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第四夜 Frankenstein's Dream
Episode29 Laboratory -研究所-
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永劫に続くかと思われた地下坑道だったが、その終点がようやく見えてきた。
手元の携帯用端末を操作していた六堂 那津奈(錬金術師)が、明るい表情を見せる。
「ようやく着いたようだよ~。ここが師匠の研究所だね~。ん~、何年振りかな~」
「ここが…研究所…?」
那津奈の脳天気な声に、前方を見やるアルカーナ(吸血鬼)。
先程までの一角獣との激闘で、足に少なくないダメージを受けた彼女だったが、現在は歩ける程度までには回復していた。
しかし、いくら高位の不死怪物…吸血鬼君主とはいえ、強い聖性を宿す一角獣の角をその身に受けたため(不死怪物に当てはめるのも変な話だが)致命傷一歩手前であったことには変わりがない。
それでも、こうして一行に同行したのは、彼女がただの吸血鬼でないからこそだ。
そんなアルカーナの目には、暗視能力を通し、自然の岩肌が屹立しているように見える。
どう見ても、完全に行き止まりだ。
「僕にはただの行き止まりにしか見えないが…」
「おそらく、光学迷彩の術式でしょう。那津奈の研究所の出入り口と同様かと」
いつものようにフランチェスカ(雷電可動式人造人間)が、淡々とした口調でそう講釈する。
那津奈も頷きながら、片手を前にかざしつつ、歩みを進めた。
「そ~いうこと~。ホ~ラね~?」
アルカーナの眼前で、差し出された那津奈の片腕が、抵抗も無く岩肌の中に沈み込んでいく。
それを見たアルカーナは、思わず肩を竦めた。
「人が到底入り込みそうもないこんな地下にも、これ程高度な幻術を施してあるとは…君の師匠は余程用心深い性格だったようだね」
「まぁね~。師匠は大の人間嫌いだったし~」
「…よく君は弟子入り出来たね」
「私は天才だからね~♪えっへん♪」
謙遜する風もなく、豊かな胸を張る那津奈。
それにアルカーナは一人苦笑した。
実際「超天才」「七色の脳細胞」「錬金術女王」の異名を欲しいままにする那津奈である。
勿論、彼女自身が言うように、その才能を評価されてのことだろう。
だが、さすがの人間嫌いも、彼女の天然キャラクターには毒気を抜かれまくったのかも知れない。
「さ~、研究所の中に入るよ~」
そう言いながら、那津奈は躊躇なく幻の岩肌に飛び込んだ。
それに続こうとして、アルカーナは立ち止まったままのフランチェスカに気付いた。
「…久し振りの里帰りで緊張したかい?」
少し笑ってそう言うと、フランチェスカはわずかに顔を上げ、岩肌を見上げた。
「…そうかも知れません。ですが…」
「どうかしたのかい?」
「…いえ、何でもありません」
珍しく言いよどむようなフランチェスカの様子に、アルカーナは違和感を覚えた。
しかし、それを振り切るようにフランチェスカも那津奈に続いた。
「行きましょう。でないと、先に行ったプロフェッサーが好奇心に負けて、無用な研究に没頭してしまうかも知れません」
そんな風に軽口を叩くのも、フランチェスカにしては珍しい。
「それは今のこの状況では少々困るな…では、僕達も先を急ごう」
僅かな違和感を抱えたまま、アルカーナはフランチェスの後に続いた。
-------------------------------------------------------
幻の岩肌を抜けると、その先には明らかに人の手が入った石畳が伸びていた。
天井には、水銀灯のように発光するブロックが一定間隔に埋め込まれており、足元を不足なく照らし出していた。
一見すると、工場などの近代施設の廊下のようだ。
アルカーナは感嘆し呟いた。
「驚いたな。中身は結構近代的だ。さすがは君の師匠だね」
「んふふ~♡何を隠そう、この通路は昔、私が師匠に無断でデザインして設置したのさ~」
アルカーナは鼻歌混じりで先を進む那津奈を見やった。
「…怒ったろう、彼?」
「そうなのかな~?確か、三日間くらい難しい顔をしていたっけ~」
「…」
恐らく、かなり複雑な心境だったのだろう。
