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レベル5.女騎士と女奴隷と告白
8.女騎士と女奴隷と花火(前編)
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「はろー★」
しばらくそうやって公園でくつろいでいると、そんな声とともに謎の人物が現れた。
「おっと、今は夜だからぐっいぶにん、かな?」
少々濃い目の化粧に、茶色の髪をツインテールにまとめ、花魁風の浴衣を着込んでいるギャル風の女。
一瞬誰かと思ったが、その顔を見て俺はホッと安堵の息を吐く。
「じゃ気を取り直して。ぐっいぶにん! アクロバティック拾い食いスペシャリストセンパイ!」
だらなしない敬礼を決めながら言う彼女。
まだ自力では無理そうだったので、俺はリファとクローラに支えてもらいながら上半身を起こして軽く手を上げた。
「よぉ、自販機つり銭パカパカ二郎後輩」
「はいはーい、ナギちゃん参上でごぜぇやす。キャハ★」
バイト仲間にして大学の後輩、木村渚が太陽のように爽やかな笑顔でこちらにVサインを飛ばした。
「って、先輩血だらけじゃないっすか! 何があったんすか!? 救急車呼ばないと!」
「いや……リファ探し回ってるときにちょっと転んじゃってさ。結構人多くて足元見えづらくて」
「転んだって……」
「あと救急車はいいや……ちょっと休んで、家に帰ってちゃんと治療するよ。それでもひどけりゃ自分で病院に行く」
「はぁ……ならいいっすけど」
ひとまず俺の無事を確認して渚はほっと胸をなでおろした。
かと思うと、少し頬を膨らませて腰に両手を当てる。
「ったくう。にしても人が悪いっすよセンパイったら。あたしは一生懸命公園の管理人さんとかに事情話したりとかしてたのに。自分は隠れてこんなハーレムしてただなんて!」
「あぁ、それは本当にごめん」
リファがいなくなったということで、渚には色々と手伝ってもらっていたからな。見つかった時点ですぐに連絡を入れるべきだった。
原因の一端がこいつにあるとはいえ、彼女が怒るのも無理はないな。反省。
「青姦乱交すんならあたしも混ぜてくださいよぉぉぉぉぉ!!!」
「一秒前の反省しようとしてた俺を記憶から消し去りたい」
「じゃあ記憶がぶっ飛んじゃうくらいあたしと気持ちいいコトして忘れましょう」
「糞溜めでついた汚れをゲロ溜めで洗っても落ちるわけねぇんだよなぁ」
「いいですかセンパイ。この世に完全に清廉潔白な人間なんていないんすよ。互いの汚い部分も目を逸らさずに受け入ることにこそ意味がある。それが愛ってもんですよセンパイ」
「汚物の塊みたいな奴の当てこすりもそれに該当するのかよ?」
「何に?」
「頼むから自分の発言に責任くらい持ってくんないかなぁ~!」
「ふーんだ、センパイに四の五の言われる筋合いないですよーだ。あたしは一生懸命公園の管理人さんとかに事情話したりとかしてたのに。自分は隠れてこんなハーレムしてただなんて! 青姦乱交すんならあたしも混ぜてくださいよぉぉぉぉ!」
「会話の最中にビデオテープ巻き戻すんじゃねぇよ」
まぁそれはそれとして。どーしてこの場所がわかったんだ?
クローラと一緒にいるように頼んどいたはずだったんだけど。
「そんなん決まってるじゃないっすか。これですよこれ」
ギャルは待ってましたと言わんばかりに浴衣の袖からスマホを取り出した。
「センパイの位置はGPSでぜ~んぶ丸わかりっすからね。うろちょろしてた反応がこの公園で止まったようなんで、これは見っけたなって思ったんです。すぐ連絡しようと電話かけたんですが、センパイ全然出ないもんだからまさか何かあったのかなーって話をしたら、クロちゃんがパニクってダッシュで先行っちゃったので、急いで後を追っかけたってわけです。でもクロちゃん足早すぎるよー。こっちまで迷子になったら流石に目も当てらんないってマジ」
……。
「あのすまん、今なんと?」
「え? いやだからクロちゃんまで迷子になったら目も当てられないって」
「その前」
「クロちゃんの足が超瞬足だったからコーナーで差をつけられた」
「そのもうちょっと前」
「センパイが電話に出んわ」
「もう少し前」
「センパイの反応がこの公園で泊進ノ介」
「もうちょい前」
「センパイがあたしに会いたくて会いたくて震える」
「言ってねぇぇぇよ!! なんでテメェが俺のスマホの位置をGPSで追えるんだよ!」
知りたくて知りたくて震える俺はビシィ、と人差し指を彼女に突きつけて怒鳴る。追ってた俺もまた追われる側だったとは誰が予想しただろうか。
が、当の本人は悪びれない様子で動けない俺を煽る。
「そりゃセンパイとあたしは一心同体みたいなものっすから。どこにいたって場所を把握して、いつでもすっ飛んでけるようにしておくのはトーゼンっす」
「オメーと一心同体とか考えたくもねぇわ! 勝手に融合させんな!」
「ですよね! 一心同体だったらふつーにセックスできませんから! じゃあ合意も取れたことですし、さっそく別な意味で合体しましょセンパイ!」
「この受け答えを合意と捉えるお前の頭のフィルターの汚れ具合を見てみたいよマジで!」
ほとほと呆れ果てた俺が言うと、渚は何故か全くわからないがいきなり赤面した。
「いいですよ……センパイになら、あたしの汚いところ……全部見られてもいいって思ってますから」
掃除しろって意味なんだけどなぁ~!
