【完結】その手をとらせて《完全版》

※(kome)

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魔人さんと酒の席。

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「彼女がいるでしょって言われた」

「そりゃあねぇ。
 ……君、自分で気づいてなかったの?」

口の中のものをきちんと咀嚼し飲み込んでから、呆れた風に男が答えた。
ついで箸を皿の上に置き、右手を拳のまま上げる。
こちらに注目とばかりに拳を振ると、一言につき一本の指を立てながら話し始めた。

「まず、お昼。
 いままでコンビニ弁当だったのが、手作りのお弁当に変わった。
 毎週金曜日の飲み会。
 これも、二次会、三次会まで参加してたのを、すっぱりやめちゃった。
 極めつけは、月、水、金曜日に甘いものを買って帰るようになったこと」

立てられた三指に、思わず目を逸らす。

俺、そこまであからさまだったか?
そう思い、この男が現れる前と現在との記憶を振り返る。
そうして天を仰いだ。

確かに、今までとは違いすぎる。
だが、それもこれも料理上手なこいつが悪い。

契約初日に作ったふわとろ卵のオムライスからはじまり、毎食すべて、途轍もなく旨いのだ。

ただ、まぁ、その。
この男、計量を一切しない。
故に、同じ料理であっても、日によって具材も違えば味付けも微妙に異なる―― 一期一会の料理人なのだ。

となれば、少しでも多く、その機会をものにしたくなる。
手間を増やすのは悪いと思いつつも弁当をねだり、外食を減らすようになったのも、まぁ当然の流れと言うわけだ。

うん、完全理論武装、完了。
満たされた心地のまま、ピーマンの肉詰めに箸をつけた。

それを、対面に座る男が半眼になってこちらを見ている。
男は呆れたようにため息を吐くと、やわらかな口調で忠告した。

「まぁ、君のことだからうまくやるとは思うけど……。
 気をつけてね?」

そうして味噌汁を一口啜る。

本日の献立は、大ぶりピーマンの肉詰めと椎茸の肉詰め。
その余りのタネを丸めたミニハンバーグ。
きんぴらごぼうに冷や奴、味噌汁はトマトに卵を溶いたものとなっている。

肉詰めには椎茸の軸の部分を切り刻んだものが入っており、噛むごとに絶妙な弾力が味わえ、実に楽しい。
きんぴらごぼうはよく味が染みているし、適度に噛みごたえを残す程度に火が通っている。
トマトの味噌汁なんて、この男が来てからはじめて飲んだのだが、これがまたさっぱりしていてとてもおいしい。

黙々と三角食べをしていたのだが、話したいことがあり、ちらりと男を盗み見る。
口がさほど大きく開かないため、ピーマンを箸で小さく切り分けている男に、爆弾を投げ込んだ。

「いきなりで悪いが、今度の飲み会、お前も強制参加だ」

「え?
 ……その言い方だと、拒否権、ない感じ?」

その通りのため、黙して頷く。
男は小首を傾げながら、どうしてなのかと問いたげな顔をした。

「飲み会って、君の職場のだよね?
 どうして僕が参加することになったのか、聞いてもいい?」

こてりと先程とは反対側に首を傾けて問う男に、顔ごと目を背ける。

言えない。
隠し撮りしていたお前の写真を盗み見た女性たちから、逢いたいっ!連れてきて!と言われただなんて、口が裂けても言えない。

いや、俺もたまたま、そう、たまたま。
昨日の夕飯がおいしかったな、とスマートフォンの写真フォルダを流し見ていた折、間違えて。
そう、間違えて、男の隠し撮りまみれのフォルダを開いてしまっただけなのだ。
そうしてそれを、後ろを通りがかったミーハー気質の女性職員に見られてしまった。

彼女はアイドルオタクだ。
月に何度も遠征と呼ばれるライブに参加する、重度の男性アイドルオタクなのだ。

そうして目の前で小首を傾げている男。
大変に、見目がよろしい。
モデルもかくやの見目麗しさなのだから、目の肥えた彼女のお眼鏡に叶ってしまったというわけだ。

それをどう伝えたものか。
だが、どれほど逡巡したところで起きたことは変えられない。

ええい、ままよ!
その気持ちでありのままを告白した。

「お前の隠し撮り写真を見られた。
 美形好きの人で、絶対にお前に会いたいと言ってきかないんだよ。
 頼む、ここは俺を立てると思ってつきあってくれ」

座ったままで申し訳ないが、言い終わると同時に頭を下げる。
しばらく、耳に痛い沈黙が流れる。
ぱちりと箸をテーブルの上に置く音が聞こえ、ついで一度だけ咳払いをすると、男は口を開いた。

