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第Ⅱ巻 祈りの契約
第5話 再構計画
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帝都アイゼンブルク――夜。
霧を含んだ黒煙が街を覆い、灯火は霞み、空を縫う塔の明かりだけがかろうじて息づいていた。
軍務局の最奥、中央制御区画。
そこは鉄と光が脈を打つ“心臓部”だった。
円形の室の中央には、巨大な円盤装置が鎮座している。
滑らかな黒鉄の表面を、無数の命令波が走り抜けていた。
それは帝国全域を統制する命令体の中枢神経――“命令炉(コマンド・リアクター)”である。
監視盤の光が、ひとつだけ異常な振動を示した。
「……第十七号体、反応消失。」
観測官の報告が低く響く。
金属音のような声が、静寂に吸い込まれた。
「命令波途絶から六時間。再送信に応答なし。
消失域において、風力波の異常変動を確認しています。」
「風力波だと?」
指揮席に立つ男が顔を上げた。
白銀の軍服を纏い、冷たい黒手袋をはめた指が、報告書の上で止まる。
ヴァレン・クロウズ――帝国軍務局監督官。
彼の瞳は、光を吸い込むような灰の色をしていた。
「命令波の途絶が損壊によるものではないというのか?」
技術官が慌ただしく端末を操作する。
円盤の一部が拡大され、波形が浮かび上がった。
均一な命令波の中に、一定の“間”が挟まれている。
まるで何かが息をしているかのように、規則正しい鼓動を刻んでいた。
「機械的なノイズではありません。
むしろ、生体波に近い律動です。」
沈黙。
クロウズは円盤の光を見つめたまま、動かなかった。
「……生体波、か。」
唇がわずかに動く。
「命令が……呼吸を始めたというのか。」
誰も答えられない。
ただ装置の振動だけが、微かに部屋の空気を震わせていた。
クロウズはゆっくりと歩み寄り、円盤に手を置いた。
冷たい金属の感触の奥に、微弱な脈動がある。
まるで心臓の鼓動のように。
「第十七号の断片を隔離しろ。
律動波をすべて記録する。……再構計画を再開する。」
観測官が息を呑んだ。
「再構計画……ですか?」
「そうだ。」
クロウズは振り返らずに言った。
「命令の裂け目を再現する。
神が与えた“祈り”を、命令に置き換える時が来た。」
警告灯が赤く点滅し、低い警報が鳴る。
命令炉の内部で光が脈打ち、金属の床が微かに軋んだ。
クロウズは踵を返し、背後の自動扉を開く。
その先には、白光に満ちた実験区画が広がっていた。
無数の培養槽が並び、淡い光が人の形を描き始めている。
「命令が祈りを超える日が来る。
それが我らの“再構”だ。」
彼の声は、冷たく静かに響いた。
命令炉の脈動が、それに応えるように強く脈を打った。
――それは、確かに“生きている音”だった。
軍務局再構研究区画。
硝子と鋼が折り重なる迷宮の最深部。
冷却装置の唸りが、地鳴りのように続いていた。
室の中央には、半透明の球体装置がひとつ。
液体めいた光が渦を巻き、その中心に“人”が浮かんでいた。
その身体は未成。
肌のような金属が淡く脈動し、髪は銀の糸のように揺れる。
胸部の奥には紅い結晶――炎の核を模した構造体が埋め込まれている。
クロウズは観測窓の前に立ち、白手袋の両手を組んだ。
「……起動準備、最終確認。」
技師たちが次々と報告を重ねる。
「命令波安定。精神核、同期完了。
生体反応、規格内です。」
「よろしい。」
クロウズは頷いた。
「点火。」
床が低く震えた。
球体の内部で光がうねり、液状の命令波が人の輪郭をなぞっていく。
しばしの静寂――やがて、その瞼が微かに震えた。
まぶたが開く。
淡い橙の瞳が、暗闇を映した。
「……再構体《RX-01 アーセラ》、起動確認。」
クロウズは低く告げた。
「炎の欠片を宿す模倣体――祈りを持たぬ生命。」
技師の一人が息を詰める。
「……人間のようだ。」
クロウズは視線を逸らさず、静かに答えた。
「当然だ。人間を模倣するために造った。」
アーセラの唇が震えた。
空気がわずかに振動する。
「……あたたかい……風……。」
誰もが動きを止めた。
