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魔人さんとにゃあん。
しおりを挟む「お前はたぶん、猫」
「いきなりなぁに? 猫? みゃあお?」
手を丸めて顔の前に持ち、猫の鳴き真似をする男に――不覚にも、かわいいと思ってしまった。
いや、ウチの人型トラブルメーカーは、文句なしにかわいいのだが。
不自然な間を咳払いで誤魔化し、問いかけに、実は……と前置いて答える。
「職場で“動物に例えるなら”って話になってな」
「へぇ~……って、誰が気まぐれ猫ちゃんだぁ!」
心外です!と言わんばかりに、男はぷりぷりと肩を怒らせながら、小さく地団駄を踏んだ。
その様を眇め見て、胸中で独り言つ。
どう控えめに見ても猫にしか見えない、と。
そうして流れるように妄想へと移行する。
この男の髪は絹糸のような質感をしている。
紺墨色なので、やや青みがかった黒っぽい布地を使った方がいいのではないか。
ふわふわの猫耳カチューシャに、同じくふわふわのハーフトップ。
足の付け根の際どいところまで食い込んだショートパンツに、男の髪色そっくりな色合いをしたニーハイソックス。
手足には少し毛足の短めな素材で、猫の手脚を模したグローブとブーツ。
尻尾はそうだな――かぎ裂き尻尾なんてどうだ?
首には男の目の色に合わせた、茶混じりの紅色をした革のチョーカー。
これに鈴のチャームをつければ、もう、それは。
完璧な猫ちゃん(俺だけのかわいい猫ちゃん)の完成だ。
あれだな、男の肌は濃いめに淹れたミルクティーのような色合いだから、服は真っ白でもいいな。
うん、どちらも甲乙つけがたい。
目を瞑り腕組みをしながら、一人満足げに何度も頷いた。
更なる高みへ至ろうとして、不意に悪寒を感じて視線を下に傾けた。
ひいっ!と畏れに息を飲む。
そこには良い感情のすべてをそぎ落とした、褐色の能面が在った。
目は弓形に、口は弧を描いているのに、そこにはただ怒りのみが宿る。
表面だけ見れば笑っているように見える美しい顔貌を僅かに傾けて、けれど確かな怒りを滴らせて、男は俺の名を呼んだ。
「ア~キ~ラッ♡」
滅茶苦茶怒ってらっしゃる。
俺の脳内を完全に見透かしたわけではなかろうが、九割方は把握できていることが、顔を見ただけでわかる。
下手な言い訳はせずに誠心誠意、謝罪する。
それに男は一つだけ荒々しげに鼻息を落とすと、まったく君は、と苦言を呈した。
「君も、若い男だから、溜まるものがあるのは否定しません。
けど、だからと言って。
あられもない妄想をするのは――いただけませんねぇ?」
あ、これ、俺の想像以上のものが脳内に広がってることになってる。
そう思いはしたものの、打ち消したはずの先の猫ちゃんが、扇情的な顔で女豹のポーズをとっているのに何も言えなくなった。
うん、俺は紛うことなき変態です。
弁明の余地もない。
咳払いで誤魔化しつつ、話題を変えるように男へ一つ、提案をした。
「いつものオーダーが来てる。
猫カフェに行かないか?」
「また急な舵取りだなぁ。
えぇと……猫カフェって、お店の中に猫ちゃんがいっぱいいて、一緒に遊べる場所だよね?」
視線を上向きにして、脳裏に思い描く何かを視界に捉えながら男が尋ねてくる。
まぁ概ね、その認識で間違っちゃいない。
男の問いに頷いて答えるが、実は俺も、詳しいことは何も知らない。
猫が放し飼いにされていて、触ることもできるし、一緒の空間を楽しむこともできる。
