3 / 3
後編
しおりを挟む
そして、瞬く間に10年が過ぎた。
エドリュートは5年前から原因不明の病にかかり、今はもう寝た切りの状態だった。身体のどこにも不調を感じられなかったというのに、徐々に体力がなくなり、起き上がることもできなくなってしまった。天に召される日も近いと自分でも分かる。
大きな災いもなく、争いもなく、まずまず平穏な人生だったと言えよう。
ただひとつ、心残りは、セシリアとの仲が改善されないままだったということだろうか。
視界も危うくなってきたな…と側にいる主治医も気付いたようだった。
主治医が側を離れてから、入れ替わりにセシリアが来た。
自ら、エドリュートに近づくようなことは未だかつてなかったが、臨終のときを迎えた自分をさすがに憐れんでくれたのだろうか。
「陛下、聞こえておりますか」
「……あ、あ…」
初めて彼女から話しかけてくれたのに、返事もおぼつかないのが悔しい。
もっと、体調が万全だったときに、せめてあと5年前のあのときくらいに、もっと話をしたかった。
「もうそろそろだとお聞きし、お側に来ましたわ。…やっと悲願が叶うときが来たと」
…悲願?
何のことだ?
「ご存じでした? 陛下の側にいた、侍女、侍従、護衛、…それから主治医も。私の手の者でしたのよ」
何を言っている?
「ああ、もちろん、料理人、産婆もです。どういう意味か、お分かりになって?」
何を、言っているのだ?
「今まで、病気ひとつしたことのない陛下が、何故病に、それも原因不明の病に倒れられたのか。何故、原因不明と診断されたのか、お分かりになって?」
何を…?
「主治医も、宰相すら協力してくれましたわ。この城の者は皆、私の味方なのです」
それは、どういう…。
「そうそう、ついでといってはなんですが。…リュート」
「はい、母上」
ああ、息子もそこにいたのか。母と共に見送ってくれるつもりで…。
「リュートは、あなたのお子ではないのですよ」
? どういうことだ…。
「名前も本当は違うのですけれどね。リュートは、私の元婚約者との子です」
な、んだと…。
「本当に気付きませんでしたのね。初夜からずっと、始めから、私は陛下と閨を共にしたことなどありません。媚薬と説明されてましたでしょう、あの香は、幻覚剤も含まれておりますの。私の生家で採れる薬草で作ってまして。そうそう、大事なことを忘れるところでした。陛下に殺害されそうになった元婚約者は、ここにおります護衛の1人に紛れてました」
怒りに視界が真っ赤に染まるようだった。だが、もう声は出ない。
「陛下。あなたは自分の愛したものしか視界に入れず、名前すら覚えず、存在すら認めようとしなかった。だから、宰相に見限られ、周囲に裏切られた。陛下の味方など、1人もいないのです」
何とか声を出そうと必死になるが、どうにもならなかった。ただただ、愛した女を睨みつける。10年経って尚、自分を魅了する女を。
「どうです? 自分の欲のままに、2つの家門を敵に回し、私たちの幸せを壊したあなたの末路は。どんな気分ですか? 取るに足らないと思っている人間に復讐される気分は」
息が荒くなる。意識が飛びそうだ。なのに、女の声だけははっきり聞こえる。自分を絶望に叩き落す声だけが。
「陛下の言う、愛など…いえ、陛下が思っている愛は、ただの自己愛。私を愛しているなどと、騙る言葉をもう聞くことがないかと思うと、心から喝采を叫びたい気分ですわ!」
セシリアのエドリュートに贈った最後の言葉は喜色に溢れていた。
エドリュートの目に光は既になく、表情も苦悶のまま歪んでいる。
主治医が脈を取る。見開いたままの目に光を当てる。
「崩御されました」
主治医の言葉に、肩の荷が下りたとセシリアは全身から力が抜けるようだった。
14年…もうすぐ15年経とうとしている。長かった。
愛する人と引き裂かれ、王命で無理やり嫁がされたあの日。復讐を誓ったあの日。
国王は既にその頃から見放されつつあった。
密かに味方を増やし、少しずつ体内に蓄積していくような毒物を入手し、周囲が完全に国王を見限ったと確信してから計画を遂行した。
最後の復讐は、国王に真実を告げることだった。
「ようやく、終わったわね。宰相を呼んでくれる? 城から出るわ」
了
エドリュートは5年前から原因不明の病にかかり、今はもう寝た切りの状態だった。身体のどこにも不調を感じられなかったというのに、徐々に体力がなくなり、起き上がることもできなくなってしまった。天に召される日も近いと自分でも分かる。
大きな災いもなく、争いもなく、まずまず平穏な人生だったと言えよう。
ただひとつ、心残りは、セシリアとの仲が改善されないままだったということだろうか。
視界も危うくなってきたな…と側にいる主治医も気付いたようだった。
主治医が側を離れてから、入れ替わりにセシリアが来た。
自ら、エドリュートに近づくようなことは未だかつてなかったが、臨終のときを迎えた自分をさすがに憐れんでくれたのだろうか。
「陛下、聞こえておりますか」
「……あ、あ…」
初めて彼女から話しかけてくれたのに、返事もおぼつかないのが悔しい。
もっと、体調が万全だったときに、せめてあと5年前のあのときくらいに、もっと話をしたかった。
「もうそろそろだとお聞きし、お側に来ましたわ。…やっと悲願が叶うときが来たと」
…悲願?
