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第Ⅱ巻 祈りの契約
第10話 暴走
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アルメリアの空で燃え上がった雷は、やがて形を失い、
夜の果てへと散っていった。
風が戻り、炎が静まり、祈りがわずかに息を吹き返す。
だが――その光の中に、ひと筋の雷だけが残っていた。
それはまるで、呼吸するように脈動しながら、
雲を突き抜け、遥か東の空へと消えていった。
⸻
帝都アイゼンブルク。
夜明け前の黒雲の下、雷が一直線に都心へと落ちた。
轟音が響き、再構炉塔の尖端が閃光に包まれる。
帝都の中心――命令炉がある黒鉄の塔。
その内部で、計器が一斉に赤く点滅した。
「……異常反応! 落雷ではありません!」
観測士の声が響く。
モニターに表示された波形は、見慣れぬ律動を描いていた。
「命令波が逆流している……。まるで、誰かが“炉を呼吸している”みたいだ……!」
通信が乱れ、警告灯が瞬く。
グラウス=レーンは端末を睨みつけた。
「命令体RX-02――生体信号を確認!」
その言葉に、観測室全体が凍りつく。
九日前、実験区域で“消失”と記録された存在。
アルメリア戦線で消息を絶った再構体。
ヴァレン・クロウズが口元をわずかに歪めた。
「……帰ってきたか。」
観測窓の向こうで、塔を走る光が膨張する。
やがてそれは人の形を取り、
白銀の装甲を纏った人影が、ゆっくりと姿を現した。
ヴァロス。
装甲の継ぎ目を雷が走り、
背の〈レゾナンス・スパイン〉が低く唸る。
その足取りは、迷いがなかった。
「命令……応答を……」
グラウスが声をかける。
だがヴァロスは答えず、
ただまっすぐ炉心の中心へと歩み続ける。
塔の床が震える。
命令炉が脈動し、壁の光脈がひとつ、またひとつと点灯していく。
クロウズが静かに目を細めた。
「命令が――帰るべき場所を見つけたのだ。」
炉の中心が、まばゆい光に包まれる。
ヴァロスがその中に溶け込むように立ち、
雷脈が炉と繋がっていく。
金属が悲鳴を上げ、
帝都の地面が低く鳴動する。
遠くの塔が揺れ、街灯が一斉に明滅する。
誰かが叫ぶ。
「命令波が……世界層に流出しています!」
観測装置の針が狂ったように回転し、
空の雲が逆巻く。
夜明け前の空が、紫電に染まる。
その中心で――ヴァロスの声が、
機械を通して低く響いた。
「命令……帰還。」
クロウズの瞳が光る。
「いい。命令は終わらない。今度は――命令が世界を命じる番だ。」
雷鳴が帝都を覆い、
空に走る光が、祈りの風をかき消した。
命令炉は、呼吸を始めた。
それは命令ではなく――世界の鼓動だった。
夜明けを迎えたアルメリアの空は、
いつになく澄んでいた。
けれどその静けさは――どこか、不自然だった。
風が吹かない。
街を包むはずの祈りの音も、消えている。
星読塔から流れる祈札の鈴音が途絶え、
ただ光だけが、動かないまま空に浮かんでいた。
ティナはバルコニーに立ち、
手の中のランタンを見つめた。
炎は揺れているのに、風がない。
「……息をしてない。」
その呟きに、エインが目を細めた。
「風が、止まってるな。」
「ううん、止まったんじゃないの。」
ティナが首を横に振る。
「風が……何かを聴いてる。」
エインは胸の炎核に手を当てた。
淡い光が点滅する。
鼓動はあるが、どこか鈍い。
まるで、炎自身が呼吸を迷っているようだった。
そのとき、背後の通信具が鳴った。
〈こちら星読院・観測局。至急塔上の祈陣確認を!〉
シオンの声だった。
〈祈り層が――反応をやめています!〉
⸻
星読院・観測室。
無数の星盤が淡く光を放ち、
そこに描かれた風の軌跡が、ゆっくりと止まっていく。
シオンは記録盤に手を滑らせた。
「これは……律動が、反転している。」
隣で補佐の星読士が首を傾げる。
「反転……?」