その程度の知識しかない。
そもそもの発端だが、先日の飲み会以来、男の交友関係が広がった。
かわいがってはいるものの、すぐに調子にのるため取り扱いに難のある男性職員、山崎。
あいつと男はたった二時間程度の交流で、しっかり意気投合してしまったのだ。
例の飲み会から数日後、出社を目前にした朝の時間帯に突如、男から封筒を手渡された。
疑問符を浮かべる俺に、男は殊勝な顔をして、この封筒を山崎に渡してほしいと頼み込んだ。
どうやら携帯電話を持たない男に配慮して、親交を深める手段として、文通に辿り着いたらしい。
そうして、共通の知人である俺を中継地点にしてしまったのだ。
それだけに留まらず、男にはファンもついた。
なんの肩書きも持たぬ一般人なのに、ファンとは?と俺も、そう崇められる本人もおおいに首を傾げた。
そう思えど、その気持ちもわからないでもない。
この男の顔はひどく整っているし、愛嬌のある言動が目立つ。
耳に心地よい声をしているし、話し上手で聞き上手でもある。
つまり、目の肥えている人間ほど、沼に引きずり込まれる。
その結果、重度の“男性アイドルオタク”である女性職員が、男をいたく気に入ってしまった。
沼に落ちた彼女曰く、綺麗だけどとてもかわいくて、推せる――と。
――今後の情報提供及び資金調達の労を、私は惜しまない。
だから、珠玉の一枚を。
たったの一枚きりでいいから、必ず見せてほしい。
そう手を握られ熱弁されてしまい、断るに断れず。
本人に許可を得たうえで、甘味もの巡りの際に撮った写真を提供すると言う、なんともおかしな関係が構築された。
そのアイドルオタク、略称ドルオタから、件の動物に例えるなら、の話が転じ、猫カフェって良いわよね!と話題振りをされたため、男へ伝えたと言うわけだ。
「猫ちゃんも楽しみなんだけど……ドルオタちゃんプロデュースって事は、甘いものももちろん……?」
「チョコレート専門のカフェが側にあるらしい。
おすすめはガトーショコラだとか」
チョコレートにガトーショコラ!?
復唱後に万歳三唱をし始めた男に笑いが漏れる。
男は甘味であれば和洋中を問わず、皆等しく愛している。
その中でも一等目を惹いてやまないのが、チョコレートとプリンなのだ。
これにはもう全面降伏らしく、多少背伸びをした価格でも手を出さずにはいられないのだとか。
ついにはチョコレート菓子の名前をいくつも口ずさみながらスキップを始めた男に、いつ頃だと都合がいいか声をかけた。
「次の木曜か日曜日がいい!」
平日は俺の都合が悪いので、では日曜日にしよう。
チョコレート専門のカフェに行くなら、十五時頃、おやつの時間に楽しみたいだろう。
だったら、猫カフェは十三時頃がいいのではなかろうか。
ドルオタから聞き出した猫カフェの名前で検索し、ネット予約まで終えてしまう。
カフェの方は生憎、ネットも電話も予約不可らしいので、当日、猫カフェが終了し次第、向かうしかないだろう。
少しばかり興奮の度合いが強くなりすぎた男を椅子に座らせる。
まだ叫び足りない様子の男の口に、隠し持っていたコンビニ産のシュークリームを突っ込んだ。
これで良し、と。
目の前の大物を両手で掴んで平らげんとする男を一枚撮る。
角度を変えてもう一枚。
うん、手ブレもなくいい感じだ。
次の日曜日もこの調子で撮れるといいのだが。
五日後に思いを馳せながら、頬にクリームで飾りつけをした男を再度、カメラに収めた。
――・――
「うわぁっ!
