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解呪の温泉
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王都にあった城とは違い、堅牢であることを重視した北領のお城は、どこか殺伐とした雰囲気だった。机ひとつとっても、装飾は控えめで頑丈に作られている。まさに、戦地の城だ。
北領の人は飲み物を甘くするのが基本なので、出されたコーヒーの横には、角砂糖とジャムが置かれたトレイが添えられていた。ジャムは何種類もあって、どれを使おうか迷ってしまう。窓からの光できらきらとしていて、とても綺麗だ。
「ギルのおかげで厚遇されていますね。助かります」
「そうなのか」
「早く帰ってほしい客には、砂糖を出さないらしいぞ。だけど俺たちには、砂糖だけじゃなく何種類ものジャムを出してくれてる。アグレル家から信頼を得ているギルだから、こうして歓迎して話を聞いてくれるんだろ」
砂糖を出さないって、ぶぶ漬け的なやつかな?
そういえば、貴族って遠まわしな言い方をするってイメージがあったけれど、王都ではそんな人がいなかったな。みんな遠慮せず私に言いたいことを言っていた。
「アグレル家には遠まわしに話したほうがいいかな? あんまり出来ないとは思うけど」
「北領の方は回りくどいことが嫌いな傾向にあります。いつものサキさんで大丈夫ですよ」
エルンストの言葉に安心したと同時に、ドアがノックされた。ギルが返事をするとドアが開き、眉目秀麗で筋肉質な男性と、ムキムキなご老人が入ってきた。
若い男性は浅黒い肌に銀色の髪で、切れ長の目が綺麗だ。おじさまも同じ肌と髪色をしているので、おそらく親族なのだろう。
たったの数歩で私たちがいるソファーにたどり着いたのを、立って出迎える。
「遅くなった。貴女と貴殿らが、北領を救ってくれるという人物か」
「初めてお目にかかります。私はエルンストと申します」
口を開いた若い男性に向けて、エルンストが優雅に頭を下げる。元貴族のエルンストが手本を見せるように挨拶をしてくれたので、みんなそれに倣った。
「ギルだ。アイテムの改善案などがあれば言ってくれ。よりよいものを作って北領へお返ししよう」
「あなたが、あの素晴らしいアイテムの数々を作成してくれた方か。感謝している」
「俺はレオ。冒険者でA級、サキの護衛だ」
「はじめまして、サキと申します。よろしくお願いいたします」
「……貴女が、窮地を救う聖女なのか?」
「そうであればいいと思っています」
男性はしばらく私をじっと見ていたが、ふっと目をそらして順番にひとりひとり見つめていった。やがてゆっくりと瞬きをした男性は、右手で軽く胸のあたりを二度叩いて目を伏せた。
「名乗るのが遅くなってすまない。俺はヴィンセント・アグレル、アグレル家の当主だ」
「儂はバート・アグレル。ヴィンセントの叔父だ」
バートも同じように、胸を二度叩く。
それから揃ってソファに座り、使用人がヴィンセントたちの飲み物と軽食を置いていくのを待ってから、ヴィンセントが話を切り出した。
「聖女と聞いているが」
「長くなりますが、私のことを説明してもよろしいでしょうか」
「頼む」
ヴィンセントが軽く頷いたので、説明することにした。
今までは契約のことがあるから、エルンストとレオが説明してくれていた。けれど、城での出来事だとはっきり言わなければ大丈夫だとわかった。それならば、本人である私が説明するべきだ。
激痛が走ったとしても、死ぬわけじゃない。どこまで話してもいいかの確認にもなる。3人には反対されたけれど、誰かの信頼を得たいのなら、後ろに隠れていては駄目だ。
詳細は省きながら、北領に来るまでの経緯を説明する。
「こういった事情で、北領の貴族以外と会うことは出来ません。スキルで温泉を出す対価に、私が経営する予定の建物と土地をいただきたいのです。契約によっては、改装もしていただければと。私の温泉は、三日間だけですが様々な効能を付与することができます。怪我には効果がありませんが、病気や疲労回復、トラウマなどの精神病や、毒や呪い、近視などにも効果があります。効果が半減しますが、温泉に浸からず飲むこともできます。動植物にも効果がありますし、魔物に効果がある温泉を出すことができます」
ふたりがハッとして私を見る。
「実践はしていませんが、魔物除けの温泉を出せます。……異世界からやってきた私には、居場所がありません。このスキルで人の役に立てればと願うと同時に、居場所を作りたいと思っていることは否定しません。私にできることは、手の内をすべてさらけ出し、本音を話すことだけです」
話し終えると、沈黙が部屋を支配した。
交渉する時に本音ばかり話すのはよくないかもしれないが、私にはこの世界の常識がわからない。中途半端に隠し事をして、疑われることだけは避けたかった。
