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輝かしい軌跡の第一歩目

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 エルンストに頼んで王様に城を出ていくことを伝えると、その日のうちにあっさり許可された。
 こちらが言い出すのを待っていたような対応に思うところはあるけれど、騒いでもエルンストに迷惑がかかるだけなので、黙って渡された契約書を読む。

 城を出ていく条件として出されたのは、契約書にサインすることだった。
 わかりやすくまとめると、

・聖女と名乗ることは許可しない
・城での出来事を一切口にするな
・口止め料としてお金を渡す
・契約を破れば苦痛を与える

 と書かれてあった。
 一緒に契約書を読んだリラが怒るのをなだめながら、申し訳なさそうな顔で契約書を持ってきたエルンストに告げる。


「こちらからも条件を出したいんです。この城……いいえ、王都にいる貴族と、もう二度と関わりたくない。直接的でも間接的でも、私に接触しないと付け加えて、それを貴族に周知させてほしいんです。ついでに王様がサインするところも見せてください」
「かしこまりました。交渉してみましょう」


 エルンストには悪いことを頼んだと思うが、ここは引き下がれない。お城を出た途端にこっそり殺されるなんてごめんだ。

 お城にも王都にも、いい貴族はいるのかもしれない。だけど結局助けてはくれなかったし、そんな動きもなかった。
 さっぱりすっきり縁を切って、お互い存在を忘れて生きていくのが一番だ。


「リラとお別れするのだけは悲しいな」
「私もです……。サキ様と一緒にいたいけど、夫が家で待っているから帰らなくちゃ。サキ様は、こんなところさっさと出ていったほうがいいですよ!」


 なんと、まだ少女だと思っていたリラは結婚していた。さらに二十歳を越えていた。
 幼馴染の夫が4人いるのだと聞いた時は「異世界に来ちゃった……!」と痛感したものだ。
 リラは私のお世話をするためだけにお城にいるので、一緒に城から出ていく予定だ。


「サキ様、ここを出たら真っすぐに冒険者ギルドへ向かってください。腕の立つ冒険者と契約して、身を守ってくださいね」
「リラこそ気をつけて」
「実はエルンスト様に頼んで夫に事情を説明してもらって、こっそり引っ越しの準備をしているんです。次の聖女召喚の時にも呼び出されそうですから……。お互い無事に逃げましょうね」
「うん! 落ち着いたら、また会おうね」
「絶対ですよ!」


 別れを惜しんでいると、思ったより早くエルンストが帰ってきた。


「サキ様がお出しした条件を陛下が認め、サインするとおっしゃいました。こちらへどうぞ」
「リラ、行ってくるね」


 エルンストの後に続いて歩いていくと、豪華な扉の前についた。
 いかにも「王様がいます!」という扉を開けてもらって中へ入ると、想像通り側近や使用人に囲まれた王様がいた。

 顔は整っているが酷薄なのが透けて見え、片方の口の端がわずかに上がっている。確か50歳くらいだと思うが、それより若く見えた。
 王様の顔を覚えていなかったことはおくびにも出さず、エルンストが引いてくれた椅子に座る。


「こちらが新たな契約書です。ご確認ください」


 エルンストが差し出した契約書には、確かに私が望んだ条件が追加されていた。
 私から王都にいる貴族へ接触した場合も激痛が襲うことになっているが、こちらから関わるつもりはないので問題はない。
 私が貴族に話しかけられた場合、私じゃなくて話しかけてきた貴族のほうが痛い目に遭うことを、しっかりと確認する。


「サキ様が困窮しても、現在城と王都にいる貴族とその家門には頼れません。大丈夫ですか?」
「はい!」
「こちらがサキ様へお渡しするお金です。ギルドで口座を作れますので、そちらに入金しておくのがよろしいかと」


 袋にたっぷりと入った金貨はかなり重い。エルンストがこっそりと、三千万くらい入っていると教えてくれた。
 こちらの世界の1Gは1円と同じだったはず。
 口止め料として高いか安いかはわからないけれど、さっさと城を出たかったので何も言わずに受け取ってサインする。