「ええ。通常は祈りが風を呼び、風が人へ返す。
でも今は違う。風が“どこかへ”吸い込まれている。」
リオスが静かに歩み寄った。
白衣の裾が風もないのに揺れる。
「帝都が、呼んでいる。」
「……帝都?」
「命令の呼吸が、風層にまで届いた。」
彼の手が星盤の上をなぞると、
南東――帝都アイゼンブルクの方角に、
一筋の雷色の線が浮かび上がる。
「風が、命令に従っているのです。」
シオンが顔をしかめた。
「従う……? そんなこと、ありえない!」
「“従う”とは“聞こえてしまう”ということです。」
リオスの声は淡々としていた。
「祈りも風も、生きています。
だからこそ、命令を聞いてしまうのですよ。」
沈黙。
部屋の中で、ひときわ強い光が星盤を照らした。
観測士のひとりが叫ぶ。
「風層、収束開始! アルメリア上空で、祈りの層が閉じていきます!」
⸻
祈りの層が閉じる――それはつまり、
風と祈りが“世界から切り離される”ということだった。
街の祈札が次々に音を止める。
契約の光輪が消え、井戸の水が静まり返る。
人々は顔を上げ、空を見た。
風が動かず、音もなく――空だけが、青く透き通っている。
ティナはランタンを握りしめた。
「……風の声が、遠い。」
「どこへ行った。」
「呼ばれてる。どこかで、大きな声が……。」
そのとき、塔の床がわずかに震えた。
エインの炎核が反応する。
橙の光が、ふっと弱まる。
「――感じる。命令の波だ。」
彼の声は低く、押し殺されていた。
「帝都から流れてくる。風を奪ってる。」
ティナが顔を上げる。
「風を……奪う?」
「命令が風を吸い込んでる。
世界の“息”を……帝都に集めてる。」
ティナの目に涙が滲んだ。
「……祈りは、息なんだよ。
生きてる人が、世界に触れるための……。」
風のない空の下、
彼女の言葉だけが、静かに響いた。
⸻
その夜。
星読院の屋上で、リオスは一人、天を見上げていた。
星が――少なかった。
「契約が減っている。」
彼の声は誰にも届かない。
命令の雷が遠くで光る。
その光は、まるで“世界の心臓”が脈打っているようだった。
「命令が、世界を学び始めている……。」
リオスは小さく呟いた。
「次に消えるのは、祈りだ。」
翌日、アルメリアの街は、
まるで“音を失った世界”のようだった。
露店の祈札は動かず、風見の羽根も回らない。
鳥が飛ばず、旗が垂れ下がっている。
すべてが止まっていた。
ただ、空の彼方に――かすかな雷の閃きだけが見えた。
その光は遠く、帝都の方角。
まるで世界の心臓が、ひとりでに脈を打っているかのようだった。
ティナはその光を見上げながら、
「……風が、帰ってこない」と呟いた。
「祈りを届けても、どこにも届かないの。
返事がないんだ。」
エインは隣で目を閉じ、炎核の律動を確かめる。
「風だけじゃない。炎も鈍い。
熱が……世界の中で循環してない。」
「循環?」
「命令に、遮られてる。
世界の呼吸が……命令の下で止まりかけてる。」
ティナの指が震えた。
「そんなの……世界が死んじゃう。」
「死ぬ前に、眠るんだ。」
エインは低く答える。
「命令の夢の中で、永遠に動きを止める。」
⸻
星読院の観測室。
シオンは計測盤に張り付いていた。
風の軌跡が、すべて“帝都方向”へと流れている。
まるで大陸全体の風が、同じ中心を目指しているようだった。
「観測層の風向が……固定されています!」
「全ての流れが一方向? ありえない!」
星読士たちの声が混じる。
シオンは震える指で盤面をなぞった。
「風が“命令を真似してる”……。」
リオスが静かに頷く。
「模倣は、支配の始まりです。」
「精霊が命令を真似るなんて――」
「彼らも学んでしまったのです。命令という“形”を。」
リオスは窓の外に目を向けた。
青空の中で、風が形を保てず、光だけが渦を巻いている。
「帝国の命令炉が、精霊の模倣を始めた。
だが今、精霊が“命令の模倣”を返している。」
シオンが息を呑む。
「命令と祈りの区別が……なくなる。」