「え? お掃除Fェラしてもらいたい? ならなおさらまず一発出してもらわないと……」
「お前よくそんな耳と脳しておいて今まで世渡りできたもんだな」
ムカついてムカついて(拳が)震える俺だったが、身体中が痛くて迫りくる変態を追っ払えない。
彼女は手をワキワキさせながらどんどん距離を縮めてくる。
「ほれほれ~。ラノベ特有の性に無頓着キャラのフリとかいらないんで、いい加減しょーじきになりましょーよ」
「ふざっけんなやめろバカ!」
「またまた、口ではそう言ってても全然抵抗してこないじゃないっすか~。嫌よ嫌よも好きのうちたぁこのことっすね」
怪我してるから動けねぇんだよォォォォ!
と声を大にして叫ぼうとしたその矢先である。
ぎゅむ、とギャルの頬が何者かの手によって両側から圧迫され、めちゃくちゃ変な形に歪む。そりゃもうこんな状況じゃなかったら大笑いしてるくらいに。
何が起きたのかと思って目線を移してみると。
俺を膝枕していたクローラとリファが、それぞれ近寄る渚を押し留めていたのである。
「渚殿、マスターは今手負いだ。少し休ませてやってはくれまいか」
「わかってるよ。だからゆっくり休めるとこに行きましょーって――」
「そー言って結局全力で疲れることをする気でしょ生ゴミさん」
ムスッとしながらそう言い、彼女達は変態を突っぱねた。
思わぬ反撃にギャルは不満げにむくれる。
「ぬぁによぉ~。自分達だけセンパイといい思いするとかずるくなーい? 恋人じゃあるまいし。独占禁止法違反だよ違反」
「恋人だ」
「んあ?」
「恋人です」
「お?」
きっぱりとなんの躊躇もなく言い放つ二人に、さすがの渚もあっけらかんとしている。
目をパチクリさせながら、俺の後輩は異世界人二人を交互に見つめて問う。
「え? 恋人って……え? どっちが?」
それにクローラとリファは目を閉じ、はっきりと答えた。
「「どっちも
です」
だ」
空気が死んだ。
それを聞いた誰もが絶句する以外の選択肢を根こそぎ削がれた。まぁこう言われて困惑しない方が無理な話だよな。
自分の撒いた種ではあるが、あらためて思うととんでもねぇことやらかしちまったな感はある。
「私達は二人共マスターの恋人だ。どっちもクソもない」
「え? いやあの……ちょい? ご自分が何を言ってるかおわかりで?」
「重々わかっておりますとも。これは全員で話し合って決めたことです」
涼しい顔で続ける二人に渚は完全に翻弄されている。俺では削りきれなかった体力ゲージが徐々に減っていくのが目に見えてわかるくらいだ。
「じょ、ジョーダンでしょセンパイ? これあれでしょ? 両方同時に告白してきてどっちか選べないからとりあえずお試し期間設けてーっていうあるある展開でしょ?」
「ぶっぶー、ですよ生ゴミさん」
「んにゃにぃ!?」
ムキになる渚に、クローラはさらなる驚愕の事実を得意げに語る。
「私達二人を恋人にしたいと仰ったのは、ご主人様ですよ」
空気、二度目の死を迎えるの巻。
くっそー、こうなることはいずれわかってたこととはいえ、せめてもうちょい言い訳を考える時間が欲しかったぁぁぁぁ……。
俺は今すぐ穴があったら入りたい衝動に駆られる。動けない身体がこれほどまでに恨めしいと思ったことはないや。
「単にどっちか選べなかったわけではない。純粋にマスターは私達の両方のことが好きになってしまったのだ。どちらかを弾くことでは幸せにはなれない、とな」
リファちゃんやめて~! 援護射撃のつもりでも今の俺にとってはフレンドリーファイアに他ならないんだよ~!
事実は事実だけに否定もできないから余計分が悪い。これ大バッシングされて最悪弱み握られて脅されるパターンだぞ!?
「……」
だが意外にもぼけーっと突っ立ってるだけの渚。ショックが強かったのか呆然としているようだ。こいつのこういうリアクションが見られるのは珍しい。
さてさて、次の一手はどう来るか……。
「……そっか」
ふっ、と彼女が切り替えた次の表情は……笑顔であった。
今までの汚いものとはちがう、爽やかで屈託のない笑み。
なんだか、悟りを開いたというか、色々と吹っ切れたというか……そんな顔だった。
どうしたんだろう、ちょっと予想外過ぎて戸惑っちゃうな。
「うん、わかった。それなら仕方ないか」
そう言って渚は浴衣の裾を股に挟んでしゃがみ込むと、クローラとリファにそっと手を差し出した。
「じゃあ、これからは正式に恋敵だね」
「ちったぁ懲りろよオメぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ホントにブレねぇなこいつは! ていうか今までは恋敵ですらなかったとかどんだけ上から目線なんだよ! 引き下がるって選択肢ないのか!