クロウズが顔を上げ、短く命じる。
「今、何と言った?」
技師が慌てて端末を確認する。
「命令波は安定。出力にも異常なしです!」
「ならば問題ない。」
クロウズは首をわずかに傾けた。
「記録の反射に過ぎん。」
しかし、彼女はもう一度、口を開いた。
「……誰かが……呼んでいる……。」
「呼んでいる?」
クロウズの声が低く響く。
アーセラの瞳が、宙の一点を見つめた。
「炎の……声が……。」
クロウズは観測窓に片手をつき、薄く笑う。
「……面白い。
祈りを排しても、なお“残響”が残るか。」
背後の技師が怯えたように問う。
「……では、失敗ということですか?」
「違う。」クロウズは背を向けた。
「命令の中に祈りを閉じ込める。
それこそが、“再構”だ。」
アーセラの胸の結晶が、かすかに脈動した。
それは命令の律動ではなかった。
――まるで、遠くで灯る炎に応えるように。
帝都・軍務評議院。
黒鋼と白磁で築かれた円卓の間は、神殿のように静まり返っていた。
中央には、歯車と翼を象った帝国の紋章。
祈りを棄て、機構で世界を統べる象徴だ。
クロウズはその紋章の前に立つ。
白銀の軍服が光を受けて、無機質な輝きを返す。
背後には参謀官、研究局長、整備主任が控えていた。
「――第十七号体、行動記録報告。」
彼の声が、金属の壁に反響した。
「命令波消失と同時に、周囲の風域が安定。
観測された波形は、生体波に酷似している。」
参謀官が顔をしかめた。
「命令が崩壊したのではないのか?」
クロウズは淡々と答える。
「崩壊ではない。命令は自己維持を始めた。」
「……自己維持?」
「そうだ。命令が、自らの存在を保つために動いた。
命令が“生きた”のだ。」
ざわめきが走る。
局長が机を叩いた。
「詭弁だ! それではまるで――」
「神学ではない。」
クロウズの声がそれを遮る。
「神々が沈黙したこの世界で、命令が呼吸を始めた。
我々は、祈りを超える理に触れつつある。」
空気が凍りついた。
誰も息をすることさえためらった。
クロウズは一歩前に出る。
「――再構計画を次段階へ移行する。
試作個体《RX-01 アーセラ》を実戦環境に投入する。」
「まだ早い! 人格回路も――」
「人格など不要だ。」
クロウズの声は冷たい刃のようだった。
「命令は祈りを凌駕せねばならん。
情動は秩序を乱す誤差だ。」
彼は静かに続けた。
「No.25が祈りで命令を破った。
ならば我々は、命令で祈りを支配する。」
沈黙の中で、参謀官が吐き捨てる。
「……神を気取るつもりか。」
クロウズは微笑した。
「神が沈黙したからこそ、人がその座に立つ。」
誰も反論しなかった。
ただ、記録装置の回転音だけが続いた。
「アーセラを西部戦域へ移送。
目標は、空白帯に残留する命令波の回収。
――そして、No.25の所在特定。」
灰の瞳が淡く光を宿す。
「炎の兵器を、再び命令の下へ戻す。
祈りを、この手で再構するために。」
扉が静かに閉じた。
その背に、冷たい光が落ちていた。
夜の丘には、風がなかった。
空は晴れているのに、草一本揺れない。
世界そのものが息を止めているようだった。
ティナは立ち止まり、ランタンを掲げる。
炎はまっすぐに立ち、揺れもしない。
「……風が、黙ってる。」
エインは空を仰いだ。
薄雲の向こうに星が霞んでいる。
「ノイエルの気配が、消えている。」
ティナが小さく息をのむ。
「風の精霊が……?」
シオンが頷いた。
「アルメリアの風はノイエルの加護で成り立っています。
しかし、いまはその加護が遮断されている。」
彼は星盤を開き、光る星図を見つめた。
「帝国が、再び“風の領域”に干渉しています。」
エインが拳を握る。
「……再構計画が動き出した。
命令で風を縛れば、精霊は応えなくなる。」
ティナは炎を見つめた。
「ノイエルが……怯えているの?」
「おそらく。」
シオンの声は低い。
「命令波は精霊にとって“恐怖”だ。
命令の檻の中では、自由な風は存在できない。」
ティナは丘の上に立ち、目を閉じた。
頬を撫でた微かな風は、震えていた。
「……怖がらなくていい。
あなたを縛る命令なんて、もういらない。」
炎が風に触れ、わずかに揺れた。
