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第四章
王玄策、天竺で躍動す(弐)
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しかし、玄奘自身、進んでこの役を買って出たわけではあるまい。
(その裏で、必ず陛下が糸を引かれていたはずだ)
なにしろ、天竺の役でもたらされた果実は、なにも『唐』の権威が西方で高まったことだけではない。むしろ、国内での主上の威光が強まったことの方が、主上の狙いだったはずだ。
阿羅那順を連行し、長安に凱旋予定の王玄策には、主上のお声掛かりで朝散大夫(※九)に任じられる事がすでに内定している。それによって、どのような変化が廟堂内に起こっているのか気がつかないほど、無忌は鈍感ではない。
高句麗親征の失敗で、皇帝として、さらには軍事の天才として煌めいていた李世民という名は、このところ大きく揺らいでいたのだ。しかし、この度の一件では、武官ですらなかった無名の王玄策が見事な大功を立ててみせた。
「人をお認めになる陛下の眼力は大したものよ‼まさに『入りては相となり、出でては将となる』の面目躍如ではないか」
百官らは皆、そう囃し立てている。これで主上は一歩も宮殿から出ることなく、対高句麗戦の汚名を返上してもなお余りあるほど、「武神」としての権威と名声を取り戻したというわけだ。
まるで風見鶏のように、これまで自分と主上との間で揺れ動いていた廟堂の高官たちも、今後は主上に靡いていく者が増えていくことは確実だろう。ひょっとすると、いまの皇太子を廃し、呉王をこれに代えようとされている主上の執念も、いつか実らないとも限らない。
(これで高句麗征伐に、陛下はますます意を強くされるのではないか?)
無忌が懸念するのはそこである。
まさか再度親征されるようなことはないだろうが、高句麗との戦いにどうにも腰の引けている歴戦の武将らに代えて、たとえ経験は浅くとも、主上がこれと見込んだ若手の将軍を投入したとしても、それに反対できる空気でなくなったことは確かだ。
若い頃からの友であり、主君と仰ぐようになってからも数十年、その傍らに居続けて観察してきた無忌には、こう思い定めたら最後、その思いを貫かなければ気のすまない世民という人間の業の深さを知り尽くしていた。
けれども、戦争は国力の消耗を伴うものである。この度の天竺の役のように、ほとんど無傷で、国力が削られることなく終わるなどまったくの例外なのだ。高句麗への度重なる軍旅で、国庫は相当に疲弊している。さらに、臨時に兵士の徴発を割り当てられた諸州の地方官からは、悲鳴に近い上訴が連日朝廷に届けられていることを主上がご存じないわけがない。
それでも、そのすべてを無視して高句麗征伐にのめり込むのは、次代の皇位の問題も関係はしているのだろう。しかし、それ以上に、
(陛下は、『(西)漢』の再来を夢見ておられるのではないか⁉)
無忌はそんなふうに感じていた。
本朝では、数多くの王朝が歴史を刻んできた。しかし、そのうち中国全土の統治に成功した王朝は、いまの御代を除くと、始皇帝に始まる『秦』と劉氏の興した『(西・東)漢』、さらに、司馬氏の『(西)晋』と楊氏による『隋』の四つしかない。
(そのうち、短命に終わった三つの王朝は、主上の視野には入っていない。陛下が目指されているのは、『漢』と肩を並べてみせることだけだ)
では、いまの御代と『漢』とでは、どこに差があるのか。その支配領域を比較してみると、中国本土と西域とでは、それほど差がみられない。違いがあるとすれば、それは遼東と朝鮮半島だ。
『(西)漢』の武帝が現在の高句麗から朝鮮半島の北部・中部にあたる地域に四郡を設置した当時、国内は「文景の治」(※一〇)と呼ばれる黄金時代を経て、財政的にも大きな蓄積があり、また、人口も大幅に伸びていたいわば全盛期であり、その人口はおよそ五千万程度だったと正式な記録に残されている。
この余裕のある国力で、当時はまだ人口過疎だったこの地域に植民を進めることは、比較的容易なことだったろう。
だが、現在の状況はまさにその逆だ。高句麗や百済、そして新羅が国家としての体裁を整え、人口を増やしている一方、『唐』はと云えば、この二十年、民力の涵養に努めてきたことで、ようやく回復傾向にはあるものの、まだようやく口数は一千万を超えた程度にすぎない。この状況で、偉大なる『(西)漢』帝国の復興を夢見るなど、忖度なしに云わせてもらえるなら、それは単なる妄想でしかない。
(けれど、さすがに厳しい現実を痛感された後だ。高句麗征伐は諦めないにしても、改めて正攻法を繰り返すような愚を犯されるようなことはないだろう)
おそらく新羅と同盟を結び、高句麗が両面対応せざるを得ない状況に追い込む戦略を取られるのではないか。
(だが、本当にそれだけか?)