「なーに言ってんすか。あたしの油汚れ並のしつこさ甘く見てもらっちゃ困りますよ。こっちだって生半可な気持ちでいるわけじゃないんすから。不屈の魂夢に非ず。あたしの恋の炎はそう簡単には消えやしませんよ」
威張るところでもないのに胸を張って鼻を高くする木村女史。
まったく、こいつだけは本当に敵わないや。
「ってなわけで、せいぜいあたしにセンパイ盗られないよう気をつけるんだねリファっち、クロちゃん」
「ふん、望むところだ」
「私達の愛のほうが大きいに決まってますっ」
「そりゃどうかな~? おっぱいはあたしの方が大きいけど?」
「うぐっ!? そ、それは関係ないだろ!」
「そうです! それを言うなら私だってお腹周りの大きさは負けてません!」
「いやそれは逆に負けてるぞクローラ……」
……やれやれ。結局いつもと代わり映えのない展開になったな。
でもまぁ不幸中の幸い。そこまでこのネタでいじられることはなさそうだ。
やいのやいの騒ぎ立てる女子組であったが、それがいつまでも続くことはなかった。
パンパン、と。
手を叩いて全員の注目を集めることで中断させる者が現れたからだ。
「はーい、そこまで」
と、そんな軽い男の声。
俺は顔を少しだけ起こして入り口の方を見た。
そこには四角い眼鏡をかけた中年のおっさんが、顎の無精髭をさすりながらこちらに近づいてきていた。
「随分と仲がよろしいことで。両手に花ってやつ? いいねぇ、青春真っ盛りのガキどもは」
嫌味な言い方で煽ってくるその男性は、そうニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる。
その顔に見覚えのある俺と渚は、口を揃えてその男の名を呼んだ。
「「ポツダム宣言大好き太郎店長!?」」
「箱根だよ」
そう、我がバイト先の店長その人であった。
さっきの花火大会会場で俺が気絶させ、そのまま放置してた人である。
彼の表情は相変わらずのヘラヘラしたような感じだったが、どうも全身からイライラオーラみたいのが出てるっぽい。第一目が笑ってないし、こりゃもしかしなくてもお怒りでいらっしゃるようだ。
「もしかして蹴られたの根に持ってんですか?」
「別にぃ。僕は超寛容で超温厚な人間だからねぇ。君みたいにクッソ短気で暴力的で独善的で年上に敬意も払えないくせにいっちょまえに女の前ではいい顔していつも上手くもないラップを口ずさんでカッコつけてるけど服は全部しまむらで済ませてるようなセンス皆無の超どケチ自己中ポンコツ野郎とは違うんだから」
根に持ってた。
ていうか、だとしても完全に逆恨みだからな? 自分が勝手にリファやクローラのストリップ劇場を利用して客を引き込もうとしてたせいだからな?
「……えっと」
「……あのー」
そんな応酬を交わしてると、背後の異世界転生コンビがおずおずと口を挟んできた。
それを見た途端箱根さんはニコニコ笑顔を保持したまま、纏っていた禍々しい殺気を消した。
「やぁリファちゃん。クローラちゃん。どうも、さっきの屋台の時以来だね」
「……」
二人はどう接していいのかわからないのか、揃って軽く会釈を返すのみ。まぁこの人とはあんま接点ないからなぁ。
でも店長の方は元々そういうことは気にしない性格なのか、ペラペラと気さくに言葉をかけていく。
「いやー、僕ついさっき目が覚めてさ。そしたら店は勝手に閉まってるし、みんなはどっか行っちゃってるし。でもあとからナギちゃんから聞いた話だとリファちゃん迷子になったらしいじゃない? 心配したよ、本当に。でもま、こうして無事に見つかったようで何よりだ」
「……す、すまない。心配かけたみたいで」
「……えっと、ご騒がせしました」
「いいよいいよ別に。おっとそうだ」
謝罪して頭を下げる異世界人達に、彼は思い出したようにぽんと手を叩いた。
そしてこちらのもとまで歩きながらポケットの中をまさぐると、そこから何かを取り出し……。
「はい、リファちゃん。これ」
と言ってしゃがみこみ、それを女騎士に差し出した。
なにかと思って、三人共彼の手の中にあったものを覗き込む。
「……髪飾り?」
そう。綺麗な造花が施された綺麗な髪飾りであった。
俺はそれを見て少しだけ首を傾げる。
……なんだろう、どこかで見覚えのあるようなものだけど……。
「これ、落ちてたよ。公園のトイレの前に」
「え?」
「君のだろ? 今日頭につけてたじゃないか」
「……ん?」
……あれ? そうだっけ?
俺はますます頭に疑問符を浮かべ、リファの方を見る。
たしかに綺麗な髪だし、何かアクセサリでもと思う時はあったが。
俺が彼女にこんなものを買い与えた記憶はない、付けてるのを見たこともない。
箱根さんの言ってることが本当なら、一体いつからどこで彼女はこれを……?
「やだなぁ忘れちゃったの? 君が初めて僕の店に来たときだよ。バイト君がシフトの日についてきたことあったろ? そんでそこで一日だけバイトしたじゃないか」
「え? あ、ああ」
「そのときにさ、客の忘れ物入れにあったのをお礼にプレゼントしたんだよ。もう一年以上経ってるからいいだろってさ。覚えてる?」
「……そういえば、そうだったな」
……。
そう、だったか?
なんだろう。なんかしっくりこないというか……。いや、本人もそう言ってるから事実なんだろうけど。でも、すごく大切なことを忘れてる気がする。
そんな思慮にふける俺には目もくれず、しげしげとその100均に売ってそうな髪飾りを見つめながら箱根さんは言う。
「でも、リファちゃんあんましこれ気に入ってなかったのかな? 普段そんなにつけてないでしょ? まぁ確かに、安っぽくてすぐに壊れちゃいそうだもんねぇ」
「……そ、そうだな。別に私は装飾品なんぞに大して興味はないからな。今日はまぁ、お祭りだというから特別にということで付けはしたけど……」
「そうだね。大事なものならそう簡単に落としたりしないだろうし」
「まぁでも、一応礼は言うぞ。ありがとう」
「はいはいどういたしまして」
と言って、彼はその髪飾りを放り投げ、彼女はそれをキャッチ。そのまま頭に装着……ではなく、浴衣の袖に乱暴に突っ込んだ。
「リファさん、付けないのです?」
「どーせ似合わんからな」
クローラの言葉に冷めた物言いで返し、リファは小さく鼻息を吐いた。
俺がその様子をじっと見ていると、彼女は少しむくれて言ってくる。
「マスターだってそう思うだろう。私なんかがアクセサリなんて……」
「あ、いや……」
なんて言葉をかけてよいのかわからない。
というのも、さっきの疑念が未だに拭いきれてないからだ。あの髪飾り……本当にそんな経緯で手に入れてたっけか……? 数ヶ月前のことだから、忘れるはずがないのに……どうしてこんなにも記憶がぼやけてるんだろう。
「マスター?」
聞こえてないと思われたのか、再度呼びかけられた俺は我に返った。
するとリファが不安そうな表情でこちらを見つめている。
……ま、いいか。別に。たかが飾りだ。いちいち悩むこともないさ。
そう思った俺は、彼女の頭に手を置き、軽く撫でながらこう答えた。
「そんなもんなんか付けなくたって、お前は綺麗だよ」
「!」
かぁー、と彼女の顔がりんごみたいに真っ赤に染まる。
そして両手の人差し指を突き合わせながら、彼女は小声で礼を言った。
「……あ、ありがと」
かわいいな。
それを見た途端に、俺の耳元に少し熱がこもっていくのを感じる。
互いにテレテレしたまま黙っていると、見かねたように箱根さんがよっこらせ、と立ち上がると軽く腕を回した。
「ま、落とし物は届けたし。これで一件落着かな」
なんだ、もしかしてこれをリファに渡すためだけにここまで追っかけてきたのか? んなわけないよな。それとも俺らをまたバイトに引き戻しに?
「あぁそれはもういいよ。もう一度店舗を設営し直すのも面倒だし、十分儲けは出たしね。それに、花火ももうすぐ終わる頃合いだ」
「嘘ぉん!?」
それを聞いて驚きを隠せないのが渚ちゃん。急いでスマホを見て現在時刻を確認し、絶望的な表情になる。
「そんなぁー! 楽しみしてたのに~。迷子捜しだけで終わるとか最悪っすよもぉ~!」
わかるぞその気持ち。俺も一年前はしばらく意気消沈したまんまだったからな。
まぁ俺達は俺達で、超特等席で観覧できたからあまり残念ではないけど。
「まぁまぁそう落ち込まないでよ。いろいろ手伝ってくれたご褒美と言っちゃなんだけど、いいもの持ってきたからさ」
と言って、店長は背負っていたザックを下ろして、中からガサゴソと何かを取り出した。
ビニル製の袋に、何本もの派手な色合いをしている細い紙筒がぎゅう詰めになっている。
それは日本人なら誰もが一度はやったことのある、夏の風物詩。
「「花火だ」」
俺達が同時に言うと、箱根さんはニッコリと笑った。
「ここに来る途中コンビニで買ってきたんだ。もう夏も終わりだからって安かったもんでね」
「はなび……」
「あれが……?」
するとクローラとリファがきょとんとしながら首を傾げた。
先程見た花火とのスケールの違いに困惑しているようだ。
「あれは家庭用のおもちゃ花火だよ。さっきみたいに空に打ち上げるようなのとは別なタイプのやつ」
「花火にもおもちゃがあるのです?」
「うん。せっかくだしやってこうよ」
お互いに顔を見合わせる二人だったが、興味がそそられたのかすぐに笑顔でうなずいた。
「よし、そうと決まれば早速準備しようか。バケツも買ってきたから水汲んでくるね」
「ありがとうございます箱根さん。なんか色々してもらっちゃって」
「いいよいいよ。これ今日の君のバイト代替わりだから」
根に持ってんなぁ~。
ある意味これが一番ひどい仕打ちだぜ。釈然としないが、まぁいいか。
さてさて、そんなわけで水の準備も完了。付属のロウソクにも点火完了。
手持ち花火、線香花火、ロケット花火にねずみ花火。各々好きな花火を手にとって構える。
全員の準備が整ったことを確認すると、箱根さんは宣言した。
「それじゃあ、花火大会を始めようか」
しばらくそうやって公園でくつろいでいると、そんな声とともに謎の人物が現れた。
「おっと、今は夜だからぐっいぶにん、かな?」
