創世戦争記

歩く姿は社畜

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魔導王国アミリ朝クテシア編 〜砂塵と共に流れる因縁の章〜

要塞の異変

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 それから一ヶ月後。連合軍はクテシア城が拠点としてしっかり機能するように整えると、最後の〈三要塞〉であるスィナーンに向けて出発した。
 アレンの横で馬を進めるアイユーブが口を開いた。
「俺とティヤーブ兄さん、それからダウワース兄さんは、お袋が即位する前にスィナーンで生まれたんだって。スィナーンはお袋の実家みたいなものなんだ」
「そうだったのか。じゃあウサーマもそこに居たんだな」
「ああ。スィナーンみたいな地方出身の男娼との間に生まれた女児のお袋じゃ王位継承権は無かったから、男児を生んで国母を名乗ろうとしたらしい。一人で良かったのに、生まれたのは男児が三人…何かの冗談みたいで笑っちゃうよな」
 アレンは前方に見えてきた巨大な城塞を見た。ヌールハーンはこの城で三つ子を生み、此処からクテシア城で男娼と快楽に溺れる先王を斃した。
 国民を先王であるマリカと兄弟達の圧政から救い出した名君として支持を集める彼女にとって、此処は特別な場所でもある。
 アレンはスィナーンに囚われていた事もあるハーケを思い出した。
「魔人にとっては悍ましい場所だ。だが…」
 普通、こういう曰く付きの城⸺敵にとっても特別な意味のある城は占拠して打ち壊してしまうか、軍旗を掲げて政治利用する。しかし、城には旗が掛かっていない。
「静か過ぎないか?帝国は俺達が進軍している事に気付いている筈」
 砂漠は隠れる場所も無い。何処から見ても見え見えの筈だ。
 アレンは進軍を止めると、斥候を出す事にした。
 陸軍からは獣人ライカンスロープを三名、陸軍から北へ十キロ離れた場所を進軍する空軍からは有翼人ハーピィを三名派遣する事にした。
 そして斥候を派遣してから三時間後、各国の長や後継者達が集められての会議を行う事にした。
 バルタス王国のジェラルドが言う。
社龍シャ・ロン公子に連絡を取ったが、海竜アクアドラゴンを除く海軍は国境付近の漁村を占拠する魔人の小隊と衝突している。場所は…スィナーン領内だ」
「…敵兵がいるのか」
 苏月がそう聞き返した。何かの罠だろうか。
「空城の計か、まさか本当に空っぽ…いや、そんな訳無いか」
 斥候が戻って来ない事には何も分からない。だが斥候が無事に戻るとは言い切れないだろう。
「ヌールハーン、今の内にこの城の詳細を知りたい。説明してくれるか?」
 ヌールハーンは城のホログラムを出した。
「〈不撓の三要塞〉はそれぞれ役割がある。ラダーンは北方の野蛮人や魔物から国を守り、アネハルの民とクテシアを繋ぐ防衛と公益を武器とする都市。クテシアは英雄やそこに住まう者を守る都市。そしてスィナーンは西方の防衛。そしてその防衛には手段を問わない」
 拷問、洗脳、辱め…あらゆる手段をもって敵の鼻っ面を圧し折る。世界には人が人らしく生きる権利を保証する法があるが、このスィナーンだけは例外だ。〈創世の四英雄〉の子孫とその一族の発言力は圧倒的に強く、魔人という種族が他種族を攻撃するようになってからはクテシア王族の発言によってスィナーンだけは例外として認められた。
「拠点としてこの城を使うのも良かろう。この城の向こうは帝国領だ。城には拷問器具や処刑台、ちょっとした…何でもある。、倉庫にするのも良いだろう」
 その含みのある言い方に、その場に居る誰もが無惨な死体が繋がれたままの地下牢を想像した。この中には地下牢で悍ましい目に遭った者や、死体を見過ぎた者も少なくはない。
「…余計な事を言うんじゃない」
 シルヴェストロが全身の毛をぶわりと逆立てたのを見た苏月が口元を手で押さえながらじろりとヌールハーンを睨むと、その言葉にアルフォンサ⸺アマリリスも頷いた。
「士気に関わりますわ」
 アレンは二人の言葉に頷くと城の構造を確認した。
(山城に、地下牢…構造はクテシア城と同じだが、ラダーンより一回り小さい大型魔導大砲が設置されている。地下牢の規模は苏安の智陵とほぼ同じか)
 人が住むための城ではなく、戦いと拷問の為だけの城だ。
「…放棄するなんて考え難いよな。俺が此処に駐屯する将軍なら、此処は絶対に守る」
 此処を破られれば、その先は帝国領だ。だから何かの罠に違いない。そう思ったその時だった。
「只今帰還しました!」
 外から羽音と足音が慌ただしく聞こえてくる。どうやら有翼人もこちらに来たようだ。
「ご苦労。どうだった?」
 アレンが問うと、斥候達は困ったように顔を見合わせた。
「それが…敵は一人も居ませんでした」
「居なかった?」