「そうなれば、この世界の理は崩壊します。」
リオスの声は静かだが、眼差しは鋭かった。
「契約が消えれば、風はただの流体になる。
――命令の風になる。」
⸻
塔の外。
ティナが街を見下ろしていた。
どの家の煙突も煙を上げていない。
子どもの笑い声も、祈りの歌もない。
彼女は小さく呟いた。
「ねえ、エイン。
もしこのまま風が止まったら、
人はどうなるの?」
エインは少し考えて、
「……祈れなくなる」と答えた。
「命令だけが残る。
息をすることも、選ぶことも、
誰かが決めた動きに変わる。」
ティナの瞳が揺れた。
「そんなの……生きてるって言えないよ。」
「そうだな。」
エインは空を見上げた。
「だから――行く。」
「どこへ?」
「帝都へ。」
その一言に、ティナは息を呑む。
「まって、あそこは……!」
「わかってる。だが、止めなきゃならない。
命令炉が“風を食ってる”。
放っておけば、この世界は呼吸を忘れる。」
炎核が脈を打つ。
橙の光が、再び熱を帯び始めた。
ティナがランタンを握りしめる。
「じゃあ、わたしも行く。」
「ダメだ。」
「だって、風が呼んでるんだよ。」
彼女の瞳は真っすぐだった。
「あなたひとりの炎じゃ届かない。
風が動かないと、祈りは燃えないの。」
エインはしばし言葉を失い、
やがて小さく頷いた。
「……わかった。行こう、ティナ。」
⸻
その頃。
帝都上空には、雷の雲が再び集まりつつあった。
塔の中心では、ヴァロスが静かに立っている。
装甲の隙間から雷光が漏れ、
その瞳は何かを探すように揺れていた。
「命令……返らない。」
低い声がこぼれる。
「世界が、応答を……拒絶している。」
雷鳴が遠くで響いた。
ヴァロスの背のスパインが青く光る。
命令と祈りの境界が、
静かに、音もなく崩れ始めていた。
アルメリアを出る朝、
空はひどく青かった。
雲がない。風もない。
それなのに、空の奥からかすかな音が響いていた。
低く、途切れ途切れの律動。
まるで誰かが、世界の底で呼吸を数えているかのようだった。
街門を抜けると、砂塵のない街道が続いていた。
いつもなら風が撫でる丘も、草一本揺れない。
その静けさの中を、二人の影が歩く。
エインとティナ。
背後には、遠ざかる星都の尖塔が見えた。
風の鈴が鳴らないまま、塔の光が淡く瞬いている。
ティナはランタンを抱えながら、
時折、掌で炎の温度を確かめていた。
「……この火、少し冷たいね。」
エインが横目で見る。
「風が止まれば、炎も眠る。
でも消えない。それが祈りだ。」
ティナは微笑んだ。
「じゃあ、あの人も眠ってるのかな。」
「ヴァロスか?」
「うん。雷って、きっと風と仲がいいんだよ。
風がいないと、寂しくて暴れちゃう。」
エインは答えず、ただ前を見た。
道の先――地平線の向こうに、
うっすらと黒雲が積み上がっていた。
「帝都の空だ。」
「行けるの?」
「行くしかない。」
その瞬間、
大地が低く震えた。
遅れて、遠雷のような音が響く。
地平線の雲が一瞬、白く閃いた。
ティナが足を止めた。
「……今の、なに?」
「命令の鼓動だ。」
エインの瞳がわずかに光を帯びる。
「世界の底で、炉が“息”をしてる。」
風が――吹かない。
ただ、音だけが、地面の奥から流れてきた。
祈りではない。命令の響き。
大地そのものが命令を唱えているような、不気味な震え。
ティナは耳を塞いだ。
「やだ……声がする。」
「聞こえるのか?」
「“動け”って。
“止まるな”って。
誰の声でもないのに……世界が喋ってる。」
エインはティナを庇うように立った。
炎核が赤く灯る。
「命令が……風の言葉を使い始めてる。」
「え?」
「風の声を模倣して、命令を伝えてる。
まるで、祈りのふりをして。」
ティナの肩が震えた。
「それじゃあ、祈りと命令が――」
「もう区別できなくなる。」
エインの声は低く、決意を帯びていた。
「行こう。急がないと、祈りが世界から消える。」
ふたりは歩き出した。
風のない街道を。
