異世界の女騎士と女奴隷が俺の家に住むことになったがポンコツだった件

コペルニクス

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レベル5.女騎士と女奴隷と告白

6.女騎士と女奴隷と告白(前編)

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「がっ……はっ!!」


 渇いた悲鳴を上げて、本日何度目かわからないふっとばしを俺はあえなく喰らう。
 ボールのように地面をバウンドしながら転がり、体中が砂埃にまみれる。経験があるわけではないが、交通事故に遭う時の気分というのはこんな感じなのだろう。
 リファと戦った際に負ったダメージもまだ回復しきれてないというのに、ここまで痛めつけられてはいつ死んでもおかしくない。

「マスターっ!! くっ!!」

 リファが叫んで俺のもとに駆け寄ろうとするが、「そいつ」は彼女の目の前に自らの巨体を勢いよく地面にぶつけて分断してくる。
 黒い大蛇のようなその怪物は、地面に降り立った瞬間に自身を構成するいくつもの虫の大群へとバラける。
 押し寄せる波のように、虫達は蠢き、霧のように舞い上がって視界を完全に妨げる。
 間欠泉のごとく激しい勢いで上昇した先の天空にて、そいつらは再び一つの集合体となり、元の巨大生物の姿へと戻った。
 全長数十メートルはある胴体からは、虫達の複眼が禍々しい光を放っている。

 突如として俺達を襲った……いや、今も襲っているあの化物。

 一体なんなんだ……。夢か、という仮説は奴に負わされた痛みによって瞬時に粉砕される。
 異世界人という非現実的な要素が身近にあったとしても、これはさすがに今すぐ受け入れろというのは無理がある。
 たった一つわかることといえば。こちらが理解し、把握し、順応する間に向こうは確実に殺しに来るということだけ。
 そんな状態でできることは、逃げるか、苦しみに悶えるかのどちらかだけ。
 出現と襲撃から一分も経過していないのに、もうどちらも息も絶え絶えだ。

「ぐぅっ!」

 すると、さっき化物から受けた体当たりによるものとはまた別の痛みが、全身を稲妻の如く駆け巡った。
 殴打されるような鈍いものではなく、刺すような……何か鋭利なもので切り裂かれる感覚。恐る恐る自分の身体に目を向けて俺は情けない声を上げた。
 虫だ。
 黒い虫が何匹も俺の腕や足に纏わりついている。さっきの攻撃の時に一部が引っ付いていたのか。
 奴らは不気味に這い回りながら、まるで植物の葉っぱや実を食いつぶすかのように皮膚に爪や歯を突き立てていた。
 俺の肌はたちまち奴らによって無数の穴を開けられ、そこから赤い果汁を噴出させる。その激痛は、正直吹っ飛ばされた時の方が数段マシと思えるようなものだった。

「ぐぁっ! うわああああああああっっ!!」

 歯を食いしばって耐えることすらできず、俺は大声でのたうち回る。

「マスターっ!」

 今度こそリファが俺の傍に馳せ参じると、食らいつく虫をバシバシとはたき落とし、あるいは叩き潰してくれた。痛みは引かなかったが、それ以上増すこともなくなったのは非常に僥倖だった。

「マスター! しっかりしろ!」
「あぁ……あ……」
「くそ、出血がひどい……早く止めないと!」

 確かに出ている血の量は、虫に噛まれたものとは思えない程の量だった。すでに俺の服も、地面も、べっとりと赤黒い液体に染まっている。もう少しひどければ輸血が必要なくらいだと素人目にもわかる。

「っ!? リファ危ない!」
「え? きゃっ!」

 俺は険しい表情で傷口を抑えてくれているリファを抱き寄せると、そのまま真横に転がった。
 瞬間、直前まで彼女がいた位置を超猛スピードで化物が通過。特急列車が走り去るよう様を駅のホームすれすれで見ているような恐怖溢れる迫力。もし避けきれていなければ、リファの身体は今頃天高く打ち上げられていただろう。

 当然化物は突進が外れてすぐさま次の攻撃を仕掛けてこようとする。再び空中へと上り、大きな弧を描くようにUターンして再びこちらに狙いを定める。
 突撃が、くる。

豪炎の障壁ファイアウォール!!!」

 リファが叫ぶと、持っていた元素封入器エレメントを地面に叩きつけた。
 その瞬間に、俺達と化物の間に巨大な紅蓮の壁が出現。熱波と火の粉を飛ばしながらメラメラと燃え盛るそれは、虫の集合体である化物には効果てきめんだった。
 急ブレーキも方向転換もできない敵は、多少の構成体をその炎の犠牲にして二股に分かれた。
 ギィギィ、と錆びた鉄同士がが擦れ合うような悲鳴を上げながら、また奴はその黒い身体を闇夜に溶かしていく。

「大丈夫かマスター! 立てるか!?」
「なんとか……」

 リファに肩を貸してもらいながら膝をついてゆっくりと俺は立ち上がる。
 ぼやける眼で空を泳ぐ黒蛇を追いながら、大きく息を吐く。

「一体、なんなんだよあいつは……」
「シ霊だ」
「なんだって!?」

 いきなりの彼女の言葉に、俺は一瞬耳を疑った。 

 シ霊。
 ワイヤードにおける幽霊のような存在。

 人が元素封入器エレメントを使用する時、魔具カプセルは使用者の意思を吸収することで用途を読み取り、その通りのエネルギーにして放つ。
 だがその意思があまりにも強すぎた場合、魔具カプセルは人のすべての意志を魂ごと吸収してしまう。当然それほどの意思は自身の容量に収まりきるはずもなく、外界へと放たれて暴走するという現象が極稀にだが起きる。その暴走体の名称こそが、シ霊だ。
 正直予想外だな。まさか虫の塊のようなのだったとは。