何のことだ?
「ご存じでした? 陛下の側にいた、侍女、侍従、護衛、…それから主治医も。私の手の者でしたのよ」
何を言っている?
「ああ、もちろん、料理人、産婆もです。どういう意味か、お分かりになって?」
何を、言っているのだ?
「今まで、病気ひとつしたことのない陛下が、何故病に、それも原因不明の病に倒れられたのか。何故、原因不明と診断されたのか、お分かりになって?」
何を…?
「主治医も、宰相すら協力してくれましたわ。この城の者は皆、私の味方なのです」
それは、どういう…。
「そうそう、ついでといってはなんですが。…リュート」
「はい、母上」
ああ、息子もそこにいたのか。母と共に見送ってくれるつもりで…。
「リュートは、あなたのお子ではないのですよ」
? どういうことだ…。
「名前も本当は違うのですけれどね。リュートは、私の元婚約者との子です」
な、んだと…。
「本当に気付きませんでしたのね。初夜からずっと、始めから、私は陛下と閨を共にしたことなどありません。媚薬と説明されてましたでしょう、あの香は、幻覚剤も含まれておりますの。私の生家で採れる薬草で作ってまして。そうそう、大事なことを忘れるところでした。陛下に殺害されそうになった元婚約者は、ここにおります護衛の1人に紛れてました」
怒りに視界が真っ赤に染まるようだった。だが、もう声は出ない。
「陛下。あなたは自分の愛したものしか視界に入れず、名前すら覚えず、存在すら認めようとしなかった。だから、宰相に見限られ、周囲に裏切られた。陛下の味方など、1人もいないのです」
何とか声を出そうと必死になるが、どうにもならなかった。ただただ、愛した女を睨みつける。10年経って尚、自分を魅了する女を。
「どうです? 自分の欲のままに、2つの家門を敵に回し、私たちの幸せを壊したあなたの末路は。どんな気分ですか? 取るに足らないと思っている人間に復讐される気分は」
息が荒くなる。意識が飛びそうだ。なのに、女の声だけははっきり聞こえる。自分を絶望に叩き落す声だけが。
「陛下の言う、愛など…いえ、陛下が思っている愛は、ただの自己愛。私を愛しているなどと、騙る言葉をもう聞くことがないかと思うと、心から喝采を叫びたい気分ですわ!」
セシリアのエドリュートに贈った最後の言葉は喜色に溢れていた。
エドリュートの目に光は既になく、表情も苦悶のまま歪んでいる。
主治医が脈を取る。見開いたままの目に光を当てる。
「崩御されました」
主治医の言葉に、肩の荷が下りたとセシリアは全身から力が抜けるようだった。
14年…もうすぐ15年経とうとしている。長かった。
愛する人と引き裂かれ、王命で無理やり嫁がされたあの日。復讐を誓ったあの日。
国王は既にその頃から見放されつつあった。
密かに味方を増やし、少しずつ体内に蓄積していくような毒物を入手し、周囲が完全に国王を見限ったと確信してから計画を遂行した。
最後の復讐は、国王に真実を告げることだった。
「ようやく、終わったわね。宰相を呼んでくれる? 城から出るわ」
了
59
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる