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第IV巻 再生戦線ー言葉なき神
第10話 光の裂け目
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王都ルミナリアの白い城壁は、朝の光を受けてゆっくりと青へと溶け込んでいった。
巡礼塔を出てから歩いたのは、そう遠くない距離のはずなのに――城門前の広場に立った三人は、しばらく言葉を失っていた。
人の声が、いつもより少ない。
城門前には祈りに向かう人々が並び、神官たちが迎えに立っているはずだった。
だが今日の門前は、静かすぎた。
旅人の列は極端に少なく、祈りの歌も細く途切れがち。
神官たちも皆、どこか落ち着かない足取りで視線を交わしている。
――王都も“気づいて”いる。
エインは城門を見上げた。
白の紋章が刻まれた扉は開いている。けれど、そこから流れてくるはずの祈りの気配が、薄い。
「……巡礼塔と同じ匂いがする」
シオンが、星盤を開くでもなく呟いた。
「祈りの流れが乱れている、というより……“自分の足場を探している”みたいです」
ティナはランタンを胸に抱え、城門の下へと歩み寄る。
灯を掲げる必要はないのに、そうしないと胸のざわつきが消えなかった。
「ここでも、何か起きてるんだね……」
「塔ほどじゃないが、落ち着いてはいないな」
エインは周囲を見渡す。
「昨夜の影が、王都にまで届いたわけじゃなさそうだが……近い」
門番の神官が、三人に気づいて近づいてきた。
その視線はどこか険しいが、敵意ではない。
警戒と、不安が混じっていた。
「――そなたら、王都に用か。
巡礼塔の神官殿から、異変の報せが届いている。詳しい話を聞かせてくれ」
ティナが前に出ようとしたとき、エインが軽く手を挙げる。
視線は優しくなかったが、止めるというより“前に出るのは自分だ”という合図だった。
「塔で神官が三人倒れていた。命に別状はない。
ただ……意識が戻っていない」
神官の顔色が変わる。
「やはり……祈りの火が弱かったのは、そのせいか」
「塔の祈りは、誰かに壊されたわけじゃない」
ティナが静かに言う。
「でも、触れられたみたいなんだ。
優しくもなく、強くもなく……“ちょん”と押された感じ」
その言葉は素朴なのに、門番の神官は深く頷いた。
「……分かる気がする。
昨夜から、祈っても胸の奥にしっかり落ちない。
届く前に手を離されるような……そんな感覚があるのだ」
シオンが口を開く。
「ここから先は、神殿で直接説明したほうがいいでしょう。
聖女殿も、今日の朝に戻られたはずです」
神官は顔を上げ、城内を指さす。
「神殿へ。案内は不要だろう。
……くれぐれも、気をつけて進んでくれ。
王都は無事だ。だが、揺れは確かに始まっている」
エインは短く礼をして歩き出す。
ティナもシオンもそれに続いた。
城門をくぐった瞬間、三人は感じた。
祈りの街ルミナリア――その空気を満たす光が、いつもより“軽い”。
光が弱ったのではない。
祈りが沈むのでもない。
ただ――何かが、まだ名もない影が、
“触れてきた事実だけ”が、街のどこかに残っている。
その違和感が、肌の上を静かに流れた。
「……急ごう」
ティナが囁いた。
ランタンの灯は揺れていない。
それでも、足は自然と速くなる。
王都の心臓部――大聖堂まで、あと少し。
ルミナリアの“祈りの中心”がどう感じ、どう応えるのか。
その最初の答えが、すぐそこに待っている。
大聖堂は、王都のどの建物より静かだった。
大理石の柱が並び、天井の高窓から落ちる光は、まるで空気そのものを固めたように白く澄んでいる。
ティナは扉の前で立ち止まり、ランタンを胸の前に抱え直した。
「……ここ、前より静かですね」
エインは辺りを見回し、わずかに頷いた。
「祈りが弱ってるわけじゃない。
ただ……“揺れた”痕が残ってる。巡礼塔と似てる」
シオンは星盤を閉じたまま、ゆっくりと扉を押した。
中は広く、空気に張りつめたような清冽さがあった。
聖騎士たちが整列し、中央の祭壇の前に聖女セリシアが立っていた。
金糸の法衣、その胸元に輝く光輪の紋章。
その凛とした立ち姿には威厳があるが、肩がほんのわずかにこわばっていた。
セリシアの視線が、ゆっくりと三人へ向けられる。
「――遠路、ご苦労でした。
巡礼塔の報せは届いています。
詳細を、ここで聞かせてください」
声は落ち着いていたが、昨夜の会議で見せた揺らぎは完全には消えていない。
エインは一歩前に出た。
「塔で、神官が三人倒れていた。
生きてるが、意識は戻っていない。
外傷はない。“触れられただけ”の痕跡がある」
「触れられただけ……?」
セリシアが眉を寄せる。
シオンが続ける。
「祈りの流れが、ごく弱い力で乱されています。
命令波そのものではありません。
ただ、帝国が使っていた“型”の一部を真似したような……そんな残響が残っていました」
聖騎士たちの表情が引き締まる。
祭壇の近くにいた神官長は、信じがたいという色を隠さなかった。
「命令……あの帝国の技か?