少々濃い目の化粧に、茶色の髪をツインテールにまとめ、花魁風の浴衣を着込んでいるギャル風の女。
一瞬誰かと思ったが、その顔を見て俺はホッと安堵の息を吐く。
「じゃ気を取り直して。ぐっいぶにん! アクロバティック拾い食いスペシャリストセンパイ!」
だらなしない敬礼を決めながら言う彼女。
まだ自力では無理そうだったので、俺はリファとクローラに支えてもらいながら上半身を起こして軽く手を上げた。
「よぉ、自販機つり銭パカパカ二郎後輩」
「はいはーい、ナギちゃん参上でごぜぇやす。キャハ★」
バイト仲間にして大学の後輩、木村渚が太陽のように爽やかな笑顔でこちらにVサインを飛ばした。
「って、先輩血だらけじゃないっすか! 何があったんすか!? 救急車呼ばないと!」
「いや……リファ探し回ってるときにちょっと転んじゃってさ。結構人多くて足元見えづらくて」
「転んだって……」
「あと救急車はいいや……ちょっと休んで、家に帰ってちゃんと治療するよ。それでもひどけりゃ自分で病院に行く」
「はぁ……ならいいっすけど」
ひとまず俺の無事を確認して渚はほっと胸をなでおろした。
かと思うと、少し頬を膨らませて腰に両手を当てる。
「ったくう。にしても人が悪いっすよセンパイったら。あたしは一生懸命公園の管理人さんとかに事情話したりとかしてたのに。自分は隠れてこんなハーレムしてただなんて!」
「あぁ、それは本当にごめん」
リファがいなくなったということで、渚には色々と手伝ってもらっていたからな。見つかった時点ですぐに連絡を入れるべきだった。
原因の一端がこいつにあるとはいえ、彼女が怒るのも無理はないな。反省。
「青姦乱交すんならあたしも混ぜてくださいよぉぉぉぉぉ!!!」
「一秒前の反省しようとしてた俺を記憶から消し去りたい」
「じゃあ記憶がぶっ飛んじゃうくらいあたしと気持ちいいコトして忘れましょう」
「糞溜めでついた汚れをゲロ溜めで洗っても落ちるわけねぇんだよなぁ」
「いいですかセンパイ。この世に完全に清廉潔白な人間なんていないんすよ。互いの汚い部分も目を逸らさずに受け入ることにこそ意味がある。それが愛ってもんですよセンパイ」
「汚物の塊みたいな奴の当てこすりもそれに該当するのかよ?」
「何に?」
「頼むから自分の発言に責任くらい持ってくんないかなぁ~!」
「ふーんだ、センパイに四の五の言われる筋合いないですよーだ。あたしは一生懸命公園の管理人さんとかに事情話したりとかしてたのに。自分は隠れてこんなハーレムしてただなんて! 青姦乱交すんならあたしも混ぜてくださいよぉぉぉぉ!」
「会話の最中にビデオテープ巻き戻すんじゃねぇよ」
まぁそれはそれとして。どーしてこの場所がわかったんだ?
クローラと一緒にいるように頼んどいたはずだったんだけど。
「そんなん決まってるじゃないっすか。これですよこれ」
ギャルは待ってましたと言わんばかりに浴衣の袖からスマホを取り出した。
「センパイの位置はGPSでぜ~んぶ丸わかりっすからね。うろちょろしてた反応がこの公園で止まったようなんで、これは見っけたなって思ったんです。すぐ連絡しようと電話かけたんですが、センパイ全然出ないもんだからまさか何かあったのかなーって話をしたら、クロちゃんがパニクってダッシュで先行っちゃったので、急いで後を追っかけたってわけです。でもクロちゃん足早すぎるよー。こっちまで迷子になったら流石に目も当てらんないってマジ」
……。
「あのすまん、今なんと?」
「え? いやだからクロちゃんまで迷子になったら目も当てられないって」
「その前」
「クロちゃんの足が超瞬足だったからコーナーで差をつけられた」
「そのもうちょっと前」
「センパイが電話に出んわ」
「もう少し前」
「センパイの反応がこの公園で泊進ノ介」
「もうちょい前」
「センパイがあたしに会いたくて会いたくて震える」
「言ってねぇぇぇよ!! なんでテメェが俺のスマホの位置をGPSで追えるんだよ!」
知りたくて知りたくて震える俺はビシィ、と人差し指を彼女に突きつけて怒鳴る。追ってた俺もまた追われる側だったとは誰が予想しただろうか。
が、当の本人は悪びれない様子で動けない俺を煽る。
「そりゃセンパイとあたしは一心同体みたいなものっすから。どこにいたって場所を把握して、いつでもすっ飛んでけるようにしておくのはトーゼンっす」
「オメーと一心同体とか考えたくもねぇわ! 勝手に融合させんな!」
「ですよね! 一心同体だったらふつーにセックスできませんから! じゃあ合意も取れたことですし、さっそく別な意味で合体しましょセンパイ!」
「この受け答えを合意と捉えるお前の頭のフィルターの汚れ具合を見てみたいよマジで!」
ほとほと呆れ果てた俺が言うと、渚は何故か全くわからないがいきなり赤面した。
「いいですよ……センパイになら、あたしの汚いところ……全部見られてもいいって思ってますから」
掃除しろって意味なんだけどなぁ~!
