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特に何か行事や催事があるわけではない日だったので、生徒たちが帰宅するのも通常通りだった。
誰もいない教室に残っているのは、1人。名残惜しそうに佇んでいるのは、離れがたい思いがあるからだろうか。
「エリン嬢」
ゆっくりと彼女は振り返った。レオンの姿に僅かに驚いた気配がする。それもそうだろう。今まで言葉を交わすことなどなかったのだから。
「…ごきげんよう、シュティルガ侯爵令息様。私に何かご用でもおありなのですか?」
平坦な声に動揺は見られない。レオンと2人、他に人はいないというのに。もし自分に悪意があったら、とは考えないのだろうか。
ウルエラがいる窓際へ、レオンは近づく。佇まいも姿勢も、彼女は何一つ崩れない。
「…少し、警戒心が足りないのではないか?」
レオンの言葉にウルエラは首を傾げる。何を言われているか分からないという風に。
「俺が君に害意を持っていたら、助けが来ない状況だとは思わないか?」
「侯爵令息様が私に害意? 理由がありませんわね」
「言い切れるだけの根拠は?」
「お互い、関心も接点もなく、今、初めて直接対面するくらいの関係です。女性としての尊厳という問題でしたら、あなた様であればお相手はより取り見取り。単純に危害という面では、そんなリスクを犯す愚かな方とは思えませんし。他に何かありまして?」
考え得る可能性を否定する言葉に苦笑する。おおよそ、彼女の認識は間違っていない。
「関心がなかったという割りに、よく視線は感じていたがな」
「…気分を害されたら申し訳ないのですが、私が見ていたのは”首席の人間”であって、侯爵令息様個人ではありませんでした」
「なるほど」
別段、レオンでなくとも、首位を取ったのが誰であるか確認していたのか。おそらく、自分の目標、悪く言えば”障害”を見定めるため。
「そろそろ日も暮れる。本題に入ろう。──エリン嬢、君は俺と契約する気はあるか」
「…契約、ですか?」
「ああ。君の事情は知っている。本日付で自主退学したことも」
「………」
奥庭の一幕がなくとも、退学の件は耳に入ってきた。これも偶然ではあるのだが。
沈黙は長くなかった。
「──契約内容を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「簡単に言えば、俺の偽装婚約者になること。君の結婚が回避でき、自由になるまで、かな。期限は応相談で」
「侯爵令息様のメリットはなんですか? まさか私に好意があるわけではないでしょう」
「煩わしい縁談と、女除けくらいかな」
「つまり、メリットはないということですね」
断じるウルエラに、手強いなといっそ面白くなってきた。会話は手応えのある相手でないとつまらない。内容はさておき。
「妹から聞いています。私の境遇に同情してくださったのですね」
「それもないとは言えないな。理由のすべてでもないが」
「まだ何か?」
「後味が悪い」
言葉にするとこれが一番近い気がする。
貴族など柵しかない。純粋な厚意など存在さえも疑わしい、感情で動くことが許されない立場だ。正確には、感情で動くことは、身の破滅に繋がると言っても過言ではない。弱みや隙は上手く隠し、本音は見せないのが常態である。
けれど、敢えて選んだ言葉でもあった。
このときのレオンに、誓って言うが、裏はなかった。こちらに利のない契約だと理解してもいた。探るような目を向けられても、隠すものがないのだから暴きようもなかったのだが。
「真意は測りかねますが…先ほどのご提案について、返答いたします」
答えは、聞くまでもなく。
予想通り過ぎて、レオンは笑った。
誰もいない教室に残っているのは、1人。名残惜しそうに佇んでいるのは、離れがたい思いがあるからだろうか。
「エリン嬢」
ゆっくりと彼女は振り返った。レオンの姿に僅かに驚いた気配がする。それもそうだろう。今まで言葉を交わすことなどなかったのだから。
「…ごきげんよう、シュティルガ侯爵令息様。私に何かご用でもおありなのですか?」
平坦な声に動揺は見られない。レオンと2人、他に人はいないというのに。もし自分に悪意があったら、とは考えないのだろうか。
ウルエラがいる窓際へ、レオンは近づく。佇まいも姿勢も、彼女は何一つ崩れない。
「…少し、警戒心が足りないのではないか?」
レオンの言葉にウルエラは首を傾げる。何を言われているか分からないという風に。
「俺が君に害意を持っていたら、助けが来ない状況だとは思わないか?」
「侯爵令息様が私に害意? 理由がありませんわね」
「言い切れるだけの根拠は?」
「お互い、関心も接点もなく、今、初めて直接対面するくらいの関係です。女性としての尊厳という問題でしたら、あなた様であればお相手はより取り見取り。単純に危害という面では、そんなリスクを犯す愚かな方とは思えませんし。他に何かありまして?」
考え得る可能性を否定する言葉に苦笑する。おおよそ、彼女の認識は間違っていない。
「関心がなかったという割りに、よく視線は感じていたがな」
「…気分を害されたら申し訳ないのですが、私が見ていたのは”首席の人間”であって、侯爵令息様個人ではありませんでした」
「なるほど」
別段、レオンでなくとも、首位を取ったのが誰であるか確認していたのか。おそらく、自分の目標、悪く言えば”障害”を見定めるため。
「そろそろ日も暮れる。本題に入ろう。──エリン嬢、君は俺と契約する気はあるか」
「…契約、ですか?」
「ああ。君の事情は知っている。本日付で自主退学したことも」
「………」
奥庭の一幕がなくとも、退学の件は耳に入ってきた。これも偶然ではあるのだが。
沈黙は長くなかった。
「──契約内容を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「簡単に言えば、俺の偽装婚約者になること。君の結婚が回避でき、自由になるまで、かな。期限は応相談で」
「侯爵令息様のメリットはなんですか? まさか私に好意があるわけではないでしょう」
「煩わしい縁談と、女除けくらいかな」
「つまり、メリットはないということですね」
断じるウルエラに、手強いなといっそ面白くなってきた。会話は手応えのある相手でないとつまらない。内容はさておき。
「妹から聞いています。私の境遇に同情してくださったのですね」
「それもないとは言えないな。理由のすべてでもないが」
「まだ何か?」
「後味が悪い」
言葉にするとこれが一番近い気がする。
貴族など柵しかない。純粋な厚意など存在さえも疑わしい、感情で動くことが許されない立場だ。正確には、感情で動くことは、身の破滅に繋がると言っても過言ではない。弱みや隙は上手く隠し、本音は見せないのが常態である。
けれど、敢えて選んだ言葉でもあった。
このときのレオンに、誓って言うが、裏はなかった。こちらに利のない契約だと理解してもいた。探るような目を向けられても、隠すものがないのだから暴きようもなかったのだが。
「真意は測りかねますが…先ほどのご提案について、返答いたします」
答えは、聞くまでもなく。
予想通り過ぎて、レオンは笑った。
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