その柔らかな光に、エインが目を細める。
「ノイエルは生きている。
ただ、呼吸を止めているだけだ。」
シオンは星盤を閉じた。
「祈りが届かない夜ほど、星は近く見える。
だからこそ、目を閉じてはいけません。」
ティナは小さく頷き、炎を胸に抱いた。
その灯が、一瞬だけ揺れた。
ノイエルが――息をした。
帝都観測棟・最上層。
黒い硝子の向こうで、巨大な球体装置が白光を放つ。
その中心では、風の粒子が渦を巻き、無機の呼吸を繰り返していた。
「命令波、安定。風の流れ、完全制御下です。」
クロウズは無言で画面を見つめた。
「……これが、精霊の沈黙か。」
報告が続く。
「ノイエルの反応、完全鎮静。祈り信号、遮断成功。」
クロウズの指が端末を閉じる。
隣室では、透明な容器の中でアーセラが静かに眠っていた。
胸の結晶が規則的に光を放ち、静かな呼吸のような脈を刻む。
「命令と祈りを統合する……。」
クロウズの呟きは、金属の壁に吸い込まれる。
「これが、神の完成形だ。」
研究官が震える声で尋ねる。
「この個体には、精霊の意識が――?」
「違う。」クロウズの声が断ち切る。
「宿らせるのだ。祈りを命令に変換する核を組み込んだ。
風の精霊が黙った今、“人が語る風”を造る。」
赤い灯が点り、アーセラの瞳が薄く開いた。
白く光るその瞳が、静かに瞬いた。
クロウズは満足げに言う。
「――これで、風の神は人のものだ。」
風の吹かない帝都で、人工の渦が静かに生まれた。
同じ夜。
星商国アルメリア・首都セレフィア。
星読院の塔の最上層で、淡い星光が揺れている。
星読士長リオス・カーディアンは、窓辺で一通の祈文を握りしめていた。
そこに刻まれた光の文――「風の沈黙」。
「ノイエルの気配が……消えただと?」
老星読士が震える声を上げる。
「そんなことはあり得ません。風は、命ですぞ……!」
リオスは静かに首を振った。
「帝国が命令波で風を囲ったた。
祈りの流れが遮断され、精霊が応答を止めた。」
リオスの声は穏やかだったが、その奥に沈んだ怒りがあった。
壁面に埋め込まれた星盤の灯が、ひとつ、またひとつと消えていく。
まるで星々までもが、風の喪失に悲しんでいるかのようだった。
「風が語らぬ夜ほど、星は近く見える。」
リオスはそっと窓を開けた。
冷たい夜気が流れ込み、灯火を揺らす。
彼はその風を、掌で受け止めた。
「……まだ、生きている。」
振り向いた彼の瞳には、静かな決意が宿っていた。
「シオンを呼べ。」
傍らの若い弟子が目を上げる。
「シオン……カーディアン様を、ですか?」
「そうだ。」
リオスは頷いた。
「彼の観測をもって、東境に祈りの陣を築く。
帝国が風を封じるなら、我々は星で風を導く。」
弟子が慌ただしく駆け出していく。
残されたリオスは、ゆっくりと窓の外を見上げた。
そこには、風の代わりに星が瞬いている。
祈りを失った世界でも、光は消えていなかった。
「ノイエルが沈黙したなら――」
リオスは両手を胸に組み、祈文を閉じた。
「我らの声で呼び戻す。」
その瞬間、塔の上に微かな風が流れた。
誰もが気づかぬほどの、かすかな息吹。
しかし、それは確かに――精霊の応えだった。
風はまだ死んでいない。
ただ、命令の檻の奥で、静かに目を閉じているだけだった。
夜は深く、帝国の灯は遠くで赤く瞬いていた。
祈りと命令、その境界はもう紙一重。
そしてその狭間で、誰も知らぬ“新しい風”が、
ゆっくりと目を覚まそうとしていた。
霧を含んだ黒煙が街を覆い、灯火は霞み、空を縫う塔の明かりだけがかろうじて息づいていた。
軍務局の最奥、中央制御区画。
そこは鉄と光が脈を打つ“心臓部”だった。
円形の室の中央には、巨大な円盤装置が鎮座している。
滑らかな黒鉄の表面を、無数の命令波が走り抜けていた。
それは帝国全域を統制する命令体の中枢神経――“命令炉(コマンド・リアクター)”である。
監視盤の光が、ひとつだけ異常な振動を示した。
「……第十七号体、反応消失。」
観測官の報告が低く響く。
金属音のような声が、静寂に吸い込まれた。
「命令波途絶から六時間。再送信に応答なし。
消失域において、風力波の異常変動を確認しています。」