「……北領の貴族は、立場が悪い。後ろ盾になっても、王族や王都の貴族相手には、意味がないことも多々あるだろう」
「後ろ盾になってくださったら嬉しいですが、いざとなればこの国を出るつもりなので大丈夫です」
「国を出る?」
「難しいでしょうが、いろんなところに行けるきっかけだと思って楽しもうと思っています」
「……聖女が、国を出るのか……」
「確定ではありませんが」
こう言うってことは、アグレル家との交渉は決裂なのかな。……ここでなら、居場所ができるかと思ったんだけど。
「サキは、呪いをとくことができると言ったな。それは、どんな呪いでも?」
「絶対とは言えません」
ヴィンセントはバートとアイコンタクトをしてから、もう一度私を見た。
「……診てほしい人がいる」
応接室を出てから、直線的なお城の中を随分と歩いた。厳重に警備されている部屋の前で軽く身体検査をされ、マジックバックなどは預けてから部屋の中に通される。
部屋の中央には大きなベッドがあり、おじいさんが横たわっていた。浅黒い肌に銀髪で、目を瞑っていてもヴィンセントと似ているのがわかる。この肌と髪色がアグレル家の特徴なんだろう。
「俺の父のイゴールだ。魔物の呪いによって、ずっと眠っている。どんな薬でもスキルでも治せなかった。王城には解呪スキルの持ち主がいるというのに、訴えは無視されている。助ければ王族と敵対することになってしまうが……サキならば」
「問題ないですね。すでに王様には敵視されていますし、私も嫌いなので」
「嫌い……そうか、嫌いなのか」
「率直に言えば、大嫌いです。好きになる要素が皆無です」
「ふふっ、そうか」
ヴィンセントが笑うと、少し幼くなって可愛い。
「ギルのマジックバックを返してもらえませんか? そこに浴槽がひとつ入っているんです」
試しに作ったもので、使い心地がよかったら複製する予定のものだ。この部屋で温泉に入ると後始末が大変だろうけれど、この人を動かすほうがよくない。
「ポイズンアリゲーターという魔物は、毒と呪いを吐き出す。父は部下をかばって呪いの霧を吸い込み、それから眠り込んだままだ」
おじいさんの顔色は悪くない。髪やヒゲは綺麗に手入れされている。床ずれもなく、丁寧にお世話されているのがわかった。
出してもらった浴槽に手をかざし、目を瞑って集中する。
……おじいさんの呪いをとく温泉を出したい。この人を助けたい。
そう願うと同時に、手のひらが熱くなった。温泉が出る予兆だ。
「離れていてください!」
その言葉と共に、手のひらから勢いよく温泉が出て、浴槽に満ちていった。
北領の人は飲み物を甘くするのが基本なので、出されたコーヒーの横には、角砂糖とジャムが置かれたトレイが添えられていた。ジャムは何種類もあって、どれを使おうか迷ってしまう。窓からの光できらきらとしていて、とても綺麗だ。
「ギルのおかげで厚遇されていますね。助かります」
「そうなのか」
「早く帰ってほしい客には、砂糖を出さないらしいぞ。だけど俺たちには、砂糖だけじゃなく何種類ものジャムを出してくれてる。アグレル家から信頼を得ているギルだから、こうして歓迎して話を聞いてくれるんだろ」
砂糖を出さないって、ぶぶ漬け的なやつかな?
そういえば、貴族って遠まわしな言い方をするってイメージがあったけれど、王都ではそんな人がいなかったな。みんな遠慮せず私に言いたいことを言っていた。
「アグレル家には遠まわしに話したほうがいいかな? あんまり出来ないとは思うけど」
「北領の方は回りくどいことが嫌いな傾向にあります。いつものサキさんで大丈夫ですよ」
エルンストの言葉に安心したと同時に、ドアがノックされた。ギルが返事をするとドアが開き、眉目秀麗で筋肉質な男性と、ムキムキなご老人が入ってきた。
若い男性は浅黒い肌に銀色の髪で、切れ長の目が綺麗だ。おじさまも同じ肌と髪色をしているので、おそらく親族なのだろう。
たったの数歩で私たちがいるソファーにたどり着いたのを、立って出迎える。
「遅くなった。貴女と貴殿らが、北領を救ってくれるという人物か」
「初めてお目にかかります。私はエルンストと申します」
口を開いた若い男性に向けて、エルンストが優雅に頭を下げる。元貴族のエルンストが手本を見せるように挨拶をしてくれたので、みんなそれに倣った。
「ギルだ。アイテムの改善案などがあれば言ってくれ。よりよいものを作って北領へお返ししよう」
「あなたが、あの素晴らしいアイテムの数々を作成してくれた方か。感謝している」
「俺はレオ。冒険者でA級、サキの護衛だ」
「はじめまして、サキと申します。よろしくお願いいたします」
「……貴女が、窮地を救う聖女なのか?」
「そうであればいいと思っています」
