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2-5 冒険者流遠足会
83話 憧憬れ
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鮮やかな青が深く広がるとある昼下がり、友人の"コナー"宅の裏庭で、俺は家庭菜園の手伝いをしながらのんびりと談笑していた。
以前<ペンダントを採集して欲しい>という依頼を解決してからというもの、コナーとは定期的に交流があり、まるで祖父を訪ねる孫のように、随分と可愛がってもらっている。
野生の"セキレイ"が縄張り争いにじゃれている。
「ほっほ、今日も元気じゃのぉ」
「ホー? (テキ?)」
「リーフルちゃんもお食べ」
セキレイに与える為に用意してある粟の実をリーフルに差し出す。
「ホゥ……(イラナイ)」
嘴でつつきはするが口にしない。
「おや、これはあまり気に入らんようじゃのぉ」
「──す、すみませんコナーさん。リーフル? せっかくコナーさんがくれてるのに」
「いいんじゃよ。リーフルちゃんには粟の実はちとお粗末じゃったかの、ほっほ」
「ホーホホ? (タベモノ?)」
("タベモノ"かどうかもですか……)
元々肉食の部類ではあるので、粟の実を食べ物だと思えないのは仕方ないが、普段から俺が摂る食事とほぼ同じものを食べているせいか、リーフルには『未知の食べ物を開拓しよう』という、動物本来の気概があまり無いように思う。
今更狩り等をして、自分の食料を確保させるような事はあり得ないが、甘やかし過ぎるのも問題か。
他の普遍なフクロウ達と違い、リーフルは特殊な生い立ちという事もあるので、一概に語る事も出来ないが、運動不足等、習慣病の懸念はある。
「それにしても、瑞々しくて色艶も良いですね~。卸されたりはしないんですか?」
「なんの。自分が食べる分だけで十分じゃよ。それにこの菜園を再開したのも、アルバの想いに応える為じゃしの……」
小規模な長さ三メートル程の整備された畑の畝が四つあり、それぞれに野菜と花が生き生きと栽培されており、景観も鮮やかで素敵な裏庭だ。
妻のアルバとコナーは、家庭菜園を趣味としていたらしく、彼女が元気な頃は二人で精力的に野菜や花を育て、時には野菜を売る露天商に卸したりして、食卓を豊かに彩っていたらしい。
今は亡き妻の想いを受け取ったコナーは、悲しみから放置していた菜園を再開し、嬉々として披露してくれる程に立ち直り、一助となれた事に喜びを感じる俺も、時折コナーを訪ねては畑仕事を楽しんでいる。
一匹のセキレイが足並み速く近付いて来た。
「お前達も中々お利口さんだなぁ。はいよ──」
目の前に一つまみ撒く。
セキレイが及び腰ながら粟の実をついばんでいる。
コナー曰く、普段手ずから与えている影響か、畑に成っているものを盗み食いする事は無く、庭を訪ねては、撒いて貰えるまで利口に待っているそうだ。
日本においてのメジャーな野鳥といえばハトやカラスが思い浮かぶが、ここサウドにおいては、野鳥と言えば専らセキレイの事を指す。
セキレイといえば、白と黒色の柄の羽根を纏い、丸々した胴体に細長い嘴と細長い脚、歩みが速く、縄張り意識が強い為、比較的に単独行動を好む種類の鳥だ。
俺の中のイメージでは、商業施設や駐車場等街中で『何でこんな所に一匹で?』と疑問に思う、場違いに見える状況で良く目にする野鳥という印象がある。
この世界でもそれに違いは無く、サウド内の人が集まる所には大抵セキレイも姿を見せる。
世界が変われどその習性が似ていると言うのは、何とも不思議な感覚だ。
「コナーさん、先日はどうもありがとうございました。義務感という訳でも無いんですけど、どうしても気になってしまって……」
「なんのなんの。むしろワクワクする日課が増えたように感じて楽しかったですぞ。この街にはまだわしの知らん、あんなに可愛い子たちが居たんじゃなぁ」
「そうですよね~。案外大人しくて、時間通りに整列して集合してるし、動物って侮れないですよね」
「ほっほ、いつでも代わりますからの。ヤマトさんが忙しい時は、是非ともこの老体を頼りにしてください」
前回コナー宅に遊びに来た際、訓練の為に街を出る事を伝えると『ワシが代わりにエサやりをしてもいいかの?』と、自ら提案してくれた事もあり、俺は三日分の代金を預け、コナーさんが野良達にエサをやってくれていた。
特段義務感で行っている訳でも無いが、いざ間が空くと思うと、心配になってしまうのは俺の悪い癖だ。
折角大人しくなった野良達が落胆し、エサを貰える事を忘れ、また盗みなどを再開するのではと考えてしまう。
何せ動物達を突き動かす原動力は食べ物──生存本能が大部分を占める訳で『イタズラをしてやろう』なんて発想では無い分、こちらに対する反応も鮮明になりがちだ。
「ホホーホ……? (ナカマ……?)」
リーフルがセキレイを指し、何やら呟いている。
("鳥"が珍しいって訳じゃないよな……程度の事かな?)
