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第二章
玄奘、辯機と校正す(弐)
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そうした辯機の内心をまるで見透かしたかのように、玄奘がさらに嬉しい言葉をかけてくれる。
「このようにいち早く事を成すことができたのは、すべてその方のお蔭だ。礼を申すぞ、辯機」
「なにを仰せられます。私はただ和尚のお言葉をそのとおり紙の上に落としただけでございます。なにほどのこともいたしておりません」
少し頬を朱に染めながら、辯機は俯いた。その姿にはどこか妖艶な風情があり、衆道の気など微塵もない玄奘ですら、心ときめくほどである。だが、いくら謙遜しようと、主上への報告がこれほど早く可能となったのは、玄智の一部協力もあったとはいえ、やはりこの辯機の力によるところが大であることは間違いない。
昨年二月、天竺からの帰国後、初めての拝謁が許された際、経典の翻訳事業を国として全面的に支援する旨の勅許を得ることには成功したが、その代償として主上から命じられたのが、西域・天竺方面の状況を詳しく記した報告書の提出だった。
ようやく勅許を得た経典の翻訳に専念したい玄奘としては、できることならこれも辞退したいところではあったのだが、さすがにそこまではできなかった。なぜなら、それまでに既に二度、主上からの命を玄奘は固辞していたからである。
まず一つ目は、還俗して国政を補佐せよとのご下命だった。どうやら主上は、天竺において自分が戒日王(ハルシャ・ヴァルダナ)に働きかけ、本朝との交流を成功させたこともあって、以前から自分に関心を持っておられたようだ。
「(前秦の)苻堅が道安を得たことに匹敵する!」
そんな言葉まで賜ったほどだったが、これからすぐにでも仏典の翻訳事業に取り掛かりたい玄奘にとっては、そんな賞賛などむしろ有難迷惑である。主上に対して非礼とならないよう、玄奘はこう述べて固辞することに専念せざるを得なかった。
「私は幼い頃より仏道に帰依し、政事に必須の儒学の道は一向に存じません。いま還俗して国政を補佐するなどというのは、舟を河から上げて陸で用いようとするようなもので、功がないのみか、無駄に腐敗してしまいます。願わくは、玄奘一代、仏道に専念させていただくことで、国恩に報いることができますれば、幸甚でございます」
だが主上も簡単には諦めない。
「それならこのまま、高句麗遠征に陪従せよ」
そう命じてこられる。仏典の翻訳事業に着手する前に、還俗に向けて翻意させようと狙っておられることは明らかで、
(陛下は仏道を修めようとする者のことが、なにも分かっておられない⁉)
内心の嘆息と警戒を押し隠しながら、玄奘はこれに対しても懸命に言葉を返す。
長旅から戻ったばかりで病身であること(これは決して嘘ではない)、また、戒律により戦闘を目にすることは許されていないこと(これも事実だ)を理由として、丁重に、しかし、断固として拒否したのである。
「なに、それもならぬのか⁉」
上辺は不満気な口振りながら、しかし、そこは想定の範囲内だったのだろう。主上はそれ以上無理強いされることはなく、その代わりに、改めて条件として玄奘に示されたのが、西域や天竺で見聞した内容を詳細に著述し、報告書として提出せよというものだった。
(これもいずれ、政治的に利用されるのだろうな……)
ひょっとすると、軍事活動にも結びつくかもしれない。当然、そこまで玄奘は察していたが、さすがにこれまで拒否しては主上もお怒りになり、経典の翻訳事業に対する国の具体的な支援にまでその影響が及びかねない。
(ここは譲歩することもやむなしか、……)
そう覚悟を決め、いかにも勿体ぶった態度で玄奘は、主上の命を恭しく受けてみせた。実は、経典の翻訳場をどこに定めるのか、これについても微妙な駆け引きがまだ残されていたからである。
(儂らしくもない、つまらぬ駆け引きをしたものよ……)
玄奘の脳裏に、あの折の苦々しい記憶が蘇ってくる。
元々の玄奘の目論みとしては、飜訳の勅許が得られた後は、その作業場として嵩岳の南、少室山の北に位置する少林寺を考えていたのである。そこであれば、都の喧騒や政事のあれこれに邪魔されることもなく、翻訳に専念することができるはずだった。しかし、
「いや、それはならん!」