「風力波だと?」
指揮席に立つ男が顔を上げた。
白銀の軍服を纏い、冷たい黒手袋をはめた指が、報告書の上で止まる。
ヴァレン・クロウズ――帝国軍務局監督官。
彼の瞳は、光を吸い込むような灰の色をしていた。
「命令波の途絶が損壊によるものではないというのか?」
技術官が慌ただしく端末を操作する。
円盤の一部が拡大され、波形が浮かび上がった。
均一な命令波の中に、一定の“間”が挟まれている。
まるで何かが息をしているかのように、規則正しい鼓動を刻んでいた。
「機械的なノイズではありません。
むしろ、生体波に近い律動です。」
沈黙。
クロウズは円盤の光を見つめたまま、動かなかった。
「……生体波、か。」
唇がわずかに動く。
「命令が……呼吸を始めたというのか。」
誰も答えられない。
ただ装置の振動だけが、微かに部屋の空気を震わせていた。
クロウズはゆっくりと歩み寄り、円盤に手を置いた。
冷たい金属の感触の奥に、微弱な脈動がある。
まるで心臓の鼓動のように。
「第十七号の断片を隔離しろ。
律動波をすべて記録する。……再構計画を再開する。」
観測官が息を呑んだ。
「再構計画……ですか?」
「そうだ。」
クロウズは振り返らずに言った。
「命令の裂け目を再現する。
神が与えた“祈り”を、命令に置き換える時が来た。」
警告灯が赤く点滅し、低い警報が鳴る。
命令炉の内部で光が脈打ち、金属の床が微かに軋んだ。
クロウズは踵を返し、背後の自動扉を開く。
その先には、白光に満ちた実験区画が広がっていた。
無数の培養槽が並び、淡い光が人の形を描き始めている。
「命令が祈りを超える日が来る。
それが我らの“再構”だ。」
彼の声は、冷たく静かに響いた。
命令炉の脈動が、それに応えるように強く脈を打った。
――それは、確かに“生きている音”だった。
軍務局再構研究区画。
硝子と鋼が折り重なる迷宮の最深部。
冷却装置の唸りが、地鳴りのように続いていた。
室の中央には、半透明の球体装置がひとつ。
液体めいた光が渦を巻き、その中心に“人”が浮かんでいた。
その身体は未成。
肌のような金属が淡く脈動し、髪は銀の糸のように揺れる。
胸部の奥には紅い結晶――炎の核を模した構造体が埋め込まれている。
クロウズは観測窓の前に立ち、白手袋の両手を組んだ。
「……起動準備、最終確認。」
技師たちが次々と報告を重ねる。
「命令波安定。精神核、同期完了。
生体反応、規格内です。」
「よろしい。」
クロウズは頷いた。
「点火。」
床が低く震えた。
球体の内部で光がうねり、液状の命令波が人の輪郭をなぞっていく。
しばしの静寂――やがて、その瞼が微かに震えた。
まぶたが開く。
淡い橙の瞳が、暗闇を映した。
「……再構体《RX-01 アーセラ》、起動確認。」
クロウズは低く告げた。
「炎の欠片を宿す模倣体――祈りを持たぬ生命。」
技師の一人が息を詰める。
「……人間のようだ。」
クロウズは視線を逸らさず、静かに答えた。
「当然だ。人間を模倣するために造った。」
アーセラの唇が震えた。
空気がわずかに振動する。
「……あたたかい……風……。」
誰もが動きを止めた。
クロウズが顔を上げ、短く命じる。
「今、何と言った?」
技師が慌てて端末を確認する。
「命令波は安定。出力にも異常なしです!」
「ならば問題ない。」
クロウズは首をわずかに傾けた。
「記録の反射に過ぎん。」
しかし、彼女はもう一度、口を開いた。
「……誰かが……呼んでいる……。」
「呼んでいる?」
クロウズの声が低く響く。
アーセラの瞳が、宙の一点を見つめた。
「炎の……声が……。」
クロウズは観測窓に片手をつき、薄く笑う。
「……面白い。
祈りを排しても、なお“残響”が残るか。」
背後の技師が怯えたように問う。
「……では、失敗ということですか?」
「違う。」クロウズは背を向けた。
「命令の中に祈りを閉じ込める。
それこそが、“再構”だ。」
アーセラの胸の結晶が、かすかに脈動した。
それは命令の律動ではなかった。
――まるで、遠くで灯る炎に応えるように。
帝都・軍務評議院。
黒鋼と白磁で築かれた円卓の間は、神殿のように静まり返っていた。