無忌の脳裏になぜかその瞬間、玄奘の顔が浮かぶ。
その昔、一時的ではあるが華北一帯を制した『(前)秦』の苻堅は深く仏教に傾倒し、『(東)晋』に最終的な決戦を挑むに先んじて、当時の本朝仏教界第一の碩学、道安なる沙門を国師として迎え入れたという史実がある。これを苻堅の仏教に対する信仰心からととらえる向きもあるが、無忌はそんな素直な見方には懐疑的だ。
(『(東)晋』を滅ぼすことに成功した後、江南にある仏教徒とその勢力を懐柔するための持ち駒とするつもりだったのに違いない・・・・・・)
そして、対高句麗でも同じ構図が見えてくる。高句麗国内での仏教に対する信仰は、本朝よりもはるかに強力だ。そして、天竺から多数の仏典を持ち帰り、本朝の仏教界に新たな風を吹き込んでいる玄奘の名は、高句麗でも轟いている。
(もしも玄奘が天竺で果たしたことと同じような役割を、今度は高句麗でも担うようなことがあれば、……)
戦況は一変するかも知れない。
不意に蟀谷のあたりに激しい痛みを感じ、無忌はその場に思わず蹲ってしまう。ただその脳裏には、玄奘の朴訥そうな顔だけがいつまでも張り付いていた。
高句麗の疲弊が強まったとして、明年、三十万の軍を派遣することを主上が朝議に諮ったのは、この一月後のことである。
【注】
※九 「朝散大夫」
文官に対する散官の一つ。官品は「従五品下」
※一〇 「文景の治」
『(西)漢』の文帝・景帝の統治期間(前一八〇年~前一四一年)を
云う。(西)漢の初期、秦末以来の戦乱により、国力は極度に疲弊して
おり、その充実を図るため、朝廷では民力の休養と賦役の軽減を柱とし
た政策を実行した
(その裏で、必ず陛下が糸を引かれていたはずだ)
なにしろ、天竺の役でもたらされた果実は、なにも『唐』の権威が西方で高まったことだけではない。むしろ、国内での主上の威光が強まったことの方が、主上の狙いだったはずだ。
阿羅那順を連行し、長安に凱旋予定の王玄策には、主上のお声掛かりで朝散大夫(※九)に任じられる事がすでに内定している。それによって、どのような変化が廟堂内に起こっているのか気がつかないほど、無忌は鈍感ではない。
高句麗親征の失敗で、皇帝として、さらには軍事の天才として煌めいていた李世民という名は、このところ大きく揺らいでいたのだ。しかし、この度の一件では、武官ですらなかった無名の王玄策が見事な大功を立ててみせた。
「人をお認めになる陛下の眼力は大したものよ‼まさに『入りては相となり、出でては将となる』の面目躍如ではないか」
百官らは皆、そう囃し立てている。これで主上は一歩も宮殿から出ることなく、対高句麗戦の汚名を返上してもなお余りあるほど、「武神」としての権威と名声を取り戻したというわけだ。
まるで風見鶏のように、これまで自分と主上との間で揺れ動いていた廟堂の高官たちも、今後は主上に靡いていく者が増えていくことは確実だろう。ひょっとすると、いまの皇太子を廃し、呉王をこれに代えようとされている主上の執念も、いつか実らないとも限らない。
(これで高句麗征伐に、陛下はますます意を強くされるのではないか?)