いくら錬金術師が「科学寄り」の魔術師とはいえ、こうした近代科学技術めいた設備には思うところはあったはずである。
そうこうしていると、やがて通路は途切れ、大きな天井の部屋に辿り着いた。
「はい、到着~。ようこそ『狂乱のアメルハウザー』の研究所へ~」
そう言うと、那津奈は一小節の呪文を唱える。
するとそれに呼応し、室内の照明が一斉に点灯した。
「これは…」
アルカーナ達の目に、大きな金属製の釜や水槽、シリンダーの数々が映る。
また、アンティークな造りではあるが、巨大な演算機のような機械や何かを鋳造するような工房じみた設備もあった。
内装は同じ錬金術師で師弟故か、那津奈の研究所とは趣きが異なる部分はあれど、似たような造りだった。
しかし、規模が違う。
那津奈の研究所は二階建ての一軒家ほどの広さだったが、アメルハウザーの研究所の広大さは比べ物にならない。
一人の錬金術師が有する研究所の広さとしては、明らかに異常な規模である。
那津奈の話では、アメルハウザーは師団級の数の魔動人形製造を行っていたという。
この常識外の広さは、そうした生産態勢を維持するために必要な広さだったのだろう。
アルカーナは目を見張った。
「凄まじい広さだな…」
「そうだね~。確か、野球場くらいの広さはあったかも~」
那津奈の言葉に、ゲンナリした顔になるアルカーナ。
「…管理の手間を考えると、少しゾッとするよ」
「右に同じです」
アルカーナ達が居住する城館「永夜の城館」において、メイドとして日々、一連の家事を担当しているフランチェスカが追従するように頷く。
「昔は清掃担当の“魔動人形”がたくさんいたけどね~。師匠が行方不明になってからは、総身点検が出来る人もいなくなったから、ほとんどが機能停止状態状態になっちゃったんだよね~」
那津奈の言葉通り、室内にはやや埃を被った場所もあった。
その様子から、かなりの歳月の間、放置されていたことが伺い知れる。
「こんな状態で、フランの総身点検が出来るのかい…?」
アルカーナの懸念に、那津奈は頷いた。
「その点については問題ないと思うよ~。フランちゃんは、いわばオンリーワンともいえる特別な“雷電可動式人造人間”だから、その点検用の機材も特別性なのさ~。」
「成程。では、早速点検に入ってもらおう。なるべくなら、今はここに長居したくないからね」
そう言いながら、アルカーナはいまだ本調子ではない足を見やった。
一角獣との戦いで傷を負った箇所だ。
辛くも一角獣は倒すことに成功したが、かの聖なる獣が現れた「幽世」は、結局、完全に封印することが出来ず、那津奈が簡易な結界を張り、一時しのぎ程度で封鎖しただけである。
那津奈によれば、大抵の怪物は抜け出ることは出来ないが、一角獣クラスの怪物となると保証は出来ないという。
となると、一角獣かそれ以上のクラスの怪物と出くわした場合、危険とまでは言わないが、厄介なことになるのは明白だ。
「了解だよ~。じゃあ、こっちに来て~」
那津奈の先導により、アルカーナ達は研究所の奥へと足を踏み入れた。
数万単位の“魔動人形”が鋳造されたという研究所は、巨大な施設が乱立するため、まるで工場の中を進んでいるような感覚に陥る。
その全てがほとんど役目を終え、沈黙している様は、廃墟が持つ独特の悲哀さに満ちていた。
主が不在のまま、長い時に埋もれた鉄の塊たちは、訪れたアルカーナ達をどこか恨めし気に見下ろしているようだ。
三人が歩いて行くと、程なくしてドーム状の施設が姿を見せた。
「何だあれは…」
思わず足を止めるアルカーナ。
無理もない。
周囲に連なる年代物の鉄の塊達に比べ、そのドームは明らかに異質だった。
表面は石などではなく、完全に金属製だ。
しかも、小山のような大きさをしているにも関わらず、継ぎ目一つなく、水銀のように滑らかな光沢を放っている。
出入り口にあたる部分には、人ひとりが通れるくらいのアーチ状の通路があるだけで、他には通気口などもない。
内部は完全な密閉空間のように見受けられた。
加えて、ドーム自体から放たれるものにアルカーナは瞠目した。
「どういうことだ?…まさか、このドーム自体が魔力を放っているのか!?」
「ピンポーン、大正解~!」
アルカーナの言葉に、那津奈が陽気にそう答える。
それにアルカーナは息を呑んだ。