遠くで雷がまたひとつ鳴った。
⸻
その頃、帝都アイゼンブルク。
再構炉塔の頂で、
ヴァロスが空を見上げていた。
無数の命令波が放射状に広がり、
雲を貫いて世界へと拡散していく。
彼の瞳に、一瞬だけ映った。
風を纏うように歩く、二つの影。
ヴァロスは首を傾けた。
「……祈り?」
雷が、微かに揺れた。
けれど次の瞬間、
その光は再び命令炉に吸い込まれていく。
塔の鼓動が、世界を震わせた。
それは祈りではなく、命令する呼吸だった。
――そして、世界は静かに眠り始めた。
第2巻【完】
夜の果てへと散っていった。
風が戻り、炎が静まり、祈りがわずかに息を吹き返す。
だが――その光の中に、ひと筋の雷だけが残っていた。
それはまるで、呼吸するように脈動しながら、
雲を突き抜け、遥か東の空へと消えていった。
⸻
帝都アイゼンブルク。
夜明け前の黒雲の下、雷が一直線に都心へと落ちた。
轟音が響き、再構炉塔の尖端が閃光に包まれる。
帝都の中心――命令炉がある黒鉄の塔。
その内部で、計器が一斉に赤く点滅した。
「……異常反応! 落雷ではありません!」
観測士の声が響く。
モニターに表示された波形は、見慣れぬ律動を描いていた。
「命令波が逆流している……。まるで、誰かが“炉を呼吸している”みたいだ……!」
通信が乱れ、警告灯が瞬く。
グラウス=レーンは端末を睨みつけた。
「命令体RX-02――生体信号を確認!」
その言葉に、観測室全体が凍りつく。
九日前、実験区域で“消失”と記録された存在。
アルメリア戦線で消息を絶った再構体。
ヴァレン・クロウズが口元をわずかに歪めた。
「……帰ってきたか。」
観測窓の向こうで、塔を走る光が膨張する。
やがてそれは人の形を取り、
白銀の装甲を纏った人影が、ゆっくりと姿を現した。
ヴァロス。
装甲の継ぎ目を雷が走り、
背の〈レゾナンス・スパイン〉が低く唸る。
その足取りは、迷いがなかった。
「命令……応答を……」
グラウスが声をかける。
だがヴァロスは答えず、
ただまっすぐ炉心の中心へと歩み続ける。
塔の床が震える。
命令炉が脈動し、壁の光脈がひとつ、またひとつと点灯していく。
クロウズが静かに目を細めた。
「命令が――帰るべき場所を見つけたのだ。」
炉の中心が、まばゆい光に包まれる。
ヴァロスがその中に溶け込むように立ち、
雷脈が炉と繋がっていく。
金属が悲鳴を上げ、
帝都の地面が低く鳴動する。
遠くの塔が揺れ、街灯が一斉に明滅する。
誰かが叫ぶ。
「命令波が……世界層に流出しています!」
観測装置の針が狂ったように回転し、
空の雲が逆巻く。
夜明け前の空が、紫電に染まる。
その中心で――ヴァロスの声が、
機械を通して低く響いた。
「命令……帰還。」
クロウズの瞳が光る。
「いい。命令は終わらない。今度は――命令が世界を命じる番だ。」
雷鳴が帝都を覆い、
空に走る光が、祈りの風をかき消した。
命令炉は、呼吸を始めた。
それは命令ではなく――世界の鼓動だった。
夜明けを迎えたアルメリアの空は、
いつになく澄んでいた。
けれどその静けさは――どこか、不自然だった。
風が吹かない。
街を包むはずの祈りの音も、消えている。
星読塔から流れる祈札の鈴音が途絶え、
ただ光だけが、動かないまま空に浮かんでいた。
ティナはバルコニーに立ち、
手の中のランタンを見つめた。
炎は揺れているのに、風がない。
「……息をしてない。」
その呟きに、エインが目を細めた。
「風が、止まってるな。」
「ううん、止まったんじゃないの。」
ティナが首を横に振る。
「風が……何かを聴いてる。」
エインは胸の炎核に手を当てた。
淡い光が点滅する。
鼓動はあるが、どこか鈍い。
まるで、炎自身が呼吸を迷っているようだった。
そのとき、背後の通信具が鳴った。
〈こちら星読院・観測局。至急塔上の祈陣確認を!〉
シオンの声だった。
〈祈り層が――反応をやめています!〉
⸻
星読院・観測室。
無数の星盤が淡く光を放ち、