一言の下に、主上はそれを却下された。自分の目の届かないところで玄奘が活動することを嫌ったのである。
「翻訳事業は、亡き太后の菩提を弔うために朕が造営した弘福寺で行え」
(京師のうちか……)
一瞬、玄奘は戸惑った。物見高い民衆の眼も避けたかったし、政治的な厄介事に巻き込まれるのも億劫だ。しかし、「綸言、汗の如し」。一度主上が口にされたからには、これを撥ねつけることは困難だと、玄奘は即座に判断する。
「ならば、陛下……」
そのまま玄奘は条件闘争へと次元を移していく。
「弘福寺を翻訳場とした場合、物見高い民衆が連日押しかけ、粛々と作業に専念することもままなりますまい。願わくは、陛下、……」
作業の安寧が保たれますよう、警備の兵をお遣わしいただけませんか。
そう玄奘が願い出ると、主上は、これを「保身の言」であると笑って許し、後は都に帰って留守の房玄齢と相談せよと、その裁量に任せてくれたのである。
その後、再び長安に戻って房玄齢と詳細を詰めてみると、彼には主上の命が正確に伝えられていたようで、必要となる大量の物資や消耗品、そして翻訳作業に携わる優秀な人員まで、ほぼ玄奘の希望どおりに準備が始まっていた。無論、禁軍による警備の体制に関しても手配済みである。そして、その差配には、いまも玄奘との関わりが深い、中書省の個性的な役人が抜かりなく当たってくれたのだった。
「恙なく準備は整いましたぞ」
これで和尚の念願も叶いますなと、年相応に黄ばんだ歯を見せて笑いながら、許敬宗という名のその役人がそう報告しに来てくれたとき、仏典の翻訳事業はその緒に就くと同時に、主上から命じられた西域方面の報告書の作成もまた、絶対的な義務として玄奘の肩に重く圧し掛かってきたのである。
弘福寺に腰を落ち着け、訳経作業に取り掛かることとなった玄奘は、その当初、この報告書の件に関しては、己が一人の手で成し遂げなければと考えていた。表に出せない主上と交わした約束もあり、余人を交える絶対に絶対に好ましくない。そう思ったからである。
けれど、いざ実際に着手してみると、これがなかなかに手の取られる作業だということに、玄奘はすぐに気がついた。
(これは、計算外だ⁉)
報告書の作成に時間を割かなければならないことで、本来、注力すべき仏典の翻訳事業に支障が生じるありさまで、これでは完全に本末転倒である。また、主上が高句麗征伐から戻られる段となって、報告書の提出を急かされる懸念も出てきた。そこで、焦った玄奘が思いついた方策は、当初の思惑からは外れるが、こちらに関しても、朝廷から遣わされた訳経僧のなかから何者かを選び、その力を借りることだった。
翻訳作業の工程には、訳語の考証を行う「証義」や文体の統一を図る「綴文」、口述筆記を担う「筆受」、浄書を行う「書手」など、各々段階があるが、玄奘の白羽の矢が立ったのは、「証義」と「綴文」を担当する者の一人、辯機という青年僧である。
数多くいる訳経僧のなかから、玄奘直々に彼に声をかけたとき、
「どうしてあのような若輩者に⁉」
そう妬む声があったことは知っている。当然、こうした声が上がるだろうということは玄奘も予測していたが、彼には別な思惑もあったのだ。それは、
(事業の後継者が欲しい・・・・・・)
その一点である。
今回、天竺から持ち帰った経典の類は膨大だ。いかに国が全力で支援してくれようとも、これからの自分の半生を仮にこのためにすべて費やしたとしても、漢訳を完了させることは難しいと云わざるを得ない。
自分の後を継いで翻訳を完了させ、その正統性を王朝に認めさせる。そんな役割を担ってくれる人間を玄奘は欲していたのである。
朝廷から派遣された訳経僧の面々を見渡してみると、いずれも錚々たる碩学揃いではあるが、玄奘と同世代以上の者が多く、また、既になんらかの師弟関係を有している者が大半だ。しかも、その中には、鳩摩羅什以来の漢訳を重視し、玄奘が持ち込もうとしている新たな漢訳に不信感を持つ者も少なくはない。
(だから辯機なのだ)
既に師である道岳和尚を失い、自分に憧憬の念を向けてくれる若き俊才、辯機という青年僧は、玄奘にとって、まさにうってつけの存在だったのである。そして、その玄奘からの指名に対して、辯機は率直に感動の意を表してくれた。
それに勇気づけられ、玄奘は思い切って裏の事情や主上からの隠された命まで含めて、すべて正直に打ち明けることを選択したのだ。そして、それに驚きながらも、すぐさまその場で辯機が協力を申し出てくれたことで、二人の間の契約は成立した。いまの二人の関係を一言で表すならば、僧侶に対して相応しくない表現かもしれないが、共同体に似ていた。
