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レベル50.女騎士と女奴隷と新しい日々

8.女騎士と女奴隷とライバル

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 翌日。

 のどかな秋晴れの昼さがり。
 俺は久々のバイト先であるカフェ「Hot Dog」へと向かうべく、下町の商店街を歩いていた。
 日曜日ではあるのだが人通りはまばらで、すれ違う人数も片手で数えられるほどだった。

「入学式が終わったら、次の日から早速授業かと思っていたのだが……まさかの休日とは。ちょっと出鼻くじかれた気分だな」

 頭の後ろで手を組みながら隣の女騎士がつまらなそうに言う。
 残念がってるようだけど、二日酔いでダウンして昼前までベッドの中にいたのをもうお忘れかね。初日遅刻を免れたことをありがたがるべき状況だと思うが。
 と思っていると、クローラが人差し指を一本立てて自慢げに解説を始めた。

「出かける前に少し調べたのですが、なんでも『にちようび』というものは学校だけでなく、大抵の仕事場などもお休みだそうですよ。六日行ったら次の日はのんびりできるということですね」
「なるほど、定期的にやってくる休暇というわけだな。あまり私達にはピンとこない話だが」

 そりゃこれまでずっと自宅警備隊でしたからね。毎日が日曜日でしたからね。
 これから生活スタイルがガラッと変わるわけだが、ちゃんとやってけるか心配だよ。
 確かに中学高校と比べりゃ幾分か楽かもしれんけど、二人はそれらをすっ飛ばしてきている。年齢的な意味での措置ってのはわかるが、不安は拭えないよなぁ。ハードすぎてすぐにギブアップなんてことにならなければいいけど。

「なんだ、そんなこと気にしてたのか」

 そのことを遠回しに彼女達に伝えると、何故か拍子抜けしたような顔をされた。

「安心しろ、私を誰だと思ってる。元帝国騎士団所属の兵長だぞ。常に気が抜けない過酷な現場をいくつもくぐり抜けてきた身だ。そう簡単には音は上げないさ」
「クローラも大丈夫ですよ。奴隷ゆえ、休みなんてものとは一切縁のない、働きずくめの毎日でございましたし」
「……」

 そっか。ピンとこないってのはそういう意味か。
 たしかにこっちに転生してきてから今に至るまでは、学校にも職場にも行かなくていい毎日だった。だけど、転生前――つまりは二人がまだ異世界で生活していた頃は、比べ物にならないくらいキツイ暮らしを送ってきてたんだ。
 騎士、奴隷。俺はワイヤード人じゃないけど、名前だけで非常に辛く苦しい、それこそ命がけと言っても過言ではないものであることは容易に想像できる。
 週五日や六日学校に通う日が増える程度は、彼女らにとっては大した違いでもないのだろう。
 ポンコツに見えても、培ってきた精神力はとてつもなく強い。
 確かに杞憂だったかもな。

「まぁ休みならしょうがない。今日は明日に備えてしっかり英気を養おうではないか」
「ですね」

 と、二人は納得して同時に頷くが。
 俺には残る疑問が一つだけ。

「あのさ二人共」
「ん? どうした?」
「はい、何でしょう」

 俺は立ち止まると、無垢な瞳を向けてくる二人の恋人に、素朴な質問を飛ばした。

「なんで二人がついてきてるわけ?」

 そう。いつもならお家でお留守番しているはずの異世界コンビが何故か俺にくっついてきているのである。
 家を出るときからあまりにもナチュラルに同行してきていたので、いつもの通勤手段のはずの自転車でなくわざわざ徒歩でここまで来てしまっていた。

「あ、すみません。もしかして、お邪魔でしたか?」

 軽い気持ちで訊いただけなのに、クローラは申し訳なさそうにそう言うもんだから俺はびっくり大仰天。

「違っ、いやいやそんなことないよ! ただ突然どうしたのかなーって、ちょっと不思議に思っただけで邪魔なんて全然思ってないから! むしろ嬉しいくらいだし、こうやって三人で歩くのすごく楽しいから。だから――」