だが、命令炉は壊滅したはずだ。誰がそんなものを――」
「“誰か”とは断定できません」
シオンが静かに首を振る。
「ただ、何かが試されているのは確かです。
張り付ける命令でもなく、動かす命令でもない。
ただ触れて、祈りを落とす……そんな浅い段階のものです」
ティナは祭壇の灯に視線を向け、両手でランタンを包むように持ち上げた。
「巡礼塔では、灯りが……とても重く感じました。
火は消えていないのに、光が伸びなくて……
“遠くから触られた”みたいに」
セリシアの表情がわずかに揺れる。
「王都でも、同じ気配を感じる場がいくつかありました……。
祈りの深部ではなく、表層が揺れたような……そんな違和感です」
「塔と同じですね」
シオンが頷く。
「深い場所には届いていない。
ただ、“扉を軽く叩かれた”ような痕跡だけが残っている」
神官長が前に出る。
「聖女様、王へ報告し――」
「いいえ」
セリシアが手を挙げ、言葉を制した。
動きは静かだが、その決意は固い。
「これは“祈りの問題”です。
まずは、私が判断します。
王都が揺らがぬようにするのも、私の役目です」
エインはその横顔を見つめた。
迷いが完全に消えたわけではないが、昨夜の会議よりも強い光が宿っていた。
「……俺たちは、どう動けばいい?」
セリシアは真っ直ぐに答える。
「巡礼塔の神官たちの状態を、もう一度確認したい。
あなた方の目で見たこと、感じたこと……
それを、すべて記録として積み上げます。
王都の祈りを守るために必要な資料です」
ティナが小さく頷く。
「はい……。
わたしの灯でも、何かお役に立てるなら」
セリシアは彼女へ向けて、初めて柔らかい表情を見せた。
「その灯は……揺れていませんね」
「……ええ。
あの塔の中でも、ここでも……
この灯だけは、触れられていない気がします」
「ならば、なおさら大切にしてください」
セリシアは静かに言う。
「祈りの揺らぎは、光が拾います。
その灯を“指針”として、再度調査をお願いします」
エインはセリシアの言葉を短く受け止めた。
「……分かった。すぐに向かう」
ティナのランタンが、聖堂の床に淡い光を落とす。
その灯だけが、王都に残る不安の影をゆっくり押し返すように見えた。
大聖堂を出ると、外の空気はほんのわずかに温度を失っていた。
朝の光は確かに差しているのに、街路を渡る風だけがどこか落ち着かない。
祈りが弱っているわけではない――ただ、“揺れた跡”がそのまま残っている。
「……戻ろうか、エイン」
ティナがランタンを胸に抱えながら、小さく声をかけた。
その声はいつもより静かだったが、不安ではなく“覚悟”の重さがあった。
「ああ。セリシアの言うとおり、もう一度確かめたほうがいい」
エインは振り返らずに歩き出す。
大聖堂の白壁が背に離れていくにつれ、胸の奥の炎核が、微かに脈を打つ。
シオンは隣を歩きながら、肩にかけた星盤を指先で軽く叩いた。
「……巡礼塔に残した観測痕を、もう一度読み直したいですね。
あの“触れ痕”は、おそらく一度きりの偶然ではありません」
「誰かが意図して触れた……ってことですか?」
ティナが振り向く。
彼女の声は丁寧だが、揺れが隠せない。
「強い意図ではありません。