「シ霊は元の人間の意志そのもの。それが実体化したのであれば、どんな姿形をしていても不思議ではない!」
「でもなんでこっちの世界にまで!?」
「わからない……。それにここまで巨大なものは私だって初めてだ……」

 シ霊とは何度か戦った経験のあるリファでさえこの苦い表情。相当ヤバい奴であることがうかがえる。

「とにかく逃げるぞ!」
「あ、ああ!」

 俺達は一秒で意見を一致させると、今ある力の全てを出し切るつもりで公園の出口めがけて走り出した。
 だが、そうは問屋が卸さないとばかりにシ霊が急降下して背後から急接近してくる。

「っ、避けろ!」

 俺はリファを突き飛ばし、その後自身も反対方向へ飛び退いた。
 その中間地点を猛スピードでシ霊が一直線に駆け抜けていく。そして公園の入口でストップすると、螺旋状に虫を蠢かせながらさながら塔のようにそびえ立った。
 通さない。
 言葉のやり取りがなくとも容易にわかる構図。

「くっ……こいつ……完全に俺達を殺す気かよ!」
「おかしい……そんなはずは」

 苦悶の表情を浮かべながら起き上がるリファはそう意味深なことを呟く。

「おかしいって何が?」
「基本的に連中はオリジナルの意思に沿った行動を取るが、人間とは違って意識も常識も情緒もない、精神不安定な状態。所構わず暴れまわるならまだしも、こんなふうに明確にターゲットを定めて執拗に付け狙うことなどないはず……」
「はぁ? どういうことだよ!?」

 俺が問いかけるとそこで何かを悟ったのか、ハッとして彼女は顔を上げた。

「でも……仮に『私達だけを殺したい』という意思だったら……」

 ぞわり、と背中を嫌な悪寒が駆け巡る。
 それは凶兆だった。
 塔が……シ霊がぐらりとよろめいたかと思うと、そのまま大きな音を立てて崩れて落ちてきた。俺達をこのまま押しつぶすつもりだ!

「まずっ!」

 俺達はそれぞれ左右に飛んで回避。直後にずしん、と地が割れるかと思うほどの地震が発生。押し寄せる風圧に耐えながら俺は起き上がる。相手の身体が虫だからといって、あの質量では食らってたら確実に助からなかったな。
 でもこれで壁はなくなった。今のうちにふたりともここから逃げられる……。
 俺はそう確信して、バクバク言う胸を抑えながら走り出そうとした。

 のだが。
 その雪崩攻撃はどうやら俺達の油断と隙を作るためのプロセスでしか無かったようだ。というより、逃げ出せるというチャンスに解釈するほうがおかしかったというべきか。
 崩れ去ったその巨塔は、立ち込める砂埃の中で一気に無数の虫たちへと分離。各々が薄羽を広げて一斉に羽ばたく。
 むざむざ背中を見せている俺へ、ここぞとばかりに突撃。
 しまった……!

元素付与エンチャント!」

 終わるかと思ったその時、そんな勇ましい声とともに虫の大群を紅色の一線が切り裂いた。錆びた悲鳴とともにシ霊は散り散りになる。

「マスターにッ! 触れるなぁぁぁぁっ!!!」

 虫壁の裂け目から、叫びとともにリファが飛び出してきた。
 右手に、炎に包まれた剣を携えて。

「怪我はないか、マスター!」
「リファ……なんで……」

 逃げなかった?
 そう尋ねようとした。
 シ霊の気はこちらに向いていたが、逆にそれはリファの方が逃げ出せる絶好の機会でもあったはず。今になってそう思った。
 にも関わらず、どうしてわざわざこっちに戻ってきたんだ。

「なんで、だと……? 変なことを訊くのだな、マスターは」

 彼女は今にも苦痛に歪みそうな引きつった笑顔を飛ばす。そして土にまみれた金髪を翻し、俺に背を向けた。

「私はマスターの警備隊だ」

 そして、再び集結して蛇の形を成すシ霊に剣の切っ先を向ける。

「どんな事があっても、マスターをお守りする……片時も離れず……ずっとそばにいる。そう決めた」
「お前……」
「一度は捨てた剣だけど……今更都合が良すぎるかもしれないけど……それでも私はっ! この剣でマスターを守りたい!」

 守るのが仕事だからじゃない。使命だからじゃない。
 自分がそうしたいから。心から守りたいと願うから。だから彼女は今、ここにいる。
 今までは、俺との契約のために。
 でも今は違う。

「私は……マスターと、好きな人とこれからも一緒にいたいから! だから戦う!」

 力強く言って、リファレンス・ルマナ・ビューアは剣を両手で構え、目の前に立ちはだかる化物と対峙した。

「それが、私の意志だッ!!」

 シ霊の穢れた咆哮が公園に、周囲の建物に反響した。そして奴は地面を這いながら、土煙を巻き上げてこっちに猪突猛進。
 どうやら次でトドメを刺すつもりらしい。さっきよりもスピードや内部の虫が回転する勢いが増している。
 食らったらひとたまりもない。死んでしまうかもしれない。
 それでもリファは真正面から迎え撃とうとしていた。

