温泉聖女はスローライフを目指したい

皿うどん

文字の大きさ
25 / 43

そのころ王都では3

しおりを挟む
「……こうするしかないと言うのか?」
「申し訳ございません。結局、金庫を開ける手順を思い出せる者はおりませんでした」
「どこかに手順を書いておらぬのか? 本当に!?」
「陛下が禁じられましたので……」


 おろおろしながらも、はっきりと私にも非があると伝えた執事を睨みつけるが、執事は深々と頭を下げたまま私の視線には気付かなかった。
 罰してやりたいが、この執事がいなければ仕事が進まぬ。寛大な心で許してやったというのに礼すら述べず、執事は続けた。


「南領の魔物被害、西領の干ばつ、東領の水害の対策については、各領主様から何度も催促が届いております。領主様に事実を伝えなければ、支持を失います」
「事実を知れば、どちらにせよ失う!」
「非を認めて、謝罪なさるのがよろしいと存じます。陛下が頭を下げるのです、許さない貴族はおりません」
「私が頭を下げるだと……!?」


 強烈な怒りが体中を駆け巡る。激情のまま立ち上がって机をたたくと、手がじんと痛んだ。


「私が! この国を統べるこの私が! 頭を下げるなど許されない!」
「有り得ない行いをするからこそ、陛下の器の広さが知れ渡るのです。陛下の素晴らしさが民にまで伝わるでしょう。聡明な陛下ならば、どうなさるのが一番かおわかりかと」


 イライラと椅子に座る。
 領主からの催促がこれ以上くるのはまずい。だが、担当していたのがエルンストなので、詳細がわからない。エルンストの補佐をしていた者達は次々と辞職し、残ったのは無能だけだった。そやつらは遊び惚けて仕事をしていなかったから城から追い出したが、そうすると誰も残らなかった。
 私は、エルンストから詳しい報告は聞いていなかった。もう少し進めば私が取り仕切る予定だったので、その時に詳しいことを知る予定だったのだ。


「金庫さえ開けられれば……!」


 そこにあるものさえ見れば、私もすぐ取りかかれる。この政策に失敗は許されないのに。
 私は王だ。王とは、何でもする下働きのような存在ではない。人に仕事を割りふるのが仕事なのだ。
 私を探るエルンストが目ざわりだからといって、ほかの貴族の言うことを鵜呑みにするのではなかった。エルンストはスキル貴族のくせに仕事を選り好みし、私に言われるまでスキルを使わない無能だったはずなのに……!


「ご決断を、陛下」


 急かす執事を睨みつけると、ドアが激しくノックされた。王がいる執務室だというのに、許されない行動だ。
 執事がドアを開けると、使用人が転がり込んできた。


「たっ、大変です陛下! 癒しの聖女様が、スキルで令息を傷つけております!」
「……は?」


 聞こえてきた言葉が信じられず、使用人を見る。使用人の服はよれており、顔から汚らしく涙を流している。咳き込みながら、私の許しも得ずに話し出した。


「癒しの聖女様は、我が国にいる聖女は今回召喚された4人だけだと思っていたようです! ほかにも聖女様がいると知った途端に暴れだし、ごっ、ご令息の体が……!」
「なっ、なんだ!? 何があった!」


 青ざめた使用人は、ぶるぶると震えながら口を開いた。


「癒しの聖女様がご令息の体にふれた途端、くっ、苦しみだし、体が風船のように膨らんで……! 膨らんだ体には血管が浮き出て……目は奇妙に飛び出し、とても人間には見えない有様に……」
「……生きているか?」
「はい。息はありますが、聖女様が暴れて近付けません」


 言葉もなく、体が椅子に崩れ落ちた。足が震えている。
 癒しの聖女が持つスキルは、癒しではなかった? いや、きちんと確認した。スキルは一人につき一つ、聖女でも例外はない。


「癒しのスキルで、どうやって人の形を変えたのだ……?」


 呆然とつぶやくと、またドアが激しくノックされた。執事が素早くドアを開ける。


「癒しの聖女様がお倒れに! スキルを使いすぎたためかと! 医者や治療できるスキルの持ち主が向かっております」
「っならぬ! 癒しの聖女を回復させてはならぬ! 醜くなった令息の詳細がわかるまで放置しておけ!」
「……かしこまりました」


 ……なぜ。なぜこうなった……?
 召喚することで命を救ってやったというのに、今回の聖女は誰も私に感謝しない。誰も役に立たない。
 どうすればいいのだ! これで令息の親から私に苦情が来る。私を支持しなくなったらどうするのだ! 反乱でも起こされたら!


「どうすればいい……」


 思わず頭を抱えるが、答えてくれる者は誰もいなかった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

異世界から来た華と守護する者

恋愛
空襲から逃げ惑い、気がつくと屍の山がみえる荒れた荒野だった。 魔力の暴走を利用して戦地にいた美丈夫との出会いで人生変わりました。 ps:異世界の穴シリーズです。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』

ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています この物語は完結しました。 前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。 「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」 そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。 そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

処理中です...