ただ……“何か”が、祈りへ手を伸ばしている。それだけは確かです」
城下の石畳に靴音が響く。
朝の通りは以前より人影がまばらで、祈りを捧げる姿はあるのに、どこか急ぎ足だった。
人々の間に漂うのは恐怖ではない。
ただ、言葉にならない“落ち着かない気配”。
王都の光輪は健在なのに、誰もが無意識に空を見上げていた。
「……王都の人たちも、気づいてるんだね」
ティナがつぶやく。
エインは視線を前へ固定したまま、短く答えた。
「祈りの国だ。空気の変化に敏いのは当然だろう」
その言葉にシオンが頷く。
「ええ。祈りは風や光と同じ“流れ”ですから。
大きく乱れなくても、揺れただけで人は気づくものです」
三人が城門に近づくと、先ほどの門番神官が再び立ちふさがった。
警戒というより、“見守るような”表情だった。
「……再び塔へ向かうのか?」
「ええ。戻って、様子を確かめます」
ティナが丁寧に頭を下げる。
神官は少しのあいだ三人を見つめ、それから小さく言った。
「祈りの国は、祈りだけでは立っていない。
人の目と手も必要だ。……頼む」
その一言を受けて、エインはわずかに顎を引いた。
「できる範囲で、見てくる」
神官が門を開く。
外の光が差し込み、風が一筋、三人の頬をかすめた。
街を抜け、城壁の影が徐々に遠ざかるにつれて、
巡礼塔のある丘が見えてきた。
昨日と変わらない位置にあるはずなのに、その輪郭はどこか薄く揺れて見える。
「……急いだほうがいいかもしれません」
シオンが星盤を押さえながら速度を上げた。
「祈りの流れが、少しだけ……傾いています」
ティナは息を整え、ランタンを握り直す。
灯は揺れていない。
だが、灯を通して感じる“空気のわずかな変化”が、胸に刺さる。
「エイン、気をつけて。
……さっきより、空気が冷たい」
「ああ。感じている」
巡礼塔は、朝の光を浴びているにもかかわらず、
その影だけが周囲の風景からゆっくりと浮き上がって見えた。
まるで“塔そのものが呼吸を止めている”ように。
三人は足を止めた。
昨日と同じ塔なのに、昨日とは違う何かがそこにある。
「……中が、静かすぎる」
エインが言う。
「祈りの音が戻っていませんね」
シオンが星盤を開いた。
光の粒が静かに浮かび、塔の周囲を測る。
ティナが一歩前へ進んだ。
ランタンが、塔の影に柔らかく光を落とす。
「エイン……」
彼女は、ほんの少しだけ声を落とした。
「……昨日より、嫌な感じがします」
塔の扉は閉じていない。
なのに、風が入り込む気配も、光が流れ込む気配もなかった。
まるで――
塔の中だけが、世界から切り離されているようだった。
巡礼塔の内部は、外から見たよりもずっと広かった。
螺旋状の回廊がゆるやかに上へと続き、壁面には古い祈りの文様が刻まれている。
細い窓から差し込む昼光が揺れ、塔そのものが息をしているように感じられた。
「……風が弱い」
シオンが小さく呟く。
回廊を満たす風は本来、ルミナリアの“祈りの流れ”そのもの。
祈りがあれば風は優しく巡り、途絶えれば鈍く濁る。
ティナは足を止め、壁の文様にそっと指を触れた。
「この塔……もっと、あたたかい感じだったよね。前は。」
「ああ。ここまで重い空気じゃなかった」
エインは周囲を警戒し、足音を吸い込むような静けさに眉を寄せた。