 その姿こそ、まさに騎士と呼ぶにふさわしい。
 心強いと、安心できると思えるだろうが、俺の中では不安と危機感の方がその何倍にも膨れ上がっていた。

 リファは疲弊している。
 さっきの俺との戦いと、シ霊の続けざまの攻撃で相当体力は消耗しているのは明らかだ。その証拠に彼女の身体は今にも膝を付きそうで、呼吸も苦しそうでペースが乱れていた。
 次に彼女の武器。元素付与で強化してはいるものの、もう残りのエレメントが少ないせいか、剣に纏う炎は風前の灯火だった。あの炎が消えれば、剣はただのプラスチックの棒きれ。それがシ霊との戦闘を制するまで持つかどうかは怪しい。もしそうなったら……リファは……。

「来るがいいシ霊! このリファレンスが斬り捨ててくれる!」

 望むところだ、と言わんばかりにシ霊は更に突撃する速度を上げた。
 すぐに両者の距離は0へと近づいていく。ぶつかり合うまでの時間が、俺には彼女の命の残量に見えた。 
 女騎士は剣を振りかぶり、化物はその使用者ごと貫こうとする。

 そして、とうとうその時は訪れた。

 虫の嵐が彼女をすっぽりと飲み込み、その牙と薄羽と脚で全身を切り裂く。
 リファの一撃は当たっていたのか、そもそも攻撃できていたのか、遠目にはわからなかっただろう。 
 永遠に続くかと思われる長い時が過ぎ、シ霊はリファを通り過ぎた。
 残っていたのは、残骸。ぼろぼろになった人間の成れの果て。
 ……だがそれは、リファのものではなかった。

「え?」

 リファは呆けた声を上げた。
 それもそのはず。だって自分は今のシ霊の攻撃で傷一つ負わなかったのだから。
 言っておくが、彼女は何もしてない。防御壁を張ったわけでも、剣でいなしたわけでもない。確実に、シ霊は大ダメージを与えていた。

 ではなぜ、女騎士は無事だったのか。
 簡単だ、その攻撃を彼女の代わりに受けた者がいたからだ。

「ます、たー……?」

 震える声でリファは、自分を抱きしめている人物の名を呼ぶ。
 そう。身を盾にしたのは、俺。
 とっさの判断だった。考えるよりも先に脚が動いたと言うべきか。もちろんその代償は小さくはなかった。
 後頭部と背中に無数に突き刺さる虫。直撃した時はガラスの破片が食い込むかのような激痛だった。
 だが何度も何度も受けるうちに、やがて痛覚すらも麻痺したのか、最後は何も感じなくなった。
 生きているのが不思議なくらいの有様。リファを抱きしめているというよりは、もたれかかっているという表現のほうが妥当なくらい。意識は朦朧とし、身体の内部で食い込んだ虫が動き回る嫌な感触がかろうじて伝わってくる。

「マスターっっ!!!」

 ようやく状況を理解したリファは半狂乱になって叫んだ。
 炎の剣を振り、なお俺の身体を蝕み続ける虫達を焼き払う。

「マスターっ! しっかりしろ! 目を開けてくれ!」
「うぅ……ぐっ」
「どうして、どうしてこんなっ……! なんで私なんかを……!」

 どうして、かって?
 ……ふふ。
 
「変なことを訊くな、リファは」

 段々と蘇りつつある痛みに悶ながらも、俺は頭に手をやり、まだこびりついていた虫を掴み取った。髪をかきむしるようにそいつらを引き剥がすと、リファの肩に両手を置く。

「俺も同じだからだよ」
「……へ?」
「俺だって……お前とずっと一緒にいたいから」

 それは、二人一緒じゃないと叶えられない願い。
 どちらか片方でも欠けてはいけない願い。

 リファが俺と共に在りたいがために守るのと同じように、俺もリファを失いたくないから守った。
 ただそれだけだ。

「さっきはお前が俺を救ってくれた。だから今度は……俺の番」

 俺は力なく笑って彼女の肩に置いた手をそっと頬に持っていく。

「ばか……ばかぁっ!!」

 すると泣きそうな声でリファは俺の胸を小さく握った拳で叩いた。

「それでマスターが死んだらどうするんだっ! 置いてかれた私はどうすればいい! マスターがいなくなったら……私は、私は一生守れないじゃないか!」
「リファ……」

 俺の胸に顔を埋めた彼女から、小さく嗚咽が聞こえてくる。

「一人にしないで……もう、一人は嫌……マスターと離れるのは嫌なの……」

 ……ふぅ。
 俺は小さく息を吐いて全身に力を込めた。
 ふらふらと立ち上がると、自分の足元に血の池ができあがりつつあるのが見えた。死ぬのも時間の問題と言えなくもない有様。
 だが、死ねない。死んでる場合じゃない。死んではならない。

「死ねるかよ」

 今度は声に出す。そうすると幾分か意識がはっきりとしてきた。
 シ霊はすでに空中を旋回しながら、こちらに戻ってきていた。俺達が生きていると知っての行動だとしたら、本当に執着心がお強いことで。

 でも、もう逃げも隠れもしない。
 俺は彼女の後ろに回り込んで、迫り来る化物の前に立ちはだかる。

「お前の言う通り、俺が死んだらお前は俺と一緒にいられない」
「マスター……」
「でも、お前が死んだら俺がお前と一緒にいられなくなる」

 弱々しく拳を握りしめ、俺は漆黒の空に舞うシ霊を見上げた。

「お前の背中は、俺が守る」

 だから。

「俺の背中は、お前が守ってくれ」

 お互いがお互いを守る。
 リファが俺の騎士なら、俺はリファの騎士になろう。

「……本当に、なんでそんなことが平然と言えるんだか」

 そんな言葉とともに、リファが俺の隣に立った。

「突然現れた異世界人の私を受け入れて、家に住まわせてくれて、色々教えてくれて、それだけでもお人好しすぎるのに……その上あなたを守ろうとする私を守ろうだなんて……」