中央には、歯車と翼を象った帝国の紋章。
祈りを棄て、機構で世界を統べる象徴だ。
クロウズはその紋章の前に立つ。
白銀の軍服が光を受けて、無機質な輝きを返す。
背後には参謀官、研究局長、整備主任が控えていた。
「――第十七号体、行動記録報告。」
彼の声が、金属の壁に反響した。
「命令波消失と同時に、周囲の風域が安定。
観測された波形は、生体波に酷似している。」
参謀官が顔をしかめた。
「命令が崩壊したのではないのか?」
クロウズは淡々と答える。
「崩壊ではない。命令は自己維持を始めた。」
「……自己維持?」
「そうだ。命令が、自らの存在を保つために動いた。
命令が“生きた”のだ。」
ざわめきが走る。
局長が机を叩いた。
「詭弁だ! それではまるで――」
「神学ではない。」
クロウズの声がそれを遮る。
「神々が沈黙したこの世界で、命令が呼吸を始めた。
我々は、祈りを超える理に触れつつある。」
空気が凍りついた。
誰も息をすることさえためらった。
クロウズは一歩前に出る。
「――再構計画を次段階へ移行する。
試作個体《RX-01 アーセラ》を実戦環境に投入する。」
「まだ早い! 人格回路も――」
「人格など不要だ。」
クロウズの声は冷たい刃のようだった。
「命令は祈りを凌駕せねばならん。
情動は秩序を乱す誤差だ。」
彼は静かに続けた。
「No.25が祈りで命令を破った。
ならば我々は、命令で祈りを支配する。」
沈黙の中で、参謀官が吐き捨てる。
「……神を気取るつもりか。」
クロウズは微笑した。
「神が沈黙したからこそ、人がその座に立つ。」
誰も反論しなかった。
ただ、記録装置の回転音だけが続いた。
「アーセラを西部戦域へ移送。
目標は、空白帯に残留する命令波の回収。
――そして、No.25の所在特定。」
灰の瞳が淡く光を宿す。
「炎の兵器を、再び命令の下へ戻す。
祈りを、この手で再構するために。」
扉が静かに閉じた。
その背に、冷たい光が落ちていた。
夜の丘には、風がなかった。
空は晴れているのに、草一本揺れない。
世界そのものが息を止めているようだった。
ティナは立ち止まり、ランタンを掲げる。
炎はまっすぐに立ち、揺れもしない。
「……風が、黙ってる。」
エインは空を仰いだ。
薄雲の向こうに星が霞んでいる。
「ノイエルの気配が、消えている。」
ティナが小さく息をのむ。
「風の精霊が……?」
シオンが頷いた。
「アルメリアの風はノイエルの加護で成り立っています。
しかし、いまはその加護が遮断されている。」
彼は星盤を開き、光る星図を見つめた。
「帝国が、再び“風の領域”に干渉しています。」
エインが拳を握る。
「……再構計画が動き出した。
命令で風を縛れば、精霊は応えなくなる。」
ティナは炎を見つめた。
「ノイエルが……怯えているの?」
「おそらく。」
シオンの声は低い。
「命令波は精霊にとって“恐怖”だ。
命令の檻の中では、自由な風は存在できない。」
ティナは丘の上に立ち、目を閉じた。
頬を撫でた微かな風は、震えていた。
「……怖がらなくていい。
あなたを縛る命令なんて、もういらない。」
炎が風に触れ、わずかに揺れた。
その柔らかな光に、エインが目を細める。
「ノイエルは生きている。
ただ、呼吸を止めているだけだ。」
シオンは星盤を閉じた。
「祈りが届かない夜ほど、星は近く見える。
だからこそ、目を閉じてはいけません。」
ティナは小さく頷き、炎を胸に抱いた。
その灯が、一瞬だけ揺れた。
ノイエルが――息をした。
帝都観測棟・最上層。
黒い硝子の向こうで、巨大な球体装置が白光を放つ。
その中心では、風の粒子が渦を巻き、無機の呼吸を繰り返していた。
「命令波、安定。風の流れ、完全制御下です。」
クロウズは無言で画面を見つめた。
「……これが、精霊の沈黙か。」
報告が続く。
「ノイエルの反応、完全鎮静。祈り信号、遮断成功。」
クロウズの指が端末を閉じる。
隣室では、透明な容器の中でアーセラが静かに眠っていた。
胸の結晶が規則的に光を放ち、静かな呼吸のような脈を刻む。
「命令と祈りを統合する……。」
クロウズの呟きは、金属の壁に吸い込まれる。
「これが、神の完成形だ。」