回廊を進むと、塔の中腹にある観測室が見えてきた。
室内には、光を帯びた円盤が据えられている。
ルミナリアの祈風盤──風の流れを読むための祈りの器だ。
祈風盤の前に、聖騎士が二名立っていた。
王都からの急報を受け、先に塔を調べていたらしい。
「エイン殿、ティナ殿、シオン殿ですね。お待ちしていました」
「何か分かった?」ティナが一歩踏み出す。
聖騎士は頷いたが、その表情は険しい。
「祈風盤の指針が……北ではなく、塔の真上を指しています。
まるで、空そのものが“別の流れ”を押しつけているようで」
「別の流れ……?」
ティナが眉を寄せる。
シオンは祈風盤に手をかざし、盤面に浮かぶ淡光を読み取った。
光は震えていた。風の流れが安定していない証拠だ。
「……これは、自然じゃありませんね。風が怯えている」
「怯える?」エインが問う。
「はい。風というのは本来、祈りの中で自由です。けれど今は……押さえつけられている。
何かが“風の道”を奪おうとしている」
聖騎士が息を呑む。
「そんな……これは天災ではなく、何者かの仕業だと?」
「断定はできませんが──」
シオンは淡い光を見据えたまま、小さく首を振った。
「ただ、風は嘘をつきません。誰かが触れた痕跡があります。強い意志のような……何かの影響です」
ティナは小さく震えた。
「……じゃあ、王都の異変と同じ?」
エインは無言で天井を見上げた。
塔の真上。まるで空に、誰かが立っているかのように。
「──まだ確かじゃない。けど」
彼はゆっくりと拳を握る。
「こいつは、もっと大きな何かに繋がってる気がする」
静かな回廊に、風のない風が擦れるような感覚が走った。
それは、まだ名もない兆し。
だが近い未来、この塔の上空に“本物”が現れることを、誰も知らない。
巡礼塔を出てから歩いたのは、そう遠くない距離のはずなのに――城門前の広場に立った三人は、しばらく言葉を失っていた。
人の声が、いつもより少ない。
城門前には祈りに向かう人々が並び、神官たちが迎えに立っているはずだった。
だが今日の門前は、静かすぎた。
旅人の列は極端に少なく、祈りの歌も細く途切れがち。
神官たちも皆、どこか落ち着かない足取りで視線を交わしている。
――王都も“気づいて”いる。
エインは城門を見上げた。
白の紋章が刻まれた扉は開いている。けれど、そこから流れてくるはずの祈りの気配が、薄い。
「……巡礼塔と同じ匂いがする」
シオンが、星盤を開くでもなく呟いた。
「祈りの流れが乱れている、というより……“自分の足場を探している”みたいです」
ティナはランタンを胸に抱え、城門の下へと歩み寄る。
灯を掲げる必要はないのに、そうしないと胸のざわつきが消えなかった。
「ここでも、何か起きてるんだね……」
「塔ほどじゃないが、落ち着いてはいないな」
エインは周囲を見渡す。
「昨夜の影が、王都にまで届いたわけじゃなさそうだが……近い」
門番の神官が、三人に気づいて近づいてきた。
その視線はどこか険しいが、敵意ではない。
警戒と、不安が混じっていた。
「――そなたら、王都に用か。
巡礼塔の神官殿から、異変の報せが届いている。詳しい話を聞かせてくれ」
ティナが前に出ようとしたとき、エインが軽く手を挙げる。