 何がおかしいのか、場違いにも彼女は笑っていた。
 お人好しって……お前がそれを言うか。
 そうツッコもうとして、リファと目が合った。
 頬は紅潮して、目には涙を浮かべて、それでもその表情は笑っていた。
 切なくて、悲しくて、嬉しくて。いろんな感情が入り混じっているような顔だった。
 黙るしかない俺に、彼女は口を開いた。


「そんなこと言われたら、好きになるに決まってるじゃないか」


 ……ったく。
 思わず苦笑するが、自分の頬もなんとなく赤く染まっていくのを感じた。
 場違いなのは俺もか。
 でも、だったらなおさら……ここで死ぬわけにはいかねぇやな。

 俺は足元に転がっていた木の棒を拾う。
 さっきリファとの戦いの時にへし折られたうちの片割れだ。
 何の戦力にもならない、武器として呼ぶことすらできないものだけど。俺はそれを敢えて構える。
 それを見たリファが怪訝そうに訊いてきた。

「戦うのか?」
「他に道もないしな」
「わかった……」

 それ以上何か口出しすることなく、女騎士も静かに剣を構えた。

「マスター。シ霊を倒す方法はたった一つ。内部に眠るコアを狙え」
「コア?」
「人間の意思がエレメントの力を得て暴走したのがシ霊。だが正確には、その意思を芯にしてエレメントが纏わりついた状態。つまり動力源となるそれを壊せば……」
「エレメントも雲散霧消ってか」
「もっとも、この図体では探すのも困難だろうが……」

 それはそうだ。戦力的にも体力的にも、こちらが勝てる可能性は低い。だが退くわけにもいかない。
 たとえ俺自身が無力でも、今にも倒れそうでも、どんな強敵が眼の前に立ちふさがろうとも、それでも諦めたりしない。
 シ霊がなぜこの世に現出したのか。なぜ俺らを襲ってくるのか。まるでわからないけれど、あいつが俺達を引き裂いて「一緒にいたい」という願いを壊すというのなら……全力でそれに抗ってやる。

 だから俺は戦う。

 そう決意し、棒を握る手に力を込めて叫んだ。


「それが……俺の意志だ!」


 瞬間。異変が起きた。 
 木の棒が、何の前触れもなく溢れんばかりの光に包まれたのだ。

 眩しさに思わず俺達は目を背ける。光というよりはむしろ白い闇。どちらにせよ視界を妨げることに違いはなかった。
 光はとどまるところを知らずに、あたりにまばゆい線をばらまいていく。
 こちらに向かってきていたシ霊にもそれは当たり、命中箇所で虫が散開していった。これは向こうにとっても予想外だったのか、少し上ずった鳴き声とともに攻撃を中断。空の回遊に戻っていった。

 さっきからなんなんだよ……わけのわからない現象が次から次へと。シ霊の次は何が来るんだよ?
 混乱状態のまま光を浴び続けていると、やがてそれは段々と弱まってきた。
 淡く発光する粒子がふわふわと漂う中、俺は視線を手の方に戻した。

 結果、俺はさらなる驚愕に目を丸くする事になった。

 信じられない光景がそこにはあった。
 さっきまで俺が握っていた棒が、跡形もなく消えていた。
 光の粒子となって消えたのか、光っている間に誰かが奪っていったのかもわからない。
 が、その二つはとりあえずはないとは思う。

 なぜなら、俺は木の棒の代わりにあるものを手にしていたからだ。

 剣。

 リファの持つおもちゃのレプリカ剣とは違う、正真正銘の鋼鉄でできた剣。
 それをあろうことか、この俺が持っていた。

 そこから自ずと導き出される答えは……。
 ただの木の棒が……剣に変化したということ。
 謎の、光の力で。

「え? おわっ!」 

 突然の出来事に狼狽えるしかない俺はその剣を支えきれず、地面に落としてしまう。
 慌てて拾い上げようとするが、重い。全長1.5メートルはゆうに超え、軽く50~60キロ以上はありそうだ。なんだってこんなものが……。
 その剣が俺の手に現れたことも驚きだが、その形状にも目を疑うものばかりな点があった。

 刃は片側にしかついていない出刃包丁のような構造だったが、峰の部分には剣にはあまりにも似つかわしくないものがついていた。

 歯車。

 剥き出しになった大小の歯車がいくつも噛み合っている。剣になぜそんな工具が内蔵されているのかも不思議だったが、そういう疑問を抱くべき箇所は他にもある。
 鍔の部分。持ち手と刀身のつなぎ目。
 そこには歯車以上に「なぜそこにあるのか?」という疑問を持たざるを得ないものが。

 発動機――エンジン。

 車のボンネットを開いた時に見えるアレを、丸々摘出したようなものが……そこに取り付けられていた。その大きすぎる重量の原因はおそらくそれにあるのではないかと思うほどでかい。
 鍔がエンジンって……何のために使うんだ? 起動すればひとりでに動いたりするのか?
 ふと気がつくと、グリップの部分にはレバーのようなものがあった。
 リコイルスターターのようなものかと思って引いてみたが、機関はうんともすんとも言わない。かけ方が違うのかもしれないが、やはり謎だらけの武器である。

「それ……」

 すると、さっきから唖然としているばかりだったリファがその剣を指さした。
 なんだ? もしかしてこれも見覚えあったりするのか? だとしたら使い方とかも知っている可能性が?
 そう淡い期待をしていたが、彼女が紡いた次の言葉は名称や使い方よりも驚くべき事実だった。


