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エルンスト2
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「まずは感謝を。倒れた私のために医者を呼んでくださり、ありがとうございます」
「そんなの当たり前のことをしただけだろ。こっちは気にせず、ゆっくり休めよ」
「そうさせていただきます」
会話が終わり、部屋には沈黙が満ちる。
出会ったばかりの相手と会話がはずんだことなどない。この男とはそれなりに長い付き合いになりそうだから、居心地の悪い状態が続くのは避けたいが……。
考え込む私とは違い、レオは何も気にしていない様子でパンを食べた。
まだ食べるのか!?
「サキが話してくれたんだ。エルンストがどんなことをしてくれたか、どれだけいい人かってな。サキは城でのことを話せない契約だけど、はっきり『城での出来事だ』って言わない限りは大丈夫みたいだな。息を吸ったことがあるとかベッドで眠ったとか、そういうのも駄目だってなるとキツイもんな。女神様も考えていらっしゃる」
魔法を使う契約書は、女神様のお力によって縛られている。こうした抜け穴もあるが、契約書によって違い、抜け穴がなかったりもする。
これが女神様が私たちのことを見てらっしゃる証拠だと言う者も多い。
「俺は城や貴族のことはよく知らない。だけどエルンストが過労でぶっ倒れるまで頑張ってたことや、サキを大事にしていることもわかったつもりだ。そのうえで聞く。城で何があったんだ?」
ギルドマスターやレオには、サキさんがどんな目に遭ったか、簡単にしか説明していない。サキさんのことを勝手に話していいものか考えていると、レオが勢いよく背中を叩いてきた。
バシッ! という音と共に、背中にじんじんと痛みが広がる。
「っぐう……! ちょっとレオ、痛いんですが!?」
「悪い、そんなに痛がるとは思わなかった」
「A級であることを自覚してください!」
「ごめんな! エルンストが考え込んでるみたいだったから、つい。教えてほしいのはエルンストのことだ。サキのことはサキに聞くからさ」
「……わかりました」
サキさんが買ってきてくれた、リラックス効果があるというハーブティーで喉を湿らせる。
どこから話すべきか……。自分のことを話す機会などなかったから、何から話せばいいのか、何を話せばいいのか迷う。
「まず私は、スキル貴族でした。有用なスキルを持つ平民に一代限りの爵位を与えて、城に仕えさせる制度です。ご存じですよね?」
「おお、すげえじゃん!」
「貴族とはいえ、平民とさほど変わりません。ですが私のスキルも、私自身も有用でした。それゆえ疎まれ、利用され、地位が上がるにつれ目障りだと思われたのです。そして」
「待った! その先はまだ聞かないほうがいいって俺の直感がいってる!」
「ふふ、ではまだ言わないことにしましょう。色々ありまして、私を平民にして城から追い出したいと陛下が考えるようになりました。ですが私のスキルは有用で、蔑みながらも頼りにしている貴族が多い。そこで聖女召喚の責任者にして、重大な失敗をしたことにして追い出そうとしたのです。サキさんはそれに巻き込まれた……と、思っていました」
ずっとそう思っていた。思い込んでいたかった。
けれどサキさんの温泉スキルのすばらしさを知った時、それは覆された。
「サキさんが気高く賢い女性だから、温泉スキルの詳細を隠したまま城を出ることが出来ました」
聖女は城で暮らすのが一番の幸福だと思っていた。王族が囲いたくなるほどのスキルを持っていない聖女たちは、結婚と共に城から出されてしまうから。
しかし、サキさんは違った。冷遇されていたサキさんにとって、城はただの豪華な牢屋だった。
「サキさんがすぐに貴重だとわかるスキルを持っていたのなら、今頃は城で一番大事にされていたでしょう」
