【完結】その手をとらせて《完全版》

※(kome)

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魔人さんの悩みごと。

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愛するものと肌を重ね合い、熱を高める。
これもまた、筆舌にしがたい幸福を感じるものだ。

俺たちはかなりの体格差がある。
よりによって、受け身側の男が小柄なのだ。
対して俺は二メートル近い長躯に、男の何倍もの厚みのある身体をしている。
必然、互いを求めあう頻度は高くなく、だからこそひとたび繋がりあえば、熱く熱く燃え上がる。

今宵も熱の応酬を繰り返し、汗を流すべく風呂場に向かい、先に男の身体を清めたところである。
風呂釜の縁に腰かける男を視界の端に納めながら、頭部の泡を洗い流す。

美しい飴色の肌に覆われた肢体。
その足を片方、腕に抱えるようにして男はうまいことバランスをとっている。
そうしてもう片方の自由な足でちゃぷちゃぷと湯を蹴っていた。
顔にかかったお湯を手で拭い、視界にその姿を捉え直した、そのとき。

にまり、と。
顔を上げた男が、なんとも性質のよろしくない顔で笑ってみせた。

それに途轍もない悪い予感を覚える。
そうして案の定、そのお綺麗なご面相から吐き出したとは思えない台詞をぶっ放した。

「君の好みって、慎ましやかなスレンダーボディじゃなくて、ボンキュッボンのグラマラス系だよね?」

そう言って、こんな感じ?とばかりに、空中に両手で流線型を描いてみせる。
それに思わず、止めてくれと叫んでしまった。

お前、また俺のアレな本を漁ったのか。
念のために弁明させていただくが、アレはお前が現れるよりも前に収集したものであって、現在の俺の好みを反映したものではない。

故に、今もっとも俺の目をそそるのはお前なのだと申し添えておく。

目を隠すように手をかざし、指の隙間から半眼で男を見やる。
なぜ止められたのか、どうにも腑に落ちていない様子にため息が漏れる。
内心の弁明を口にしたところで伝わらないだろうなぁと胸中で独りごち、そのまま男に問いかけた。

「なんで今、その話をした?」

「え、なんとなく?
 いや、その……物足りなくないかしら、と少し気になっちゃって」

ほんの少しの気まずさというのか、後ろめたそうな声音で、男は自らの身体を手でなぞるようにしてそう言った。

ふむ、なるほど?
顔を上から下へと動かし、かわいらしい頭のてっぺんから爪先までを視線でなぞる。

良く言えば、引き締まった肉付きで無駄な脂肪一つない肢体である。

悪く言えば、頼りなげで厚みの足りない体躯である。

だがそこに、虚弱さはない。
必要な箇所にだけきちんと肉が付いた、均整のとれた褐色痩躯。
しなやかな作りのそれは凹凸に乏しく、性差が曖昧に溶けゆく絶妙な線を描いている。

それ故に、男にも、女にも。
少年にも、少女にも見える――なんとも不思議な容姿の持ち主なのだ。

まさしく作り物じみた繊細で美しい造形をしているのだが、男性らしいかと問われれば首を傾げる。
男の視線が俺を……その輪郭を捉えているのに気付き、我が身を振り返る。

俺は上背が高く、がっしりと筋肉ののった厚みのある身体をしている。
つまり、一瞥するだけでそうとわかる、男らしい体つきなのだ。
それに加え、男の中の俺は肉付きの良い女性が好き、と言う設定になっている。
それを鑑みて、こう思ったんだろう。

――理想と真逆の自分が、きちんと彼を満足させることができるのか。

自信がないとは言わないが、それでも不安を覚えてしまう。
おそらく、こういったところだろう。

ふむ、これは大変に由々しき事態である。
誤解をさせたままでは男が廃る、ならばきちんと魅力を語らねばなるまい。
そう思い、ほんの少しの悪戯心も絡めて言葉にする。

「まぁ確かに、細いとは思うが。
 前にも言ったが、お前の脚部はとても美しいし食欲をそそる。
 なによりその細腰を掴んで腰を振るのは――なかなかに征服欲を満たされて、悪くないぞ?」

