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もやもやとしたものを抱えて過ごすこと数日。
意外な人物が訪ねて来た。
例によって例のごとく、昼食後に友人を振り切ってきたときのことだ。
「──失礼ながら、レオン=シュティルガ侯爵令息様でいらっしゃいますか」
「君は、エリン伯爵家の…」
「初めまして、フィエナ=エリンと申します。少し、お時間をいただけないでしょうか?」
エリン伯爵家に子は、長女、次女、長男と3人いる。俺と首位を争っているのは長女の方だ。目の前にいるのは妹の方で、姉とは違う意味で有名であるので、面識はなくとも知ってはいた。
姉のウルエラが地味令嬢と言われるのに対し、妹のフィエナは地上に舞い降りた天使とか言われている。誰だよ、こんな恥ずかしい二つ名つけたの。可哀想に…。本人が気にしていないことを祈る。
容姿だけ見ると、確かに金髪碧眼、目鼻立ちははっきりしているし、可愛いといえばそうなのだろう。姉の方は、茶髪碧眼で、どちらかといえば平凡な顔立ちだ。女性の容姿をどうこう言うのは好きではないが。
「あの…?」
つい観察するような目を向けてしまい、戸惑いの声が上がる。いかんいかん。
「ああ、すまない。それで用件はなんだろうか?」
「できれば、あまり人に聞かれたくないので…」
周囲に人はまばらとはいえ、ゼロではない。声を潜める令嬢に、いつもならまた告白とか婚約だの面倒な話かと思うところであったが、雰囲気的にそうではないと分かるので。
「分かった、じゃあ付いてきて」
「…はい」
まあ、いつものところにと言いたいところだが、下手に人に見つかりたくないんだよなと、別の場所へ向かった。
「……話は分かった」
一通り話を聞き、先日の彼女の言葉の疑問が解けた。腑に落ちたといってもいい。
よくある話ではあった。家族間で優劣をつけ、虐げられるまではいかなくとも、蔑ろにされるというのは。
血が繋がっているなら、家族であるならなど、綺麗事でしかない。血縁関係だろうと、自らの欲の為に他を犠牲にする事例は世界各国、枚挙にいとまがないのだから。
エリン伯爵家は、まだそれほど非情な例ともいえない。
「姉は、学園に来てからずっと、本当にずっと、寝る間を惜しんで努力していました。けれど、その努力を、両親が認めることはありませんでした。次の試験が最後なのです。…無礼なお願いとは重々承知しています。ですが、どうか…どうか…!」
「君の事情は分かった。が、それはできない」
明確な拒絶に、令嬢は衝撃を受けた表情をするが、俺を非難することはせずただ俯いた。ぐっと唇を嚙み締め、泣くのを堪えているように見える。
これ見よがしに涙を見せ、同情を誘おうとする女性より余程好感を持てる。
「一応言っておくけど、首位を譲りたくないとかいう、くだらないプライドのためじゃない」
「はい…」
そう、そんなどうでもいいことではない。レオンとて、それなりに努力はしている。侯爵家惣領息子としての矜持もある。
試験結果がそれまでより落ちたのならば、単に自分の力が足りなかったせいだ。他の誰かが、自分以上に研鑽を積んだだけだ。
「姉君は、寝食を削ってまで学業に励んでいると聞いた。実際、そうなのだろう。生半可な努力では、入学以来上位を維持し続けることは難しいだろう」
「は、はい、そうなのです。姉は、いつ寝ているか分からないほど遅くまで…そのせいで視力も落ちてしまったくらいで…」
「だからこそ、俺が手を抜くことはできない。それは、彼女の努力に対する侮辱だと思うから」
「……っ!」
「君の願いを叶えることはできない。…すまない」
「いいえ…いいえ!」
ぶんぶんと首を振り、令嬢は否定する。
「目上の方に、不躾なお願いをして、最悪、家の方に抗議が来てもおかしくないのです。分かっています。けれど、どうしても、このまま見過ごすことができませんでした…!」
姉が、本当に大切なのだなと思わせるその素振り。しかしその割に。
「君のその様子から、姉君を大事に思っているのは分かる。一緒にいるところを見かけないのが、不思議なくらいに」
びくっと身体を震わせ、一言だけ発した言葉に。
「………両親が…」
「…ああ」
なるほど。令嬢の意思ではなく、両親の意向といったところか。
「試験の方はともかく、もし姉君が助けを求めるようなことがあれば、力になると約束しよう。俺ができる範囲で、だけど」
「……ありがとうございます…っ!」
何度もお礼と謝罪を口にしながら、令嬢は小走りに去っていく。
約束と言ってはみたものの、正直、彼女が助けを求めてくるとは思えなかった。試験結果が隣なだけの、希薄な関係だ。自分がもし手を差し伸べたとしても、やんわり断られる未来しか見えない。
令嬢の去り際の言葉もなかなかだったなと思い返す。何故そこまで必死に頼むのかという質問の答え。