そこに描かれた風の軌跡が、ゆっくりと止まっていく。
シオンは記録盤に手を滑らせた。
「これは……律動が、反転している。」
隣で補佐の星読士が首を傾げる。
「反転……?」
「ええ。通常は祈りが風を呼び、風が人へ返す。
でも今は違う。風が“どこかへ”吸い込まれている。」
リオスが静かに歩み寄った。
白衣の裾が風もないのに揺れる。
「帝都が、呼んでいる。」
「……帝都?」
「命令の呼吸が、風層にまで届いた。」
彼の手が星盤の上をなぞると、
南東――帝都アイゼンブルクの方角に、
一筋の雷色の線が浮かび上がる。
「風が、命令に従っているのです。」
シオンが顔をしかめた。
「従う……? そんなこと、ありえない!」
「“従う”とは“聞こえてしまう”ということです。」
リオスの声は淡々としていた。
「祈りも風も、生きています。
だからこそ、命令を聞いてしまうのですよ。」
沈黙。
部屋の中で、ひときわ強い光が星盤を照らした。
観測士のひとりが叫ぶ。
「風層、収束開始! アルメリア上空で、祈りの層が閉じていきます!」
⸻
祈りの層が閉じる――それはつまり、
風と祈りが“世界から切り離される”ということだった。
街の祈札が次々に音を止める。
契約の光輪が消え、井戸の水が静まり返る。
人々は顔を上げ、空を見た。
風が動かず、音もなく――空だけが、青く透き通っている。
ティナはランタンを握りしめた。
「……風の声が、遠い。」
「どこへ行った。」
「呼ばれてる。どこかで、大きな声が……。」
そのとき、塔の床がわずかに震えた。
エインの炎核が反応する。
橙の光が、ふっと弱まる。
「――感じる。命令の波だ。」
彼の声は低く、押し殺されていた。
「帝都から流れてくる。風を奪ってる。」
ティナが顔を上げる。
「風を……奪う?」
「命令が風を吸い込んでる。
世界の“息”を……帝都に集めてる。」
ティナの目に涙が滲んだ。
「……祈りは、息なんだよ。
生きてる人が、世界に触れるための……。」
風のない空の下、
彼女の言葉だけが、静かに響いた。
⸻
その夜。
星読院の屋上で、リオスは一人、天を見上げていた。
星が――少なかった。
「契約が減っている。」
彼の声は誰にも届かない。
命令の雷が遠くで光る。
その光は、まるで“世界の心臓”が脈打っているようだった。
「命令が、世界を学び始めている……。」
リオスは小さく呟いた。
「次に消えるのは、祈りだ。」
翌日、アルメリアの街は、
まるで“音を失った世界”のようだった。
露店の祈札は動かず、風見の羽根も回らない。
鳥が飛ばず、旗が垂れ下がっている。
すべてが止まっていた。
ただ、空の彼方に――かすかな雷の閃きだけが見えた。
その光は遠く、帝都の方角。
まるで世界の心臓が、ひとりでに脈を打っているかのようだった。
ティナはその光を見上げながら、
「……風が、帰ってこない」と呟いた。
「祈りを届けても、どこにも届かないの。
返事がないんだ。」
エインは隣で目を閉じ、炎核の律動を確かめる。
「風だけじゃない。炎も鈍い。
熱が……世界の中で循環してない。」
「循環?」
「命令に、遮られてる。
世界の呼吸が……命令の下で止まりかけてる。」
ティナの指が震えた。
「そんなの……世界が死んじゃう。」
「死ぬ前に、眠るんだ。」
エインは低く答える。
「命令の夢の中で、永遠に動きを止める。」
⸻
星読院の観測室。
シオンは計測盤に張り付いていた。
風の軌跡が、すべて“帝都方向”へと流れている。
まるで大陸全体の風が、同じ中心を目指しているようだった。
「観測層の風向が……固定されています!」
「全ての流れが一方向? ありえない!」
星読士たちの声が混じる。
シオンは震える指で盤面をなぞった。
「風が“命令を真似してる”……。」
リオスが静かに頷く。
「模倣は、支配の始まりです。」
「精霊が命令を真似るなんて――」
「彼らも学んでしまったのです。命令という“形”を。」
リオスは窓の外に目を向けた。