 慌てふためきながら弁解すると、女奴隷はその悲しげな表情はどこへやら、可愛らしくクスクスと笑い始めた。

「冗談ですよ主くんってば。本当は生ゴミさんから連絡があったんです」

 なんだ冗談かよ。もうびっくりしたなぁ。
 だけど、クローラでもこんなふうに人並みに他人をからかうことができるようになったんだな。それはちょっと喜ばしいかも。

「でも、渚から連絡ってのはどういうことだ?」
「今朝彼女からめぇるがあってな。なんでもマスターと共に職場まで来てくれと」

 すると今度はリファが欠伸混じりに事情を説明してきた。
 あいつが一体何の用だよ。またどうせろくでもないこと企んでるに決まってるだろうけど。
 ただでさえ最近Hot Dogの客入りがよくなって忙しさも増してきてるってのに、余計なことしてくれたらたまったもんじゃないよ。。

「でも生ゴミさん、なんかいつにもまして不機嫌そうでしたね」
「ああ。必要最低限のことしか書いてなかったし。いつもだったら冗長な無駄話から入るはずなのだが」
「マジかい。ちょい見してみ」

 態度が伝わりにくい字面でわかるほどの不機嫌さとはこれいかに。
 気になった俺はリファからスマホを受け取ると、件のメールを確認。

『きょうセンパイと一緒にバイトさき来て はやく』

 以上。
 うーむ、こりゃまたあいつにしちゃ珍しい文章。
 不機嫌というか焦ってる感じがしなくもない。ところどころ漢字使われてないし、相当急いで文字打ちしたことがうかがえる。
 なんだろ、忙しすぎて助っ人が必要とか? だとしたら人選ミスにもほどがあるというか……猫の手も借りたいというやつ?
 とにかく、出勤時間まではまだ余裕があるけど少し急いだほうがよさそうかな。

「よし、あいつも何か困ってるみたいだし。ちょっと走っていくぞ」
「はい、主くん」
「了解だマスター」

 笑顔でうなずく二人の手を取ると、俺はその静けさの漂う商店街を突っ切っていった。

 ○

 そして。
 ものの数分でその街角にちょこんと構えている、シンプルな外観の喫茶店に到着。

「ちーっす……ってあれ?」

 息の荒い挨拶をしながら中に入ったが、全員すぐに歩を止めた。
 そりゃそうだ。なんたって店内の様子は、以前とまったく変わらないガラッガラのスッカスカなのだったから。
 よくよく見ると、ドアの外面には「CLOSE」の掛札が。とっくに開店時間は過ぎてるはずなのに、どういうことだろう。
 当然ではあるが、そのせいで中には人っ子一人いない。いや、正確には人っ子一人しかいなかった。
 その一人は、カウンターテーブルで不満げにスマホを弄っている。チェックのスカーフと前掛けエプロンが特徴的な制服を着込んだ、二十歳くらいの少女。

「うぃーっす」

 大学の後輩にしてバイトの同僚、木村渚は画面から目を離さないまま、片手だけを上げてけだるげな返事を返した。
 テンション低っ。こいつも二日酔いか? いやこいつに限ってそんなことあるわけないよな。彼女の肝臓のタフさは俺がよく知っている。

「どーしたよ、やけに機嫌悪そうじゃないか。珍しい」
「……」

 そう言ってみても、彼女はムスッとしたまましかめ面でいるだけ。
 あのテンション常時ハイな奴がここまでむくれるなんて……きっと相当のことがあったに違いない。
 店長と喧嘩したか? それとも学校や友人関係でなんかトラブルがあったか?
 俺があれこれと考察を開始しようとしたその時である。

「やぁやぁやぁやぁ! よく来てくれたねぇ諸君!」

 渚とはこれでもかというほど対照的な笑顔で店の奥からやってきた男性が約一名。
 四角メガネと無精髭がよく似合う、ダンディな風貌の中年男性。
 Hot Dog 店長、箱根さんであった。
 かれはここ最近の売上が芳しくなってからかなりご満悦な様子でいる。だが今日は昨日まで以上にごきげんなようだ。なにか別の要因があるのだろう。

