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美雪と早紀
8 美雪、決断する。2
しおりを挟む「宮司さん! 美雪と私、一緒に妾にしてください! お願いします!」
慎也は早紀の仰天発言に仰け反っていたが、急に自分に振られて、さらに慌てる。
「い、いや、そんなこと言われても…。俺に、そんな権限無い……」
「男が、なんて情けない事を言ってるんですか! 権限云々の話は別です。美雪のこと、嫌いですか?」
「い、いや、そんなこと無い!」
美雪は、誰より早くから、慎也に対して気さくに話しかけてきてくれた唯一の女の子。嫌いなはずがない。
「こんな、小学生みたいな童顔で、ペチャパイ・貧乳・真っ平の完全幼児体型じゃ、妾にできませんか?」
どさくさに紛れた自分への酷過ぎる中傷に、美雪の表情が歪む・・・。
「いやいや! そんなの全く、全然、気にしてないし、逆に、とっても可愛らしいと思うよ!」
美雪が一番気にしていることだ。本人の前で言っちゃダメだろうと、慎也は慌てまくった。
「じゃあ、反対に、私のような高身長の、可愛げの欠片もない大女はダメですか?」
今度は、慎也の隣に坐っている祥子が顔を顰めた。彼女は早紀以上に、背が高いのだ。
祥子の前で、背の高い女は嫌いだなどと言えるはずもない。それに、そもそも慎也は、身長のことなど気にしてもいない。
「滅相も無い。早紀ちゃんも、十分過ぎるほど綺麗で女っぽいし、二人とも、物凄く魅力的な女性だよ」
「じゃあ、美雪も、私も、妾にしても良いと思ってるんですね」
「は、はい」
早紀の勢いに押されて、慎也は頷いてしまった。
いや、もちろん心から二人とも女性として魅力的だと思っているし、嫌々でも何でもないし、妾云々は別として既に身内と思っているし・・・。
だけども、これは、慎也の一存だけで決められることで無いのだ。
が、当然、早紀も、そんなことは百も承知である。早紀は、体の向きを舞衣の方にクイッと変えた。
「じゃあ、舞衣さん!」
「は、はい!」
舞衣も急に振られてビクッとし、早紀の方へ体を向けて坐り直す。
「先ほど横に置いた、『権限』の話です。権限を持っているのは、正妻の舞衣さんです。美雪と私が、宮司さんの妾になることを、許可してください!」
舞衣は困惑顔で慎也を見る。慎也も同じ顔をしている。
早紀を再度見直すと、真剣な目で舞衣をジッと見ている。
舞衣は目を瞑って返答を考えた。
五秒ほど、そのまま・・・。
そして目を開け、美雪と早紀の方を見て、ニコッと笑って一言。
「許可します!」
舞衣の明瞭簡潔な了承の言葉を受け、早紀は視線を祥子に流す。
祥子も、二度続けて頷いた。自分も異存は無いという意思表示だ。
慎也は、唖然・・・。
美雪は目を見開き、先程からと同じで、口をパクパクさせている。
が、早紀の話は、まだ終わらない。
「では、最後の確認です。私は自分で妾になりたいと言いました。
美雪! あなたはどうなの! 自分の口で言いなさい!」
「へ…。わ、わ、わ、私・・・」
言葉に詰まる。顔は、もう「真っ赤っ赤」だ。…が、
・・・。
「私も、妾にしてください!!」
ついに、美雪は言ってしまった。前から言いたかったことを…。
い、いや。少し違う…。美雪は、もし自分から告白することがあれば、「私を貰ってください」と言いたかったのだ。
結果的に妾になるということに変わりはないが、「妾」という言葉には少なくない抵抗感があった。それなのに、早紀が妾、妾と言うものだから、ついつい、自分も「妾」と言ってしまった。それが超絶恥ずかしくて、顔を上げられない・・・。
しかし、早紀は、そんな美雪の些細な後悔など知る由も無く、気にもしない。
「よし、みんなクリアー。私たち、妾決定!」
美雪の両肩を、ぽんと笑顔で叩く早紀・・・。
…が、俯いていた美雪は…。ガバッと顔を上げた。
「いや、いや、いや。クリアーじゃないでしょ!私、まだ家族の同意、貰ってない!」
そうなのである。これが一番の難題なのだ。
何しろ美雪は総代の孫だ。その総代は、この地元有数の実力者で、機嫌を損ねることが出来ない存在。その人に「孫を妾にくれ」などと、慎也には、とても口に出来ない・・・。
そして、である。
この「実力者」は、いつも、絶秒のタイミングで現れるのだ。
「宮司さん、おるかえ~」
まさに、ドンピシャ。ジャストタイミング!