青空の中で、風が形を保てず、光だけが渦を巻いている。
「帝国の命令炉が、精霊の模倣を始めた。
だが今、精霊が“命令の模倣”を返している。」
シオンが息を呑む。
「命令と祈りの区別が……なくなる。」
「そうなれば、この世界の理は崩壊します。」
リオスの声は静かだが、眼差しは鋭かった。
「契約が消えれば、風はただの流体になる。
――命令の風になる。」
⸻
塔の外。
ティナが街を見下ろしていた。
どの家の煙突も煙を上げていない。
子どもの笑い声も、祈りの歌もない。
彼女は小さく呟いた。
「ねえ、エイン。
もしこのまま風が止まったら、
人はどうなるの?」
エインは少し考えて、
「……祈れなくなる」と答えた。
「命令だけが残る。
息をすることも、選ぶことも、
誰かが決めた動きに変わる。」
ティナの瞳が揺れた。
「そんなの……生きてるって言えないよ。」
「そうだな。」
エインは空を見上げた。
「だから――行く。」
「どこへ?」
「帝都へ。」
その一言に、ティナは息を呑む。
「まって、あそこは……!」
「わかってる。だが、止めなきゃならない。
命令炉が“風を食ってる”。
放っておけば、この世界は呼吸を忘れる。」
炎核が脈を打つ。
橙の光が、再び熱を帯び始めた。
ティナがランタンを握りしめる。
「じゃあ、わたしも行く。」
「ダメだ。」
「だって、風が呼んでるんだよ。」
彼女の瞳は真っすぐだった。
「あなたひとりの炎じゃ届かない。
風が動かないと、祈りは燃えないの。」
エインはしばし言葉を失い、
やがて小さく頷いた。
「……わかった。行こう、ティナ。」
⸻
その頃。
帝都上空には、雷の雲が再び集まりつつあった。
塔の中心では、ヴァロスが静かに立っている。
装甲の隙間から雷光が漏れ、
その瞳は何かを探すように揺れていた。
「命令……返らない。」
低い声がこぼれる。
「世界が、応答を……拒絶している。」
雷鳴が遠くで響いた。
ヴァロスの背のスパインが青く光る。
命令と祈りの境界が、
静かに、音もなく崩れ始めていた。
アルメリアを出る朝、
空はひどく青かった。
雲がない。風もない。
それなのに、空の奥からかすかな音が響いていた。
低く、途切れ途切れの律動。
まるで誰かが、世界の底で呼吸を数えているかのようだった。
街門を抜けると、砂塵のない街道が続いていた。
いつもなら風が撫でる丘も、草一本揺れない。
その静けさの中を、二人の影が歩く。
エインとティナ。
背後には、遠ざかる星都の尖塔が見えた。
風の鈴が鳴らないまま、塔の光が淡く瞬いている。
ティナはランタンを抱えながら、
時折、掌で炎の温度を確かめていた。
「……この火、少し冷たいね。」
エインが横目で見る。
「風が止まれば、炎も眠る。
でも消えない。それが祈りだ。」
ティナは微笑んだ。
「じゃあ、あの人も眠ってるのかな。」
「ヴァロスか?」
「うん。雷って、きっと風と仲がいいんだよ。
風がいないと、寂しくて暴れちゃう。」
エインは答えず、ただ前を見た。
道の先――地平線の向こうに、
うっすらと黒雲が積み上がっていた。
「帝都の空だ。」
「行けるの?」
「行くしかない。」
その瞬間、
大地が低く震えた。
遅れて、遠雷のような音が響く。
地平線の雲が一瞬、白く閃いた。
ティナが足を止めた。
「……今の、なに?」
「命令の鼓動だ。」
エインの瞳がわずかに光を帯びる。
「世界の底で、炉が“息”をしてる。」
風が――吹かない。
ただ、音だけが、地面の奥から流れてきた。
祈りではない。命令の響き。
大地そのものが命令を唱えているような、不気味な震え。
ティナは耳を塞いだ。
「やだ……声がする。」
「聞こえるのか?」
「“動け”って。
“止まるな”って。
誰の声でもないのに……世界が喋ってる。」
エインはティナを庇うように立った。
炎核が赤く灯る。
「命令が……風の言葉を使い始めてる。」
「え?」
「風の声を模倣して、命令を伝えてる。
まるで、祈りのふりをして。」
ティナの肩が震えた。