「このようにいち早く事を成すことができたのは、すべてその方のお蔭だ。礼を申すぞ、辯機」
「なにを仰せられます。私はただ和尚のお言葉をそのとおり紙の上に落としただけでございます。なにほどのこともいたしておりません」
少し頬を朱に染めながら、辯機は俯いた。その姿にはどこか妖艶な風情があり、衆道の気など微塵もない玄奘ですら、心ときめくほどである。だが、いくら謙遜しようと、主上への報告がこれほど早く可能となったのは、玄智の一部協力もあったとはいえ、やはりこの辯機の力によるところが大であることは間違いない。
昨年二月、天竺からの帰国後、初めての拝謁が許された際、経典の翻訳事業を国として全面的に支援する旨の勅許を得ることには成功したが、その代償として主上から命じられたのが、西域・天竺方面の状況を詳しく記した報告書の提出だった。
ようやく勅許を得た経典の翻訳に専念したい玄奘としては、できることならこれも辞退したいところではあったのだが、さすがにそこまではできなかった。なぜなら、それまでに既に二度、主上からの命を玄奘は固辞していたからである。
まず一つ目は、還俗して国政を補佐せよとのご下命だった。どうやら主上は、天竺において自分が戒日王(ハルシャ・ヴァルダナ)に働きかけ、本朝との交流を成功させたこともあって、以前から自分に関心を持っておられたようだ。
「(前秦の)苻堅が道安を得たことに匹敵する!」
そんな言葉まで賜ったほどだったが、これからすぐにでも仏典の翻訳事業に取り掛かりたい玄奘にとっては、そんな賞賛などむしろ有難迷惑である。主上に対して非礼とならないよう、玄奘はこう述べて固辞することに専念せざるを得なかった。
「私は幼い頃より仏道に帰依し、政事に必須の儒学の道は一向に存じません。いま還俗して国政を補佐するなどというのは、舟を河から上げて陸で用いようとするようなもので、功がないのみか、無駄に腐敗してしまいます。願わくは、玄奘一代、仏道に専念させていただくことで、国恩に報いることができますれば、幸甚でございます」
だが主上も簡単には諦めない。
「それならこのまま、高句麗遠征に陪従せよ」
そう命じてこられる。仏典の翻訳事業に着手する前に、還俗に向けて翻意させようと狙っておられることは明らかで、
(陛下は仏道を修めようとする者のことが、なにも分かっておられない⁉)
内心の嘆息と警戒を押し隠しながら、玄奘はこれに対しても懸命に言葉を返す。
長旅から戻ったばかりで病身であること(これは決して嘘ではない)、また、戒律により戦闘を目にすることは許されていないこと(これも事実だ)を理由として、丁重に、しかし、断固として拒否したのである。
「なに、それもならぬのか⁉」
上辺は不満気な口振りながら、しかし、そこは想定の範囲内だったのだろう。主上はそれ以上無理強いされることはなく、その代わりに、改めて条件として玄奘に示されたのが、西域や天竺で見聞した内容を詳細に著述し、報告書として提出せよというものだった。
(これもいずれ、政治的に利用されるのだろうな……)
ひょっとすると、軍事活動にも結びつくかもしれない。当然、そこまで玄奘は察していたが、さすがにこれまで拒否しては主上もお怒りになり、経典の翻訳事業に対する国の具体的な支援にまでその影響が及びかねない。
(ここは譲歩することもやむなしか、……)
そう覚悟を決め、いかにも勿体ぶった態度で玄奘は、主上の命を恭しく受けてみせた。実は、経典の翻訳場をどこに定めるのか、これについても微妙な駆け引きがまだ残されていたからである。
(儂らしくもない、つまらぬ駆け引きをしたものよ……)
玄奘の脳裏に、あの折の苦々しい記憶が蘇ってくる。
元々の玄奘の目論みとしては、飜訳の勅許が得られた後は、その作業場として嵩岳の南、少室山の北に位置する少林寺を考えていたのである。そこであれば、都の喧騒や政事のあれこれに邪魔されることもなく、翻訳に専念することができるはずだった。しかし、
「いや、それはならん!」
一言の下に、主上はそれを却下された。自分の目の届かないところで玄奘が活動することを嫌ったのである。
「翻訳事業は、亡き太后の菩提を弔うために朕が造営した弘福寺で行え」
(京師のうちか……)