視線は優しくなかったが、止めるというより“前に出るのは自分だ”という合図だった。
「塔で神官が三人倒れていた。命に別状はない。
ただ……意識が戻っていない」
神官の顔色が変わる。
「やはり……祈りの火が弱かったのは、そのせいか」
「塔の祈りは、誰かに壊されたわけじゃない」
ティナが静かに言う。
「でも、触れられたみたいなんだ。
優しくもなく、強くもなく……“ちょん”と押された感じ」
その言葉は素朴なのに、門番の神官は深く頷いた。
「……分かる気がする。
昨夜から、祈っても胸の奥にしっかり落ちない。
届く前に手を離されるような……そんな感覚があるのだ」
シオンが口を開く。
「ここから先は、神殿で直接説明したほうがいいでしょう。
聖女殿も、今日の朝に戻られたはずです」
神官は顔を上げ、城内を指さす。
「神殿へ。案内は不要だろう。
……くれぐれも、気をつけて進んでくれ。
王都は無事だ。だが、揺れは確かに始まっている」
エインは短く礼をして歩き出す。
ティナもシオンもそれに続いた。
城門をくぐった瞬間、三人は感じた。
祈りの街ルミナリア――その空気を満たす光が、いつもより“軽い”。
光が弱ったのではない。
祈りが沈むのでもない。
ただ――何かが、まだ名もない影が、
“触れてきた事実だけ”が、街のどこかに残っている。
その違和感が、肌の上を静かに流れた。
「……急ごう」
ティナが囁いた。
ランタンの灯は揺れていない。
それでも、足は自然と速くなる。
王都の心臓部――大聖堂まで、あと少し。
ルミナリアの“祈りの中心”がどう感じ、どう応えるのか。
その最初の答えが、すぐそこに待っている。
大聖堂は、王都のどの建物より静かだった。
大理石の柱が並び、天井の高窓から落ちる光は、まるで空気そのものを固めたように白く澄んでいる。
ティナは扉の前で立ち止まり、ランタンを胸の前に抱え直した。
「……ここ、前より静かですね」
エインは辺りを見回し、わずかに頷いた。
「祈りが弱ってるわけじゃない。
ただ……“揺れた”痕が残ってる。巡礼塔と似てる」
シオンは星盤を閉じたまま、ゆっくりと扉を押した。
中は広く、空気に張りつめたような清冽さがあった。
聖騎士たちが整列し、中央の祭壇の前に聖女セリシアが立っていた。
金糸の法衣、その胸元に輝く光輪の紋章。
その凛とした立ち姿には威厳があるが、肩がほんのわずかにこわばっていた。
セリシアの視線が、ゆっくりと三人へ向けられる。
「――遠路、ご苦労でした。
巡礼塔の報せは届いています。
詳細を、ここで聞かせてください」
声は落ち着いていたが、昨夜の会議で見せた揺らぎは完全には消えていない。
エインは一歩前に出た。
「塔で、神官が三人倒れていた。
生きてるが、意識は戻っていない。
外傷はない。“触れられただけ”の痕跡がある」
「触れられただけ……?」
セリシアが眉を寄せる。
シオンが続ける。
「祈りの流れが、ごく弱い力で乱されています。
命令波そのものではありません。
ただ、帝国が使っていた“型”の一部を真似したような……そんな残響が残っていました」
聖騎士たちの表情が引き締まる。
祭壇の近くにいた神官長は、信じがたいという色を隠さなかった。
「命令……あの帝国の技か?
