32 / 43
聖女のお披露目
しおりを挟む
気を抜けば、か細く震えてしまう息を一度止めて、深く吸い込む。
都市をぐるりと囲む城壁の上に立つ私の周囲には、数えきれないほどの人が集まっていた。私や隣に立つヴィンセントに突き刺さる、不安と期待が混じった多くの視線。
ヴィンセントが軽く頷くのを見て、ギルが作ったアイテムを手に取った。マイクのように、周囲に声を届けるものだ。
「皆様、お初にお目にかかります。サキと申します」
幸いにも声は震えることなく、人々へ降り注いだ。道にも、家の屋根にすら人が所狭しと並んでいて、私の言葉を待っていた。
「私のスキルは温泉で、魔物避けや弱体化させられる温泉を出せます。今から皆様に、魔物を追い返す光景をお見せいたします。私は召喚されたばかりで、北領はおろかこの国のことさえ何もわかりません。皆様が希望を持って北領を守ってきたことが、少しばかりわかっただけ」
息を吸うためのわずかな時間、誰の声も、咳払いすら聞こえなかった。これだけ大きな都市で、これだけの人がいるのに、恐ろしいほどの静寂。
「これからは私も北領のために尽力いたします。まずは、ひと時ですが皆様に心の平穏が訪れますように!」
パッと手を挙げると、城門が開かれる。城門の外にいた騎士たちが、温泉が入った大きな注射器のようなものを持って並んでいるのが人々の目に映った。
これは私がギルに提案して作ってもらったものだ。人力で水を遠くまで飛ばすのならこういう形だろうと軽い気持ちで言ったところ、数時間で出来上がってしまった。
整列した騎士たちが筒から温泉を出す。その途端、こちらへ突進していたイノシシのような魔物が急ブレーキをかけて転がり、こちらに背を向けてよたよたと城門から離れていった。隠れていた魔物も、慌てて逃げ去っていく。
驚きでざわついていた声が、一気に歓声へと変わる。
「すごい! 魔物が逃げていった!」
「今まで何をしても突進してきたのに! 遠くから魔物を撃退できるなんて!」
「これで北領を守れる……!」
「素晴らしいスキルだ! 俺たちは生き残れる!」
ドッと声が上がり、大きなうねりとなって街の隅々まで興奮と希望が届いていく。
「聖女様! サキ様は聖女だ!」
「温泉の聖女様!」
「女神様が北領へ与えてくださった温泉聖女様だ!」
手を振ると、さらに大きな歓声が上がり、耳が痛いほどだ。
温泉聖女ってちょっと間抜けな響きな気がするけど、呼ばれたい二つ名もない。あっという間に温泉聖女サキという情報が広まっていき、止める暇もなかった。
「北領を代表して、サキに感謝する」
民と貴族が見ている前でヴィンセントが跪いた。うやうやしく手を取られる。
「どうぞヴィンスと呼んでくれ」
「はい、ヴィンス様」
「ただ、ヴィンスと。サキに呼ばれるのならばこれ以上の喜びはない」
「ですが……誤解されると困る方がいるのでは?」
やんわりと、当主なら婚約者がいたり奥さんがいるだろうと伝える。
「……北領は閉鎖的だ。ほかの貴族ほど頻繁に他領と繋がらない。そのせいで血が濃くなってきたので、俺は北領以外の貴族と結婚しようとしていた。その矢先に代替わりして今の王となり、北領は見捨てられ、結婚できなくなった。サキ、俺には婚約者も妻もいない。どうぞヴィンスと」
ヴィンセントの目が、炎が宿っているように揺らめいている。
ギルの忠告を受け流していたことを後悔するが、こんなに大勢の人が見ている前で、当主であるヴィンセントを無碍にはできない。
「……はい。ヴィンス」
「ありがとう、サキ。北領の聖女」
手の甲に口づけられるギリギリのところで唇が止まる。わぁっと声が上がったので、手の甲にキスされたように見えたはずだ。
私を見上げたヴィンスは、いたずらっぽく微笑んだ。
「このキスは、あなたの心にふれられた時にとっておきます」
都市をぐるりと囲む城壁の上に立つ私の周囲には、数えきれないほどの人が集まっていた。私や隣に立つヴィンセントに突き刺さる、不安と期待が混じった多くの視線。