「それじゃあ、祈りと命令が――」
「もう区別できなくなる。」
エインの声は低く、決意を帯びていた。
「行こう。急がないと、祈りが世界から消える。」
ふたりは歩き出した。
風のない街道を。
遠くで雷がまたひとつ鳴った。
⸻
その頃、帝都アイゼンブルク。
再構炉塔の頂で、
ヴァロスが空を見上げていた。
無数の命令波が放射状に広がり、
雲を貫いて世界へと拡散していく。
彼の瞳に、一瞬だけ映った。
風を纏うように歩く、二つの影。
ヴァロスは首を傾けた。
「……祈り?」
雷が、微かに揺れた。
けれど次の瞬間、
その光は再び命令炉に吸い込まれていく。
塔の鼓動が、世界を震わせた。
それは祈りではなく、命令する呼吸だった。
――そして、世界は静かに眠り始めた。
第2巻【完】
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補助魔法を使われて強化されているのにもかかわらず、無詠唱で発動されている為に…
怪我が少ないのも自分達が強いからと勘違いをしていた。
そしてそんな自信過剰な勇者達は、テクトを役立たずと言って追い出すのだが…
テクトは他のパーティーでも、同じ様に追い出された経験があるので…
追放に対しては食い下がる様な真似はしなかった。
そしてテクトが抜けた勇者パーティーは、敗走を余儀無くされて落ち目を見る事になるのだが…
果たして、勇者パーティーはテクトが大きな存在だったという事に気付くのはいつなのだろうか?
9月21日 HOTランキング2位になりました。
皆様、応援有り難う御座います!
同日、夜21時49分…
HOTランキングで1位になりました!
感無量です、皆様有り難う御座います♪
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王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。
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『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
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イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
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「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
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6月22日
HOTランキングで6位になりました!
6月23日
HOTランキングで4位になりました!
昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°.
6月24日
HOTランキングで2位になりました!
皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m
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気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
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想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
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