だが、命令炉は壊滅したはずだ。誰がそんなものを――」
「“誰か”とは断定できません」
シオンが静かに首を振る。
「ただ、何かが試されているのは確かです。
張り付ける命令でもなく、動かす命令でもない。
ただ触れて、祈りを落とす……そんな浅い段階のものです」
ティナは祭壇の灯に視線を向け、両手でランタンを包むように持ち上げた。
「巡礼塔では、灯りが……とても重く感じました。
火は消えていないのに、光が伸びなくて……
“遠くから触られた”みたいに」
セリシアの表情がわずかに揺れる。
「王都でも、同じ気配を感じる場がいくつかありました……。
祈りの深部ではなく、表層が揺れたような……そんな違和感です」
「塔と同じですね」
シオンが頷く。
「深い場所には届いていない。
ただ、“扉を軽く叩かれた”ような痕跡だけが残っている」
神官長が前に出る。
「聖女様、王へ報告し――」
「いいえ」
セリシアが手を挙げ、言葉を制した。
動きは静かだが、その決意は固い。
「これは“祈りの問題”です。
まずは、私が判断します。
王都が揺らがぬようにするのも、私の役目です」
エインはその横顔を見つめた。
迷いが完全に消えたわけではないが、昨夜の会議よりも強い光が宿っていた。
「……俺たちは、どう動けばいい?」
セリシアは真っ直ぐに答える。
「巡礼塔の神官たちの状態を、もう一度確認したい。
あなた方の目で見たこと、感じたこと……
それを、すべて記録として積み上げます。
王都の祈りを守るために必要な資料です」
ティナが小さく頷く。
「はい……。
わたしの灯でも、何かお役に立てるなら」
セリシアは彼女へ向けて、初めて柔らかい表情を見せた。
「その灯は……揺れていませんね」
「……ええ。
あの塔の中でも、ここでも……
この灯だけは、触れられていない気がします」
「ならば、なおさら大切にしてください」
セリシアは静かに言う。
「祈りの揺らぎは、光が拾います。
その灯を“指針”として、再度調査をお願いします」
エインはセリシアの言葉を短く受け止めた。
「……分かった。すぐに向かう」
ティナのランタンが、聖堂の床に淡い光を落とす。
その灯だけが、王都に残る不安の影をゆっくり押し返すように見えた。
大聖堂を出ると、外の空気はほんのわずかに温度を失っていた。
朝の光は確かに差しているのに、街路を渡る風だけがどこか落ち着かない。
祈りが弱っているわけではない――ただ、“揺れた跡”がそのまま残っている。
「……戻ろうか、エイン」
ティナがランタンを胸に抱えながら、小さく声をかけた。
その声はいつもより静かだったが、不安ではなく“覚悟”の重さがあった。
「ああ。セリシアの言うとおり、もう一度確かめたほうがいい」
エインは振り返らずに歩き出す。
大聖堂の白壁が背に離れていくにつれ、胸の奥の炎核が、微かに脈を打つ。
シオンは隣を歩きながら、肩にかけた星盤を指先で軽く叩いた。
「……巡礼塔に残した観測痕を、もう一度読み直したいですね。
あの“触れ痕”は、おそらく一度きりの偶然ではありません」
「誰かが意図して触れた……ってことですか?」
ティナが振り向く。
彼女の声は丁寧だが、揺れが隠せない。
「強い意図ではありません。
ただ……“何か”が、祈りへ手を伸ばしている。それだけは確かです」
城下の石畳に靴音が響く。
朝の通りは以前より人影がまばらで、祈りを捧げる姿はあるのに、どこか急ぎ足だった。
人々の間に漂うのは恐怖ではない。
ただ、言葉にならない“落ち着かない気配”。
王都の光輪は健在なのに、誰もが無意識に空を見上げていた。
「……王都の人たちも、気づいてるんだね」
ティナがつぶやく。
エインは視線を前へ固定したまま、短く答えた。
「祈りの国だ。空気の変化に敏いのは当然だろう」
その言葉にシオンが頷く。
「ええ。祈りは風や光と同じ“流れ”ですから。
大きく乱れなくても、揺れただけで人は気づくものです」
三人が城門に近づくと、先ほどの門番神官が再び立ちふさがった。
警戒というより、“見守るような”表情だった。
「……再び塔へ向かうのか?」
「ええ。戻って、様子を確かめます」
ティナが丁寧に頭を下げる。
神官は少しのあいだ三人を見つめ、それから小さく言った。
「祈りの国は、祈りだけでは立っていない。
人の目と手も必要だ。……頼む」
その一言を受けて、エインはわずかに顎を引いた。
「できる範囲で、見てくる」
神官が門を開く。
外の光が差し込み、風が一筋、三人の頬をかすめた。
街を抜け、城壁の影が徐々に遠ざかるにつれて、
巡礼塔のある丘が見えてきた。
昨日と変わらない位置にあるはずなのに、その輪郭はどこか薄く揺れて見える。
「……急いだほうがいいかもしれません」
シオンが星盤を押さえながら速度を上げた。
「祈りの流れが、少しだけ……傾いています」
ティナは息を整え、ランタンを握り直す。
灯は揺れていない。
だが、灯を通して感じる“空気のわずかな変化”が、胸に刺さる。
「エイン、気をつけて。
……さっきより、空気が冷たい」
「ああ。感じている」
巡礼塔は、朝の光を浴びているにもかかわらず、
その影だけが周囲の風景からゆっくりと浮き上がって見えた。
