玄奘遷化【その栄光と残照】

織田正弥

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第二章

玄奘、辯機と校正す(肆)

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 しかし、その後の玄奘は、間接的に王となんらかの接触を持つことはあっても、直接、顔を合わせ、政治向きの話をすることだけは、極力避けるよう気をつけていた。玄奘の本能的な意識が、王とこれ以上の関係性を深めることの危険性を、肌で感じるようになっていたからである。
(人心は既に王から離れている・・・・・・)
 表面的に王国は平穏を保ってはいた。しかし、重臣らはみな私利私欲に走って勝手に行動し、民衆の間に貧富の差は静かに広がり始めている。こうした社会の腐敗が進み出した原因はすべて、王の政治に対する関心が薄れたことによるものであった。
(王は自覚されていただろうか?)
 どれだけ優秀で意志の強い人間であろうと、すべての状況が順調に進み続ければ、どうしてもその環境に狎れ、その裏に潜む危険因子にあえて気づかないふりをするようになるものだ。そのような権力者の身近にいることは、百害あって一利ない。玄奘はあの頃、冷静にそう状況を見極めていたのだ。
 しかし、そうした考え方を改め、逆に積極的に王への接近を意識するようになったのは、貞観十六(六四二)年頃のことである。天竺において学ぶべきものを大方終え、『唐』への帰国を真剣に考え始めたことで、帰国に関する許可を得るとともに、その行程への支援を王から獲得するためだった。帰路に際しても、『(西)突厥』の庇護を得られる経路を選ぶつもりではあったが、その勢力も昔ほどの実力はない。
(頼みの綱は、いくらあってもよい)
 絶対に本朝まで帰り着き、御仏の正しい教えを広めなければならない。そのためには、どのような利己的な計算も辞さない覚悟を玄奘は固めていたのである。
 そして、この玄奘の心境の変化を戒日王は大いに歓迎した。
 無論、玄奘が帰国の途につくことは惜しんだが、これまで全くつれなかった恋人が、ようやくこちらの方に振り向いてくれたのである。王は、玄奘のために、天竺における仏教再興を期して、今後、五年に一度無遮大会を実施し、僧侶や貧者に施しを行うとともに、彼を論主に迎えた大法会を実施することを決めたのである。
(そして、儂はそれを受けた)
 なんとも壮大な茶番劇だったと、いま思い返してみても、玄奘は苦笑を禁じえない。会場に居並ぶ碩学を軒並み論破してみても、そこに玄奘はなんの高揚も見出せなかったことを思い出す。
 王が後ろ盾となっている自分を本気で説き伏せようとようと考えている出場者などおらず、玄奘にしてみても、所詮は言葉遊びに過ぎないという思いがあった。宗教というものの本質や教義の神髄とは、こんな場所で議論を競わせることによって得られるようなものではない。
(だが、それでも、大法会に意味がないわけではなかった・・・・・・)
 玄奘はそう評価してもいる。
 玄奘の名を一層高からしめた大法会の成功に王は大いに満足し、玄奘への尊崇の念を深めるとともに、仏教への傾倒を一気に深めていったからである。
 この大法会から暫くして、王を始めとする天竺諸侯の支援を受け、玄奘は『唐』への帰国の途についたのだが、後に聞いたところでは、玄奘との約束を果たすべく、後日、王は「無遮大会」を挙行したらしい。そこでは、金銀、真珠、紅玻璃、大青珠など多くの貴石や宝石が準備され、王の装身具や衣服までが施されてしまったために、大会が終わると国庫が完全に空になってしまったのだと云う。さすがにこれを見かねた地方の領主らは王の私物を急いで買い戻し、改めて差し出したと伝えられている。
(さすがに度を越している‼)
 自分が王に感じていた危うさとは、こうした部分だったのではないかと、玄奘は思う。
 こうした仏教への極端な傾倒は、本朝で云うなら、どうしても南朝の『梁』の武帝(在位:五〇二年~五四九年)の事例を思い出さずにはいられない。
 この歴史に悪い意味で名を残した皇帝は、その治世の前半では、沈約や范雲に代表される名族出身者を宰相として登用し、倹約の奨励や官制の整備、租税の軽減など各方面で優れた実績を挙げ、また、土断法(※五)を実施して、流民対策でも有効な施策を遂行した名君として有名である。