「この間食べたプリン、おいしかったなぁ」

はて、何事か。
そう思い、下げていた頭をほんの少し上げ、男を見る。

男は左頬にかかるように垂らした髪を指でくるくると弄び、ちらりとこちらを覗き見た。
そうして再度、おいしかったなぁと呟かれ、何を言いたいのかを察した。

「恩に着る」

「なんのことかな?」

再度頭を下げながら言えば、悪戯げに返される。
フルーツいっぱいだと嬉しいなぁと重ねてリクエストされ、これは二種類と言わず全種類を揃えて献上せねばと脳内メモに書き加える。

「詳しい予定が決まったら、教えてね」

それに頷きを返し、食卓へと向き直る。

ある程度、気をつけなければならないことはあるだろうが。
次の飲み会が楽しみだ。



――・――

金曜日の夕方ともなれば、道行く人々もどこか浮き足立って見える。
駅へと向かう道では、時間が経つほど人も増えてくる。
その流れに逆らわず、足を進めた。

今日は待ちに待った金曜日。
他の参加者たちはすでに会場の居酒屋に向かっていて、俺は駅で待ち合わせている男を回収しに来ている。

現地集合にしない理由は簡単だ。
男が携帯電話の類いを持っていないからだ。

神代の生まれだから使えない、なんてことはなく。
必要を感じないから持たないだけなのだ。

以前、物は試しと俺のスマートフォンを貸してみたことがある。
普段からよく周りを見ているからか、まったく危うげなく操作していた。
最初の内は楽しそうに弄り回していたのだが、五分もすると飽きが見え始め、十分後にはやめたいなぁと言いたげにこちらを何度も振り返っていた。

本人曰く、便利だけど、常に携帯するほどの魅力を感じない、とのこと。
まぁ無理に持たせるものでもないし、必要に迫られれば手にすることもあるだろう。

……仮に買い与えたとして、携帯しないか、充電しないか、充電したまま放置か。
このいずれかになりそうな気がする。

ひとまず思考を現在に戻し、駅前の広場へと足を向ける。
近づくごとにどこか上ずったような、いわゆる黄色い声と呼ばれるものが鼓膜を擽る。

美人だの、モデルっぽいだの、そういった類いの諸々が聞こえてくる。
ほぼ間違いなくウチのアレを指しているのだろう囁き声に、米神をぐりぐりと押して頭痛を誤魔化す。

悪いが、やらんぞ。
そう思いつつ、騒ぎの元凶たる男のもとへと足早に歩を進める。
視線を奥へと向ければ、騒ぎの現況が影前広場の奥の方にいるのが見える。

経年劣化でところどころ茶色く錆びついたガードレールに、男が腰をかけている。
両手でガードレールの縁を掴みながら、実に退屈そうにぷらぷらと足を振っている。

そのたびに、腰まで伸ばした紺墨色の三つ編みと、左頬に垂らした一房が、胸元でぽんぽんと跳ねる。

伏し目がちのまぁるい眼窩。
その中で茶混じりの紅が、夜闇に負けることなく美しく瞬いている。

細く長い柳眉、つんと上向く鼻梁、薄く肉付いた唇。
それらが褐色の相貌にバランス良く並び、男をまるで一幅の絵画のような、作り物染みた風貌に見せていた。
……もっとも、今はそのどれもが、退屈さを示すように下がったり、突き出されたりしているのだが。

春の終わりかけとは言え、夜ともなれば肌寒い。
リブ素材のタンクトップの上に七分袖のオーバーサイズシャツを羽織り、足先はすらりとした曲線を活かすスキニージーンズを履いている。
色味もトップスは白を基調としており、ジーンズは淡い水色となっている。
実に春らしい、明るく軽やかな印象となっている。