まるで“塔そのものが呼吸を止めている”ように。
三人は足を止めた。
昨日と同じ塔なのに、昨日とは違う何かがそこにある。
「……中が、静かすぎる」
エインが言う。
「祈りの音が戻っていませんね」
シオンが星盤を開いた。
光の粒が静かに浮かび、塔の周囲を測る。
ティナが一歩前へ進んだ。
ランタンが、塔の影に柔らかく光を落とす。
「エイン……」
彼女は、ほんの少しだけ声を落とした。
「……昨日より、嫌な感じがします」
塔の扉は閉じていない。
なのに、風が入り込む気配も、光が流れ込む気配もなかった。
まるで――
塔の中だけが、世界から切り離されているようだった。
巡礼塔の内部は、外から見たよりもずっと広かった。
螺旋状の回廊がゆるやかに上へと続き、壁面には古い祈りの文様が刻まれている。
細い窓から差し込む昼光が揺れ、塔そのものが息をしているように感じられた。
「……風が弱い」
シオンが小さく呟く。
回廊を満たす風は本来、ルミナリアの“祈りの流れ”そのもの。
祈りがあれば風は優しく巡り、途絶えれば鈍く濁る。
ティナは足を止め、壁の文様にそっと指を触れた。
「この塔……もっと、あたたかい感じだったよね。前は。」
「ああ。ここまで重い空気じゃなかった」
エインは周囲を警戒し、足音を吸い込むような静けさに眉を寄せた。
回廊を進むと、塔の中腹にある観測室が見えてきた。
室内には、光を帯びた円盤が据えられている。
ルミナリアの祈風盤──風の流れを読むための祈りの器だ。
祈風盤の前に、聖騎士が二名立っていた。
王都からの急報を受け、先に塔を調べていたらしい。
「エイン殿、ティナ殿、シオン殿ですね。お待ちしていました」
「何か分かった?」ティナが一歩踏み出す。
聖騎士は頷いたが、その表情は険しい。
「祈風盤の指針が……北ではなく、塔の真上を指しています。
まるで、空そのものが“別の流れ”を押しつけているようで」
「別の流れ……?」
ティナが眉を寄せる。
シオンは祈風盤に手をかざし、盤面に浮かぶ淡光を読み取った。
光は震えていた。風の流れが安定していない証拠だ。
「……これは、自然じゃありませんね。風が怯えている」
「怯える?」エインが問う。
「はい。風というのは本来、祈りの中で自由です。けれど今は……押さえつけられている。
何かが“風の道”を奪おうとしている」
聖騎士が息を呑む。
「そんな……これは天災ではなく、何者かの仕業だと?」
「断定はできませんが──」
シオンは淡い光を見据えたまま、小さく首を振った。
「ただ、風は嘘をつきません。誰かが触れた痕跡があります。強い意志のような……何かの影響です」
ティナは小さく震えた。
「……じゃあ、王都の異変と同じ?」
エインは無言で天井を見上げた。
塔の真上。まるで空に、誰かが立っているかのように。
「──まだ確かじゃない。けど」
彼はゆっくりと拳を握る。
「こいつは、もっと大きな何かに繋がってる気がする」
静かな回廊に、風のない風が擦れるような感覚が走った。
それは、まだ名もない兆し。
だが近い未来、この塔の上空に“本物”が現れることを、誰も知らない。
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9月21日 HOTランキング2位になりました。
皆様、応援有り難う御座います!
同日、夜21時49分…
HOTランキングで1位になりました!
感無量です、皆様有り難う御座います♪
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そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
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6月22日
HOTランキングで6位になりました!
6月23日
HOTランキングで4位になりました!
昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°.
6月24日
HOTランキングで2位になりました!
皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m
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気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
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気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
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ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
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