そして、美雪と慎也にとっては、最悪のタイミング!
早紀は即座に社務所入り口に駆け、田中総代を部屋に引っ張り上げた。
慎也と美雪は、完全に、「ムンクの叫び」状態となった。
「何じゃあ、早紀ちゃん。あれ、皆さん、どうした。こんなところに勢ぞろいして坐り込んで・・・」
田中は、昨日からの美雪の様子が気になって、神社に来たのだった。
昨日、美雪は法事を先に抜け出し、その後、ずぶ濡れになって帰ってきた。何があったのかと聞いても答えず、そのまま寝てしまった。朝も超不機嫌で、何も言わず神社に行ってしまった。
これでは、心配しない方がオカシイ。
田中の登場は、当然と言えば当然のことでもあり、美雪にとっては自業自得である。
早紀は、田中を美雪の正面に坐らせた。そして、自分は美雪の隣に坐りなおした。
「田中さん! 美雪と私、宮司さんの妾になりたいんです。今、宮司さんと舞衣さんの承諾を貰いました。ですので・・・。お願いします!」
お願いしますと言われても、何を?ということになってしまう。
真っ赤な顔をしている孫の顔を、惚けたように眺めていた田中…。急に坐ったまま、回れ右。慎也の方を向き、慎也のすぐ前にスッとすり寄った。
田中の手が上がる。
慎也は、殴られるのかと思った。
が・・・。違った。
慎也の右手を、田中は両手で握った。
満面の笑みで、握った慎也の手を振る…。
「宮司さんよう。やっとかえ。遅いわ~。孫は昔からあんたのことが好きやったんやわ。舞衣さんと結婚すると聞いた時は失恋やな~と思うたが、妾が何人もいて、これなら、まだいけるかな~と期待しとったんやわ。
神社のバイトもして、いつこんな話が有るかと思っとってから五年。待たせ過ぎやわ~。わしゃ、もう八十一やで~。生きとる間には、無理かと思うとった」
「へ? じゃ、じゃあ、お許し頂けるんで? あ、あの・・・、妾ですよ」
「何を今更言っとるんや。あんたのとこなら妾言うても、平等に扱ってもらえるし、大事にしてまえるに違いない。それになんといっても、伊勢で奇跡を起こした人んら~や。逆に鼻高々やわ!」
「じゃあ、お爺ちゃんは賛成してくれるのね。や、やった・・・」
美雪の強張っていた顔から、力が抜けた。全くもって、今日の美雪は百面相だ。
「あとは、父さんと母さんか・・・」
一拍おき、また少し不安げな美雪の呟きがこぼれた。
しかし、それも、この頼もしい老人によってアッと言う間に打ち消される。
「大丈夫やで~。もう儂から、散々吹き込んどる。最初はトンデモナイ言うとったが、お前さんも神社の様子を楽しそうに話すもんやで、守もその気になってきたようや。洋子さんも、そうなれば仕方ない言うとったぞ」
守というのは、美雪の父親。そして、洋子が母親だ。こちらも、既に田中の根回し済みだったのだ。
理解のある祖父兼総代で、誠に有り難い限り。全ての課題が一挙にクリアーしてしまった……。
だが、そうは言っても、やはりケジメというモノがある。キチンとしておかないと、沙織たちの所のように、後々拗れては困る。
田中が美雪の父母に都合を聞いてきてくれて、次の土曜日に、美雪宅で両親に直接会って許しを請うことになった。
美雪の方は、恐らくこれで、全て上手くゆくだろう。こうなってくると、早紀の方の家族は大丈夫なのかという話になってくる。
早紀の母親は事故で亡くなっている。父親は仕事の関係で東京に行ったまま、ほとんど帰ってこない。そして、他に身内は居ない。だから、父親の了承さえあればよいということだ。
早紀曰く、「ホッタラカシで全く帰ってこないような父親だから、娘がどうなろうとも、気にするはずがない」とのこと。
そうはいっても、やはり、承諾も得ずにというわけに行かない。
早紀にも、父親に連絡して貰うということになった。
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