「~っ!? 馬鹿! ホント馬鹿!
 君のそういうところ、本当にどうかと思うんだけど!?」

見るなと言わんばかりに腰を捻り手で身体を隠す男に、思わず笑いが漏れる。

長く生きてきただけあって、この男はわりと口が達者である。
人と話をするのが好きなのもあって、語彙が豊富なのだ。

故に、そんな男を口のみでやり込めるのはなかなかに至難の業で、今回ようやく勝ちを拾えたことに密かな優越感を覚える。

ほんの少しの達成感に満たされたまま、男の足を避けて湯船に浸かる。

この男、先にも言ったように語彙が豊富なくせに、口から出る罵倒語はどこか角のとれたものが多い。
どうにも迫力に欠ける罵倒を浴びながら、精一杯の悪口を吐く男の身体をまじまじと観察する。

濃いめに淹れたミルクティー色の肌には二つ、わかりづらいが赤い華が咲いている。

首筋に一つ、胸元――ちょうど心臓の上あたりに一つ。

それを何度も頷きながら満足げに眺める俺に、男はついに気付いたらしい。

まさしく馬耳東風、これ以上続けたところで俺には響かない。
そう悟った男は、深々とため息を吐きながら呆れ混じりに口を開いた。

「まったく、君は……これだものなぁ」

そう言って、じゃぼんと音を立てながら湯船に身を沈めた。
肉づきの薄い男の尻が脛に当たり、そのまま遠慮なくぐいぐいと押し分けてくる。

あ、邪魔だと言いたいのか。
男の行動からそう察し、膝を折ってスペースを空けてやる。
そのまま底まで突き進んで肩まで湯に浸かると、男は緩く足を抱えながらぽつりと思ったままを呟いた。

「いまさら言っても、仕方がないことだけど。
 ひとつだけ、失敗したなぁと思ってることがあるんだ」

湯船から飛び出た膝頭に顎をのせ、男は静かに後悔を口にした。

「僕が人間に戻ったとき。
 あのときにもし、女性の身体を選んでいたら。
 ――君に、普通のしあわせをあげられたんじゃないかなぁ」

不自然なまでに、男はこちらを見なかった。
やや俯きがちに水面に視線をあわせたまま、訥々と思ったことを言葉にして吐き出している。

「君は、とても素敵なひとだ。
 そんな君ならきっと、愛しい誰かを隣に置いて、そのひとと子どもをもうけて。
 たくさんの人に囲まれながら、しあわせに人生の幕を閉じる。
 そんな未来があったって、そう思うんだよ」

そんなことをいまさら考えても、なんの意味もないけど。
ぽつりとそうこぼす男の声を、少しの震えを宿すその音を静かに聞き続けた。

あぁ、お前は。
そんな風に不安を抱えていたのか。
俺はそんなこと、気にもかけていなかったのに。

俺がほしかったのは、その心で。
その美しく得がたい輝きもつ魂が収まる器、その性別を気にかけたことなんて、一度もなかった。

たまたま好きになった人が俺と同じ男であっただけで、そこに付随するあらゆる障害や揶揄なんか、気にしてもいなかった。

けどそれは、あくまで俺の価値観で、男にとってはそうでない。

そうだよな、お前は今から三千年前、神が当たり前にいた時代の人間なのだ。
今だって出産は命がけなのに、お前の生まれた時代はそれ以上の難事だったろう。

それが根っこにある人間にとって、同性で番う――。

その言葉の意味を、俺は、きちんと考えてこなかった。

なんで俺は、こうもこの男を傷つけてしまうのだろう。
自分の思慮のなさが不甲斐ない。

けどそんな感傷に浸ったまま、この男を放置すること。
そんな不誠実な真似、できるものか。

微かに震える華奢な肩に手を伸ばし、ぐっと引き寄せる。
大きなものが動くのに合わせ、風呂釜の縁から盛大にお湯があふれ音を立てて床を打つ。
それに構わず男を抱き寄せ、胸板に男の頭を押しつけた。