「そんな馬鹿な!“魔動人形”でもあるまいし、人工の構造物がこれほどの量の魔力を放つなんてあり得ないだろう、普通!」
「だよね~。でも、それを可能にできるんだよ」
那津奈は背後に立つドームを見上げた。
「禁書『Ωの棺』はね~」
手元の携帯用端末を操作していた六堂 那津奈(錬金術師)が、明るい表情を見せる。
「ようやく着いたようだよ~。ここが師匠の研究所だね~。ん~、何年振りかな~」
「ここが…研究所…?」
那津奈の脳天気な声に、前方を見やるアルカーナ(吸血鬼)。
先程までの一角獣との激闘で、足に少なくないダメージを受けた彼女だったが、現在は歩ける程度までには回復していた。
しかし、いくら高位の不死怪物…吸血鬼君主とはいえ、強い聖性を宿す一角獣の角をその身に受けたため(不死怪物に当てはめるのも変な話だが)致命傷一歩手前であったことには変わりがない。
それでも、こうして一行に同行したのは、彼女がただの吸血鬼でないからこそだ。
そんなアルカーナの目には、暗視能力を通し、自然の岩肌が屹立しているように見える。
どう見ても、完全に行き止まりだ。
「僕にはただの行き止まりにしか見えないが…」
「おそらく、光学迷彩の術式でしょう。那津奈の研究所の出入り口と同様かと」
いつものようにフランチェスカ(雷電可動式人造人間)が、淡々とした口調でそう講釈する。
那津奈も頷きながら、片手を前にかざしつつ、歩みを進めた。
「そ~いうこと~。ホ~ラね~?」
アルカーナの眼前で、差し出された那津奈の片腕が、抵抗も無く岩肌の中に沈み込んでいく。
それを見たアルカーナは、思わず肩を竦めた。
「人が到底入り込みそうもないこんな地下にも、これ程高度な幻術を施してあるとは…君の師匠は余程用心深い性格だったようだね」
「まぁね~。師匠は大の人間嫌いだったし~」
「…よく君は弟子入り出来たね」
「私は天才だからね~♪えっへん♪」
謙遜する風もなく、豊かな胸を張る那津奈。
それにアルカーナは一人苦笑した。
実際「超天才」「七色の脳細胞」「錬金術女王」の異名を欲しいままにする那津奈である。
勿論、彼女自身が言うように、その才能を評価されてのことだろう。
だが、さすがの人間嫌いも、彼女の天然キャラクターには毒気を抜かれまくったのかも知れない。
「さ~、研究所の中に入るよ~」
そう言いながら、那津奈は躊躇なく幻の岩肌に飛び込んだ。
それに続こうとして、アルカーナは立ち止まったままのフランチェスカに気付いた。
「…久し振りの里帰りで緊張したかい?」
少し笑ってそう言うと、フランチェスカはわずかに顔を上げ、岩肌を見上げた。
「…そうかも知れません。ですが…」
「どうかしたのかい?」
「…いえ、何でもありません」
珍しく言いよどむようなフランチェスカの様子に、アルカーナは違和感を覚えた。
しかし、それを振り切るようにフランチェスカも那津奈に続いた。
「行きましょう。でないと、先に行ったプロフェッサーが好奇心に負けて、無用な研究に没頭してしまうかも知れません」
そんな風に軽口を叩くのも、フランチェスカにしては珍しい。
「それは今のこの状況では少々困るな…では、僕達も先を急ごう」
僅かな違和感を抱えたまま、アルカーナはフランチェスの後に続いた。
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幻の岩肌を抜けると、その先には明らかに人の手が入った石畳が伸びていた。
天井には、水銀灯のように発光するブロックが一定間隔に埋め込まれており、足元を不足なく照らし出していた。
一見すると、工場などの近代施設の廊下のようだ。
アルカーナは感嘆し呟いた。
「驚いたな。中身は結構近代的だ。さすがは君の師匠だね」
「んふふ~♡何を隠そう、この通路は昔、私が師匠に無断でデザインして設置したのさ~」
アルカーナは鼻歌混じりで先を進む那津奈を見やった。
「…怒ったろう、彼?」
「そうなのかな~?確か、三日間くらい難しい顔をしていたっけ~」
「…」
恐らく、かなり複雑な心境だったのだろう。
いくら錬金術師が「科学寄り」の魔術師とはいえ、こうした近代科学技術めいた設備には思うところはあったはずである。
そうこうしていると、やがて通路は途切れ、大きな天井の部屋に辿り着いた。
「はい、到着~。ようこそ『狂乱のアメルハウザー』の研究所へ~」
