのは…自壊だね~」
「…何ということだ」
痛ましい視線を向けるアルカーナを、フランチェスカは静かに見上げた。
「御心配には及びません、アルカーナ」
「しかし…」
「私は人造人間です。その機能の中には、戦闘用のものも含まれています。ならば、私を創造した方は、私に戦うことを望み、この世へと送り出したのでしょう」
「…」
「ならば、今後、戦いの過程で自壊が引き起こされても、それは私の存在意義の線上にある結末です。何ら問題はありません」
「フランチェスカ…君は…」
重苦しい沈黙が下りる研究施設。
それを振り払うように、那津奈が朗らかに言った。
「まあ、心配しないで~。そういう事にならないために、こうしてなっつんさんが定期的に総身点検してるんだからさ~」
「…ああ。そうだったね」
那津奈のそれとない気遣いに、アルカーナは微笑した。
「それでは早速頼むよ、那津奈」
「お任せ~…と言いたいところなんだけど~」
そう言うと、那津奈はフランチェスカとアルカーナへ身を乗り出した。
「ちょっと、手助けして欲しいことがあるんだな~」
その言葉に、二人は顔を見合わせた。
お気楽そのものといった口調で、六堂 那津奈がそう尋ねる。
ここは ドイツ南部はバーデン地方に広がる「黒い森」
その深い森の奥にある、とある古城の地下である。
そこが、最近巷で噂の天才錬金術師である彼女の研究施設であるとは、さすがのアルカーナ(吸血鬼)も初耳だった。
那津奈の問いに、コクリと頷くフランチェスカ(雷電可動式人造人間)。
「はい。現時点で各機能には異常は生じておりません。自動修復機能機能も正常に稼働していると思われます」
「ほれはひょかっら~。ん~♡ほれ、おいひ~♡」
手にした特大どら焼きを貪りつつ、那津奈は満足そうに言った。
道中、ドイツの空港で入手したお土産である。
たまたま行われていた「日本の味覚フェア」で、フランチェスカが選択したものだ。
那津奈は日本に縁があるようなので、和菓子を選んだが、本人も満足そうだ。
「あ~、でも、例のアレは~?まさか起動させてないよね~?」
どら焼きを飲み込んでから、不意に真剣な表情でそう尋ねる那津奈に、フランチェスカは今度は首を横に振った。
「日本での特殊訓練で、一度だけ起動しました」
その答えに、やや思案した後、那津奈は肩を竦めた。
「そっか~…まあ、使っちゃったなら仕方がないね~。いいよ~、後でよーく診ておくよ~」
「申し訳ありません」
謝罪するフランチェスカに、傍らで見守っていたアルカーナは口を開いた。
「失礼、ミス六堂」
それに指を立てて、チチチと振る那津奈。
面食らうアルカーナに、那津奈は笑顔で言った。
「私の事は、気安く『なっつん』って呼んで欲しいんだな~」
「…」
呆気にとられるアルカーナ。
噂に聞こえてくる「天才錬金術師」としての彼女は、まさに破格の存在と言えた。
錬金術師として歩み始めた歴史が浅い家系の出であるにもかかわらず、そのずば抜けた才覚により既出の錬金術体系を再構築。
魔術の一角である錬金術を、魔術とは対極にある科学と融合させ、独自の研究成果を発表するに至る。
その成果は「先鋭的過ぎる」と評価されつつも、業界の注目を一手に集めており、弟子入り志願者も後を絶たないという。
事実、彼女の従者として、傍らに控えているイヴは“魔動人形”であるというが、その外見は人間の女性と全く遜色ないものだ。
少なくとも、アルカーナが知り得る“魔動人形”は言葉も喋らないし、自律思考もしないロボットのような存在である。
が、イヴは見ている限り、人間としての思考や行動を披露しており、かつ極めて有能だった。
まさに「錬金術界の革命児」ともいえる彼女だが、実際に会ってみると「頭のネジが緩いのではないか」と思ってしまうほど、おっとりとした普通の女性だった。
アルカーナは咳払いををすると、軽く一礼した。
「失礼。愛称で呼びたいのはやまやまだが、そうした教育を受けずに育ったのでね。申し訳ないが、せめて『那津奈』で勘弁していただきたいのだが…」
すると、那津奈は少し考えた後、
「ん~、まあ、いいか~。じゃあ、私は貴女のことを『アルカーナ』って呼ぶよ~。いいかな~?」
「ああ。構わないよ、レディ」
「えへへ~、レディだって~♡アルカーナって、ホントにイケメンだね~」
空気がほわほわと音を立てそうな雰囲気にもめげず、アルカーナは質問した。
「那津奈、いま言った『例のアレ』とは?」
その問いに、那津奈は何故かフランチェスカへと目をやる。
フランチェスカは、それに頷いた。
「問題ありません。彼女は信頼のおける同僚です」