そんな男を取り囲むように、人集りが真円状に割れている。
皆が皆、顔を寄せ合い、その美しさを垣間見ようとちらちらと振り返ったり、流し目で確認しているのだ。
それを軽く流し見、男を視界に納め、再度、胸中で叫ぶ。

こいつは俺のものだ、やらんぞ、と。

誰の目にも触れないように閉じ込めようなどとは思わないが、もう少し、自分が人の目を惹くのだと自覚させた方がいいかもしれない。
危機回避能力も相応に高いのだが、今はただの人間でしかないのだから、面倒事に巻き込まれて怪我などされては困る。

どう言い含めたものかと思いつつ歩み寄れば、パッと顔を上げた男が、俺の存在に気が付いた。
退屈濡れの絶世の美貌が、一瞬にして喜びに取って代わる。

眉尻が下がっていた柳眉がふんわりと持ち上がり、茶混じりの紅がほどけるようにして眇められる。
つんと子どもっぽく突き出されていた唇は、喜色によってやわらかな弧を描く。

早くこちらに駆け寄ろうというのか、宙を搔いていた足を折りたたむ。
そのままガードレール上部の板面に、足裏をぴたりと押し当ると、強く蹴り出した。

あ、馬鹿っ! 転けるだろうが!
慌てて駆け寄るも、一メートル先の地面に万歳で着地した男が走り寄ってくる方が早い。

足をもつれさせることなく目の前まで来た男を、隅から隅まで観察する。
どこかを痛めている様子も、足をもつれさせた様子もない。

それに安堵の息を吐き、流れるように男の頭へと手刀を落とした。

なぜそうされたのかわかっていない男に、危ない真似はするなときつく言い含めておく。

いつか、取り返しのつかない大怪我をするのではないか。
そう肝を冷やすこちらの身にもなってもらいたいものだ。

男に声をかけ、来た道を戻る。
俺たちは背の高さが三十センチ以上離れている。
身長が百六十センチ程度の男は、背丈の割りに腰の位置が高いため、歩幅が広い。
だが、二メートル近い俺と比べるとほんの少し小走りにならないと連れ立って歩けない。

待たせたうえに早歩きをさせるほど甲斐性がないと思われるのも癪だ。
男と連れ立って歩くときは特にゆったりとした歩調を心がけ、くるくると移り変わるその顔を見ながら歩くようにしている。

昨日まで蕾だった花が咲いた。
よくあいさつをする猫が子どもを産んだ。
そんな日常の小さな喜びを語る男に時折、相づちを打ちながら、宴席までの道のりを二人で行く。

辿り着いたのは白く濁る硝子戸に、深い濃茶の木目を晒す和を前面に押し出した居酒屋だった。
よくもまぁ、ここまでそれらしい外観のところを見つけ出したものだなぁと感心していたところ、男がすっと前に出て、硝子戸に手をかける。

がろろろろ、と独特の音を立てて硝子戸が開いた瞬間、男が途轍もない喜びを覚えたのが伝わってきた。
肩を叩いてひとまず入るように促すと、素直に場所を譲られる。
先に中へと入ると、いそいそと硝子戸を閉じる男の姿が目に入る。
あぁ、開閉したかったのだなぁと思いながら、立っていた店員に目配せし、幹事の名前を告げた。

既に皆、席に着いているらしい。
先導する男性店員に連れられ、店の奥のテーブル席へと向かう。

幹事――例のアイドルオタクには、男の好みなどを伝えている。
刺激の強いもの、辛いものや、生肉、生魚が苦手なこと。
火を通さないものはどうにも忌避感が強いらしく、食卓にあがれば食べるのだが、箸の進みが明らかに遅いのだ。

あとこれは内緒なのだが、と前置いて、甘味が大の好物だと伝えておいた。
甘味を口いっぱいに頬張ったときの至福そのものの顔は、見ているこちらまで幸せを感じるぞと伝えたところ、絶対に目に焼きつけると甘味のおいしい居酒屋をネットで調べていた。

かくして、椅子文化であろう男に配慮したテーブル席での宴席と相成ったのだ。
刺身が好きなものも一定数いるため、テーブルには鮮魚の切り身が並べられた皿がいくつか点在するが、男の席なのだろう空白には揚げ物等の火の通ったものしか置かれていない。