水気を含む紺墨色した絹糸が指を滑り落ちる。
その項に唇を寄せ、ただ思いの丈を綴っていく。

「人は誰しも一人で生まれ、死を迎えるものだ。
 誰の例外もなく、必ず、そうあるものだ」

囁くように、言い聞かせるように。
わずかに赤く染まる耳朶へ、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

「だけど、この世界で俺だけがそうじゃない。
 愛するものと必ず、共にその生を終えることができる。
 鼓動を止めるそのときに、共に手を繋いで笑って逝くことができる」

その幸せが、わかるか。
それを与えてくれたのが誰か、覚えているか。
そう問いかけるように囁きかける。

ひっと引きつった声が、肩口から聞こえる。
涙を落とすのを耐えるように、俺の肩口へと強く額を押しつけて男が問う。
か細い声で、疑問を口にする。

「なんで。
 なんで君は、こんなにも簡単に僕をすくいあげるの?
 ほしいと思った言葉を、くれるの」

そんなの決まっている。
激情のままではなく、万感の思いを込めて口を開く。

「それは、俺がどうしようもない大馬鹿者だからだ。
 恋に狂って、恋に喘いで、ただひたすらに慈悲を乞う。
 そんなどこにでもいる、恋に狂った大馬鹿者。
 そんな男だからだよ」

だから、お前の望む言葉を口にする。

だけどそれは、自分を偽ってのものじゃない。
全て本心で、赤裸々なまでに胸の内を晒す。
そんなどこにでもいる、それしかできない――恋に狂った馬鹿な男でしかない。

「アキラぁ……っ!」

男は俺の名前を繰り返し、何度も何度も口にする。
感極まって涙を滝のようにこぼしながら、俺の名前だけを呼び続ける。

その細い頤をすくいあげ、恭しさを以て頬を流れる雫を吸い上げる。
額を重ねあわせ、その目を見つめながら願いを口にする。

「あまり、泣いてくれるな。
 いつか、その目が溶け落ちてしまわないか、心配になる」

この男は泣き虫になった。
今まで泣けなかった分を取り戻すかのように、喜びにも悲しみにも涙するようになった。

そんな風に泣き続けたら、いつかは瞳が溶け落ちてしまうのではないか。

そう不安を覚えてしまうぐらいに、男は涙をあふれさせる。

それを茶化して言えば、なぁにそれ、と涙混じりに笑われてしまった。
そうして、ほんの少し目元を赤らめながら、男は願いを口にした。

「お願い、アキラ。
 もう一度、君と繋がりたい」

かじりと弱く鎖骨に噛みつかれ、今宵再びの獣欲の火が灯る。

「仰せのままに。
 夢見るように抱いてやる」

再度、おどけたように返してみれば、花開くように泣き笑う男の姿が目に入る。

「うん。……うん。
 ぜひ、そうして。
 君とともに、心を重ねて、熱を上げて。
 ともに、高みに至らせて?」

目の縁を赤く腫れ上がらせながら、満面の笑みでそう歌い上げる。

暗さをまとっても、陰鬱に沈んでもいない。
晴れやかで軽やかな、いつもの男の姿がそこにある。

コックを限界まで捻り、シャワーノズルからお湯が噴き出すようにして床に転がす。
温水流れる床に、男をそっと横たえた。

それに男が目をぱちぱちと瞬かせ、幼げな色をまとって小首を傾げた。

「ここでするの?」

「駄目か?」

きっと断られないと思いつつ、問う。

「いや、なんだか切羽詰まってるなと思って」

僕たちらしくはあるけどね。
そう呟かれ、それもその通りだと思いながら男の鼻頭をやわく食む。

鼓動を確かめるように男の左胸に手を添える。
とくんとくんと緩やかな脈動を刻むそこに、口づけるように顔を寄せた。

どうか、この音が――いつまでも続きますように。

そう思いを込めて、口づけを落とす。

男のくすぐったそうな笑い声が響き、そうして。

今宵再びの熱を交わし、夜は更けていく。
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