そう言うと、那津奈は一小節の呪文を唱える。
するとそれに呼応し、室内の照明が一斉に点灯した。
「これは…」
アルカーナ達の目に、大きな金属製の釜や水槽、シリンダーの数々が映る。
また、アンティークな造りではあるが、巨大な演算機のような機械や何かを鋳造するような工房じみた設備もあった。
内装は同じ錬金術師で師弟故か、那津奈の研究所とは趣きが異なる部分はあれど、似たような造りだった。
しかし、規模が違う。
那津奈の研究所は二階建ての一軒家ほどの広さだったが、アメルハウザーの研究所の広大さは比べ物にならない。
一人の錬金術師が有する研究所の広さとしては、明らかに異常な規模である。
那津奈の話では、アメルハウザーは師団級の数の魔動人形製造を行っていたという。
この常識外の広さは、そうした生産態勢を維持するために必要な広さだったのだろう。
アルカーナは目を見張った。
「凄まじい広さだな…」
「そうだね~。確か、野球場くらいの広さはあったかも~」
那津奈の言葉に、ゲンナリした顔になるアルカーナ。
「…管理の手間を考えると、少しゾッとするよ」
「右に同じです」
アルカーナ達が居住する城館「永夜の城館」において、メイドとして日々、一連の家事を担当しているフランチェスカが追従するように頷く。
「昔は清掃担当の“魔動人形”がたくさんいたけどね~。師匠が行方不明になってからは、総身点検が出来る人もいなくなったから、ほとんどが機能停止状態状態になっちゃったんだよね~」
那津奈の言葉通り、室内にはやや埃を被った場所もあった。
その様子から、かなりの歳月の間、放置されていたことが伺い知れる。
「こんな状態で、フランの総身点検が出来るのかい…?」
アルカーナの懸念に、那津奈は頷いた。
「その点については問題ないと思うよ~。フランちゃんは、いわばオンリーワンともいえる特別な“雷電可動式人造人間”だから、その点検用の機材も特別性なのさ~。」
「成程。では、早速点検に入ってもらおう。なるべくなら、今はここに長居したくないからね」
そう言いながら、アルカーナはいまだ本調子ではない足を見やった。
一角獣との戦いで傷を負った箇所だ。
辛くも一角獣は倒すことに成功したが、かの聖なる獣が現れた「幽世」は、結局、完全に封印することが出来ず、那津奈が簡易な結界を張り、一時しのぎ程度で封鎖しただけである。
那津奈によれば、大抵の怪物は抜け出ることは出来ないが、一角獣クラスの怪物となると保証は出来ないという。
となると、一角獣かそれ以上のクラスの怪物と出くわした場合、危険とまでは言わないが、厄介なことになるのは明白だ。
「了解だよ~。じゃあ、こっちに来て~」
那津奈の先導により、アルカーナ達は研究所の奥へと足を踏み入れた。
数万単位の“魔動人形”が鋳造されたという研究所は、巨大な施設が乱立するため、まるで工場の中を進んでいるような感覚に陥る。
その全てがほとんど役目を終え、沈黙している様は、廃墟が持つ独特の悲哀さに満ちていた。
主が不在のまま、長い時に埋もれた鉄の塊たちは、訪れたアルカーナ達をどこか恨めし気に見下ろしているようだ。
三人が歩いて行くと、程なくしてドーム状の施設が姿を見せた。
「何だあれは…」
思わず足を止めるアルカーナ。
無理もない。
周囲に連なる年代物の鉄の塊達に比べ、そのドームは明らかに異質だった。
表面は石などではなく、完全に金属製だ。
しかも、小山のような大きさをしているにも関わらず、継ぎ目一つなく、水銀のように滑らかな光沢を放っている。
出入り口にあたる部分には、人ひとりが通れるくらいのアーチ状の通路があるだけで、他には通気口などもない。
内部は完全な密閉空間のように見受けられた。
加えて、ドーム自体から放たれるものにアルカーナは瞠目した。
「どういうことだ?…まさか、このドーム自体が魔力を放っているのか!?」
「ピンポーン、大正解~!」
アルカーナの言葉に、那津奈が陽気にそう答える。
それにアルカーナは息を呑んだ。
「そんな馬鹿な!“魔動人形”でもあるまいし、人工の構造物がこれほどの量の魔力を放つなんてあり得ないだろう、普通!」
「だよね~。でも、それを可能にできるんだよ」
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