手前側に二つ並んだ空席を視界に納めながら、男が前に出て、にこりと微笑んだ。

「本日はお招きいただきありがとうございます。
 どうぞ、よろしくお願いします」

ぺこりとお辞儀をし、再度、満面の笑みを浮かべる。
例のアイドルオタクが両手を口の前に持ってきて、はわ、はわわっ、生きてるぅ……!と涙ぐみながら呟いている。

なお席は男の隣ではなく対面を確保している辺り、絶対に網膜に焼きつけてやるのだという強い意思を感じる。
ただこの調子だと、宴会が終わる頃まで正気を保っているかは大変怪しい。
強く生きろと思いつつ周りを仰ぎ見れば、皆概ね好意的な視線で以て男を見ている。

こちらこそよろしく、と上司が声をかけたのを皮切りに俺たちは空いてる席に腰かけた。

「新しい出逢いと、我らの益々の健勝を祈って!」

「「「乾杯!」」」

男が目をまん丸にして、グラスを打ちつけあう俺たちを見ている。
そうして手元のカシスオレンジのグラスを見、慌ててそれを鷲掴みにすると、小さく乾杯と唱えた。

乾杯の声が落ち着くと、自然と料理に箸が伸びていく。
皿の上の唐揚げや酢の物、煮物に焼き魚と、どれも少しずつ取り分けられながら、徐々に会話の熱が高まっていく。

「日本語、お上手ですね。
 長くいらっしゃるんですか?」

女性職員の一人が、にこやかに男へ声をかける。

なお、例のアイドルオタクはちまちまと箸を動かす男に、かわいいぃ……と呟いたままフリーズしているため、会話には加わっていない。

自分に声をかけられたと気づいた男は箸を止め、少しの間を置いてから口を開いた。

「ご……二十年ほどいますね」

今、五十年と答えそうになっただろ、お前。
控えめに見てもお前の外見年齢は二十代半ばなのだから、頼むからその“設定”を遵守してくれよ。
そう思いながら、何かあったときのために即座にフォロー、もとい誤魔化せるように、固形物ではなく生ビールを口に含む。

「へぇ、じゃあもう日本人みたいなものですね!」

笑いながら返された言葉に、男もふっと微笑を返す。
その表情は穏やかで、どこか懐かしさを帯びていた。

「どちらからいらしたんですか?」

今度は別の男性職員――かわいがってはいるものの、お調子者の同僚が声をかける。
たっぷりのドレッシングを塗したサラダを口に運ぼうとしていた男はまたも箸を止め、やや考え込むような仕草を見せた。
そうしてふと、遠くを見つめるような眼差しで以て答えを口にする。

「……内緒、と言いたいところだけど。
 名前もない、小さなところですよ。
 僕の住んでいたところを中心にして、緑豊かな森林と、熱風吹きすさぶ熱砂が広がっていて。
 毎朝、家から出ると砂を舞い上げた風が出迎えてくれるんです。
 それが顔と言わず生身の肌に当たって……痛かったなぁ」

懐かしむような声音に、場が少し静かになる。
静かな声音で遠い過去を語る男の姿に、強く胸を揺さぶられた。

男の普段の立ち振る舞いから、その人格を形成するに至った幼少期の記憶は、決して悪いものではないのだろうと思っていた。
だがそれは遠い昔の話で、決して手にとることの叶わぬ過去でもある。
故に、下手に踏み込むまいと、あえて触れぬようにしていたのだ。
だからこそ語られた一語一音のすべてが新鮮で、どこか眩しく見えた。

「齊藤さんとは、どうやって知り合ったんですか?」

再度、例のお調子者が問いかける。
唐突な問いに、一瞬、場の空気が揺れる。
だが男は何を言われたのか、一瞬、理解できなかったらしい。
そうして疑問が解消されたのか、ぽつりと呟いた。

「サイトウ……ああ、アキラのことね」

その呼び方に、少しだけ肩の力が抜ける。
ちらりと俺を流し見た男は、茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべながら、“作り物の経歴”を口にした。

「彼とは古なじみなんだ。
 昔、彼のお祖母さまの家でお世話になってて――でも、お亡くなりになられてね。
 それで、住む場所がなくなっちゃってさ。
 困っていたらアキラが声をかけてくれて、いまは彼の家にお邪魔してるの。
 そのお礼に、家事全般を担当してるんだ」