「その剣……私がワイヤードで使ってたやつ……」
「え?」


 一瞬何を言われたのかわからず戸惑ったが、記憶の中にかつてそれに関する会話があったことを思い出した。
 リファはこの世界に転生した際、衣服と鎧と元素封入器だけを持ち込めており、騎士の命たる剣は所持していなかった。
 彼女が今際まで愛用していた剣は、かつて大戦争が勃発した際に武勲を上げた褒美として手に入れたもの。ワイヤードの世界でも類を見ない高性能で高威力を持つスグレモノだと本人は高らかに自慢していた。

 だがどれだけ言っても、元の世界に置き去りにしてしまった以上現物を見ることは叶わないはずだった。
 それが今ここに、しかも本来の持ち主リファではなく俺の手の中にある。


 疑問に次ぐ疑問が頭を埋め尽くす。もう訳がわからない。
 オーバーヒートしかける俺の脳内だったが、その冷却を待ってくれるほど現実は甘くなかった。

「っ!? マスター、後ろだ!」

 リファの声に我に返った俺は、振り返らずにその機関剣のグリップを握りしめる。
 なんだかわかんないけど、考えるよりもまずすべきなのは……こいつと戦うこと!
 そして腰を捻り、切っ先を地面に引きずらせながら大きく反時計回りに回転。遠心力で若干持ち上がった刀身が、迫るシ霊と相まみえる。

「くらぇぇぇぇぇぇっ!!」

 掛け声とともに渾身の力で剣を振るい、敵に斬撃をお見舞いする。
 結論から言うと、当たった。
 しかし、たかだか半回転分の遠心力で溜まる力など微々たるもので、多少敵の身体を切り裂きはしたものの、向こうが突進してくる力にはすぐに押し負けてしまう。
 結果として、俺はすぐにまたふっとばされることになる。

「ぐわぁっ!」
「マスター! くそっ!」

 それを見てリファが救出に来ようとするが、シ霊は続けて彼女の方を始末しにかかる。
 天へと垂直に、何かに吸い寄せられるかのような動きで上り詰めた後、そこから一気にパイルを思わせるような動きで急降下してきた。
 リファは紅蓮の剣を上に掲げ、打ち下ろされた一撃を食い止めようとする。
 落ちる虫はその炎に焼け焦がれていくが、のしかかる重圧は並大抵のものではない。少なくとも女一人で支えきる限界が訪れるのはそう長くなかった。

「ぅぅぅぅ……」

 膝が折れ、炎が弱まり、徐々に姿勢が低くなっていくリファ。早く助けないと取り返しがつかなくなる。

「おらぁぁぁぁぁぁ!!」

 その機関剣と共に助走をつけ、今度は半ば放り投げるようにして、その刃をリファの頭上へと向かわせた。先ほどよりは威力があったかもしれないが、それでも完全にシ霊の攻撃を止めるには至らない。手応えもないし、コアには命中しなかったようだ。
 それでも、リファがそれから抜け出せる隙を作るのには十分であった。

「リファごめん!」

 膝を曲げ、彼女の脇腹に少々強めの蹴りを入れる。想定通り、そのおかげでリファは窮地を脱することに成功。支柱を失った虫の杭は滝のように地面に流れ落ちていく。
 リファが助かったことに少しホッと息をつくが、その安堵はコンマ一秒で打ち破られた。

 背中に響く衝撃。大地から離れる両足。
 気がついた時にはもう、俺の身体はゴミクズのように空中に放物線を描いていた。
 目に映るのは、何もかもが上下逆転した世界。

「あっ……」

 ようやくそこで二つの事実に気がついた。
 シ霊の不意打ちを食らったことと、このまま頭から落ちようとしていることに。
 リファに攻撃をしたのとは逆の頭が動いて、俺を弾き飛ばしたのか……油断した。
 なんとかしてバク宙を決め、着地しようとしたが……。駄目だ、間に合わない……。

「マスタァァァァァァァッッ!!!」

 そんな時、声帯が張り裂けそうな雄叫びが聞こえた。
 リファのものだと直感した瞬間、俺の落下予想地点に彼女がスライディングで到着したのが見て取れた。
 真下で彼女は両手を広げ、墜落してきた俺の身体を全身で抱きとめた。
 かろうじて俺は彼女によって地面に頭を叩き割られるという運命を回避できたが、その代償は大きかった。

「リファっ!」
「うぐっ……ぅ」

 すぐに俺は彼女からどいたが、リファはエビのように身体を折って咳き込んでしまう。 
 体重60キロ以上はある成人男性一人と、それと同じぐらいの重量を持つ剣。上空数メートルから落ちてくるそれらを受け止めた時、かかる衝撃力など計算するまでもない。

「リファ……リファ! しっかりしろ! リファっ!」

 介抱して必死に呼びかけても、リファはまともな返事が返せない。
 まずい、このままじゃ本当に……。

「くそっ!」

 俺はやるせなさに膝を拳で叩いた。
 守りたいのに……失いたくないのに。
 その願いに答えるように出てきた、この機関剣。
 だが、所詮今となってはお荷物でしかない。何の役にも立たない、ただの重り。だがこの状況を打開する最後の希望にして頼みの綱でもあることも確か。
 リファはこんなものをどうやって使ってたんだよ……。こんな構造をしてるんだ、きっと何か仕掛けがあるに違いない。どうにかしてこのエンジンをかければあるいは……。