「え? お掃除Fェラしてもらいたい? ならなおさらまず一発出してもらわないと……」
「お前よくそんな耳と脳しておいて今まで世渡りできたもんだな」
ムカついてムカついて(拳が)震える俺だったが、身体中が痛くて迫りくる変態を追っ払えない。
彼女は手をワキワキさせながらどんどん距離を縮めてくる。
「ほれほれ~。ラノベ特有の性に無頓着キャラのフリとかいらないんで、いい加減しょーじきになりましょーよ」
「ふざっけんなやめろバカ!」
「またまた、口ではそう言ってても全然抵抗してこないじゃないっすか~。嫌よ嫌よも好きのうちたぁこのことっすね」
怪我してるから動けねぇんだよォォォォ!
と声を大にして叫ぼうとしたその矢先である。
ぎゅむ、とギャルの頬が何者かの手によって両側から圧迫され、めちゃくちゃ変な形に歪む。そりゃもうこんな状況じゃなかったら大笑いしてるくらいに。
何が起きたのかと思って目線を移してみると。
俺を膝枕していたクローラとリファが、それぞれ近寄る渚を押し留めていたのである。
「渚殿、マスターは今手負いだ。少し休ませてやってはくれまいか」
「わかってるよ。だからゆっくり休めるとこに行きましょーって――」
「そー言って結局全力で疲れることをする気でしょ生ゴミさん」
ムスッとしながらそう言い、彼女達は変態を突っぱねた。
思わぬ反撃にギャルは不満げにむくれる。
「ぬぁによぉ~。自分達だけセンパイといい思いするとかずるくなーい? 恋人じゃあるまいし。独占禁止法違反だよ違反」
「恋人だ」
「んあ?」
「恋人です」
「お?」
きっぱりとなんの躊躇もなく言い放つ二人に、さすがの渚もあっけらかんとしている。
目をパチクリさせながら、俺の後輩は異世界人二人を交互に見つめて問う。
「え? 恋人って……え? どっちが?」
それにクローラとリファは目を閉じ、はっきりと答えた。
「「どっちも
です」
だ」
空気が死んだ。
それを聞いた誰もが絶句する以外の選択肢を根こそぎ削がれた。まぁこう言われて困惑しない方が無理な話だよな。
自分の撒いた種ではあるが、あらためて思うととんでもねぇことやらかしちまったな感はある。
「私達は二人共マスターの恋人だ。どっちもクソもない」
「え? いやあの……ちょい? ご自分が何を言ってるかおわかりで?」
「重々わかっておりますとも。これは全員で話し合って決めたことです」
涼しい顔で続ける二人に渚は完全に翻弄されている。俺では削りきれなかった体力ゲージが徐々に減っていくのが目に見えてわかるくらいだ。
「じょ、ジョーダンでしょセンパイ? これあれでしょ? 両方同時に告白してきてどっちか選べないからとりあえずお試し期間設けてーっていうあるある展開でしょ?」
「ぶっぶー、ですよ生ゴミさん」
「んにゃにぃ!?」
ムキになる渚に、クローラはさらなる驚愕の事実を得意げに語る。
「私達二人を恋人にしたいと仰ったのは、ご主人様ですよ」
空気、二度目の死を迎えるの巻。
くっそー、こうなることはいずれわかってたこととはいえ、せめてもうちょい言い訳を考える時間が欲しかったぁぁぁぁ……。
俺は今すぐ穴があったら入りたい衝動に駆られる。動けない身体がこれほどまでに恨めしいと思ったことはないや。
「単にどっちか選べなかったわけではない。純粋にマスターは私達の両方のことが好きになってしまったのだ。どちらかを弾くことでは幸せにはなれない、とな」
リファちゃんやめて~! 援護射撃のつもりでも今の俺にとってはフレンドリーファイアに他ならないんだよ~!
事実は事実だけに否定もできないから余計分が悪い。これ大バッシングされて最悪弱み握られて脅されるパターンだぞ!?
「……」
だが意外にもぼけーっと突っ立ってるだけの渚。ショックが強かったのか呆然としているようだ。こいつのこういうリアクションが見られるのは珍しい。
さてさて、次の一手はどう来るか……。
「……そっか」
ふっ、と彼女が切り替えた次の表情は……笑顔であった。
今までの汚いものとはちがう、爽やかで屈託のない笑み。
なんだか、悟りを開いたというか、色々と吹っ切れたというか……そんな顔だった。
どうしたんだろう、ちょっと予想外過ぎて戸惑っちゃうな。
「うん、わかった。それなら仕方ないか」
そう言って渚は浴衣の裾を股に挟んでしゃがみ込むと、クローラとリファにそっと手を差し出した。
「じゃあ、これからは正式に恋敵だね」
「ちったぁ懲りろよオメぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ホントにブレねぇなこいつは! ていうか今までは恋敵ですらなかったとかどんだけ上から目線なんだよ! 引き下がるって選択肢ないのか!
