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第3章 組織の影
第11話 赤色灯の下で
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桐ノ宮署の詰所。
朝からどこか落ち着かない空気が漂っていた。
美由紀の机の上には、まだ開封されていない一通の封筒が置かれている。
〈西條美由紀を交機隊から外す方向で検討〉――昨日目にした文言と同じものだ。
机に向かっていても、周囲の視線は冷たかった。
「交機から外されるらしい」「キャリアだから別に困らないだろ」――そんな囁きが、耳に刺さる。
(私は……本当に、ここから消えるのか)
ノートを握りしめながら、胸の奥にかすかな炎を守っていた。
“現場は嘘をつかない”。
その言葉だけが、自分を繋ぎとめていた。
午前十時過ぎ。
無線が突如として切迫した声を響かせた。
「桐ノ宮から交機隊! 国道21号、篠原台南バイパスで大型トラックが横転! 複数台の巻き込み、火災発生中! 至急急行されたし!」
「交機隊了解!」
副隊長の声が詰所を揺らした。
「西條! 加瀬! 現場へ急行!」
美由紀は立ち上がった。
封筒も視線も背に置き去りにし、白バイのキーを握った。
「321、西條、出動します!」
赤色灯が点滅し、二台の白バイが轟音を上げて署を飛び出した。
現場は惨状だった。
大型トラックが横転し、積荷の鉄パイプが道路に散乱している。
乗用車三台が巻き込まれ、一台はフロントから火を噴き上げていた。
黒煙が視界を覆い、悲鳴とクラクションが交差点を支配する。
「321、現場到着! 火災発生、負傷者複数!」
「交機隊了解! 救急と消防へ連携済み!」
美由紀は白バイを止め、即座に状況を把握した。
助手席に閉じ込められた女性が泣き叫び、別の車では後部座席の子どもがシートベルトにもがいている。
(時間がない……火が広がる前に!)
加瀬が消火器を掴み、炎へ走った。
「西條、子どもを頼む!」
「はい!」
後部座席のドアは歪んで開かない。
美由紀は腕で窓を叩き、肘で強引に割った。
火花と共にガラスが砕け、子どもの泣き声が一層大きく響く。
「大丈夫、助ける!」
ガラス片で腕を切りながらも、シートベルトを外し、子どもを抱き上げる。
小さな身体は震え、熱で汗に濡れていた。
ちょうどそのとき、車体後方で爆発音が響いた。
ガソリンタンクに炎が迫っていたのだ。
「走れ!」加瀬の怒声。
美由紀は子どもを胸に抱え、路肩まで駆け抜けた。
背後で炎が一気に噴き上がり、黒煙が空を覆った。
消防と救急が到着し、次々と負傷者が搬送されていく。
美由紀の腕にはまだ血が流れていたが、気にもしなかった。
子どもが母親に抱きしめられ、「ありがとう」と泣き声を上げる。
その光景を見て、周囲の人垣から拍手が自然と湧き起こった。
赤色灯が煙に反射し、交差点を赤く染めていた。
署に戻ったのは午後になってからだった。
詰所の空気はいつもと違った。
同僚たちの視線が、今度は冷たさではなく、驚きと敬意を帯びていた。
「……西條。よくやったな」
副隊長が短く言った。
「ありがとうございます」
机の上の封筒は、まだそこにあった。
だがその文字の重さは、先ほどよりも軽く見えた。
加瀬が隣でぼそりと呟いた。
「キャリア様。今日のは……誰も消せねえよ」
「……そう願います」
美由紀はノートを開き、新たなページに記した。
〈篠原台南バイパス事故:救出成功。赤色灯の下、命が守られた〉
それは証拠ではなく、記録でもなく、ただの“真実”だった。
夜。
窓の外を、パトカーの赤色灯が静かに走り抜けていった。
美由紀はその光を見つめながら、改めて思った。