加護のおかげである程度会話が出来る事もあり、リーフルとは、ほぼ人間同士かのように暮らしている。
自分の事を"人間"だとは思っていないだろうが、他の鳥を同レベルとも見なしていないといった様子か。
俺を助けてくれたエルフ族のラインが言っていたが、フクロウの里の長も魔法で会話が出来るという話だったし、この世界のこの種類のミミズクは、リーフルに限らず相当に知能が高いのかもしれない。
「リーフルはどっちのナカマ?」
気になったので、セキレイと俺を交互に指差し尋ねてみる。
「ホーホ (ヤマト)」
リーフルが少しの迷う素振りも無く、的確に返答する。
「そかそか、えらいぞ~」
頭を撫でる。
「ホ……」
目を細め気持ちよさそうに体を預けている。
(今のやり取りだけじゃ人間の仲間と答えたのか、俺の仲間と答えたのか判断が出来ないけど……)
(でも、少なくとも俺が話す"言葉"は完璧に理解してるよな)
「しかしリーフルちゃんは可愛いのぉ。子供の居ないワシらじゃったが、なんだか小さい"孫"でも出来たような気がして嬉しいですじゃ」
「ホ」
リーフルがコナーの足元に降り立つ。
「ほっほっほ、今日も用意してあるでの。ほれ牛の赤身じゃよ」
皿に綺麗に盛り付けられた赤身をリーフルに差し出す。
んぐんぐ──「ホッ……」
「ありがとうございます。よかったなぁリーフル」
「ホホーホ(ナカマ)」
コナーは本当に心穏やかで優しい、人生の大先輩だ。
幼い頃に両祖父母を亡くし、"おじいちゃん"や"おばあちゃん"を知らない俺には分からないが、田舎の祖父母を訪ねるというのはこういった感覚がするのだろうか。
何も無いけど満たされる。
話して無いのに溶けてゆく。
コナーに微笑み咲く、フリージアの花を眺めながらそんな事を思った。
以前<ペンダントを採集して欲しい>という依頼を解決してからというもの、コナーとは定期的に交流があり、まるで祖父を訪ねる孫のように、随分と可愛がってもらっている。
野生の"セキレイ"が縄張り争いにじゃれている。
「ほっほ、今日も元気じゃのぉ」
「ホー? (テキ?)」
「リーフルちゃんもお食べ」
セキレイに与える為に用意してある粟の実をリーフルに差し出す。
「ホゥ……(イラナイ)」
嘴でつつきはするが口にしない。
「おや、これはあまり気に入らんようじゃのぉ」
「──す、すみませんコナーさん。リーフル? せっかくコナーさんがくれてるのに」
「いいんじゃよ。リーフルちゃんには粟の実はちとお粗末じゃったかの、ほっほ」
「ホーホホ? (タベモノ?)」
("タベモノ"かどうかもですか……)
元々肉食の部類ではあるので、粟の実を食べ物だと思えないのは仕方ないが、普段から俺が摂る食事とほぼ同じものを食べているせいか、リーフルには『未知の食べ物を開拓しよう』という、動物本来の気概があまり無いように思う。
今更狩り等をして、自分の食料を確保させるような事はあり得ないが、甘やかし過ぎるのも問題か。
他の普遍なフクロウ達と違い、リーフルは特殊な生い立ちという事もあるので、一概に語る事も出来ないが、運動不足等、習慣病の懸念はある。
「それにしても、瑞々しくて色艶も良いですね~。卸されたりはしないんですか?」
「なんの。自分が食べる分だけで十分じゃよ。それにこの菜園を再開したのも、アルバの想いに応える為じゃしの……」
小規模な長さ三メートル程の整備された畑の畝が四つあり、それぞれに野菜と花が生き生きと栽培されており、景観も鮮やかで素敵な裏庭だ。
妻のアルバとコナーは、家庭菜園を趣味としていたらしく、彼女が元気な頃は二人で精力的に野菜や花を育て、時には野菜を売る露天商に卸したりして、食卓を豊かに彩っていたらしい。
今は亡き妻の想いを受け取ったコナーは、悲しみから放置していた菜園を再開し、嬉々として披露してくれる程に立ち直り、一助となれた事に喜びを感じる俺も、時折コナーを訪ねては畑仕事を楽しんでいる。
一匹のセキレイが足並み速く近付いて来た。
「お前達も中々お利口さんだなぁ。はいよ──」
目の前に一つまみ撒く。
セキレイが及び腰ながら粟の実をついばんでいる。