男性はしばらく私をじっと見ていたが、ふっと目をそらして順番にひとりひとり見つめていった。やがてゆっくりと瞬きをした男性は、右手で軽く胸のあたりを二度叩いて目を伏せた。
「名乗るのが遅くなってすまない。俺はヴィンセント・アグレル、アグレル家の当主だ」
「儂はバート・アグレル。ヴィンセントの叔父だ」
バートも同じように、胸を二度叩く。
それから揃ってソファに座り、使用人がヴィンセントたちの飲み物と軽食を置いていくのを待ってから、ヴィンセントが話を切り出した。
「聖女と聞いているが」
「長くなりますが、私のことを説明してもよろしいでしょうか」
「頼む」
ヴィンセントが軽く頷いたので、説明することにした。
今までは契約のことがあるから、エルンストとレオが説明してくれていた。けれど、城での出来事だとはっきり言わなければ大丈夫だとわかった。それならば、本人である私が説明するべきだ。
激痛が走ったとしても、死ぬわけじゃない。どこまで話してもいいかの確認にもなる。3人には反対されたけれど、誰かの信頼を得たいのなら、後ろに隠れていては駄目だ。
詳細は省きながら、北領に来るまでの経緯を説明する。
「こういった事情で、北領の貴族以外と会うことは出来ません。スキルで温泉を出す対価に、私が経営する予定の建物と土地をいただきたいのです。契約によっては、改装もしていただければと。私の温泉は、三日間だけですが様々な効能を付与することができます。怪我には効果がありませんが、病気や疲労回復、トラウマなどの精神病や、毒や呪い、近視などにも効果があります。効果が半減しますが、温泉に浸からず飲むこともできます。動植物にも効果がありますし、魔物に効果がある温泉を出すことができます」
ふたりがハッとして私を見る。
「実践はしていませんが、魔物除けの温泉を出せます。……異世界からやってきた私には、居場所がありません。このスキルで人の役に立てればと願うと同時に、居場所を作りたいと思っていることは否定しません。私にできることは、手の内をすべてさらけ出し、本音を話すことだけです」
話し終えると、沈黙が部屋を支配した。
交渉する時に本音ばかり話すのはよくないかもしれないが、私にはこの世界の常識がわからない。中途半端に隠し事をして、疑われることだけは避けたかった。
「……北領の貴族は、立場が悪い。後ろ盾になっても、王族や王都の貴族相手には、意味がないことも多々あるだろう」
「後ろ盾になってくださったら嬉しいですが、いざとなればこの国を出るつもりなので大丈夫です」
「国を出る?」
「難しいでしょうが、いろんなところに行けるきっかけだと思って楽しもうと思っています」
「……聖女が、国を出るのか……」
「確定ではありませんが」
こう言うってことは、アグレル家との交渉は決裂なのかな。……ここでなら、居場所ができるかと思ったんだけど。
「サキは、呪いをとくことができると言ったな。それは、どんな呪いでも?」
「絶対とは言えません」
ヴィンセントはバートとアイコンタクトをしてから、もう一度私を見た。
「……診てほしい人がいる」
応接室を出てから、直線的なお城の中を随分と歩いた。厳重に警備されている部屋の前で軽く身体検査をされ、マジックバックなどは預けてから部屋の中に通される。
部屋の中央には大きなベッドがあり、おじいさんが横たわっていた。浅黒い肌に銀髪で、目を瞑っていてもヴィンセントと似ているのがわかる。この肌と髪色がアグレル家の特徴なんだろう。
「俺の父のイゴールだ。魔物の呪いによって、ずっと眠っている。どんな薬でもスキルでも治せなかった。王城には解呪スキルの持ち主がいるというのに、訴えは無視されている。助ければ王族と敵対することになってしまうが……サキならば」
「問題ないですね。すでに王様には敵視されていますし、私も嫌いなので」
「嫌い……そうか、嫌いなのか」
「率直に言えば、大嫌いです。好きになる要素が皆無です」
「ふふっ、そうか」
ヴィンセントが笑うと、少し幼くなって可愛い。
「ギルのマジックバックを返してもらえませんか? そこに浴槽がひとつ入っているんです」
試しに作ったもので、使い心地がよかったら複製する予定のものだ。この部屋で温泉に入ると後始末が大変だろうけれど、この人を動かすほうがよくない。
「ポイズンアリゲーターという魔物は、毒と呪いを吐き出す。父は部下をかばって呪いの霧を吸い込み、それから眠り込んだままだ」
おじいさんの顔色は悪くない。髪やヒゲは綺麗に手入れされている。床ずれもなく、丁寧にお世話されているのがわかった。
出してもらった浴槽に手をかざし、目を瞑って集中する。
……おじいさんの呪いをとく温泉を出したい。この人を助けたい。
そう願うと同時に、手のひらが熱くなった。温泉が出る予兆だ。
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