すごい! ねこちゃんがっ! いっぱいだっ!」
ワンセンテンスごとに声が跳ね上がる。
猫カフェは脱走防止のため、外扉と内扉の二重構造になっており、その間には細い廊下がある。
ここで事前予約のデータ照合が行われ、確認が取れると内扉が開かれる仕組みだ。
外扉の横は一面ガラス張りとなっており、店内の様子を外から覗けるようになっている。
猫たちが思い思いに寛ぐ様子を硝子越しに見ながら、男はずっとかわいいと小声で呟いていた。
来店登録を済ませる間も、俺の隣で男はじっとしていられず、小さく跳ね続けていた。
そうしていざ入店の段になり、冒頭の台詞が飛び出したと言うわけだ。
このテンションであれば、いつものご機嫌スキップで猫の群れに突っ込むだろうと警戒していたのだが、さすがにそれはまずいと気が付いたらしい。
間違っても猫を踏み潰すことがないようにと、足を上げないようにしながら男は部屋の中央まで足を進めた。
猫が見える距離だが、近づきすぎない。
そんな絶妙な位置で立ち止まると、男はぺたりと正座を崩したような形で座り込んだ。
身体というか、関節がやわらかいんだろうな。
俺があれをやると股関節が外れそうな痛みに襲われる。
その座り方で気持ち前屈みになりながら、男はちちち、と舌を鳴らした。
音ともに突き出した指を左右に細かく揺らす。
はじめ、猫たちは見向きもしなかったのだが、飽かずに繰り返されるそれに、一匹の猫が根負けしたように近づいてきた。
首を伸ばしてふんふんと男の指先を嗅いでいる。
そこで何か、納得でもしたのだろうか。
眼を細めて、仕方がないわね、感謝なさいっ!とでも言うかのように胸を張って男の手へと身体を擦りつけた。
「ぁっ、ぁっ! や、やわらか、やわらかいぃっ!」
手を一ミリでも動かしたら逃げてしまう。
そう思っているのか、身体は激しく震えているのだが、猫が擦り寄っている手首から先は微動だにしない。
どう言う力の入れ具合をすると成立するのだろうなぁと思いながら、スマートフォンのカメラアプリでシャッターボタンをタップし続ける。
カシャシャシャシャシャッ!
軽快なシャッター音を模した音が店内に響き渡る。
同じように見えるかもしれないが、顔の傾きだったり目の開き具合や口角の上がり具合が微妙に違うのだ。
そんなもの、一見しただけではわからない?
俺がわかればいいんだよ。
おそらくドルオタも見分けられるだろうし、用途としては連写があっている。
男の手にすりすりと顔や身体を擦りつけていた猫が、そのまま奥へと、つまりは男の身体の方へと歩み寄る。
微動だにせず、また無理矢理身体に触れようとしない男が気に入ったらしい。
するりと身体を滑らせると男の膝の上で丸くなった。
「かっ~~~っ!!」
かわいい! ねぇ見た!? かわいくない!?
叫びそうになって、慌ててもう片方の手で口を塞いだ男は、顔を上げるなり口をぱくぱくとさせてそう叫んだ。
うん、かわいい。
猫ではなく、お前が一等かわいい。
くぁ~っと大あくびをして腕の中に顔を隠してしまった猫に、目をきらきらさせて嬉しそうに微笑むお前が、一番かわいい。
なおもシャッターを切り続ける俺に、猫のワッペン付きエプロンを身につけた店員が、ご一緒にお撮りしましょうか?と声をかけてくる。
それを丁重にお断りする。
俺がほしいのは仏頂面の大男と満面の笑顔を浮かべる美男とのツーショットではなく、美男に猫を添えた写真がほしいのだ。
記念に一枚ぐらい一緒に撮ればいいという意見もあるやもしれないが、それは次回があればそのときに撮ればいい。
初めての猫カフェはこの一回しかないのだから、それを逃すわけにはいかないのだ。
男が座り込んでいるため、片膝をついて視線をあわせながら写真を取り続けていたときだった。
不意に背中に柔らかな衝撃があり、何が起きたと思って顔を上げた瞬間、ふわりとしたものが頬にあたった。