実に滑らかに一言も言い淀むこともなく、男は質問へと答えた。
そこには嘘偽りも、お為ごかしも、そんなものは一つもないと言わんばかりだ。

嘘とは、真実に一匙混ぜ込むもの。

この金言に従い、実にうまいこと事実のみ述べながら、その奥の“本当”を隠している。
さすが、三千年をランプの魔人として過ごしただけはある。

そして大変ありがたいことに、さり気なく弁当持参についてもフォローしてくれたのがありがたい。
愛妻弁当だの愛彼女弁当だの好き勝手言われていたので、これで少しは下火になってくれるといいのだが。

唐揚げに箸を伸ばし、口に運ぶ。
外はカリッと、中はふっくらでとてもおいしい。
それでも、心の中ではつい比べてしまう。
やっぱり、あいつの唐揚げの方がうまいな、と。
そんなことを思いながら、会話は次の話題へと滑り出していった。

「ずばりなんですけど、彼女っています?」

場が和んできた頃合いを見て、お調子者が笑いながら切り込んだ。
あぁお前、ついに彼女の心を射止めたのだと自慢してたものな。
そちらに話が転ぶのはなんとなく想像がついていた。

男に、そして周囲に気づかれないように、ビールを飲みながら男の顔を見る。

この男は愛情深い。
愛を紡ぐのに言葉を惜しまないし、人の懐に潜り込むのもうまいので、二人きりのときはぴとりと身体を寄せるなどもやってのける。
だが、感極まると泣いてしまったり、拙い口づけを繰り返したりの非言語コミュニケーションが増えるのだ。

それはそれで、途轍もなくかわいい。
普段は口達者な男が、言葉を形作る余裕もなく、幾度も拙い口づけをするのだから。
それがかわいくないわけがない。
だけど今は人前で、俺との関係も明かしていない。

この状況下で、どのように俺への愛を紡ぐのか。

大変、興味がある。
一字一句盛らさず、その表情すらこぼさずに見て聞いて、心に残したい。

故に、男が口を開くのを待っていた。

男はと言えば、俺だけではなくその場全員の注視を受けながら、しばらく俯きがちに黙考していた。
そうしてパッと顔を上げると、幼子が大切な宝物を親に見せびらかすような嬉しそうな顔をして、口を開いた。

「おつきあいさせてもらってる ひと なら、いるよ。
 かわいいかわいい――とびっきりにかわいくて、ほんの少しだけ、嫉妬深い。
 そんな、僕だけのお姫さまがひとり、ね?」

ばちりとウインクを一つし、そう言い終える。

あ、俺、平生保ててるか?
顔、赤くなってないか?
くっそう、ここが居酒屋でなければ!
そうすれば思い切り抱き寄せて、思う存分にキスの嵐を降らせたものをっ!

赤面を誤魔化すように皿の上のブロッコリーをつまみ上げ、口に放り込む。
恥ずかしさを誤魔化すために強めに噛み砕いていると、話題の振り主たるお調子者が、目をキラキラさせながら男に感想を漏らした。

「うわぁ、熱烈だぁ。
 あ、じゃあ!
 そんなかわいい彼女さんの、どこが好きなんですか!?」

果敢に切り込むなお前。
俺の心情など知る由もなく、興味津々の笑顔で話を促していくお調子者、もとい、馬鹿者。
それに男がこちらに流し目を寄越しながら、悪戯小僧のごとく笑った。

あ、これは、俺、死んだやもしれん。

そう思えど、男二人の爆弾発言は続いていく。

「ふふっ、それなら語らせてもらおうかな?
 まずね、僕の料理をおいしそうに食べるところ。
 無言で黙々と食べ進めるんだけど、目がね?
 これ以上なく、きらきらと輝いてるの。
 好きなものを口に含んだときね、ふっとほころんで、いつもより長めに咀嚼する。
 それがね、もう、文句なしにかわいい」