増えていく仕事の責任を押し付けられて働いている間、サキさんだけが私の光だった。
私を責めてもいい状況なのに労わってくれ、いつもあたたかく部屋に迎え入れてくれた。あの笑顔で私がどれだけ救われたか、サキさんだけが知らない。
敵が多く心休まることのない城で、サキさんだけが救いだった。サキさんだけが、私の聖女だった。
「俺は、これからサキのことをもっと好きになる」
不意に告げられたレオの言葉に、勢いよく顔を上げる。
サキさんは素晴らしい人だ。それを知っていた。レオがいつかサキさんを好きになるだろうと、出会った瞬間にわかった。サキさんにとってレオが必要不可欠になるとスキルが言ったから、レオと契約することを後押しした。
……自分の気持ちを押し殺して。
「悔しいけど、サキは俺よりエルンストを信頼してる。だけど諦める気はないぜ! お互いサキに好かれるよう、頑張ろうな!」
「そうしたいのですが……実は私、30歳なんです」
「あー……」
さすがのレオも返答に困ったようだった。
サキさんの世界では違うようだが、この世界では基本的に結婚は早い。女性が少ないので、早い者勝ちの傾向があるのだ。
召喚された聖女が年上好きの場合に備え、ある程度まで子供を結婚させないこともある。そうするのは、聖女召喚の恩恵にあずかれる中流貴族以上だけだ。
「どう見てもサキさんは20歳前後です! 私のようなおじさんが迫ったら犯罪になってしまう……!」
「いやー、まあ、サキがいいって言えば解決するけどな。レディーに歳を聞くのはさすがに出来ねぇし……」
「私が勝手に好きになったのに、この想いさえ気持ち悪いと思われたら、私は……!」
「サキはそんなこと思わねえだろ」
「そうですよね! でもサキさんを苦しめてしまうのは違いない!」
「今までよく頑張ったな。ようし、飲め飲め。酒は体にいいんだぜ」
ワインの入ったグラスを渡され、勢いよく飲む。久しぶりのお酒が、体に回っていく。
そのあとやってきたメロおじいさんに怒られるまで、私はワインを飲み続けたのだった。
「そんなの当たり前のことをしただけだろ。こっちは気にせず、ゆっくり休めよ」
「そうさせていただきます」
会話が終わり、部屋には沈黙が満ちる。
出会ったばかりの相手と会話がはずんだことなどない。この男とはそれなりに長い付き合いになりそうだから、居心地の悪い状態が続くのは避けたいが……。
考え込む私とは違い、レオは何も気にしていない様子でパンを食べた。
まだ食べるのか!?
「サキが話してくれたんだ。エルンストがどんなことをしてくれたか、どれだけいい人かってな。サキは城でのことを話せない契約だけど、はっきり『城での出来事だ』って言わない限りは大丈夫みたいだな。息を吸ったことがあるとかベッドで眠ったとか、そういうのも駄目だってなるとキツイもんな。女神様も考えていらっしゃる」
魔法を使う契約書は、女神様のお力によって縛られている。こうした抜け穴もあるが、契約書によって違い、抜け穴がなかったりもする。
これが女神様が私たちのことを見てらっしゃる証拠だと言う者も多い。
「俺は城や貴族のことはよく知らない。だけどエルンストが過労でぶっ倒れるまで頑張ってたことや、サキを大事にしていることもわかったつもりだ。そのうえで聞く。城で何があったんだ?」
ギルドマスターやレオには、サキさんがどんな目に遭ったか、簡単にしか説明していない。サキさんのことを勝手に話していいものか考えていると、レオが勢いよく背中を叩いてきた。
バシッ! という音と共に、背中にじんじんと痛みが広がる。
「っぐう……! ちょっとレオ、痛いんですが!?」
「悪い、そんなに痛がるとは思わなかった」
「A級であることを自覚してください!」
「ごめんな! エルンストが考え込んでるみたいだったから、つい。教えてほしいのはエルンストのことだ。サキのことはサキに聞くからさ」