「ます、たー……」

 四苦八苦してると、腕の中の女騎士が掠れた声で俺を呼んだ。
 彼女は虚ろな目で俺を見上げると、そっと手に持った何かを差し出してきた。
 それは、ペットボトル大のガラス瓶……元素封入器エレメントだった。
 中には、本当に僅かな量だったが、炎のエレメントが封入されている。

「これを……」

 まさか……使えっていうのか? でも、これがないとお前は……。
 どっちみち、このエネルギーでシ霊を倒せるとは思えない。もはやコアを見つけるどころか、敵に攻撃を食らわせることさえ難しくなっている。
 どうすればいい……何をやっても無駄なあがきにしかならない。今死ぬか後で死ぬかの選択なんて……何の意味がある。
 シ霊はチャンスとばかりに、その巨体を揺らして錐揉み突進してくる。

 終わるのか……俺。

 次の攻撃はもう避けきれない。
 加えてこの損傷……食らったら、確実に命はない。
 今度こそ……死は免れない。

 ――それもいいんじゃないか?

 刻一刻と迫る命のリミットの中、頭にそんな幻聴が響いた気がした。

 ――彼女と一緒にいたいなら、別にこの世界じゃなくてもいいじゃない。

 この世界じゃなくても、いい?
 でも、どっちがが死んだら、離れ離れになる。それじゃあ駄目じゃん。
 いや、待てよ。
 もし、二人一緒に死ねれば?

 死後の世界。天国。

 そんなもんは信じてないけど、もしあるとしたら……俺達はそこに行ける?
 そこでまためぐり逢えたら、また一緒になれる?

 そうだ、異世界から転生してきたのなら、またここで死ねば別の世界に行けるかもしれない。
 死者処理事務局の連中のはからいで、なんとかなるかもしれない。
 はは、だったら無理して戦う必要ないじゃないか。
 仲良く死んで、また生き返ろう。運が良ければ、俺もワイヤードに行けるかもしれない。
 話でしか語られることのなかったまだ見ぬ世界。その時は、リファに色々案内してもらおう。色んな所に行ってみよう。いろんなことを体験しよう。
 きっと、素晴らしいところであるはずだから。

 だから。
 ここで一度、人生に幕を下ろそう。
 終わりは始まり。
 転生して、俺の第二の人生を始めよう。


 


 なんて。





「できるわけねぇぇぇぇだろボケがぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」




 人生史上最大級の怒号を上げ、俺は立ち上がった。
 右手に機関剣を持って、左手に元素封入器を握りしめて。

「何が転生だ! そうやすやすと自分の人生に見切りつけられる人間じゃねぇんだよ俺は!!!!」

 未練だってある。しがらみだって沢山ある。
 どれだけこの世界で嫌なことが多々あっても、そんな確証のない賭けのために何もかもをすっぱり諦められるような人間になんて、なれっこないしなるつもりもない。
 諦めが悪い? なんとでも言え。
 すぐにそうやって現実逃避したい奴らは、勝手にトラックに轢かれて異世界でもなんでも行けばいい。
 でも俺は残る。この世界で生き抜く。そう決めてんだ!
 さっきも言ったが俺は死ねない。
 たとえ死んだ先でリファと一緒にいられることが保証されても、絶対に!

 なぜなら……俺にはっ!


「約束があるから」


 そう呟いて、元素封入器を持った手で髪を触る。
 ザラザラベトベトした感触の中に、硬いものが指先に当たった。 
 よかった……ちゃんと、付いてた。

 髪留め。

 アネモネの花が飾りとして付いた、なんてことない安っぽいアクセサリ。
 だが俺にとっては、それこそが今この場で死ねない理由だった。

「あの約束は絶対に、守らなきゃいけない……」

 機関剣を肩に担ぎ上げて、いつでも振り下ろせるようにする。これが今できる精一杯の構えだ。
 シ霊はそんな俺を完全に木っ端微塵にすべく突っ込んでくる。

「あいつは俺に『戻ってきて』って言った。俺はそれに頷いた」

 腕を掴んで「行かないで」と涙目に引き止めた彼女の顔が脳裏に思い出される。
 いつでもそばにいる。この髪留めが、どんなに離れていてもお互いを近くに感じられるから。俺はあいつにそう言い聞かせた。

 あいつはその言葉だけを支えに待ってくれている。でもきっと心の底では一人ぼっちで寂しいと思うはずだ。今も見送ってくれた時のような、悲しい表情のままでいるんだ。
 だから俺は戻らなきゃいけない。リファを連れて、あいつのもとに帰らないといけないんだ。
 それなのに、こんなとこで死ねるか……。転生なんて……してたまるか!!


「あいつがッ! クローラが待ってんだよぉぉぉぉぉ!!!」


 絶叫して、眼の前の不倶戴天の敵に、一歩踏み出してその剣を振り下ろした。
 瞬間。


紺碧の礫アビスショット


 という静かなはっきりとした声と共に。
 シ霊が、文字通りばらばらになった。
 上空から降り注ぐ、無数の蒼いつぶてによって。

 虫達が飛び交っては、闇の中でもはっきりわかる青色にまとめて粉々にされていく。
 当たらなかった礫は地面に隕石のごとく轟音を立てて墜落し、巨大な穴を開けた。

「うわっ!」 

 思わず尻もちをついた俺は、攻撃を剣で防御しようとする。
 敵の増援……いや、だとしたらシ霊を攻撃した意図は? 第三勢力? それとも味方? 
 何にせよ、姿が見えないので、俺の胸中には不安しか無かった。どこだ、一体どこにいる?
 やがて流星群の雨は止み、当たりには静けさが戻り始めた。
 終わった……? もう、大丈夫? 待て待て、シ霊をやったら次は俺達である可能性も残ってる。
 俺は剣を支えに立ち上がり、キョロキョロと闇夜の中にくまなく目を向ける。
 その時。