無忌が懸念するのはそこである。
まさか再度親征されるようなことはないだろうが、高句麗との戦いにどうにも腰の引けている歴戦の武将らに代えて、たとえ経験は浅くとも、主上がこれと見込んだ若手の将軍を投入したとしても、それに反対できる空気でなくなったことは確かだ。
若い頃からの友であり、主君と仰ぐようになってからも数十年、その傍らに居続けて観察してきた無忌には、こう思い定めたら最後、その思いを貫かなければ気のすまない世民という人間の業の深さを知り尽くしていた。
けれども、戦争は国力の消耗を伴うものである。この度の天竺の役のように、ほとんど無傷で、国力が削られることなく終わるなどまったくの例外なのだ。高句麗への度重なる軍旅で、国庫は相当に疲弊している。さらに、臨時に兵士の徴発を割り当てられた諸州の地方官からは、悲鳴に近い上訴が連日朝廷に届けられていることを主上がご存じないわけがない。
それでも、そのすべてを無視して高句麗征伐にのめり込むのは、次代の皇位の問題も関係はしているのだろう。しかし、それ以上に、
(陛下は、『(西)漢』の再来を夢見ておられるのではないか⁉)
無忌はそんなふうに感じていた。
本朝では、数多くの王朝が歴史を刻んできた。しかし、そのうち中国全土の統治に成功した王朝は、いまの御代を除くと、始皇帝に始まる『秦』と劉氏の興した『(西・東)漢』、さらに、司馬氏の『(西)晋』と楊氏による『隋』の四つしかない。
(そのうち、短命に終わった三つの王朝は、主上の視野には入っていない。陛下が目指されているのは、『漢』と肩を並べてみせることだけだ)
では、いまの御代と『漢』とでは、どこに差があるのか。その支配領域を比較してみると、中国本土と西域とでは、それほど差がみられない。違いがあるとすれば、それは遼東と朝鮮半島だ。
『(西)漢』の武帝が現在の高句麗から朝鮮半島の北部・中部にあたる地域に四郡を設置した当時、国内は「文景の治」(※一〇)と呼ばれる黄金時代を経て、財政的にも大きな蓄積があり、また、人口も大幅に伸びていたいわば全盛期であり、その人口はおよそ五千万程度だったと正式な記録に残されている。
この余裕のある国力で、当時はまだ人口過疎だったこの地域に植民を進めることは、比較的容易なことだったろう。
だが、現在の状況はまさにその逆だ。高句麗や百済、そして新羅が国家としての体裁を整え、人口を増やしている一方、『唐』はと云えば、この二十年、民力の涵養に努めてきたことで、ようやく回復傾向にはあるものの、まだようやく口数は一千万を超えた程度にすぎない。この状況で、偉大なる『(西)漢』帝国の復興を夢見るなど、忖度なしに云わせてもらえるなら、それは単なる妄想でしかない。
(けれど、さすがに厳しい現実を痛感された後だ。高句麗征伐は諦めないにしても、改めて正攻法を繰り返すような愚を犯されるようなことはないだろう)
おそらく新羅と同盟を結び、高句麗が両面対応せざるを得ない状況に追い込む戦略を取られるのではないか。
(だが、本当にそれだけか?)
無忌の脳裏になぜかその瞬間、玄奘の顔が浮かぶ。
その昔、一時的ではあるが華北一帯を制した『(前)秦』の苻堅は深く仏教に傾倒し、『(東)晋』に最終的な決戦を挑むに先んじて、当時の本朝仏教界第一の碩学、道安なる沙門を国師として迎え入れたという史実がある。これを苻堅の仏教に対する信仰心からととらえる向きもあるが、無忌はそんな素直な見方には懐疑的だ。
(『(東)晋』を滅ぼすことに成功した後、江南にある仏教徒とその勢力を懐柔するための持ち駒とするつもりだったのに違いない・・・・・・)
そして、対高句麗でも同じ構図が見えてくる。高句麗国内での仏教に対する信仰は、本朝よりもはるかに強力だ。そして、天竺から多数の仏典を持ち帰り、本朝の仏教界に新たな風を吹き込んでいる玄奘の名は、高句麗でも轟いている。
(もしも玄奘が天竺で果たしたことと同じような役割を、今度は高句麗でも担うようなことがあれば、……)
戦況は一変するかも知れない。
不意に蟀谷のあたりに激しい痛みを感じ、無忌はその場に思わず蹲ってしまう。ただその脳裏には、玄奘の朴訥そうな顔だけがいつまでも張り付いていた。
高句麗の疲弊が強まったとして、明年、三十万の軍を派遣することを主上が朝議に諮ったのは、この一月後のことである。
【注】
※九 「朝散大夫」
文官に対する散官の一つ。官品は「従五品下」
※一〇 「文景の治」
『(西)漢』の文帝・景帝の統治期間(前一八〇年~前一四一年)を
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