ふふ、とその情景を思い出して楽しそうに笑う男の双眸はやわらかい。
愛しくてたまらないのだと、その目が語っている。

「僕ね、甘い物が大好き。
 でも、その子はあまり得意じゃないの。
 それなのにね、これは僕が好きそうだ。
 そんな風に言って、おいしそうなシュークリームとか、プリンとかを買ってきてくれる。
 そのお土産を食べてる僕を、じっと見ているその目が、僕はなによりも、大好き」

つい、と手元のグラスの縁を指でなぞりながら男は言葉を紡ぐ。
ついで、だけどね、と更なる“好き”を歌い上げる。

「でも、ちょっと嫉妬深くもあるんだよ。
 僕が知らない誰かと話してると、機嫌が悪くなるの。
 言葉にはしないのだけど、態度がね、あからさまにわかりやすいの」

そこで一度区切ると、縁を弄っていたグラスを持ち上げ、オレンジジュースを一口含む。
そうして口を開く男の顔は、愛しいと言う思いで彩られていた。

「その子ね、あんまりおしゃべりしないの。
 だから、何を思っているのかを知りたかったら、目を見る。
 その目がね、置いていかないで、自分を選んでって叫んでる。
 そんなの見たら、ねぇ?」

置いていくわけ、ないじゃないか。
僕は君が好きなのに、絶対に置いていくなんて、しないのにねぇ。

少し高めの声は、軽やかに、楽しそうに恋人のことを語っていた。
そこにあるのは、優しさとやわらかさ、そして惜しみない愛情のみ。

その声音に、思わず溺れそうになる。
泣きたくなるくらいの愛しさに包まれて、身動きが取れなくなりそうだった。

「そうしてね、これが極めつけ。
 その子は、その人は、真っ直ぐにこっちを見て、愛を囁くんだ。
 情熱的で、参ってしまうくらいの必死さでね。
 普段はあまりしゃべらないのに、そのときだけは饒舌になっちゃって。
 そのギャップが、また、たまらないんだよね」

得意げに締めくくった男に、しばらく返す言葉を失っていたお調子者が、しみじみと漏らす。

「……べた惚れじゃないですか」

呆れ混じりの感想に、当然でしょ?と胸を張った男は、グラスに残ったオレンジジュースを勢いよく飲み干した。
まるで勝利宣言でもしたかのような、誇らしげな顔をされて、内心で頭を抱えるしかない。

……自覚してるのか? 自分の魔性ぶりを。

舌打ちが出そうになるのを堪え、代わりに手元の焼き鳥の串を丁寧に外して口に運んだ。

「僕の話ばかりじゃ、つまらないでしょ?
 あなたたちが普段、どんな仕事をしてるのか。
 何を考えているのか……そういう話を聞かせてくれたら嬉しいな」

やわらかな笑みを浮かべる男に誘われるように、場の空気は自然と職場の話題へと移っていった。

「この間やっと、大手を口説き落とせたんですよ!」

「私は小さいけど、やらかしちゃったのよね」

「知ってる? あそこの弁当が美味しいんだよ」

「近くに新しいランチの店ができたんだって」

和気藹々と、話題は次々に転がっていく。
そんなやりとりを、男はにこにこと実に楽しそうに聞いていた。
時折、嬉しそうに相づちを打つその様子に、俺はほっと胸を撫で下ろした。

この男、コミュニケーション能力が異常に高い。
人好きのする性格だし、聞き上手で話し上手でもある。
だが、ランプの魔人として過ごした三千年、その能力は基本、たった一人の主にのみ注がれていた。

つまり、個人とのつきあいには慣れていても、複数人との交わる場は、未知の領域だったのだ。

正直に言えば、俺はまったく心配などしていなかった。
心配というよりも、かわいそうなぐらいに緊張していたのは男の方である。

もし、男同士でつきあっていることがバレたらどうしよう。
アキラが嫌な思いをしたり、職場にいづらくなったらどうしよう。
“友人”として参加するからには、恥ずかしくないように振る舞わなきゃ。

そんな風に、ずっと気負っていたのだ。
だからこそ、今こうして心から楽しそうにしている男の姿を見て、胸を撫で下ろしたのだ。

今は何の力も持たない男は、家の近くにある骨董屋のような店で、趣味人の好々爺に雇われ、売り子のバイトをしている。

要領も愛想もいい男だが、慣れない事務仕事にはずいぶん苦戦したらしい。
レジ打ちを間違えたり、商品の名前を覚え間違えたりと、失敗談には事欠かない。
けれど、それを笑い話に変えてしまう話術は見事で、自然と皆の笑いを誘っていた。