「なーに言ってんすか。あたしの油汚れ並のしつこさ甘く見てもらっちゃ困りますよ。こっちだって生半可な気持ちでいるわけじゃないんすから。不屈の魂夢に非ず。あたしの恋の炎はそう簡単には消えやしませんよ」
威張るところでもないのに胸を張って鼻を高くする木村女史。
まったく、こいつだけは本当に敵わないや。
「ってなわけで、せいぜいあたしにセンパイ盗られないよう気をつけるんだねリファっち、クロちゃん」
「ふん、望むところだ」
「私達の愛のほうが大きいに決まってますっ」
「そりゃどうかな~? おっぱいはあたしの方が大きいけど?」
「うぐっ!? そ、それは関係ないだろ!」
「そうです! それを言うなら私だってお腹周りの大きさは負けてません!」
「いやそれは逆に負けてるぞクローラ……」
……やれやれ。結局いつもと代わり映えのない展開になったな。
でもまぁ不幸中の幸い。そこまでこのネタでいじられることはなさそうだ。
やいのやいの騒ぎ立てる女子組であったが、それがいつまでも続くことはなかった。
パンパン、と。
手を叩いて全員の注目を集めることで中断させる者が現れたからだ。
「はーい、そこまで」
と、そんな軽い男の声。
俺は顔を少しだけ起こして入り口の方を見た。
そこには四角い眼鏡をかけた中年のおっさんが、顎の無精髭をさすりながらこちらに近づいてきていた。
「随分と仲がよろしいことで。両手に花ってやつ? いいねぇ、青春真っ盛りのガキどもは」
嫌味な言い方で煽ってくるその男性は、そうニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる。
その顔に見覚えのある俺と渚は、口を揃えてその男の名を呼んだ。
「「ポツダム宣言大好き太郎店長!?」」
「箱根だよ」
そう、我がバイト先の店長その人であった。
さっきの花火大会会場で俺が気絶させ、そのまま放置してた人である。
彼の表情は相変わらずのヘラヘラしたような感じだったが、どうも全身からイライラオーラみたいのが出てるっぽい。第一目が笑ってないし、こりゃもしかしなくてもお怒りでいらっしゃるようだ。
「もしかして蹴られたの根に持ってんですか?」
「別にぃ。僕は超寛容で超温厚な人間だからねぇ。君みたいにクッソ短気で暴力的で独善的で年上に敬意も払えないくせにいっちょまえに女の前ではいい顔していつも上手くもないラップを口ずさんでカッコつけてるけど服は全部しまむらで済ませてるようなセンス皆無の超どケチ自己中ポンコツ野郎とは違うんだから」
根に持ってた。
ていうか、だとしても完全に逆恨みだからな? 自分が勝手にリファやクローラのストリップ劇場を利用して客を引き込もうとしてたせいだからな?
「……えっと」
「……あのー」
そんな応酬を交わしてると、背後の異世界転生コンビがおずおずと口を挟んできた。
それを見た途端箱根さんはニコニコ笑顔を保持したまま、纏っていた禍々しい殺気を消した。
「やぁリファちゃん。クローラちゃん。どうも、さっきの屋台の時以来だね」
「……」
二人はどう接していいのかわからないのか、揃って軽く会釈を返すのみ。まぁこの人とはあんま接点ないからなぁ。
でも店長の方は元々そういうことは気にしない性格なのか、ペラペラと気さくに言葉をかけていく。
「いやー、僕ついさっき目が覚めてさ。そしたら店は勝手に閉まってるし、みんなはどっか行っちゃってるし。でもあとからナギちゃんから聞いた話だとリファちゃん迷子になったらしいじゃない? 心配したよ、本当に。でもま、こうして無事に見つかったようで何よりだ」
「……す、すまない。心配かけたみたいで」
「……えっと、ご騒がせしました」
「いいよいいよ別に。おっとそうだ」
謝罪して頭を下げる異世界人達に、彼は思い出したようにぽんと手を叩いた。
そしてこちらのもとまで歩きながらポケットの中をまさぐると、そこから何かを取り出し……。
「はい、リファちゃん。これ」
と言ってしゃがみこみ、それを女騎士に差し出した。
なにかと思って、三人共彼の手の中にあったものを覗き込む。
「……髪飾り?」
そう。綺麗な造花が施された綺麗な髪飾りであった。
俺はそれを見て少しだけ首を傾げる。
……なんだろう、どこかで見覚えのあるようなものだけど……。
「これ、落ちてたよ。公園のトイレの前に」
「え?」
「君のだろ? 今日頭につけてたじゃないか」
「……ん?」
……あれ? そうだっけ?
俺はますます頭に疑問符を浮かべ、リファの方を見る。
たしかに綺麗な髪だし、何かアクセサリでもと思う時はあったが。
俺が彼女にこんなものを買い与えた記憶はない、付けてるのを見たこともない。
箱根さんの言ってることが本当なら、一体いつからどこで彼女はこれを……?
「やだなぁ忘れちゃったの? 君が初めて僕の店に来たときだよ。バイト君がシフトの日についてきたことあったろ? そんでそこで一日だけバイトしたじゃないか」
「え? あ、ああ」
「そのときにさ、客の忘れ物入れにあったのをお礼にプレゼントしたんだよ。もう一年以上経ってるからいいだろってさ。覚えてる?」
「……そういえば、そうだったな」
……。
そう、だったか?