研究官が震える声で尋ねる。
「この個体には、精霊の意識が――?」
「違う。」クロウズの声が断ち切る。
「宿らせるのだ。祈りを命令に変換する核を組み込んだ。
風の精霊が黙った今、“人が語る風”を造る。」
赤い灯が点り、アーセラの瞳が薄く開いた。
白く光るその瞳が、静かに瞬いた。
クロウズは満足げに言う。
「――これで、風の神は人のものだ。」
風の吹かない帝都で、人工の渦が静かに生まれた。
同じ夜。
星商国アルメリア・首都セレフィア。
星読院の塔の最上層で、淡い星光が揺れている。
星読士長リオス・カーディアンは、窓辺で一通の祈文を握りしめていた。
そこに刻まれた光の文――「風の沈黙」。
「ノイエルの気配が……消えただと?」
老星読士が震える声を上げる。
「そんなことはあり得ません。風は、命ですぞ……!」
リオスは静かに首を振った。
「帝国が命令波で風を囲ったた。
祈りの流れが遮断され、精霊が応答を止めた。」
リオスの声は穏やかだったが、その奥に沈んだ怒りがあった。
壁面に埋め込まれた星盤の灯が、ひとつ、またひとつと消えていく。
まるで星々までもが、風の喪失に悲しんでいるかのようだった。
「風が語らぬ夜ほど、星は近く見える。」
リオスはそっと窓を開けた。
冷たい夜気が流れ込み、灯火を揺らす。
彼はその風を、掌で受け止めた。
「……まだ、生きている。」
振り向いた彼の瞳には、静かな決意が宿っていた。
「シオンを呼べ。」
傍らの若い弟子が目を上げる。
「シオン……カーディアン様を、ですか?」
「そうだ。」
リオスは頷いた。
「彼の観測をもって、東境に祈りの陣を築く。
帝国が風を封じるなら、我々は星で風を導く。」
弟子が慌ただしく駆け出していく。
残されたリオスは、ゆっくりと窓の外を見上げた。
そこには、風の代わりに星が瞬いている。
祈りを失った世界でも、光は消えていなかった。
「ノイエルが沈黙したなら――」
リオスは両手を胸に組み、祈文を閉じた。
「我らの声で呼び戻す。」
その瞬間、塔の上に微かな風が流れた。
誰もが気づかぬほどの、かすかな息吹。
しかし、それは確かに――精霊の応えだった。
風はまだ死んでいない。
ただ、命令の檻の奥で、静かに目を閉じているだけだった。
夜は深く、帝国の灯は遠くで赤く瞬いていた。
祈りと命令、その境界はもう紙一重。
そしてその狭間で、誰も知らぬ“新しい風”が、
ゆっくりと目を覚まそうとしていた。
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俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。
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だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。
「またか…」
王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。
そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。
そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
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気が付けば誰かがしゃべってる。
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ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
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スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
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