創世戦争記

歩く姿は社畜

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日常の崩壊

悪女との取引

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「俺の目的は…何者にも邪魔されない生活。それだけが望みで目的だ」
 フレデリカは難しい顔をした。
「例えば、どんな邪魔?」
「石を投げられて窓が割れるとか、物の値段をわざと上げられるとか、干してる布団に水を掛けられるとかそんな感じ」
「別の質問しよう。君を雇うのに、どんな報酬が居る?」
 アレンは今自分が持っていない、欲しい物を考えた。
「衣食住。俺が一人になれる部屋が欲しい」
「分かった、提供する。食についてはこれを参考にして欲しい」
 フレデリカは机の上に乗っている料理を指し示した。
「食べ物は…魚は出さないで欲しい」
「だって、クルト」
 猪頭族オークの青年クルトは眉を下げた。
「分かりましたけど…もう二度と、ご飯の前で戦って内臓ポロリしないでください!」
「分かったよごめんって!」
 クルトはアレンに頭を下げた。
「うちのお爺ちゃんお婆ちゃん達を宜しくお願いします」
「その糞婆クソババアの面倒は見たくないけど、良いよ」
 アレンは疲れたように背もたれに身体を預けた。
「怠いなぁ…雇われるからにはしっかりやるけどさ」
「働く為にもご飯はちゃんと食べてくださいね。まだ病み上がりなんだから、無茶はしないでください」
 クルトは食器を並べ直しながら言った。そんな彼にアレンは問う。
「八割が反対したって言うけど、お前は賛成したの?目の前に一週間前まで敵対してた奴が居るのに、随分と落ち着いてるね」
 食器を並べるクルトの手が止まる。そして淡々と落ち着いて答えた。
「利害の一致です。僕達は帝国軍人を全て皆殺しにしてやりたいとすら思ってる。だけど、目的はそこじゃないですから」
 クルトはアレンの前に食器を置いて言った。
「この〈プロテア〉は見方によってはチンピラの寄せ集めなんです。なので個人だけじゃなく、組織としても強くなれるよう御指導のほど、宜しくお願いします」
 アレンは元リーダーのアーサーを睨んだ。
「組織を強くするのは大将の仕事だろ。何やってんだオッサン」
「俺は指導とか苦手なんだってぇ…」
(よくこんな奴がリーダーなんてやれたな…)
 アレンは溜息を吐くとクルトに向って言った。
「後で構成員の名簿と得意武器が書かれたデータを水晶盤に送っといて。えーと…俺の水晶盤は…」
「こっちよ」
 フレデリカが投げて寄越した水晶盤を左手で受け取って起動すると、端末は初期化されていた。
 アーサーが説明する。
「帝国海軍に追われると厄介だからな。端末は初期化した。写真はバックアップしてある」
 アレンはアルバムを開いて中身を確認した。そこには、アレンとマキシン、コーネリアスがピクニックに行った時の写真が一枚だけ残っていた。
(そういえば、この写真以外何も撮ってなかったな)
 アーサーはアレンの横に来ると水晶盤を見て言った。
「…もう十五年になるが、コーネリアスについては残念だったな。奴とは戦った事がある。俺を叩きのめした後、俺の何処を気に入ったのか、連絡先を無理矢理交換されてな。その時にお前さんの事は聞いたよ」
 生前のコーネリアスは狂人として有名だった。彼の中には『仕事が出来る奴は多分きっと何しても許される』という思考があったようで、恐らく戦場でアーサーを叩きのめした後に「お前気に入った!連絡先を寄越せ!因みに拒否権は無い」とか言いながらアーサーの連絡先を強引に入手したのだろう。
「…つまり、コーネリアスは帝国を裏切っていたのか」
「帝国の情報を俺達に流していたよ。何度も帝国と激しい戦闘を行ったが、コーネリアスが居なかったら俺達は死んでいた」
 アレンはコーネリアスの顔を思い出した。白い顔はいつも笑っていて、裏表を感じさせない。髪も睫毛も真っ白で美しいという印象が強かったが、まさかアレンにも告げず帝国を裏切っていたとは思わなかった。
「オグリオンも内通者だよ」
 フレデリカの声にアレンは思わず顔を上げた。
「あいつも?」
「そう。今この世界にある医術書の大半がオグリオンが著した物だから、彼は以前から帝国側から疑いを掛けられてた。いざ蓋を開けたら、本当に裏切っていたってオチね」
 フレデリカは羊皮紙を数枚取り出した。
「これ、〈プロテア〉と繋がりのある各国の名家よ。大半はコーネリアス達と繋がりがあった。国の名前順に並んでるわ」
 アレンは紙の中身にざっと目を通した。
「驚いた、意外と繋がりが多いな。クルト、俺の連絡先を教えるからこれもデータでくれ」
「帝国はデジタル化が進んでるんですか?」
「ああ。チャットではなく専用ツールで遣り取りしているが、〈プロテア〉にもそういうのあるのか?」
「完全に移行した訳じゃないですけど、ありますよ。アカウント発行して貰います?」
「ああ」
 クルトが部屋を出て行くと、アレンはフレデリカに別の羊皮紙を渡された。
「はいこれ、契約書。それともデジタルの方が良いかしら?」
「俺右利きなんだけど…」
「ああ、それじゃあ後で良いや。その腕じゃ動かないものね」
 コンラッドは羊皮紙をアレンから回収すると言った。
「血清はまだ研究段階だ。君のような半分魔人という者に使った事は無いから、副作用が分からない。絶対安静で」
「はーい…」
 コンラッドはそう言うと紙をしまいにその場を離れた。彼が居なくなると、フレデリカはアレンの顔を見てニヤニヤと笑う。
「…何さ」
「んふっ。コーネリアスとオグリオンが気に掛けるからどんな子かと思えば、あの二人と比べて随分と泥臭いね」
「…泥臭くて悪い?」
 フレデリカは笑うと葡萄酒ワインが入った瓶を持って言った。
「いいや、泥臭い奴の話の方が酒の肴に良いわ。大体の事はコーネリアスの奴から聞いてるけど、君のその可愛い口から聞かせてよ」
 そう言ってフレデリカはアレンにワイングラスを渡すとウィンクした。