「んなぁんっ!」
こつんと黒猫が俺の頬へと頭突きをした。
どうやらお眼鏡にかなったらしく、構え構えと何度も頬へ頭突きをする猫にくすりと笑う。
紅茶色の目をしているところや、ほんの少し青みがかった黒い毛をしているのが、どうにも目の前で猫にメロメロになっている男と重なってしまう。
なかなか触れようとしない俺に焦れたのか、伸び上がって俺の鼻にかぷりと噛みついてきた猫の額を、そっと人差し指で触れてみる。
しびびびびっ!と尻尾が震え、ぶわりと二倍ぐらいの太さに膨らむ。
そうして、もっとと言うように、ぐいと手に頭を押しつけてきた。
カリカリと掻くように額の毛を梳る。
どうにもくすぐったいらしく、ほんの少し頭を下げるのにあわせ、前から後ろへと撫でるように指を動かした。
ごろ、ごろろ……。
喉を鳴らしてご機嫌な様子を黒猫は隠しもしない。
右耳に顔が、項を通って左耳に尻尾がくるように、首に巻きつき寛いでいる。
もっと撫でろと頭を押しつけ、その通りにする度に喉なりの音が大きくなっていく。
猫って体温が高いんだなぁと素直に感心しながら、スマートフォンを尻ポケットにしまった。
入店から九〇分。
この時間内であれば、店が用意したおやつを買って猫にあげたり、玩具を借りて猫と戯れることができる。
もしまったく猫が近づいてこなかったら、金の力でなんとかしよう。
そんな打算を以て敷居を跨いだのだが、どうやら杞憂であったらしい。
時間いっぱい、各々好きな猫との触れ合い――もとい、猫に遊んで“いただく”ことを楽しめた。
このあとに飲食店に向かうため、店側のご厚意に甘え、粘着クリーナーで念入りに猫の毛を落とす。
消毒スプレーまで完備されていたのでそちらもお借りして、来たときと同程度まで身支度を調えると店をあとにした。
「僕と遊んでくれた猫ちゃん、ミャオって言うんだって!
綺麗なクリーム色の毛皮で、黒々とした濡れたお鼻がかわいかったなぁ!」
空中に猫ぐらいの大きさの曲線を手で描きつつ、男が笑う。
来店登録をした廊下の壁一面に、猫たちの写真が名前付きで貼られており、男は抜かりなくそれを確認してきたらしい。
なお、俺と遊んでくれた黒猫は、目の色からとったのか、ティーと言うそうだ。
しきりにかわいかったなぁと繰り返す男に、日を改めてもう一度来てもいいぞ、と声をかける。
それに、男はほんの少し驚いたように目を瞬かせると、破顔した。
「ふふっ。なんとも魅力的なお誘いだね?
けど、しばらくは……ううん、もう一度はなくてもいいかな」
そうしてほんの少しだけ悪戯げな色を宿した笑みへと変化させ、こう呟いた。
「なんてったって、僕には。
こぉんなに大っきくて、かぁわいいっ。
僕だけの猫ちゃんが、いますからね」
それだけ言い終えると、俺の鼻をちょんと突いて走り出した。
言われたことを理解した瞬間、瞬時に顔に血が登る。
誰にも見られたくなくて手で顔を覆うも、たぶん耳まで真っ赤になっていそうな気がする。
あぁもう、反則だ、そんなの!
しゃがみ込みたい衝動を抑え、強く口を押さえつける。
叫び出せたら楽なのだろうなと思いながら、でも声は喉に貼りついてしまったのか、まったく出てきそうにない。
そうしてそんな俺を、遠くまで行った男が振り返り、不思議そうな顔をして見ている。
「アキラ~、何してるの?
早く行かないと、チョコレートが溶けちゃうよ?」
あぁ、わかったわかった!
急かさないでくれ、頼むから。
ごしごしと力任せに頬を擦り、そんなことをしたから赤くなったのだと誤魔化してみる。
耳が赤いのは、もう仕方がないことだと諦める。
なおも手を振り、早く早くと急かす男に向かって、大きく一歩を踏み出した。
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