「そっか~。うーんと、どう話したものかな~」
考え込む那津奈に、アルカーナは苦笑していった。
「秘密なら踏み込んで聞くつもりはない。掻い摘んでもらってでもいい」
「了解~」
そう言うと、那津奈は椅子に深く座り直した。
「まず、フランちゃんが人造人間であることは知ってるよね~?」
「ああ、勿論」
「じゃあ、彼女が『極めて特殊な人造人間』であることは~?」
アルカーナが眉根を寄せる。
そもそも怪物として神話伝承に語られる“人造人間”の例は少ない。
さらに言えば“人造人間”という存在の「定義」そのものが曖昧なのである。
魔術によって創造られる“魔動人形”や“人工生命体”
科学によって製造される「ロボット」や「アンドロイド」
古今東西を見回しても「人が造りし人間」というカテゴリーの間口は広い。
そして、極めつけなのが「人間との差」である。
例えば、フランチェスカのように外見や行動がより人間に近い人造人間は「人間」と「人造人間」との境界(精神的な部分も含めて)は明確にしづらい。
突き詰めると「人間とは?」「生命とは?」「心および魂とは?」といった、より根源的な問題を含むこととなるため、専門家の間でも意見が分かれるくらいだ。
「…『大切な仲間』であるという意味では、僕達にとって、彼女は『極めて特殊な人造人間』だろうね」
その言葉に、フランチェスカがわずかに顔を上げる。
それに、那津奈がウィンクして見せた。
「嬉しい回答をありがとう~。でも、残念ながらフランちゃんという人造人間の特殊性には届いてないかな~」
「改めてレクチャーを乞おう、那津奈。私も仲間に魔術の指導を受けているが、君達の領域には遠く及ばない身なのでね」
慇懃無礼に一礼するアルカーナに、那津奈は頷いた。
「それには、フランちゃんの誕生から触れなくちゃね~」
那津奈は一呼吸を置いてから続けた。
「フランちゃんはね~、実は私の師匠が作った最高傑作の人造人間なんだな、これが~」
「君の師匠が?」
アルカーナが意外そうに聞き返す。
「君の師匠といったら、確か…」
「うん~。『狂乱のアメルハウザー』こと、ディートハルト=アメルハウザーだよ~」
『狂乱のアメルハウザー』…魔術の世界では、名の通った錬金術師の一人である。
古来より続く錬金術師の家系に生まれ、那津奈ほどではないが、巷を騒がせた傑物だ。
「しかし、彼は…もう何年も前に行方不明になったと聞いたが」
「正解~。お師匠様は、現在も行方不明中なのでーす」
「いや、そんなに明るくいうことではないと思うが…」
たじろぐアルカーナに、那津奈は続けた。
「大丈夫~。あの人のことだから、きっとどこかで生きてると思うし~」
その言葉は、あながち否定できない。
噂だが、彼は自ら編み出した延命術により齢三百年を越えていたともいわれている。
そう簡単に死ぬような存在には思えない。
「で、フランちゃんは今から約二十年前に師匠が創った“人造人間”で~、唯一無二の最高傑作なのでした~。ヒュ~、スゲ~!」
「それが事実なら、確かに凄いとは思うが…」
思わずフランチェスカを見やるアルカーナ。
にわかには信じられない話である。
いくら『狂乱のアメルハウザー』が優れた錬金術師だったとはいえ、技術も素材も術式も今ほど洗練されていない時代に、フランチェスカのような『人に近い人間』を創ることは、到底不可能だったはずなのだ。
「信じられない~?」
そう尋ねる那津奈に、アルカーナは素直に頷いた。
「正直に言えばね。現代の錬金術や設備などを用いても、フランのような『人に近い人間』を創造するのはほぼ不可能なはずだ」
「…って、言われているよ~、イヴちん~」
「我が王は別格です」
控えていたイヴが、静かに答える。
「ドラクル卿の仰る有象無象と我が王とでは、猿と最新型人工知能ほどの差があるかと」
「もぅ~、それは言い過ぎだよ~」
イヴの惜しみない称賛に、屈託なく照れる那津奈。
アルカーナは再び咳払いをした。
「しかし」
スッと深紅の目を細めるアルカーナ。
「彼が、そうした技術格差を埋める程の知識を、何らかの方法で得たなら話は別かな」
それに、那津奈がきょとんとした表情になる。
そして、にこやかに笑った。
「さすが~。神祖の血を引くだけのことはあるね~」
アルカーナは肩を竦めた。
「神祖への称賛と受け止めさせていただくよ…ところで『正解』ということでいいのかな?」
「『Ωの棺《ひつぎ》』」
おもむろに、そう告げた那津奈に、アルカーナの表情が固まる。
目ざとくそれを察する那津奈。
「…さっすが~。この名前も知ってたみたいだね~」
朗らかな那津奈とは対照的に、アルカーナは真剣な表情のまま、呻くように言った。