「店長……どうしたんすか。店、もう開いてる時間じゃ」
「それを今から説明しようとしてたんだよ。まま、とりあえずそこに座って座って」

 異様な勢いで促されるまま、俺達は全員揃って渚と同じカウンター席に座らされた。
 そして店長はコホンと軽く咳払いすると、真面目そうな顔つきで話し始めた。

「えー、本日は君達に重大発表があります」
「なぁぽん太郎どこいった?」

 べし、と早くも話の腰を折ろうとした女騎士を、俺とクローラが軽くひっぱたいて黙らせる。

「あの、それって店閉めてまで伝えなきゃならないことなんですか?」
「落ち着いて話ができるようにしたいと思ってね。だから今日は午後から開店ってことで」
「はぁ……それで、話とは一体?」
「ふっふーん、よくぞ訊いてくれました。実は……」

 ずっと言いたくて仕方がなかったというように気色悪く笑うと、彼は両手を広げて高らかに言った。

「本日よりこの店に、新人のバイトを雇うことになりましたー! はい拍手―!」
「……」

 パチパチパチパチ……と店長一人だけの空虚なクラップが店内に響き渡る。俺達はただポカンとしてその一人で舞い上がってるヒゲオヤジを見つめているだけ。

「ん? なんだよぅみんな。シラーっとしちゃってさ。新人だよ新人! ニューカマー! 喜ばしいことじゃぁないか」
「いや、まぁそうかもですけど」
「しかも女子だよ女子! ぴっちぴちの大学生でめっちゃ可愛いんだよ! 嬉しくないの?」

 いや、既に恋人いますから別にどうとも思いませんですハイ。
 ……しかし大学生か。春にやってくるならわかるけど、この時期にってのは中途半端な気もする。ていうか、ここバイト募集なんてやってたっけ?

「いやぁ、最近めっちゃ客が増えて忙しいじゃん? ほら、例の有名ブロガーがうちのこと記事にしてくれたからさ。だからここいらで人で増やしておこうかと思って」
「なるほど……悪くはない案だとは思いますが、その新人って?」
「ああ。実はもう来てるんだよ、んで今日が初出勤」
「今日から!?」

 そりゃいくらなんでも急すぎないか? 研修プログラムとか教育係とか、そのへん色々決めてからにしておいた方が……。

「それなら心配ないさ。彼女、高校時代に別の喫茶店でバイトしてたらしいから。それなりに経験はあると思ってね。少なくとも接客メインでやってもらう分には問題ないんじゃないかな」

 そうだったのか。まぁそんなら特に心配することもないか。
 でも、元々別の喫茶店にいたならなんでこのカフェに? 地元から引っ越ししたから?

「さぁ。そこまでは聞いてなかったけど。なんなら本人に直接尋ねてみたらいいんじゃないかな」

 まぁそれもそうか。どんな人なのか興味があることにはあるし。
 女子で大学生。この秋から入ってくるめっちゃ可愛い新人さん。
 ……。
 …………。
 ………………。
 うん?
 なんか自分で言ってて妙に引っかかる点がチラホラと。
 いや、別に確証のないただの勘でしかないわけだけど。どうにもこの後やってくるであろう人物が誰かぼんやりと浮かんでしまうというか……。そう、まるで白い垂れ幕に写し出されたシルエットみたいに。
 まさか……そんなわけないよね? ね?

「じゃあそろそろご対面といこうか。カモォン!」

 パチン、と店長が軽快に指を鳴らす音がしたのを合図に俺達を隔てていたカーテンが上がった。そして入場せし新たなるバイト仲間。
 せかせかと一切無駄のない素早い歩きで舞台へと姿を現したその人物は……。

「どうも」

 と一切無駄のない挨拶をした。
 ただそれだけなのに、俺は開いた口が塞がらなかった。
 なんで……なんでよりにもよってキミが、よりにもよってHot Dogに?

