赤色灯の証言

都丸譲二

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第3章 組織の影

第13話 見えない敵

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 春の雨が上がった翌朝、桐ノ宮署の駐車場に赤い朝日が差し込んでいた。
 白バイの車列が濡れた路面に反射して輝く。
 だが、美由紀の胸には晴れやかさはなかった。
 机の上には昨日、副隊長から渡された二つの書類が残っている。
「交機隊からの外し案」と「表彰推薦案」。
 まるで天秤の上に置かれた自分自身のようだった。
(私を残すか、消すか。組織の中で引き裂かれている……)
 午前。
 国道沿いでの速度違反取締り。
 スピードガンを構えながらも、美由紀の意識は集中しきれなかった。
 横に立つ加瀬が気づき、ぼそりと声をかけた。
「気を抜くな。今日のお前は背中に隙がある」
「……見えてますか」
「長くやってりゃ分かる。組織の敵は正面からじゃ来ねえ。背中から刺す」
 加瀬の言葉に、背筋が冷えた。
 昼過ぎ。
 署に戻ると、机の引き出しが荒らされた形跡があった。
 鍵をかけていたはずなのに、ノートが乱暴に動かされている。
(誰かが……探っている)
 慌ててページを確かめる。
 証言、数値、写真コピー――すべて残っていた。
 だが確実に“誰かが存在を知っている”と突きつけられた瞬間だった。
 夕方。
 副隊長に呼ばれ、執務室に入る。
「……お前、机を漁られただろう」
「はい」
「署内に、お前を排除しようとする奴がいる。俺も全部は庇えん」
 副隊長の声は低く、苦い。
「気をつけろ。下手すりゃ、事故に見せかけて殺される」
「……そこまで?」
「そういう世界だ。氷室の背後にいる連中は、命を奪うこともためらわん」
 美由紀は息を詰めた。
 脅威はもはや書類の上ではなく、現実の危険になっていた。
 夜。
 自宅アパートに戻ると、郵便受けに一枚の封筒が差し込まれていた。
 差出人なし。
 中には何も書かれていない白紙が一枚――だが中央には赤いマジックで「×」が記されていた。
(これは……警告)
 誰が置いたのか。署内の人間か、それとも氷室の息のかかった誰かか。
 背筋に冷たい汗が流れた。
 翌日。
 通常パトロールの最中、背後から異様なエンジン音が迫った。
 黒いワンボックスが車線を飛ばし、美由紀の白バイに異常なほど接近する。
(煽り……いや、狙ってる)
 ミラー越しに見えるのは黒いスモーク。ナンバーは汚されて判別できない。
 急ハンドルで避けると、ワンボックスはそのまま追い越し、消えていった。
 加瀬が無線で叫ぶ。
「西條、大丈夫か!」
「……はい。かすりませんでした」
 だが心臓は激しく打ち、手は汗で濡れていた。
 偶然ではない。明らかに“誰か”の意思がそこにあった。
 夜の署。
 廊下で氷室とすれ違った。
 柔らかな笑顔のまま、囁くように言葉を投げられる。
「気をつけたほうがいい。交通事故は誰にでも起こる」
 その声は穏やかだった。だが、美由紀の心臓を氷の手で掴むような冷たさがあった。
 深夜。
 机の前でノートを開く。
 震える手でペンを走らせる。
 〈机を漁られる〉
 〈脅迫状〉
 〈黒いワンボックスによる接触未遂〉
 すべてを書き残す。
 たとえ自分が消されても、この記録だけは残す。
 赤色灯の光が窓の外をかすめ、ページに赤い影を落とした。
 それは脅しではなく、確かな決意の色に見えた。
(見えない敵が迫っている。だが――私は退かない)
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