もっとも、失言屋のお調子者が、イケメンでもそんな失敗するんですね!と茶化したため、周囲から盛大に顰蹙を買っていたが。

話が一段落するごとに、メニュー表のデザートのページに男の目が釘付けになっていたので、迷っているのだろうあんみつを注文しておいた。

俺はもともとデザートは食べないし、話をしたり聞いていたりでろくろく食べられていない男に、好きな物を食べさせてやりたかった。
男はそれに目を輝かせ、悩んでいた方のもう一つ、プリンを追加で頼んでいた。

それにあわせて、件のお調子者がカレーライスを頼んでいたのには少し首を傾げたが、まぁYシャツにシミさえ作らなければ好きにすればいいと見なかったことにした。

なお、案の定ルーを跳ねさせて世界地図を作っていたことを報告しておく。

「宴もたけなわではございますが、そろそろお時間もよろしいようです。
 名残惜しくはありますが、このあたりでお開きにいたしましょうか」

ちらりと男を見た彼女は、実に残念そうに場を締めた。
ほとんど何も飲み食いせずに、対面のご尊顔の一喜一憂に振り回されてただけだもんな。
とは言え、いい時間であるのも確かである。

幹事の一言に応じるように、それぞれが皿を片づけ、酒杯を飲み干しながら帰り支度を整えていく。

会計を済ませて店を出ると、春にしては冷たい風が肌をかすめた。
思わず襟を立てながら、駅へと歩を進める。
ふいに何かに呼ばれた気がして振り向けば、お調子者の同僚――山崎が、興奮した風に頬を赤らめこちらを見ていた。

「先輩! ユーリさん!
 また飲みに行きましょうね!」

「うん、きっとねっ!
 今日はありがとう! すっごく楽しかった!」

背後からかけられた声に負けじと、大きく手を振って応じる男の頬は、ほんのり赤く染まっていた。
その頬の赤みは、ほんの一杯程度嗜んだアルコールによるものではないだろう。
だって、息が上がって目は潤んでいるのに、危なげない足取りで楽しげにスキップを繰り返しているのだから。

数歩歩いては振り返り、手を振って、振り返されて――。
それを名残惜しそうに何度も繰り返しながら、駅への道を辿っていく。

「あ~楽しかった! いい人たちだったね」

そう言うと、甘えるようにぽすりと俺の胸に頭を預けてくる。
往来でそんな素直な甘え方をするのが珍しくて、少し面食らった。

……それだけ楽しかったんだろうなぁ。

そう思うと、誇らしさと喜びが胸にじんわり広がって、思わず男の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「だろう?
 また誘ってくれるのが、今から楽しみだな」

「うん。心配してたのが嘘みたいに楽しかった。
 ……また、行きたいな」

夢見るような声で、男はくるくると俺のまわりを回って歩く。
あまりにかわいくて、その手をとって引き寄せた。

宴席の前だったら、やめよう?と男は制しただろう。
けれど今、口から漏れるのは笑い声だけで、そのまま男の手を繋いで駅まで歩いた。

この男はIC乗車券を持たない。
そのため、切符を買う体を装い手をほどかれてしまい、僅かに残された温もりを逃さぬように手を握りしめた。

慣れた風に切符を買い、改札を通り抜けざまに聞こえた男の一言で、気持ちが浮き立つ。

「楽しかったけど……。
 やっぱり、君とふたりきりで飲むのが、一番好きかな?」

そう言いながらくすぐったそうに男は笑った。



古びたアパートのリビングで、顔を見ながら酒を酌み交わそう。
他愛のない話をしながら、時には明日への希望を語り合う。
そんな夜をもっと重ねていけたら――そう願いながら、電車に揺られて家路を急いだ。


帰ろう、俺たちの家へ。
そうしてまた、酒を酌み交わそう。


最寄り駅を歩く男の尻の上で金の髪留めが弾む。
鈍い光を放つその髪留めが、星明かりに照らされ静かに煌めいていた。
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未希かずは(Miki)
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 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

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