「紹介するよ、八越未來ちゃんだ。さ、挨拶して」

 店長に促されると、彼女はぺこりとお辞儀をした。

「これからこの店で働かせていただくことになりましたので、よろしくおねがいします」

 その一切の無駄のない挨拶をして、既に新品の制服に身を包んでいた八越未來は頭を上げる。
 なんてことだ。新しいアパートの住民が、新しい大学の後輩でもあって、その上新しいバイトの同僚でもあっただとぉ!? どんな偶然だよこれ!?

 まずいな、昨日あんなことがあったばっかだってのに、はいよろしくって言い返せるわけあるか! 
 どうしよう、未來だってきっと困ってるに違いない。いくら酔っていたとはいえ、自分が突っかかって罵倒した相手が目の前にいるとなると気まずさは半端ないだろうに。
 くそう、この場をなんとか温和に保つ方法は……。

 ちらっ、とこういうときに頼りになりそうな渚を見ても、さっきからそっぽを向いたままである。肝心のムードメイカーがこれじゃどうしようもないじゃないか!
 と、半ば絶望仕掛けたその時。思わぬ人物が声を上げた。

「未來ちゃん!」

 席を立って嬉しそうに彼女へ駆け寄ったのは、何とクローラだった。
 これは誰もが予想外だったのか、それを見ていた誰もが目を丸くした。

「未來ちゃんもここで働くんだ! すごいね! その服よく似合ってるよ!」

 まさかのタメ口。誰に対しても丁寧語で物腰低く接していた彼女が、である。一体どういうことだってばよ?

「はい。昨日の夜話して友達になろうって決めたんです。ほら、『がくゆう』ってやつですよ」
「そ、そうか……」

 俺達が寝ている間にそんなことが……。確かにこいつらなら仲良くできそうだなーとは思ってたけど。飲み会のときも息ぴったりだったし。

「ねー、未來ちゃん?」
「……」

 だが未來の方はそれをガン無視して、ツカツカと俺の元へ素早く近づいてきた。そりゃもう目と鼻が触れ合うくらいギリギリの位置まで。ちょっと怖い。俺は年甲斐もなくたじろいでしまった。

「えっと……未來?」
「……」

 じーっと、無言でこちらを眼鏡越しに睨みつけてくる未來さん。
 なんだろう、いつもと様子が違う。まさかまた豹変モード入っちゃってる? やっぱ昨日の件、まだ怒ってるのかな。 
 昨日彼女がヒスりだした理由。それは俺がひどく女癖の悪い奴に見えたからだ。まぁ至極まっとうな理由だし、俺には一部一輪返す余地もない。見ていて気持ちのいいものではなかったのは確かだろう。
 その証拠に、彼女の表情からは何の感情も感じられない。ひどく冷淡で無機質なものであった。
 あかん。バイト初日でこれとかシャレにならんぞ。これから一緒に働く以上、コミュニケーションはきちんと良好に保つ必要がある。客を前にする商売ならなおさらだ。
 よし、ここは先輩らしく潔く謝ってけじめを――。

「先輩は穢れてます」

 痛恨の一撃。
 目に見えない言葉の力に吹き飛ばされて、俺はフローリングの床を転がった。

「ぐはっ……」

 あまりにも突然の衝撃。
 批判は覚悟の上だったが、ここまでど直球火の玉ストレートで来るとは思わなかった。昨日も言われたことだけど、真顔で言われるとこれまたショックも倍加するというか……。もうちょっと遠慮してくれてもいいのよというか……。

「汚らしくて、キモくて、変態で、タラシで、同じ人間として認めたくないくらい気持ち悪いです」

 痛恨の一撃二回目。
 再び我が身は吹き飛び、壁に叩きつけられる。

「ぐぉぁぁぁ……」

 俺、あまりのダメージに吐血。
 ライフは一気に削られて風前の灯に。

 マジで……こいつマジで言ってんの? 全部これ俺に向けられた罵倒なの? 褒められるようなことじゃなかったのはわかってるけど、そこまで言う普通?
 昨日までは俺のことを多少なりとも慕ってくれてるようだったのに、一晩でそこまで評価ひっくり返っちゃうもんなの!?