 思わずその場に居る者達が問い返す。
「城の中に入って見ましたけど、魔人の死体しか見つからなかったです」
「しかも、無惨な死に方をした死体ばかりでした。血痕を見た感じ、まだ日はそんなに経っていないかと」
 アレンは隣で黙って聞いていたフレデリカの方を向いた。
「…何だと思う?」
「少なくとも魔人より強い奴の襲撃を受けた事は間違い無さそう」
 シルヴェストロが逆立った毛を撫でて落ち着かせながら問うた。
「他に目立った特徴はあったかね?例えば…クテシアは砂漠だから、足跡が残りやすいんじゃないか?」
 そう言ってシルヴェストロは毛に覆われた脚を組んだ。そこにはくっきりと肉球の跡が残っている。
 有翼人が答えた。
「足跡と言うより、巨大な手形のような物が残っていました。その手は人間や魔人と同じ形をしていて…指からは長い爪が伸びているようでした。その場に残っていた死体の傷跡や攻撃の跡を見る限り、魔物か何かの鉤爪に切り裂かれて死んだものと見て間違い無いでしょう。侵入された形跡も無く、城の内部に元々居た可能性が高いです」
 その場に居た全員が、スィナーン出身のヌールハーンを見た。
「我は知らんぞ。スィナーンでは魔人を収容したりもしたが、魔物とかそういうものは収容していない」
 アレンは溜息を吐いた。彼女がなんと言おうが、実際に見ぬ事には何も分からない。
「見に行こう。仮に魔物だとしてだ。此処に居る奴は魔物に負けるような奴じゃないだろ」
 そう言うと、全員が頷いた。
 陸軍を率いる各国の王達は天幕を出ると、後片付けを部下達に任せてスィナーン城へ向かった。
 城門は破城槌で破られた形跡はあるが、鉤爪の跡は門の内側にある。やはり、内部から発生した魔物だろう。
「見ろ、足跡と血痕がある」
 本城から長く細く続く血痕。大分時間が経っているのか、乾燥して黒くなっている。
「…まだ死体が多く残っていますな」
 シルヴェストロは鼻を押さえた。山城は上の方から風が吹き降ろしてくる。その風の中には、腐敗臭も混じっていた。
「魔物は…どうやら出て行ったようだな」
 アレンは足跡の続く先を見た。その先は日が沈もうとしている。
「帝国軍を追っていったのかも」
 アレンはそう言うと、確かめるように時空魔法を発動した。
 この城の記憶を見る事が、答え合わせには最適だろう。
 アレンの左眼はもう光を映さないが、記憶を見る時だけは物が見える。その双眸に映ったのは、何頭もの魔物に襲われて撤退を余儀無くされた魔人達だ。
『ギャアアアアアア!』
『母さん、母さん!』
 鉤爪に裂かれ、臓物を撒き散らしながら無惨に死ぬ者達。そんな彼らを襲うのは、魔人の二倍以上の大きさの魔物だった。魔物と言っても、彼らはまるで猿のように四足歩行だ。しかし、その歩行には違和感がある。人型種族のような二足歩行の者が、無理矢理に四足歩行しているような見た目をしているのだ。
 魔物がアレンをすり抜けて走る魔人に襲い掛かる。
 アレンはその魔物を見上げた。黒々とした角に、紫の亀裂と鋭い牙。そして菱形の瞳孔。
(そうか、こいつらは⸺)
 肉の裂ける嫌な音がして、血の匂いが漂う。それらは嫌に鮮明だ。時空魔法の精度が高まっているのだろう。
 魔物は魔人を食らうと、門から出て魔人達を追って行った。やがて城が静かになると、そこには死体以外の何も残ってはいなかった。
 アレンは濃厚な血の匂いに息を吐くと、魔法を止めた。同時に左眼から世界が消える。
 ぴたりと匂いが嘘のように消えると、フレデリカがアレンの手を握っていた。
「…帰ってこないんじゃないかと思った」
「大丈夫。鮮明過ぎて驚いただけだ」
 アレンは左眼を押さえた。左眼の視力が一時的に戻るのは驚いた。これにも慣れなくてはいけないのだろう。
「…魔物はもうこの城に居ない」
 場合によっては魔物を討伐するという一手間があったが、それの心配が消えた事に一行は安堵した。
「だが、魔物は魔人が変異したものだ」
 五年前に不朽城で、オグリオンが魔物になり掛けていた。フレデリカによれば彼は生きているが、今はどうだろうか。
「つまり、魔人と戦う時は魔物化する可能性を考えないといけないって事?」
 同行していた美凛が問う。
「ああ。だが原理は分からない。此処から先は帝国領だから、気を付けて進軍しないと」
 前へ進むには後ろを固める必要がある。
 アレンは日の沈みゆく西を見た。帝国はいよいよ、目と鼻の先だ。五年前の自分は、まさか自分が帝国に歯向かって攻撃を仕掛けるなんて思いもしなかった。
「此処を連合防衛の要としよう。守りの準備が終わり次第、帝国本土への進軍を開始する」
 一行は頷くと、部下達に指示を出す為に野営地へ戻って行った。
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