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ランプの魔人と言う男Ⅲ
しおりを挟むおそらくだが俺は、意識すらされていないのだろう。
あいつが今まで仕えてきた、その他大勢の誰か。
その内の一人として、いつかきっと、忘れ去られる。
顔も声も名前ですら思い出せなくなって、そうして爪痕一つ残すことなく消えるのだ。
それを嫌だと思うのに。
その心を傷つけずにすむのなら、それもまた良いと、そう思う。
水族館で、思いを自覚したとき。
忘れられたくないと、手放したくないと、強く思った。
それは今も胸にある。
けれど日々をともに過ごし、年を越えて、春が見えるようになって。
そうしていく内に、この思いは、少しずつ色を変えていった。
なぁ。
俺は、お前のことが好きだよ。
けどそれで、お前を縛りつけたり。
翼を捥いで、がんじがらめにしたり。
――自由を奪って傍に置く。
そんな風にして、お前を歪めたくない。
跳ねるように落ち着きなく歩く姿が好きだ。
鼻歌なんか歌って、忙しなく周りを見て、そうして何かに気付いたら、振り向くことなく走り去る。
人懐こい子どものように、ねぇねぇと話しかけるのはかわいらしい。
けれど時折、ふと遠くを仰ぎ見て、静謐に沈む姿もまた美しい。
子どものようで、大人のように。
無垢なる風情に差し込む老獪さ。
それはまるでプリズムのよう。
角度によって見えるものが移り変わる。
不可思議な、二面性あふれるところ。
それが、どうしようもなく愛おしい。
この男はしたたかだ。
しなやかで、あたたかで、軽やかで。
まるで大地に根付く草のような、折れない強さを持っている。
どれだけ踏み潰されても。
どれほど枯れ果てようと。
それにより頭を垂れることになろうとも。
何度でも天を向く。
何度だって立ち上がる。
風のように、水のように。
しなやかに生きる後ろ背に惹かれてる。
だけど、お前は酷い奴だ。
名前を教えてくれやしない。
名前を呼んでくれさえしない。
だからいずれくる別れのときすら、縋るもの一つ遺さない。
そんな酷い男にこれ以上なく振り回される。
けれどそれを、悪くないと思ってる。
落ち着いた色味の容姿。
鋭利で硬質な、作りもの染みた美貌。
それをもっとも際立すなら。
――白々とした月光こそが相応しい。
けれどそこに収まる心、精神は。
――陽の光こそよく似合う。
明るくて、にぎやかで、自由奔放に振る舞う姿。
大空を舞う鳥のように。
なにものにも縛られずに天を行く。
太陽の下、なんの憂いもなく大声をあげて。
大きく両手を広げ、屈託なく笑う。
そんなお前とともにありたい。
いつの日か、自由になったお前と。
ランプの魔人なんて窮屈なものから、解き放たれたお前と。
隣り合って、歩きたい。
全部なんて言わないから。
すべてがほしいなんて、言わないから。
せめてその隣を歩む、それだけは許してほしい。
あぁ、でも。
もし許されるのなら。
誰に強制されるでなく。
お前の自由意志で、手を伸ばして。
君がいいと、選んでほしい。
この手をとってもらいたい。
誰にもとらせなかった、あたたかな手を。
俺だけに、許してほしい。
――その手を、とらせてほしい。
そう強く、願うのだ。
水族館で思いを自覚し、この男とともにありたいと願った日から、根気強く距離を詰めた。
物理的な距離はすでに近いと思う。
なぜなら魔人は大変に人懐こく、実に軽やかに距離を詰める、天性のバランス感覚と社交術を持っている。
俺はあまり人を傍に寄せないのだが、気付けばあの男はするりと俺の懐へと潜り込んでしまった。
だから、見た目の距離ではなく心の距離を、ぐっと縮めるべく努力した。
俺が在りし日の少年だと気付いた魔人は、時折、酷く甘やかすような言動を混ぜるようになった。
それはまさしく、子を慈しむ母のよう。
すなわち、恋愛対象ではないと。
そう言ってるも同然なのだ。
だがそれを、より近くにあるための方便にした。
警戒に値せず、傍にあることが自然なのだと、そう錯覚させるよう振る舞った。
小賢しいと笑うなら笑え。
あちらは海千山千の猛者なのだ。
俺には想像もつかないぐらいにとおいとおい昔。
神のいた時代に作られた存在なのだから、この程度の手練手管を駆使したところで、罰など当たりはしないだろう。
あいつが本気を出せば、俺のような餓鬼など一捻りなのだから、小狡いぐらいがちょうどいい。
それでもお天道様に、魔人に顔向けできないことは決してしない。
その一線は越えたりしない。
それだけを胸に距離を詰めた。
魔人が自由に外を出歩くようになって。
それでも必ず、帰ってくる。
俺の隣を居場所に定め、必ず戻ってきてくれる。
喜びに震えたあの日を、俺は絶対忘れない。
最近になって、夜に差し向かいで酒を飲むことが増えた。
魔人は甘いものが好きだ。
炭酸のように刺激の強いものは好まない。
果実酒のような香り高く飲み口のやわい、酒精が弱いものを好む。
人種を鑑みれば酒に強いはずなのに、どうにも子ども舌が前に出る。
それが少しばかりおかしくて笑ってしまったとき。
頬を膨らませ不満を露わにした姿はなんとも言えずかわいかった。
そうして夜ごとに酌み交わす。
酒のつまみにとりとめもないことを語り明かす。
魔人の話を聞くのは楽しい。
どんな国を渡り歩いたか。
どんな景色を見てきたのか。
何を食べ、何を飲み、どんなものに触れてきたのか。
語り口は軽妙で、面白くて。
たまに失敗したことなんかも話してくれる。
そうして時折、尋ねてくるのだ。
君はどんな道を歩んできたの、と。
それに俺も、酒に緩んだ思考であれやこれやを紡ぎ出す。
職場のかわいがってる同僚のこと、学生時代の思い出話に家族と行った旅行先。
魔人の好きそうな洋菓子店や、うまい昼飯を出す定食屋とか。
そんなことを話し、相槌を打つ。
それのなんと楽しいことか。
そうして今夜も同じように、ぽつりぽつりと話す傍ら。
ふと、魔人が口を開いた。
「――ある男の話をしようか」
透き通るように静かで、やわらかな声。
けれど、その響きはどこか遠く。
それは、短くも濃い、一人の男の物語。
とおいとおい昔、神々のいた頃。
一人の男と、一柱の神からはじまる、とある悲劇の物語。
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