「契約を結べば、条件は魔法によって守られる。お互い、二度と顔を見なくてすむな」


 初めて聞いた王の声は、冷ややかで温度のないものだった。


「はい! よかったです!」


 満面の笑みで答えると、王様は不快そうに眉を寄せた。


「エルンスト、この女についていけ。……ああ、貴族のままでは駄目だったか。エルンストの爵位を、たったいま剥奪する。定期的に報告をあげろ。以上だ」
「えっ……」


 まさかの展開に呆然とする。
 私が出ていきたいと言ったせいで、エルンストが貴族ではなくなるなんて!
 椅子から立ち上がって文句を言おうとしたが、エルンストに制止されて動きを止めた。


「かしこまりました」


 エルンストが言ったのは、たったそれだけ。
 エルンストが頭を下げている間に、王様はさっさと契約書にサインしてしまった。契約が成立した証に、私と王様の体がほんのりと光る。
 こうなっては、王に言葉をかけることすら契約違反になってしまう。

 悔しさで震えながら部屋を出ると、エルンストは清々しい顔で笑った。


「すみませんエルンスト様、私のせいで!」
「お気になさらず。私は、」
「おいっ、なんでこんなところにハズレ聖女がいるんだ!」


 今まで私の顔を見ればすかさず罵ってきた貴族がエルンストとの会話を邪魔してきて、


「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!」


 自滅した。
 床に倒れ、白目でビクンビクンとけいれんしている。


「これって……契約違反をしたからですかね?」
「そうでしょうね」
「もしかして王様って、私が嫌がらせされてたの知らないんですか?」
「報告していますよ」


 バk……げふんげふん。
 おそらく、忘れているか、これほど嫌がらせされていると思っていなかったのだろう。
 すっきりと笑うエルンストを見上げる。


「行きましょうか!」
「そうですね。まずは移動しましょう」


「やだ、ハズレ聖女が色目を使ってきゃああああぁぁぁ!! 痛っ、痛い!」
「どうなさったのですか!? ちょっと、何をしたのっぎゃあああぁぁぁ!!」
「何見てるんだ、ハズレめ! うぎゃああああぁぁ!! ……っ、何をしやがったぎゃあああぁぁぁっ!!」
「夫になってやってもいいうぐああぁぁぁぁっ!!」


 まさに死屍累々。
 その真ん中を歩きながら、思わずにやけてしまう。


「すみません、性格が悪くって」
「いえ……これほど言われているとは知りませんでした。……申し訳ありません」
「今日は突っかかってくる人が多いだけです。私こそ、エルンスト様を平民にしてしまいました。どうお詫びすればいいか……!」

「ハズレスキルを見せてみろよぐぎゃっっっ!!」

「いいえ、巻き込んだのは私のほうです。陛下は私を疎んじ、遠ざけようとしていました。サキ様がこれほどの扱いを受けたのも、私が責任者だったからという可能性が高い」
「悪意のある聖女様のせいで、私への嫌がらせは多くなっていました。結果は変わらなかったかと」

「聖女様がお呼びだぐがあぁぁぁぁぁっ!!」

「ほら、ついに悪意の聖女様からの呼び出しですよ。着いていったら、どんな目に遭うか。……それにしてもうるさいですね。さっさと城を出たほうがよさそうです」
「ええ、そうしましょう」


 部屋へ戻ると、リラがすでに荷物をまとめて待っていた。
 契約が成立したことと、部屋に来るまでのことを話すと、リラは目を輝かせた。


「サキ様にひどいことをしたやつが苦しめばいいですね!」
「リラに嫌がらせした奴のところに寄ってく?」
「多分、あっちから勝手に来ますよ」
「ならいっかぁ」
「やー、いい景色ですねぇ」


 のんびりと城をでた私たちの後ろには、数多くの貴族たちが体をけいれんさせて倒れていた。


 ……長年語り継がれることとなったこの日の惨劇は、とある地域ではこう呼ばれた。
 温泉聖女様の輝かしい軌跡の第一歩目だ、と。







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