一瞬、玄奘は戸惑った。物見高い民衆の眼も避けたかったし、政治的な厄介事に巻き込まれるのも億劫だ。しかし、「綸言、汗の如し」。一度主上が口にされたからには、これを撥ねつけることは困難だと、玄奘は即座に判断する。
「ならば、陛下……」
そのまま玄奘は条件闘争へと次元を移していく。
「弘福寺を翻訳場とした場合、物見高い民衆が連日押しかけ、粛々と作業に専念することもままなりますまい。願わくは、陛下、……」
作業の安寧が保たれますよう、警備の兵をお遣わしいただけませんか。
そう玄奘が願い出ると、主上は、これを「保身の言」であると笑って許し、後は都に帰って留守の房玄齢と相談せよと、その裁量に任せてくれたのである。
その後、再び長安に戻って房玄齢と詳細を詰めてみると、彼には主上の命が正確に伝えられていたようで、必要となる大量の物資や消耗品、そして翻訳作業に携わる優秀な人員まで、ほぼ玄奘の希望どおりに準備が始まっていた。無論、禁軍による警備の体制に関しても手配済みである。そして、その差配には、いまも玄奘との関わりが深い、中書省の個性的な役人が抜かりなく当たってくれたのだった。
「恙なく準備は整いましたぞ」
これで和尚の念願も叶いますなと、年相応に黄ばんだ歯を見せて笑いながら、許敬宗という名のその役人がそう報告しに来てくれたとき、仏典の翻訳事業はその緒に就くと同時に、主上から命じられた西域方面の報告書の作成もまた、絶対的な義務として玄奘の肩に重く圧し掛かってきたのである。
弘福寺に腰を落ち着け、訳経作業に取り掛かることとなった玄奘は、その当初、この報告書の件に関しては、己が一人の手で成し遂げなければと考えていた。表に出せない主上と交わした約束もあり、余人を交える絶対に絶対に好ましくない。そう思ったからである。
けれど、いざ実際に着手してみると、これがなかなかに手の取られる作業だということに、玄奘はすぐに気がついた。
(これは、計算外だ⁉)
報告書の作成に時間を割かなければならないことで、本来、注力すべき仏典の翻訳事業に支障が生じるありさまで、これでは完全に本末転倒である。また、主上が高句麗征伐から戻られる段となって、報告書の提出を急かされる懸念も出てきた。そこで、焦った玄奘が思いついた方策は、当初の思惑からは外れるが、こちらに関しても、朝廷から遣わされた訳経僧のなかから何者かを選び、その力を借りることだった。
翻訳作業の工程には、訳語の考証を行う「証義」や文体の統一を図る「綴文」、口述筆記を担う「筆受」、浄書を行う「書手」など、各々段階があるが、玄奘の白羽の矢が立ったのは、「証義」と「綴文」を担当する者の一人、辯機という青年僧である。
数多くいる訳経僧のなかから、玄奘直々に彼に声をかけたとき、
「どうしてあのような若輩者に⁉」
そう妬む声があったことは知っている。当然、こうした声が上がるだろうということは玄奘も予測していたが、彼には別な思惑もあったのだ。それは、
(事業の後継者が欲しい・・・・・・)
その一点である。
今回、天竺から持ち帰った経典の類は膨大だ。いかに国が全力で支援してくれようとも、これからの自分の半生を仮にこのためにすべて費やしたとしても、漢訳を完了させることは難しいと云わざるを得ない。
自分の後を継いで翻訳を完了させ、その正統性を王朝に認めさせる。そんな役割を担ってくれる人間を玄奘は欲していたのである。
朝廷から派遣された訳経僧の面々を見渡してみると、いずれも錚々たる碩学揃いではあるが、玄奘と同世代以上の者が多く、また、既になんらかの師弟関係を有している者が大半だ。しかも、その中には、鳩摩羅什以来の漢訳を重視し、玄奘が持ち込もうとしている新たな漢訳に不信感を持つ者も少なくはない。
(だから辯機なのだ)
既に師である道岳和尚を失い、自分に憧憬の念を向けてくれる若き俊才、辯機という青年僧は、玄奘にとって、まさにうってつけの存在だったのである。そして、その玄奘からの指名に対して、辯機は率直に感動の意を表してくれた。
それに勇気づけられ、玄奘は思い切って裏の事情や主上からの隠された命まで含めて、すべて正直に打ち明けることを選択したのだ。そして、それに驚きながらも、すぐさまその場で辯機が協力を申し出てくれたことで、二人の間の契約は成立した。いまの二人の関係を一言で表すならば、僧侶に対して相応しくない表現かもしれないが、共同体に似ていた。
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