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第98話 熱波の告白 2

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「……と、取り敢えず出ましょうか。さすがに限界です」
 先程のエドワードの発言はとにかく冷静慎重に臨みたい内容なので、先にサウナを出ようと提案する。

「ムッ! それもそうだな、何事も程々が肝心だと言うしな!」

 サウナを出て敷地内にある吹き抜けの庭の井戸から水を汲み上げ頭から豪快に被る。
 厳しい熱波から解放され、火照る体を落ち着かせる冷水を浴びると、適度な疲労感と共に視界がスッキリと晴れ渡るような感覚を覚える。
 サウナへ誘ってくれた相手が妙な事を言い出しているという点を除けば、体験自体に不満は無いのだが……。

 いつもの装備に着替え、ロングとリーフルの待つ休憩処に腰を据え、改めて事情を聞く事にした。

「ホーホホ (タベモノ)」

「喉乾いたよな」
 果物や、かき氷、オット湖で頂戴したオット水──浄化された輝く水等を取り出し皆に配ってゆく。

「ありがとうございます!」

「ム、なんだい? このひんやりとしていて、宝石のような輝きを放っているものは!」

「ヤマトさんが発明したかき氷って言うんす! それは緑色なんで、リーフルスペシャル味っす!」

「ホー!」

「なに! 君はこんなものまで……どれどれ──」
 エドワードがかき氷をスプーン一杯豪快に頬張る。

「──!! なんと……この甘みとほのかな苦みのバランス、そして口の中に氷魔法でも受けたかのような染み渡る爽やかな冷感……これはとんでもない逸品だっ!」
 拳では無くスプーンを天に掲げ、お得意のポーズを取っている。
 どうやら気に入ってもらえたようだ。

「リーフルも、はい」
 給水用の浅い皿にオット水を注ぎ、果物を切り分け、リーフルに用意する。
 いつもなら三種類ほど提示した後、一種類だけを選ばせる約束をしているのだが、昨日の大活躍のご褒美として好きな物を自由に食べさせる。
 これは決してリーフルを甘やかしているのではなく、正当な報酬を支払っているだけなのだ。
 そう、決して甘やかしている訳ではない。 

 ──んぐんぐ「ホ~……」
 水分を補給し果物を味わい、一呼吸ついたようだ。

「これは何と甘美な……」
 エドワードがかき氷を凝視しつつあっけにとられた様子で呟いている。

「ところでエドワードさんは、ヤマトさんに何の用事だったんすか?」
 ロングが当然の疑問を口にする。
 
「──そうだった。うむ、君にも知っておいてもらえば心強いか」

「よろしいんですか? その……内容が……」

「フッ──構わないさ。ロング君、君の事は昨日知ったばかりだが、十分信頼に足る人物だと思えるからね」

「くふふ……なんだか照れるっすね──あれ? という事は、ヤマトさんの事は事前に知ってたって事っすか?」

「サウド支部所属の冒険者、通称平凡ヤマト。一年と少し前、記憶喪失の状態で突如街に現れ、冒険者となり、サウドを拠点として活動。肩に相棒である緑色のフクロウを連れており、その特徴的な容姿から推測される、該当する故郷は無く出自は不明」

(俺の事が詳細に……それにフクロウじゃなくてミミズクなんだけど……)
 リーフルの事となると途端に湧き出る訂正したい衝動を堪え、まずは話を聞くことを優先する。

「戦闘面に関する秀でた特徴は無いが、何と言っても注目すべきはクエスト遂行率の高さ。そのクエスト遂行率は驚異の百パーセント。すなわち、どんなクエストであろうと必ず成し遂げるという、人外の数字を誇る」

「それは、簡単安全なクエストを選ぶようにしているか──」

「──くふふ! だってヤマトさんっすからね!」 「ホーホ! (ヤマト!)」──バサッ
 俺の話を遮り、何故かロングとリーフルが胸を張り翼を広げ、誇らしげに相槌を打っている。

「人当たりも穏やかな性格で、平凡ヤマトと交流を持つ民衆からの信頼も厚く、サウドきっての冒険者チームと名高い未知の緑翼の盟友でもあるとされる」

「『冒険者ロングの兄でもある』を追加でお願いします!」

「ちょっとロングっ──あの、すみませんが、何故そんなに俺の事を詳細に……」

「気分を悪くされたならすまない。だが、僕は君に敵意など微塵も無いし、謀るつもりもない。ちなみに情報源はフライア嬢だよ」
 真っ直ぐ面と向かい、少しのブレも無く自信を持ってそう話す。
 
 エドワードは父親の影響から普段より芝居掛かった立ち振る舞いを見せるので、その『嘘偽りの無さ』は、こちを信用させる為の演技という可能性もある。
 だが先程から観察していたところ、例えばリーフルを狙っているといった様子も見られず、俺にはエドワードにとって利益となる、貸し出せる程の名声も持ち合わせていないので、恐らく謀るつもりが無いと言うのは本当の事なのだろう。

「君が最初にセンスバーチ支部を訪れた日の事は覚えているかい?」

「ええ。定期便の報告をしようとギルドへ足を踏み入れると、エドワードさんがファンの方達に囲まれていましたね」

「あの日、君は街の入り口に出現したローウルフを撃退しただろう?」

「はい。あの時は本当に、外様でありながら出過ぎた真似を。すみませんでした」

「そう! そのだよ!」
 エドワードが嬉々として目を輝かせている。

「えっ??」

「冒険者とは、言わば『強さ』の象徴だ。この職を選ぶ者達はプライド高く、屈強な体裁イメージを保ちたく思う者が多い」

「ええ、確かにそういう人は多いですよね。実際、その方が依頼を出す側としても、安心できるでしょうし」

「ああ、かく言う僕こと白美プリスティンエドワードもその一人。優雅でしなやか、かつ勇ましく、皆に憧れる存在でなければならない」

「本来であれば謝罪すべき時に謝罪出来なかったり、格式高く魅せる為に、少々高慢な態度を取らざるを得なかったり……僕はね、ミント商会の"道化"なんだよ……」

(エドワードさん自身の本当の性格とは乖離している、別のキャラクターって事か……)
 父自らも広告塔に立ち宣伝していたと先程言っていたし、恐らくその息子であるエドワードも有名冒険者アイドルとして、ミント商会の宣伝やブランドイメージ創りを強いられているのだろう。

「じゃあエドワードさんは、お家の為に嫌々冒険者をやってたって事っすか?」
 
「いや、少し違う……僕にはね、憧れの人が居るのだよ」

「エドワードさん程の名実共に優れた方が憧れる人、ですか……あっ!」
 
「フッ──さすがの察しの良さだね。その通り、御付きの彼は白美プリスティンの補佐役。名をシルヴァンと言い、子供の頃から面倒を見てくれている、僕にとってはもう一人の父のような存在なんだ」

「元は十徳マルチシルヴァンと呼ばれた有名な冒険者でね。怪我を負い、その活動を継続出来なくなった際に、僕の父が彼を相談役として雇い入れた事がきっかけらしいのだが、ミント商会がここまで大きくなったのは、偏にシルヴァンのおかげだと、幼い頃によく聞かされたよ」

「各種取引先との円滑な調整手腕、売れ筋商品を創出する審美眼、会計、父の護衛等、まさに十徳マルチの名に相応しい凄い人物なんだ!」
 興奮しながらそう語るエドワードの瞳に宿る憧憬は、輝きを放っているかのように色鮮やかで、心の底から尊敬の念を抱いているという事が伝わってくる。

「おぉ~。話に聞いただけでも凄そうな人っすね!」

「そうだなぁ」 「ホ~」

「ヤマト君。君はね、似ているんだよ。シルヴァンに」

「そうでしょうか? 俺はそんなに多才じゃありませんよ」

「いいや、似ているのはの方さ」

「心意気っすか?」

「ああ。不可抗力とはいえ、あの日君は咄嗟に『横取り行為』に該当すると気付いて、サウドとセンスバーチの関係を鑑み、すぐさま頭を下げた。己のプライドなど二の次、周囲を慮っての行動だろう?」

「ええ、まあ」

「しかも単独でローウルフを三匹も仕留め切るという、冒険者としての十分な実力も兼ね備えている。一連の顛末は、まさに話に伝え聞く全盛期のシルヴァンを彷彿とさせる立ち回りだった」

「思わず僕は嫉妬してしまったよ。そんな立ち回りが出来る冒険者で、尚且つ自由に冒険しているのだから……」
 エドワードは自らの身に纏った純白の鎧にそっと触れ、悲し気に目を伏せた。

 思い返せばあの時、確かにエドワードはこちらを睨みつけていたような覚えがある。
 あれはてっきり手柄を取られた事に憤っての視線だと思っていたのだが、そういう事情があったとは。

「あの、俺へのアピールの事情は理解出来たんですけど『契り』ってどういう意味なんでしょうか?」

「ふむ……黄金の髪をなびかせ純白の鎧を纏う白美プリスティンに、艶やかな黒髪に深いくり色の瞳を持つ艶鴉プロノワール。素晴らしいコントラストだと思わないかい?」

「はい?」 「ホ~?」

「簡単な話さ、是非とも僕のパートナー心の友となり、センスバーチに移って欲しいんだ」

「──ちょちょちょ、ちょっと待って欲しいっすっ!」

「ム? なんだねロング君」

「そんなのダメっすよ! ヤマトさんはサウドにとって重要な冒険者っす! スカウトしたくなる気持ちも分かるっすけど、急にそんな……それに自分、ヤマトさんが居ないと……」

「ヤマトさんも何か言ってくださいよ!」
 酷く狼狽した様子のロングが声を荒げる。

「ああ、安心したまえロング君。君達の絆は確と我が眼に焼き付いている。だから君も一緒にセンスバーチに戻ってくる気はないかい?」

「えっ!?」

「住居を用意しよう。そしてもしパーティーを組んでくれるなら、白美プリスティンに付き合わせる代償としてクエスト報酬とは別に、その対価となる給料を保証しよう」

「それに未開地開拓の役目を担うサウドとは違い、魔物の少ないセンスバーチで冒険者をするなら、君たちの実力であればすぐにでも強者として認知されるだろう」

「ヤマトさんと一緒に……」

「僕はね……心から信頼できる、素の自分をさらけ出せる仲間が欲しいんだ……そしてそんな仲間達と、しがらみの介在しない、真の冒険──"冒険者"になりたいんだ」
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