 その頃、不朽城にて。
「敵船は魔導エンジンを搭載したガレオン船に乗っています。一週間後にはバルタス王国のアルケイディア城へ入港すると思われます」
 武公の梦蝶モンディエは皇帝に報告した。
「時空魔法を使った痕跡も残っていますが、如何なさいます?」
 皇帝アレッサンドロは薄暗い部屋の中、長い脚を組んだ。
「裁判神官は動かないのか」
「未熟な神官共では恐らく感知出来ない程の微細な残滓でした。上位層は気付いている筈ですが」
「…腐っているな」
 アレッサンドロは梦蝶に命令を下した。
「兵力を幾ら使っても構わん。手段も問わない。アレンを確実に殺せ」
「御意」
 梦蝶が退室しようとしたその時、皇帝は思い出したように口を開いた。
「そうだ梦蝶、面白い話を聞いた」
「…何でしょう」
「アルケイディアに、お前と同じ深紅の瞳の少女が潜伏している」
「…!」
 梦蝶が動揺した。
「貴様は利用価値がある。余は貴様のあらゆる行動を赦そう。これを持って行くが良い」
 そう言ってアレッサンドロが投げて渡したのは、帝国の紋章が刻まれた金色のペンダント。その首飾りはアダマンタイトでできており、裏には髑髏の装飾がある。
「貴様に〈大帝の深淵〉の指揮権を渡す。貴様は一人の将として、皇后として指揮権を振るえ」
 梦蝶は無言のまま、祖国の武人達が好んで使う抱拳礼(右手の拳を左の掌に押し当てる礼)で応えた。
「我が願望が成し遂げられる過程で、貴様の復讐も叶うだろう。全力を尽くせ」
「御心のままに」
 梦蝶が部屋を出ると、皇帝の水晶盤が通知音を立てた。その内容を見て皇帝はほくそ笑む。
「アレンめ、プロテアに降ったか。コーネリアス裏切り者の息子は裏切り者という事か」
 好都合だ。アレンの動きを観察出来るのだから。
 アレッサンドロは水晶盤で地図を開いた。各地に赤い印が打ってある。
「何処も一枚岩ではないな。内戦を抱えておきながら連合ごっことは、笑わせる」
 梦蝶は何処から崩すのだろう。やはり憎しみが残る祖国だろうか。憎しみに身を焦がす女の、何と狂おしい事か。アレッサンドロはあの女の静かな顔の下に秘められた烈火を思い浮かべ、一人静かに笑みを深めるのだった。
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