「ずるいですね、ご主人様は」

 誰かがひたひたとこちらに向かって歩いてくる。
 途端に俺はびくっと肩を震わせた。
 この声……まさか。
 冷や汗が額から頬にかけてつたうのがわかる。
 忘れるはずもない。この数ヶ月の中で、何度も聞いた、かわいくておしとやかで、愛くるしい声。

「正直、忘れられてるかと思ってました。忘れてなくても、記憶の片隅に留めておく程度の存在だとたかをくくってました」

 やがてその人物は、俺達の前に姿を現す。
 黒い浴衣を着込んで。
 少しくせっ毛のミディアムボブの髪を揺らして。
 その髪に、アネモネの花の飾りがついた髪留めをしっかり付けて。 


「私はそれでもよかった。そばに置いてくれるだけで十分。それ以上は何も望むまいと必死に自分をごまかしてきた」

 その人物はなおも語りを続ける。
 首元に、鉄でできた重々しい首輪を巻いて。
 その右手に、黒光りする拳銃……ベレッタM92Fを携えて。

「夢なんて……現実にならなくてもいいと、私の夢はやっぱり夜に見ていつか醒めるものだと思った。だからずるいんですよ。私が必死でそう諦めようとしていたのに……」
「……」


「あんなこと言われたら、ますます好きになっちゃうじゃないですか」


 我が家の女奴隷……クローラ・クエリは泣きはらした笑顔でそう言った。


「クローラ……どうしてここに……」

 困惑するしかない俺は口をパクパクさせながらなんとか言葉を紡いだ。
 彼女は腰の後ろで手を組んで、小さくはにかんで答える。

「またいけないこと……しちゃいましたね」
「え?」
「最初はご主人様の言いつけどおりにするつもりだったんですけど……やっぱり待ちきれなくなってしまいまして」

 ぺろ、と舌を出してクローラはいたずらっぽく笑うと、この上なく正直な理由を口にした。

「だから……こっちから来ちゃいました」

 ……。
 言葉が出てこない。なんて言っていいのかわからない。どんな顔をすればいいのかもてんで答えが見つからない。

「くろー、ら……?」

 すると、後ろで伸びていたはずのリファが苦しそうに上半身を起こした。
 俺は慌てて彼女を抱き起こして支えになってやる。 

「大丈夫か?」
「ああ、なんとか……大事はない」

 骨も折れてないようだし、命に別状はなさそうだな。不幸中の幸いだ。
 そんな俺達をクローラは若干物憂げな目で見つめた。

「リファさん……」
「……」

 二人の目線が合った。だが、その間に言葉は交わされない。お互いにどんな言葉をかけていいのかわからないのだろう。
 俺は二人の胸中をすでに本人の口から聞いていた。だがこの両者はまだ直接話していない。出会った当初と同じような溝が二人の合間にできているのがわかった。
 どうしよう……原因はまごうことなく俺だし、責任もすべて俺にある。だったら仲介役でもなんでも買って出て二人の仲を取り持たないと。

「リファさん!」

 と思った矢先に、クローラが少々語気を強めにして女騎士に言い放った。
 今までの彼女とは打って変わって、険しい顔付きだった。
 リファもそれにビビったのか、間の抜けた声で「はい?」と小さくお返事。

「折り入って、お話があります」
「……え?」
「リファさんも……私に話すこと、ありますよね?」
「……」

 まさか自分からそうしてくるとは。俺は少し拍子抜けした。これまでのあいつなら、そんなの全部俺任せにしてもおかしくないのに。一体なにがあった?

「……そして、ご主人様にも」
「え? 俺?」
「はい。私は自分の気持ちをご主人様にお伝えしました。その気持ちを貫いて欲しいというご主人様の気持ちもしっかり伝わりました。でも……」

 つかつかと俺の前に歩み寄ると、彼女は俺の目を真っ直ぐ見据えてハキハキと続けた。

「ご主人様が私をどう思っているのかは、まだ何も答えを頂いておりません」
「!」
「リファさんも……何も聞いてませんよね?」
「……」

 リファは未だに状況が飲み込めてないようだったが、それでもぎこちなく首を縦に振る。
 そして二人は、揃って俺の方を見た。
 そうだ。胸中を話していないのは、俺もだった。
 気持ちを貫けとか、本当のお前を見ることができてよかったとか……二人が知りたいのはそんなことじゃないことくらいわかってる。
 だから俺も言わななきゃいけない。

 彼女達の……告白に対する返事を。

 きっとリファもクローラも、それを一番知りたがっているはずだ。
 待ちきれないっていうのは……ある意味そういうことなのかも。 

「わかった……話すよ。ちゃんと」
「ご主人様……」

 俺達は数ヶ月一緒にいて、互いに数ヶ月間一緒にいて、打ち解けていたのかと思ってた。実際楽しかったし、幸せだった。だけど、まだこの関係は不完全だったんだ。
 各々が自分を偽って、本当の気持ちを伝えずにいた。そんなもどかしい関係を全員が「これでもいい」と曖昧にしてきたんだ。それがいちばん大切なことであるということを忘れるくらいに。
 だからここで、けじめを付けなきゃいけない。
 俺が、リファが、クローラが、これからも一緒に暮らしていくために。
 そして今が、その時なんだ。