ヴィンセントが軽く頷くのを見て、ギルが作ったアイテムを手に取った。マイクのように、周囲に声を届けるものだ。
「皆様、お初にお目にかかります。サキと申します」
幸いにも声は震えることなく、人々へ降り注いだ。道にも、家の屋根にすら人が所狭しと並んでいて、私の言葉を待っていた。
「私のスキルは温泉で、魔物避けや弱体化させられる温泉を出せます。今から皆様に、魔物を追い返す光景をお見せいたします。私は召喚されたばかりで、北領はおろかこの国のことさえ何もわかりません。皆様が希望を持って北領を守ってきたことが、少しばかりわかっただけ」
息を吸うためのわずかな時間、誰の声も、咳払いすら聞こえなかった。これだけ大きな都市で、これだけの人がいるのに、恐ろしいほどの静寂。
「これからは私も北領のために尽力いたします。まずは、ひと時ですが皆様に心の平穏が訪れますように!」
パッと手を挙げると、城門が開かれる。城門の外にいた騎士たちが、温泉が入った大きな注射器のようなものを持って並んでいるのが人々の目に映った。
これは私がギルに提案して作ってもらったものだ。人力で水を遠くまで飛ばすのならこういう形だろうと軽い気持ちで言ったところ、数時間で出来上がってしまった。
整列した騎士たちが筒から温泉を出す。その途端、こちらへ突進していたイノシシのような魔物が急ブレーキをかけて転がり、こちらに背を向けてよたよたと城門から離れていった。隠れていた魔物も、慌てて逃げ去っていく。
驚きでざわついていた声が、一気に歓声へと変わる。
「すごい! 魔物が逃げていった!」
「今まで何をしても突進してきたのに! 遠くから魔物を撃退できるなんて!」
「これで北領を守れる……!」
「素晴らしいスキルだ! 俺たちは生き残れる!」
ドッと声が上がり、大きなうねりとなって街の隅々まで興奮と希望が届いていく。
「聖女様! サキ様は聖女だ!」
「温泉の聖女様!」
「女神様が北領へ与えてくださった温泉聖女様だ!」
手を振ると、さらに大きな歓声が上がり、耳が痛いほどだ。
温泉聖女ってちょっと間抜けな響きな気がするけど、呼ばれたい二つ名もない。あっという間に温泉聖女サキという情報が広まっていき、止める暇もなかった。
「北領を代表して、サキに感謝する」
民と貴族が見ている前でヴィンセントが跪いた。うやうやしく手を取られる。
「どうぞヴィンスと呼んでくれ」
「はい、ヴィンス様」
「ただ、ヴィンスと。サキに呼ばれるのならばこれ以上の喜びはない」
「ですが……誤解されると困る方がいるのでは?」
やんわりと、当主なら婚約者がいたり奥さんがいるだろうと伝える。
「……北領は閉鎖的だ。ほかの貴族ほど頻繁に他領と繋がらない。そのせいで血が濃くなってきたので、俺は北領以外の貴族と結婚しようとしていた。その矢先に代替わりして今の王となり、北領は見捨てられ、結婚できなくなった。サキ、俺には婚約者も妻もいない。どうぞヴィンスと」
ヴィンセントの目が、炎が宿っているように揺らめいている。
ギルの忠告を受け流していたことを後悔するが、こんなに大勢の人が見ている前で、当主であるヴィンセントを無碍にはできない。
「……はい。ヴィンス」
「ありがとう、サキ。北領の聖女」
手の甲に口づけられるギリギリのところで唇が止まる。わぁっと声が上がったので、手の甲にキスされたように見えたはずだ。
私を見上げたヴィンスは、いたずらっぽく微笑んだ。
「このキスは、あなたの心にふれられた時にとっておきます」
100
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
異世界から来た華と守護する者
桜
恋愛
空襲から逃げ惑い、気がつくと屍の山がみえる荒れた荒野だった。
魔力の暴走を利用して戦地にいた美丈夫との出会いで人生変わりました。
ps:異世界の穴シリーズです。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる