【完結】その手をとらせて《完全版》

※(kome)

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エピローグⅠ

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「引っ越さないか」

うららかな春の昼下がり。
その一言は、アキラと住むオンボロアパートの一室に、ぽかぽかの陽気な日差しとともに落とされた。

それはもうびっくりした。
だって、楽しくおしゃべりをしていたところに突然、何の脈絡もなしに落っことされたのだもの。
驚くに決まってるじゃない?

アキラは社会人だ。
僕も、ご近所で不定期アルバイトをしている。
だから、二人の休日が重なることって、あんまりない。
けど、ごく稀にお休みが重なることがある。

今日はそんな、貴重なふたり揃ってのお休みで、うきうきしながら彼とのおしゃべりを楽しんでいたんだ。

アキラは几帳面……きっちりかっちりとした折り目正しい行動を好む。
あと、とっても背が高いから、床に胡坐をかくよりも、椅子に座ってる方が楽に感じるみたい。

真っ白な木製テーブルとセットになった二脚の椅子、このうちの片方にアキラは腰かけて、僕はそれを、彼の斜め前に置いたクッションソファに寝そべりながら見ていた。
つまり、だらしない格好でお話しをしていたってこと。

それにしても、なんでアキラはいきなり、そんな発言をしたんだろう?

しばらく首を捻ってみたけどわからなくて、申し訳ないなぁと思ったけど、理由を尋ねてみることにした。

「いきなりどうしたの?
 お仕事先が遠くなったりとか、なにか理由があるの?」

それにアキラは一回だけ目を閉じて、じっと僕の方を見つめて口を開いた。

「もともと考えてはいたんだよ。
 いくら広いとはいえ、ここは一人暮らし用のアパートだから、少し、手狭ではあるだろ?
 引っ越しとなれば、会社から補助も出るし、俺の仕事も少し落ち着いてきたし。
 だから、これを機に引っ越そうかと思ったんだよ」

駄目か?
そう小首を傾げて尋ねられ、そんな雰囲気ではないとわかっているのに胸がキュンとときめいてしまった。
そうして思わず、小さな声でくうとうめいてしまう。

……だって、その仕草。
くまさんみたいで、とってもかわいいんだもの。

アキラは目を見張るような大男なのだけど、所作がきれいで動きも静かだから、威圧感はあまりない。
けど、その手の大きさだったり、彫りの深い顔立ちだったり、大きくぽこりと突き出た喉仏だったり。
彼というひとを形作る色んなものが、彼を、大人の余裕を持った頼りがいのある男に見せる。

そんな彼は時折、子どもっぽく振る舞うことがある。
口を尖らせたり、ばつが悪そうに目を逸らしたり、いまみたいに小さく首を傾げたり。

なんていうの?
そう、ギャップ。
これが彼を、とってもチャーミングに見せて、僕はいつだってそんな彼に胸をときめかせてしまうのだ。

あぁ、だめだめ!
ちゃんとアキラの話を聞かなきゃ。
そうして改めて、彼のいったことに集中する。

お引っ越しをもともと考えていて、いまはちょうどタイミングも良いから、この機にやってしまいたい。

うん、実に彼らしいロジックだと思う。
問題は、僕の諸々が整ってないこと。
つまり、それを叶えてあげられそうにないんだよね。

正直に言うね?
僕、定職に就いてないから、先立つものがないんだよ。
だから、自由になるお金なんて、ほとんど持ってない。

そう不安に思いながら顔を上げれば、困り眉のアキラが苦笑を滲ませた声で、覚えてないのかと聞いてきた。

「何のこと?」

どうにも思い出せず、質問に質問で返してしまった。

「一昨年の夏、お前が俺と契約したばかりの頃。
 何度も万馬券を作り出して、稼げるだけ稼いできた!と言って、俺に預けた金があるだろ?
 あれ、毎月の家賃を差し引いても、使い切る目処がたってないからな?」

そう呆れた風に言われ、はて、と記憶を探る。

あ~、あれかっ!
確かに、あれだけあれば、ちょっとやそっとじゃ減らないよねぇ。
それにしても、律儀だなぁ。
僕としては、君の名義なのだから自由に使ってしまえばいいと思うのだけど。

こういうところが本当に律儀で、融通が利かなくて。
そういうのを全部引っくるめて、かわいくて仕方がないんだ。

口にきゅっと握った拳を当てて、くすくすと笑う。
そうやって笑いながら、最初の問いに答えた。

「うん、それなら。
 僕としては、何も問題はないかな」

ここは、彼の厚意に乗ってしまおう。
そうでないと、彼をずっと待たせてしまうからね。
そう思って、同意を示した。
うん、でも、ちょっと気になることがある。

「ねぇ、アキラ。
 なんでいまになって、引っ越ししようなんていいだしたの?
 前々から考えていたのなら、もう少し前の引っ越しシーズンとか、お仕事が忙しくなる前とか。
 いまでなくてもよかったんじゃない?」

ちょっと不思議に思ったので、自分の意見を言いつつ、さらに追加で尋ねてみた。
それにアキラは一回だけ目を閉じて、大きく息を吸って吐くと、じいと僕を見つめながらこう言った。

「まぁ、時期については見誤ったところがあるんだが。
 結論だけ言うと、俺が、嫌だったんだよ。
 このままここにいると、たぶん。
 お前が、腐ってしまう……そう思ったからだ」

僕が、腐る?
腐るといっても、それは物理的、肉体的な意味じゃないだろう。
なら、精神的にってこと。
けど、腐るようなものに心当たりがない。

嫌なことがないとはいわないけど、それで家に引きこもったり、自暴自棄になったり。
そういったことをした記憶がまったくない。

いったいなにをいっているんだろう。
そう思って首を傾げて考え込んだのだけど、答えはこれっぽっちも出てこない。
アキラには申し訳ないけど、ギブアップの意味を込めて両手をあげた。

「ごめん、意味がわからないや。
 僕が腐るって、どういうこと?」

首を傾けながらそう問い返せば、あらかじめ考えていたのかな?
アキラはまず、俺の所感だからな?と前置きをしてから、実にスムーズに自分の考えを口にした。

「この部屋は、お前にとって“砦”なんだと思う。
 俺がいるから安心できる、そう言う側面もあるんだろう。
 たぶん、ここには見えない何かがあって、お前はそれを感じ取れる。
 だから、安心できるんじゃないか?
 もし、そうなら。
 このままここにいると、お前は緩やかに腐り落ちていく、そんな気がするんだよ」

あぁ、そういう意味か。
それは確かに、君の懸念どおりかもしれない。

僕は、ランプの魔人として、運命を視る目とそれを手繰る手を持っていた。
けど、去年の今頃、アキラの助言を受けて手放した。

だから、ただの人間に戻った僕は、もう、運命を視ることも触れることもできない。

けれど、三千年をともにした力なんだ。

見えず、触れず。
でも、確かにそこに、在る――。

その残滓を、肌で感じ取ることができる。

ましてやここは、齢三千年オーバーの僕の運命を手繰ったところなのだから、その残滓は色濃く残っているに違いない。

僕はいままで、ズルをしてきた。
魔人であった頃の僕は、嫌なことや危ないこと、都合の悪いこと、これらが起きるかどうかを運命を一瞥しただけで判断できた。
だから、魔人であった頃は、契約主に迷惑がかかりそうなものは“なかった”ことにした。

人間に戻ったいまは、それができなくなった。
まぁ、すべてを回避できたわけではないから、ある程度の対処はできるよ。
けれどたまに、どうしようもなくままならないなと思うときがある。

そんな日は早めに布団に包まって寝てしまうに限る。
この“リビング”で、残滓漂うここで、深い眠りにつくのが一番なんだ。

あぁ、確かに。
こんなことをずっと続けていたら、僕は腐ってしまう。
アキラのいうとおりだ。

「そっか。
 うん、確かに君のいうとおりだ。
 僕は、ここにいたら駄目になってしまう」

思い出がいっぱい詰まっているけれど。
離れがたいと思うけど。

でもここにいたら、僕はずるずると縋ってしまう。
もうどうしたって戻れない、戻ってはいけない過去に縋りついて、立ち止まったまま駄目になる。
だから、ここから出ないといけないんだ。

けど、もし許されるなら。

「できれば、君と。
 君と一緒に、一歩を踏み出したい。
 新しいところで、君とともに歩みたい」

じっと、アキラの目を見ていう。
僕の言葉を静かに待ち続けていた彼は、ほんの少しだけ眉尻を下げて笑った。

「はじめからそのつもりだ」

断るつもりはまったくない。
そういわんばかりに、彼はいってのけた。
そうしてわずかに笑いを深めて、言葉を続ける。

「だから、次の休みの日に部屋を見に行こう」

いくつかあたりをつけてあるんだ。
そういいながら僕の傍まで歩いてきて、こつりと額を重ねあわせた。

「どんなところか聞いてもいい?」

濃茶の瞳の中に、僕の目の色がほんの少しだけ映り込んで、赤く見える。
ちょっと気恥ずかしいけど、君の中に僕の色があるのはなんだか嬉しい。

僕の問いかけに、彼はとてもやわらかな声音で、そうだなぁと呟いた。

少し遠いけれど、いまよりもちょっぴり大きい部屋だったり。
窓の景色がとてもきれいなところだったり。

そうやって、いくつもの部屋について語る彼の声を、僕は静かに耳を傾けて聞いていた。

――こうして、僕らはこの部屋との別れを決めた。

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