「……わかりました」
サキさんが買ってきてくれた、リラックス効果があるというハーブティーで喉を湿らせる。
どこから話すべきか……。自分のことを話す機会などなかったから、何から話せばいいのか、何を話せばいいのか迷う。
「まず私は、スキル貴族でした。有用なスキルを持つ平民に一代限りの爵位を与えて、城に仕えさせる制度です。ご存じですよね?」
「おお、すげえじゃん!」
「貴族とはいえ、平民とさほど変わりません。ですが私のスキルも、私自身も有用でした。それゆえ疎まれ、利用され、地位が上がるにつれ目障りだと思われたのです。そして」
「待った! その先はまだ聞かないほうがいいって俺の直感がいってる!」
「ふふ、ではまだ言わないことにしましょう。色々ありまして、私を平民にして城から追い出したいと陛下が考えるようになりました。ですが私のスキルは有用で、蔑みながらも頼りにしている貴族が多い。そこで聖女召喚の責任者にして、重大な失敗をしたことにして追い出そうとしたのです。サキさんはそれに巻き込まれた……と、思っていました」
ずっとそう思っていた。思い込んでいたかった。
けれどサキさんの温泉スキルのすばらしさを知った時、それは覆された。
「サキさんが気高く賢い女性だから、温泉スキルの詳細を隠したまま城を出ることが出来ました」
聖女は城で暮らすのが一番の幸福だと思っていた。王族が囲いたくなるほどのスキルを持っていない聖女たちは、結婚と共に城から出されてしまうから。
しかし、サキさんは違った。冷遇されていたサキさんにとって、城はただの豪華な牢屋だった。
「サキさんがすぐに貴重だとわかるスキルを持っていたのなら、今頃は城で一番大事にされていたでしょう」
増えていく仕事の責任を押し付けられて働いている間、サキさんだけが私の光だった。
私を責めてもいい状況なのに労わってくれ、いつもあたたかく部屋に迎え入れてくれた。あの笑顔で私がどれだけ救われたか、サキさんだけが知らない。
敵が多く心休まることのない城で、サキさんだけが救いだった。サキさんだけが、私の聖女だった。
「俺は、これからサキのことをもっと好きになる」
不意に告げられたレオの言葉に、勢いよく顔を上げる。
サキさんは素晴らしい人だ。それを知っていた。レオがいつかサキさんを好きになるだろうと、出会った瞬間にわかった。サキさんにとってレオが必要不可欠になるとスキルが言ったから、レオと契約することを後押しした。
……自分の気持ちを押し殺して。
「悔しいけど、サキは俺よりエルンストを信頼してる。だけど諦める気はないぜ! お互いサキに好かれるよう、頑張ろうな!」
「そうしたいのですが……実は私、30歳なんです」
「あー……」
さすがのレオも返答に困ったようだった。
サキさんの世界では違うようだが、この世界では基本的に結婚は早い。女性が少ないので、早い者勝ちの傾向があるのだ。
召喚された聖女が年上好きの場合に備え、ある程度まで子供を結婚させないこともある。そうするのは、聖女召喚の恩恵にあずかれる中流貴族以上だけだ。
「どう見てもサキさんは20歳前後です! 私のようなおじさんが迫ったら犯罪になってしまう……!」
「いやー、まあ、サキがいいって言えば解決するけどな。レディーに歳を聞くのはさすがに出来ねぇし……」
「私が勝手に好きになったのに、この想いさえ気持ち悪いと思われたら、私は……!」
「サキはそんなこと思わねえだろ」
「そうですよね! でもサキさんを苦しめてしまうのは違いない!」
「今までよく頑張ったな。ようし、飲め飲め。酒は体にいいんだぜ」
ワインの入ったグラスを渡され、勢いよく飲む。久しぶりのお酒が、体に回っていく。
そのあとやってきたメロおじいさんに怒られるまで、私はワインを飲み続けたのだった。
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