なんだろう。なんかしっくりこないというか……。いや、本人もそう言ってるから事実なんだろうけど。でも、すごく大切なことを忘れてる気がする。
そんな思慮にふける俺には目もくれず、しげしげとその100均に売ってそうな髪飾りを見つめながら箱根さんは言う。
「でも、リファちゃんあんましこれ気に入ってなかったのかな? 普段そんなにつけてないでしょ? まぁ確かに、安っぽくてすぐに壊れちゃいそうだもんねぇ」
「……そ、そうだな。別に私は装飾品なんぞに大して興味はないからな。今日はまぁ、お祭りだというから特別にということで付けはしたけど……」
「そうだね。大事なものならそう簡単に落としたりしないだろうし」
「まぁでも、一応礼は言うぞ。ありがとう」
「はいはいどういたしまして」
と言って、彼はその髪飾りを放り投げ、彼女はそれをキャッチ。そのまま頭に装着……ではなく、浴衣の袖に乱暴に突っ込んだ。
「リファさん、付けないのです?」
「どーせ似合わんからな」
クローラの言葉に冷めた物言いで返し、リファは小さく鼻息を吐いた。
俺がその様子をじっと見ていると、彼女は少しむくれて言ってくる。
「マスターだってそう思うだろう。私なんかがアクセサリなんて……」
「あ、いや……」
なんて言葉をかけてよいのかわからない。
というのも、さっきの疑念が未だに拭いきれてないからだ。あの髪飾り……本当にそんな経緯で手に入れてたっけか……? 数ヶ月前のことだから、忘れるはずがないのに……どうしてこんなにも記憶がぼやけてるんだろう。
「マスター?」
聞こえてないと思われたのか、再度呼びかけられた俺は我に返った。
するとリファが不安そうな表情でこちらを見つめている。
……ま、いいか。別に。たかが飾りだ。いちいち悩むこともないさ。
そう思った俺は、彼女の頭に手を置き、軽く撫でながらこう答えた。
「そんなもんなんか付けなくたって、お前は綺麗だよ」
「!」
かぁー、と彼女の顔がりんごみたいに真っ赤に染まる。
そして両手の人差し指を突き合わせながら、彼女は小声で礼を言った。
「……あ、ありがと」
かわいいな。
それを見た途端に、俺の耳元に少し熱がこもっていくのを感じる。
互いにテレテレしたまま黙っていると、見かねたように箱根さんがよっこらせ、と立ち上がると軽く腕を回した。
「ま、落とし物は届けたし。これで一件落着かな」
なんだ、もしかしてこれをリファに渡すためだけにここまで追っかけてきたのか? んなわけないよな。それとも俺らをまたバイトに引き戻しに?
「あぁそれはもういいよ。もう一度店舗を設営し直すのも面倒だし、十分儲けは出たしね。それに、花火ももうすぐ終わる頃合いだ」
「嘘ぉん!?」
それを聞いて驚きを隠せないのが渚ちゃん。急いでスマホを見て現在時刻を確認し、絶望的な表情になる。
「そんなぁー! 楽しみしてたのに~。迷子捜しだけで終わるとか最悪っすよもぉ~!」
わかるぞその気持ち。俺も一年前はしばらく意気消沈したまんまだったからな。
まぁ俺達は俺達で、超特等席で観覧できたからあまり残念ではないけど。
「まぁまぁそう落ち込まないでよ。いろいろ手伝ってくれたご褒美と言っちゃなんだけど、いいもの持ってきたからさ」
と言って、店長は背負っていたザックを下ろして、中からガサゴソと何かを取り出した。
ビニル製の袋に、何本もの派手な色合いをしている細い紙筒がぎゅう詰めになっている。
それは日本人なら誰もが一度はやったことのある、夏の風物詩。
「「花火だ」」
俺達が同時に言うと、箱根さんはニッコリと笑った。
「ここに来る途中コンビニで買ってきたんだ。もう夏も終わりだからって安かったもんでね」
「はなび……」
「あれが……?」
するとクローラとリファがきょとんとしながら首を傾げた。
先程見た花火とのスケールの違いに困惑しているようだ。
「あれは家庭用のおもちゃ花火だよ。さっきみたいに空に打ち上げるようなのとは別なタイプのやつ」
「花火にもおもちゃがあるのです?」
「うん。せっかくだしやってこうよ」
お互いに顔を見合わせる二人だったが、興味がそそられたのかすぐに笑顔でうなずいた。
「よし、そうと決まれば早速準備しようか。バケツも買ってきたから水汲んでくるね」
「ありがとうございます箱根さん。なんか色々してもらっちゃって」
「いいよいいよ。これ今日の君のバイト代替わりだから」
根に持ってんなぁ~。
ある意味これが一番ひどい仕打ちだぜ。釈然としないが、まぁいいか。
さてさて、そんなわけで水の準備も完了。付属のロウソクにも点火完了。
手持ち花火、線香花火、ロケット花火にねずみ花火。各々好きな花火を手にとって構える。
全員の準備が整ったことを確認すると、箱根さんは宣言した。
「それじゃあ、花火大会を始めようか」
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