『私の家族は、姉だけですから』
弟もいるはずなのにな。
意外な人物が訪ねて来た。
例によって例のごとく、昼食後に友人を振り切ってきたときのことだ。
「──失礼ながら、レオン=シュティルガ侯爵令息様でいらっしゃいますか」
「君は、エリン伯爵家の…」
「初めまして、フィエナ=エリンと申します。少し、お時間をいただけないでしょうか?」
エリン伯爵家に子は、長女、次女、長男と3人いる。俺と首位を争っているのは長女の方だ。目の前にいるのは妹の方で、姉とは違う意味で有名であるので、面識はなくとも知ってはいた。
姉のウルエラが地味令嬢と言われるのに対し、妹のフィエナは地上に舞い降りた天使とか言われている。誰だよ、こんな恥ずかしい二つ名つけたの。可哀想に…。本人が気にしていないことを祈る。
容姿だけ見ると、確かに金髪碧眼、目鼻立ちははっきりしているし、可愛いといえばそうなのだろう。姉の方は、茶髪碧眼で、どちらかといえば平凡な顔立ちだ。女性の容姿をどうこう言うのは好きではないが。
「あの…?」
つい観察するような目を向けてしまい、戸惑いの声が上がる。いかんいかん。
「ああ、すまない。それで用件はなんだろうか?」
「できれば、あまり人に聞かれたくないので…」
周囲に人はまばらとはいえ、ゼロではない。声を潜める令嬢に、いつもならまた告白とか婚約だの面倒な話かと思うところであったが、雰囲気的にそうではないと分かるので。
「分かった、じゃあ付いてきて」
「…はい」
まあ、いつものところにと言いたいところだが、下手に人に見つかりたくないんだよなと、別の場所へ向かった。
「……話は分かった」
一通り話を聞き、先日の彼女の言葉の疑問が解けた。腑に落ちたといってもいい。
よくある話ではあった。家族間で優劣をつけ、虐げられるまではいかなくとも、蔑ろにされるというのは。
血が繋がっているなら、家族であるならなど、綺麗事でしかない。血縁関係だろうと、自らの欲の為に他を犠牲にする事例は世界各国、枚挙にいとまがないのだから。
エリン伯爵家は、まだそれほど非情な例ともいえない。
「姉は、学園に来てからずっと、本当にずっと、寝る間を惜しんで努力していました。けれど、その努力を、両親が認めることはありませんでした。次の試験が最後なのです。…無礼なお願いとは重々承知しています。ですが、どうか…どうか…!」
「君の事情は分かった。が、それはできない」
明確な拒絶に、令嬢は衝撃を受けた表情をするが、俺を非難することはせずただ俯いた。ぐっと唇を嚙み締め、泣くのを堪えているように見える。
これ見よがしに涙を見せ、同情を誘おうとする女性より余程好感を持てる。
「一応言っておくけど、首位を譲りたくないとかいう、くだらないプライドのためじゃない」
「はい…」
そう、そんなどうでもいいことではない。レオンとて、それなりに努力はしている。侯爵家惣領息子としての矜持もある。
試験結果がそれまでより落ちたのならば、単に自分の力が足りなかったせいだ。他の誰かが、自分以上に研鑽を積んだだけだ。
「姉君は、寝食を削ってまで学業に励んでいると聞いた。実際、そうなのだろう。生半可な努力では、入学以来上位を維持し続けることは難しいだろう」
「は、はい、そうなのです。姉は、いつ寝ているか分からないほど遅くまで…そのせいで視力も落ちてしまったくらいで…」
「だからこそ、俺が手を抜くことはできない。それは、彼女の努力に対する侮辱だと思うから」
「……っ!」
「君の願いを叶えることはできない。…すまない」
「いいえ…いいえ!」
ぶんぶんと首を振り、令嬢は否定する。
「目上の方に、不躾なお願いをして、最悪、家の方に抗議が来てもおかしくないのです。分かっています。けれど、どうしても、このまま見過ごすことができませんでした…!」
姉が、本当に大切なのだなと思わせるその素振り。しかしその割に。
「君のその様子から、姉君を大事に思っているのは分かる。一緒にいるところを見かけないのが、不思議なくらいに」
びくっと身体を震わせ、一言だけ発した言葉に。
「………両親が…」
「…ああ」
なるほど。令嬢の意思ではなく、両親の意向といったところか。
「試験の方はともかく、もし姉君が助けを求めるようなことがあれば、力になると約束しよう。俺ができる範囲で、だけど」
「……ありがとうございます…っ!」
何度もお礼と謝罪を口にしながら、令嬢は小走りに去っていく。
約束と言ってはみたものの、正直、彼女が助けを求めてくるとは思えなかった。試験結果が隣なだけの、希薄な関係だ。自分がもし手を差し伸べたとしても、やんわり断られる未来しか見えない。
令嬢の去り際の言葉もなかなかだったなと思い返す。何故そこまで必死に頼むのかという質問の答え。
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