「さっきも言った通り、僕も多少なりと魔術の薫陶を受けているからね」
そこで、深く息を吐くアルカーナ。
「禁書『Ωの棺』…中世以前に記された魔導書の一つで、噂では、この次元とは異なる異界の知識が納められているという、いわくつきの本だ。確か、人間達の魔術結社『王の紋章』が管理する禁書の蔵に保管されていたはずだが…」
「それを、ずっと前に師匠が盗んだみたいでさ~」
アルカーナの目が点になる。
「待ちたまえ!」
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「それが本当なら、とんでもない重罪だぞ!?吸血鬼の私が言うのも何だが!」
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世界中の魔術師達は、もれなくこの魔術結社に統括されており、それは『狂乱のアメルハウザー』だろうが、天才児の那津奈だろうが関係は無い。
故に結社が敷く掟は絶対とされ、それに違反した魔術師達は、残らず滅ぼされることになる。
アルカーナは目を覆った。
「自覚があるのが余計問題だよ、那津奈」
「まあ、肝心の禁書は師匠が持って行っちゃったようだし、私も知らなかったからさ~」
そう言うと、那津奈は唇を尖らせた。
「でも、師匠もケチだよね~。そんな禁書、可愛い弟子の私にもちょっとくらい見せてくれてもいいのに~」
当の犯人ではないとはいえ、悪びれる様子も無い那津奈に、アルカーナは嘆息した。
「まったく…吸血鬼に通報義務が無いことに感謝したまえ」
「ふふん~、だから話したのさ~」
その豊かな胸を張る那津奈。
アルカーナは再び溜息を吐いた。
「しかし、それで納得したよ。前から共に戦っていて、この娘がどのように創造されたのだろうかと疑問に思うことが多々あったが…」
フランチェスカを見ながら、アルカーナは続けた。
「この娘は、かの禁書にある叡智によって生み出されたということか」
「そう、だから彼女の身体には、まだ秘密が多いの~。師匠も彼女の設計図を残していかなかったから、もう身体のあちこちに正体不明の機関が多くて~」
何故か、嬉しそうに手をわきわきする那津奈。
それをあえて無視しつつ、アルカーナは言った。
「その一つが『例のアレ』とやらなのかい?」
「そう~。人呼んで『虚空の心臓』っていうんだけど~」
「『虚空の心臓』…」
「名前は私がつけたんだけどね~。これは彼女の中枢…いわゆる心臓部にある機関なんだけど…ちょっと厄介でね~」
「厄介?」
「うん~。私の分析では『虚空の心臓』は増幅装置みたいな働きをする機関だと思うんだけど~、その稼働が始まると、フランちゃんの身体全体にちょっとした負荷がかかるのよ~」
アルカーナの目が鋭くなる。
何やら聞き逃せない話だ。
「取り外すことは出来ないのかい?」
「ムリ~。天才の私でも、多分解析だけで一生かかりそう~」
「もし…」
アルカーナの声が低くなる。
「それを稼働し続けたら…どうなるんだい?」
「仮定の話だけど~」
少し考えてから、那津奈はそう切り出した。
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「その後に待ってるのは…自壊だね~」
「…何ということだ」
痛ましい視線を向けるアルカーナを、フランチェスカは静かに見上げた。
「御心配には及びません、アルカーナ」
「しかし…」
「私は人造人間です。その機能の中には、戦闘用のものも含まれています。ならば、私を創造した方は、私に戦うことを望み、この世へと送り出したのでしょう」
「…」
「ならば、今後、戦いの過程で自壊が引き起こされても、それは私の存在意義の線上にある結末です。何ら問題はありません」
「フランチェスカ…君は…」
重苦しい沈黙が下りる研究施設。
それを振り払うように、那津奈が朗らかに言った。
「まあ、心配しないで~。そういう事にならないために、こうしてなっつんさんが定期的に総身点検してるんだからさ~」
「…ああ。そうだったね」
那津奈のそれとない気遣いに、アルカーナは微笑した。
「それでは早速頼むよ、那津奈」
「お任せ~…と言いたいところなんだけど~」
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この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
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