(現場は嘘をつかない。だから私は、ここに立ち続ける)
胸の奥の炎は、消えることなく燃えていた。
朝からどこか落ち着かない空気が漂っていた。
美由紀の机の上には、まだ開封されていない一通の封筒が置かれている。
〈西條美由紀を交機隊から外す方向で検討〉――昨日目にした文言と同じものだ。
机に向かっていても、周囲の視線は冷たかった。
「交機から外されるらしい」「キャリアだから別に困らないだろ」――そんな囁きが、耳に刺さる。
(私は……本当に、ここから消えるのか)
ノートを握りしめながら、胸の奥にかすかな炎を守っていた。
“現場は嘘をつかない”。
その言葉だけが、自分を繋ぎとめていた。
午前十時過ぎ。
無線が突如として切迫した声を響かせた。
「桐ノ宮から交機隊! 国道21号、篠原台南バイパスで大型トラックが横転! 複数台の巻き込み、火災発生中! 至急急行されたし!」
「交機隊了解!」
副隊長の声が詰所を揺らした。
「西條! 加瀬! 現場へ急行!」
美由紀は立ち上がった。
封筒も視線も背に置き去りにし、白バイのキーを握った。
「321、西條、出動します!」
赤色灯が点滅し、二台の白バイが轟音を上げて署を飛び出した。
現場は惨状だった。
大型トラックが横転し、積荷の鉄パイプが道路に散乱している。
乗用車三台が巻き込まれ、一台はフロントから火を噴き上げていた。
黒煙が視界を覆い、悲鳴とクラクションが交差点を支配する。
「321、現場到着! 火災発生、負傷者複数!」
「交機隊了解! 救急と消防へ連携済み!」
美由紀は白バイを止め、即座に状況を把握した。
助手席に閉じ込められた女性が泣き叫び、別の車では後部座席の子どもがシートベルトにもがいている。
(時間がない……火が広がる前に!)
加瀬が消火器を掴み、炎へ走った。
「西條、子どもを頼む!」
「はい!」
後部座席のドアは歪んで開かない。
美由紀は腕で窓を叩き、肘で強引に割った。
火花と共にガラスが砕け、子どもの泣き声が一層大きく響く。
「大丈夫、助ける!」
ガラス片で腕を切りながらも、シートベルトを外し、子どもを抱き上げる。
小さな身体は震え、熱で汗に濡れていた。
ちょうどそのとき、車体後方で爆発音が響いた。
ガソリンタンクに炎が迫っていたのだ。
「走れ!」加瀬の怒声。
美由紀は子どもを胸に抱え、路肩まで駆け抜けた。
背後で炎が一気に噴き上がり、黒煙が空を覆った。
消防と救急が到着し、次々と負傷者が搬送されていく。
美由紀の腕にはまだ血が流れていたが、気にもしなかった。
子どもが母親に抱きしめられ、「ありがとう」と泣き声を上げる。
その光景を見て、周囲の人垣から拍手が自然と湧き起こった。
赤色灯が煙に反射し、交差点を赤く染めていた。
署に戻ったのは午後になってからだった。
詰所の空気はいつもと違った。
同僚たちの視線が、今度は冷たさではなく、驚きと敬意を帯びていた。
「……西條。よくやったな」
副隊長が短く言った。
「ありがとうございます」
机の上の封筒は、まだそこにあった。
だがその文字の重さは、先ほどよりも軽く見えた。
加瀬が隣でぼそりと呟いた。
「キャリア様。今日のは……誰も消せねえよ」
「……そう願います」
美由紀はノートを開き、新たなページに記した。
〈篠原台南バイパス事故:救出成功。赤色灯の下、命が守られた〉
それは証拠ではなく、記録でもなく、ただの“真実”だった。
夜。
窓の外を、パトカーの赤色灯が静かに走り抜けていった。
美由紀はその光を見つめながら、改めて思った。
(現場は嘘をつかない。だから私は、ここに立ち続ける)
胸の奥の炎は、消えることなく燃えていた。
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