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そのころ王都では1

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 ようやく。ようやくだ。
 あの忌々しいエルンストを追い出すことができた。しかも、ハズレ聖女を押し付けて!


「陛下、一仕事終えましたね」
「一代限りのスキル貴族のくせに、我が物顔で城を歩き回るなんて恥知らずな」
「エルンストのスキルはよかったですが、扱いづらかったですからね。あのスキルがなくても、陛下が王座に座っているかぎりは安心です」


 私を褒めたたえる言葉に、当然だと頷く。
 エルンストは有能だったが、そのぶん知らなくてもいいことを知ろうとした。
 どうせ、元は平民のスキル貴族だ。生きている間は最下位の貴族でいられるが、死んだら平民として葬られる。
 そんな存在が私のことを疑い、探ろうとするなど、許せるわけがない。

 気分がいいまま話し合いを再開しようとすると、外から悲鳴が聞こえてきた。


「何事だ!?」


 様子を見に行くために開けられたドアの向こうで、男がひっくり返っていた。
 顔中からあらゆる液体を出し、けいれんしている。あまりの見苦しさに眉をひそめ、顔をそむけた。
 その男からなんとか話を聞き出した使用人が帰ってきて、何が起こったかを告げる。


「退室したハズレ聖女に声をかけたようです」
「愚かな。連れていけ」
「かしこまりました」


 ドアが閉められ、見苦しい男が視界から消える。
 気分を変えるためにコーヒーを一口飲み、椅子に座りなおした。


「では、聖女について報告しろ」
「癒しの聖女からご報告いたします。癒しのスキルは伝説と呼ばれるだけあり、生まれつき右腕がなかった者の腕を生やしました」
「おお! 素晴らしい!」
「しかし性格が非常に悪く、弱者をいたぶることが趣味のようです。最初はおとなしくしていましたが、本性を現しはじめました。このままでは要求がエスカレートしていくでしょう」
「構わん」


 癒しのスキルは、どんな手を使ってでも手元に置いておかなければならない。
 毒を飲もうが切られようが、死んでさえいなければ、いつでも万全の状態に戻ることができるのだ。


「予定通り、第一王子と上流貴族の子息を癒しの聖女と結婚させる。結婚させるまで、癒しの聖女と会おうとする者は排除しろ」
「仰せの通りに。次に、結界の聖女についてのご報告です。初日から結界に閉じこもったまま、呼びかけにも応じません」
「男が駄目ならば女だ。そちらでも反応がないのか?」
「はい。ペットや服飾にも興味がないようです。今は様々なものを見せて反応を探っています」


 結界も貴重なスキルだ。どれほど大きい結界を張れるかはわからないが、かつての結界の聖女は王都全体を守ったという。
 せめて私だけでも結界で守るべきだが、事情を聞いた結界の聖女は、自分だけ結界の中に閉じこもってしまった。

 食事をとり、眠り、本を読んだり歩き回りもする。自分を結界で守ったまま。
 見目麗しい令息がいくら求愛しても、かいがいしく世話をしようとしても、ずっと無視している。
 結界がある以上さわれないので、声をかけることしか出来ない。


「……今度、私が自ら声をかけよう」
「おお、ありがとうございます! さすがに反応するでしょう!」
「予知の聖女はどうだ?」
「それが、相変わらずです」


 予知のスキルは使いこなすまでが難しいと聞いていたが、その通りだった。
 幸いにも頻繁に予知をするが、重要でないものばかりだ。どこかで羊が迷子になった、誰かがあくびをした、貧民がパンを買った。
 必要ない情報ばかりな上、いつ、どこで起こるかがわからない。


「とりあえず知識を詰め込ませろ。小心者ゆえ、逆らわず使いやすいだろう。記録係はついているな?」
「はい」
「重要な予知をしたら教えろ」


 話が一段落したところでドアがノックされた。
 会議中は、よほど大事な用事でなければ邪魔はされない。ドアを開けさせると、慌てた様子で執事が入室してきた。


「会議中に申し訳ございません。ハズレ聖女に声をかける者が後を絶たず、すでに10人以上が倒れております」
「放っておけ!」
「癒しの聖女様がハズレ聖女と会うことをご所望し、宮殿へ連れていこうとしたのですが、出来ませんでした。癒しの聖女様は大変にご立腹です。そして、倒れた者の中には上流貴族も含まれております」
「くそっ、契約書にサインするのを早まったか……!」


 いくら悔やんでも、もう遅い。
 契約解除はできるが、サインした双方が同意しなければならない。
 そして、私からハズレ聖女に命令することはできない。そんなことをすれば、激痛に襲われてしまう。
 契約書を作る時に、もう二度とハズレ聖女の顔を見なくてもすむように、契約違反者には最大の苦痛を与える文を入れた。
 ハズレ聖女を苦しめるはずが、まさか私が苦しむことになるとは……!


「……元より、ハズレ聖女に関わらぬよう周知する予定だった。それを早めよ。癒しの聖女には、ハズレ聖女が契約を悪用したと伝え、適当な令息を与えろ」
「かしこまりました」


 執事が部屋を出ていったのと同時に、予知の聖女が部屋に駆けこんできた。
 いつもこちらの顔色を窺っている気弱な様子と違い、目は血走り、優雅さのかけらもない。


「何事だ、騒々しい」
「もう一人の聖女は!? いましたよね、4人目の聖女! 名前は……スキルも知らないけど、どこですか!?」
「出ていったが」
「……出ていった……?」
「先ほどのことだ。もう城を出た頃だろう」
「そ、んな……」


 予知の聖女は顔面蒼白になって、へなへなと床に座り込んだ。
 床に座るなど汚らしく、青ざめた顔は見苦しい。


「も、もう終わりだ……この国は……ふ、ふふっ……」
「どういうことだ!? 国が終わる!?」


 問いただした途端、予知の聖女はハッとして私を見つめた。
 こちらがいくら声を荒げても一言も発することなく、予知の聖女はよたよたと出て行ってしまった。

 予知の聖女のまわりにいる令息に詳しく聞くようにと命令したが、結局なにも聞き出すことはできなかった。
 使えない奴ばかりだ!


「エルンスト! スキルを……」


 言いかけて止まる。
 ……そうだ、エルンストはもういない。追い出した。せいせいした。

 なのになぜ、胸の中にこうも不安が広がる……?

 私の疑問に答える者は、誰もいなかった。






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