 しかし、その治世も後半になると、帰依する仏教教団に対する多額の支援が際立ち、ついには大通元(五二七)年以降、自らが建立した同泰寺で「捨身」という名目のもと、莫大な財物を施与した結果、国家財政が極度に逼迫し、民衆に対する苛斂誅求が行われるという、本末転倒の事態を引き起こし、その晩年はまさに老害と化していた。
 そして、その末路はあまりにも哀れで、北朝の「(東)魏」から降ってきた侯景という武将に反乱を起こされると、全く敵することも叶わず囚われの身となり、最期には一切れの肉を口にすることを乞うも許されず、人知れず餓死したと伝えられている。
(やはり、俗世の権力者が仏教に帰依するなら、その在り方にも最低限の矩が必要だ)
 仏教を擁護する立場にありながら、そういう点で、玄奘は冷徹な現実主義者でもあった。
 最高の権力と名声を得た者ほど一旦精神的な不調に陥ると、その頼るべきものに対して極端に依存してしまうものだ。
(戒日王には、たしかにその傾向があった)
 そして、その翳りはいま、主上の元にもかすかに漂い始めている。
 戒日王が仏教への傾倒を深めた理由は、なにもすべてが玄奘の影響によるものというわけではないだろう。しかし、少なくとも王の思想になんらかの一石を投じた部分があることも確かだ。
(決して戒日王のようになってもらいたいわけではなく、……)
 その政治思想の底流に、御仏の教えを組み込んでもらいたいだけなのだ。そして、それを成し遂げることこそが、御仏から自分に与えられた使命だと思う。
 玄奘の決意は既に固まっているが、
「お側近く仕えるよう、また陛下からお言葉があったりはしないでしょうか?」
 辯機は依然として憂い顔を隠せない。
 参内するや否や宮中に留め置かれ、強引に還俗を強いられる。たしかにその可能性も否定はできず、玄奘にも一抹の不安がないわけではない。だが、その一方で、もう一つの目論見を果たしたい、そんな野心も彼にはあった。それは、
(翻訳の成った経典の頒布に際し、主上にその序文を書いていただくことはできないか?)
 というものである。
 これを思いついたのは、いま朝廷内で編纂が進められている史書、『晋書』の一部に、主上自ら論贊を書き加えられるという話を耳にしたからである。もしも主上から御製の序文がいただけるのであれば、正式に皇室が仏教を保護することを宣言したに等しく、現在の「道先仏後」の状況が転換する契機ともなるだろう。
 だが、そんな道教との競争以上に、
(仏教界のなかで、我らの正統性を確固たるものにする証しになる‼)
 玄奘はさらにその先まで見越していた。
(主上の序文を戴いた経典は、この王朝が続く限り、未来永劫絶対的なものとなるはずだ)
 そしてその経典を翻訳したのは、玄奘とその後継者の功績となるのだ。遠い将来、自分が持ち帰った経典以外にも、各種経典が翻訳されることになるだろう。その際、個々の経典の漢訳の正誤に関して判断する基準は、我々が訳したものになる。
 本来なら、そんな考え自体、邪な私心だということを玄奘は理解していた。しかし、だからといって、これは必ずやり遂げねばならないことだと、彼は強く意識している。
 天竺から貴重な経典を大量に持ち帰るという、未曽有の偉業を成し遂げた玄奘を、いま仏教界は熱狂的に迎え入れてくれている。しかし同時に、いずれは独自の教団を興し、本朝の仏教界を席巻しようとしているのではないか、そんな猜疑心が渦巻いていることもまた、彼には見えていた。
(仏僧とて、所詮は凡夫にすぎぬ)
 玄奘は、そんな醒めた見方のできる質の人間でもある。
 俗世に限らず、世を安定させるためには、どこまでも絶対的な権威が必要なのだ。
「案じるな、辯機。何事もこの世は御仏のお心のままよ」
 笑みを浮かべながら玄奘は合掌し、それ以上辯機に口を開かせなかった。

【注】
 ※五 「土断法」
  『(東)晋』以降、南朝の各王朝で採用された戸籍登録法。
  晋の南遷以来、華北あるいは中原から多くの漢民族が江南地域(長江
 中・下流域)に移住してきたが、その多くは無戸籍者であったため、課
 税の対象とならなかった。また、土地を持てない者は豪族の私有民とな
 るしかなく、王朝の掌握外となることが多かった。
  そのため、(東)晋以降の各南朝政権では、移住者に対して現住地で
 戸籍を編成することとし、豪族の私有民となることを防ぐとともに、課
 税の対象としてその平等化を図った。
  このように、現住地で戸籍に編入することを「土断法」と呼ぶ。
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