「リファも、いいよな?」
「……」

 女騎士は戸惑いつつも首肯した。
 全会一致。誰も異論を唱える者はない。

「決まりですね。それじゃあまずは……」

 誰から話そうか。という提案だろうかと思ったのだが。
 クローラの次の言葉は、そんな予想を完膚なきまでにぶちのめすものだった。


「邪魔者にはご退場いただきませんと」


 モデルガンの重厚を振り向かずに後ろに向け、トリガーを軽く引く。
 先程の攻撃――紺碧の礫アビスショットが炸裂する。
 連続で打ち出される無数の水塊は……彼女の背後から忍び寄っていた虫の大群にヒット。首を狙ったスニークキルを阻止した。
 シ霊!? さっきの攻撃でやられたはずじゃ……。
 だが、散り散りになった虫達はみるみるうちに集結していき、徐々に黒い蛇の体を再生させていく。

「あいつ……まだ生き返んのかよ」
「シ霊はコアを破壊しない限り消えることはありませんからね」

 余裕綽々とした表情で、クローラは拳銃のスライドを引いた。
 どうやら彼女もこれがシ霊であることはわかっているらしい。

「リファさん、立てますか?」
「え? あ、ああ」

 呼びかけられたリファはよろめきながら立ち上がり、炎の剣を持って俺達に並ぶ。
 新たな戦力が増えたものの、正直勝てる見込みがあるわけじゃない。
 クローラの先程の連撃は強力だったが、それでも敵がくたばらないのを見ると……苦戦を強いられそうだ。
 くそ、このエンジンブレードをうまく使いこなせれば……。

「ご主人様、それ」

 俺が苦虫を噛み潰したような顔でいると、クローラが人差し指で俺の持つ元素封入器を指差した。
 これ? これでどうしろと? 元素付与エンチャントできそうな量はもうほとんど残ってないし……。

「それをその剣に挿してください」
「え?」
「そこの側面に小さな穴がありますよね? ここですよ、ここ」

 と言って、今度は剣のエンジン部分を指差す。
 よくよく見ると、まるで野球ボール大の穴が空いている。深さはパッと見三十センチ程度で、ちょうど元素封入器エレメントが入りそうなサイズだった。
 ここに、挿すだって?
 恐る恐るその部分にガラス瓶をあてがうと、予想通りにすっぽりと嵌まった。

「その元素封入器はもともとその剣の付属品です。あとはグリップのレバーを引けば……起動します」

 言われるがままに、俺はグリップを握る人差し指と中指を浮かせ、そのレバーにかけて……引いた。

 ヴォン!!!

 と、今まで沈黙を保っていた機関剣が急にうなりだした。
 峰の歯車が回転し、刃が勢いよく振動する。
 エンジンからはわずかに煙が吹き出し、命が吹き込まれたような胎動を俺に見せた。
 それだけではない。この珍妙なデザインの武器を扱う上での最大の弱点が解消されていたのだ。

「……軽い」

 重さである。
 持ち上げるのすら一苦労だったそれは、どういう原理なのかはわからないが、さっきの木の棒と同じかそれ以下にまで軽くなっていた。両手どころか片手で掲げても問題ないレベル。
 これが……この剣の能力……。まさか、リファがさっき元素封入器エレメントを使えって言ってたのは、このため……? 

「本来の力を引き出せましたね。これで、戦えますか?」
「クローラ……どうしてお前がそれを知っている……」

 怪しげに微笑む彼女の背中に、リファが当然な疑問を投げかける。
 確かに。元々の持ち主を差し置いて、なぜ彼女がこの剣の構造やリファの元素封入器が動力源になっていることまで説明できる? 

 本来知りえないはずのことを知っている。 
 一体……お前は何者なんだよ、クローラ?

 俺とリファから疑いの目を持たれた女奴隷は、小さく鼻で笑うと一歩前に出た。

「積もる話は後にしましょう……心配せずとも、この戦いが終われば全部お話しますよ」
「でも!」

 納得できない。
 そう思われるのはさすがに彼女も想定済みだったのか、軽く肩を竦めた。

「まぁ、自己紹介くらいはしておくべきでしょうね」
「「え?」」

 自己紹介? ……どういうことだよ。
 呆けた声を上げる俺達に、くるりとクローラは振り返った。
 そして純粋無垢な目で俺達を見渡すと……。

「この際はっきりと申し上げますと。クローラ・クエリというのは、実は本名ではないのです」
「はい?」
「ああいえ、本名ではありますが、正式な名ではない……完全ではないとでも言いましょうか」

 サラッと衝撃の事実を明かすクローラさん。
 俺もリファも驚きを隠すことができない。
 本名ではあるけど正式名じゃない? 不完全? わからない……まったくもってわからない。

「申し訳ありません。騙すつもりはなかったのですが、訊かれもしなかったので。今まで有耶無耶なままにしていました。でも、これがいい機会なのかもしれません」

 だがそんな混乱する俺らをよそに、クローラは浴衣の裾を両手でつまんで、うやうやしくお辞儀をする。まるでドレスのスカートをたくし上げるように。
 奴隷の仕草とは思えない、令嬢や淑女を思わせる動き。
 演技には見えなかった。ずっと前からやっていたような、慣れた動作。

「では改めまして……宜しくお願いいたします。ご主人様、リファさん」

 あっけにとられる俺達に、彼女は静かに閉じていた目と口を開く。
 そして、ついに隠された自らの名を名乗った。






「私の名は、クローラ・クエリ・ワイヤード。帝国ワイヤード創始者にして初代帝王の血と系譜を継ぐ一族の末裔にございます」
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