コナー曰く、普段手ずから与えている影響か、畑に成っているものを盗み食いする事は無く、庭を訪ねては、撒いて貰えるまで利口に待っているそうだ。
日本においてのメジャーな野鳥といえばハトやカラスが思い浮かぶが、ここサウドにおいては、野鳥と言えば専らセキレイの事を指す。
セキレイといえば、白と黒色の柄の羽根を纏い、丸々した胴体に細長い嘴と細長い脚、歩みが速く、縄張り意識が強い為、比較的に単独行動を好む種類の鳥だ。
俺の中のイメージでは、商業施設や駐車場等街中で『何でこんな所に一匹で?』と疑問に思う、場違いに見える状況で良く目にする野鳥という印象がある。
この世界でもそれに違いは無く、サウド内の人が集まる所には大抵セキレイも姿を見せる。
世界が変われどその習性が似ていると言うのは、何とも不思議な感覚だ。
「コナーさん、先日はどうもありがとうございました。義務感という訳でも無いんですけど、どうしても気になってしまって……」
「なんのなんの。むしろワクワクする日課が増えたように感じて楽しかったですぞ。この街にはまだわしの知らん、あんなに可愛い子たちが居たんじゃなぁ」
「そうですよね~。案外大人しくて、時間通りに整列して集合してるし、動物って侮れないですよね」
「ほっほ、いつでも代わりますからの。ヤマトさんが忙しい時は、是非ともこの老体を頼りにしてください」
前回コナー宅に遊びに来た際、訓練の為に街を出る事を伝えると『ワシが代わりにエサやりをしてもいいかの?』と、自ら提案してくれた事もあり、俺は三日分の代金を預け、コナーさんが野良達にエサをやってくれていた。
特段義務感で行っている訳でも無いが、いざ間が空くと思うと、心配になってしまうのは俺の悪い癖だ。
折角大人しくなった野良達が落胆し、エサを貰える事を忘れ、また盗みなどを再開するのではと考えてしまう。
何せ動物達を突き動かす原動力は食べ物──生存本能が大部分を占める訳で『イタズラをしてやろう』なんて発想では無い分、こちらに対する反応も鮮明になりがちだ。
「ホホーホ……? (ナカマ……?)」
リーフルがセキレイを指し、何やら呟いている。
("鳥"が珍しいって訳じゃないよな……程度の事かな?)
加護のおかげである程度会話が出来る事もあり、リーフルとは、ほぼ人間同士かのように暮らしている。
自分の事を"人間"だとは思っていないだろうが、他の鳥を同レベルとも見なしていないといった様子か。
俺を助けてくれたエルフ族のラインが言っていたが、フクロウの里の長も魔法で会話が出来るという話だったし、この世界のこの種類のミミズクは、リーフルに限らず相当に知能が高いのかもしれない。
「リーフルはどっちのナカマ?」
気になったので、セキレイと俺を交互に指差し尋ねてみる。
「ホーホ (ヤマト)」
リーフルが少しの迷う素振りも無く、的確に返答する。
「そかそか、えらいぞ~」
頭を撫でる。
「ホ……」
目を細め気持ちよさそうに体を預けている。
(今のやり取りだけじゃ人間の仲間と答えたのか、俺の仲間と答えたのか判断が出来ないけど……)
(でも、少なくとも俺が話す"言葉"は完璧に理解してるよな)
「しかしリーフルちゃんは可愛いのぉ。子供の居ないワシらじゃったが、なんだか小さい"孫"でも出来たような気がして嬉しいですじゃ」
「ホ」
リーフルがコナーの足元に降り立つ。
「ほっほっほ、今日も用意してあるでの。ほれ牛の赤身じゃよ」
皿に綺麗に盛り付けられた赤身をリーフルに差し出す。
んぐんぐ──「ホッ……」
「ありがとうございます。よかったなぁリーフル」
「ホホーホ(ナカマ)」
コナーは本当に心穏やかで優しい、人生の大先輩だ。
幼い頃に両祖父母を亡くし、"おじいちゃん"や"おばあちゃん"を知らない俺には分からないが、田舎の祖父母を訪ねるというのはこういった感覚がするのだろうか。
何も無いけど満たされる。
話して無いのに溶けてゆく。
コナーに微笑み咲く、フリージアの花を眺めながらそんな事を思った。
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