「マスター!? お、おい眼鏡殿! いくらなんでもそのような言い方は――」

 俺が大ダメージを負ったことで黙っちゃいないのが、我が自宅警備隊リファレンスさん。
 のたうち回る俺と未來の間に割って入り、攻撃を阻止しようとした。

 のだが。
 それを何分も前から予見していたというように、未來は一切無駄のない動きで右手を伸ばす。そしてその掌をリファの右目にかざして――。

「今あなたに用はないんですよ」

 バァンッ!!
 と、左手による掌底がリファのこめかみに炸裂した。
 電光石火。目にも留まらぬ早業であった。

「ふぇ……? ぇ……?」

 何をされたのかもわかっていないのか、床に倒れ伏してキョトンとしている女騎士。彼女だけでなく、全員が唖然とする以外の選択肢を失っていた。
 いや待てよ、この技どっかで見たような……。
 そうだ、エリアがリファとの戦闘時に使ってたやつだ! 片目の視界を封じて死角になった箇所から一撃を入れるという必殺技。とある漫画に出てきた技を真似したものらしいが……未來までそれを使うだなんて!
 いや、あながち不自然な話でもないか。
 未來とエリアは同じ家に住むパートナーだ。同じ漫画を読んでいたとしても不思議ではない。まさかどちらも現実に真似してくるとは思いもしなかったけど。

「もう一度言います。先輩は穢れてます」

 自らが屠ったリファにはもう目もくれず、未來は俺にしゃがみ込むと身の毛もよだつような眼差しを俺に送った。

「でも私はそんな先輩を拒絶したりはしません。あなたは本当は清廉潔白でどこまでも聡明な方であると信じています」
「は?」
「ですが穢れたままのあなたでは、先輩として後輩である私に示しが付きません。だからあなたをこの状態で放置しておくつもりもありません」
「……ちょ」

 な、何? 何の話? 何をしようっていうの? 俺何されちゃうわけ?
 全く訳がわからず、形のつかめない恐怖に震えていると未來はニコッと笑った。

「安心してください。私に全て任せてもらえれば、きっとあなたは元の素敵な先輩に戻れます。一日でも早くそうなれるように、私が今日からあなたを『教育』しますので」
「きょーいくぅ?」

 ますます意味がわからん。俺の教師にでもなるっていうのかよ。

「はいそうです」

 即答。

「今日からあなたが真人間に戻るために、私があなたの先生として適切な指導をしていきますので。そのつもりでお願いします」
「まさか、ここにバイトしに来たのって……」
「はい、そのまさかです」

 未來はニコニコと笑みを絶やさなかったが、目だけは笑っていなかった。
 その衝撃の事実に、俺の頬筋は引きつったまま戻らない。わざわざそんなことのために……? なんでよ、気持ち悪いなら関わらなきゃいいだけの話だろ。だのにここまで周到なことをしてくるなんて……。

「あ、あのさ。ちょっと待ちなよミクミク」

 そこで横槍を入れてきたのが今までだんまりを決め込んでいた渚ちゃん。ミクミクって……新しい呼び名か?

「せ、センパイ困ってるじゃん。先生とか指導とか……別にセンパイそこまでして貰う必要なくない? か、勝手に本人の意向無視して決めるのよくないと思いますケド? 面接の時からセンパイのことしか興味ないみたいな態度だったけどさ、働くんならもうちょっと目の向けどころってのを――」 

 痺れを切らしたようにそのギャルは立ち上がると、苦笑気味にこちらに寄ってきた。言ってることは全部特大ブーメランだが、どうやら助け舟を出してくれるらしい。これはありがたい。
 と思ったのもつかの間。

「黙っててください先輩に何度アタックしても振り向いてすらもらえない負け犬が」
「ぐわぁーーーっ!?」

 まるでメデューサの如く鋭い眼光と呪文のような早口の罵倒マシンガンが容赦なく渚に突き刺さる。全身蜂の巣になった彼女は、一歩後ずさってその場に膝をついた。
 やばい、あの渚がここまで気圧されるなんて。どんだけやばい奴なんだよこいつ……。
 豹変モード。
 時折未來が見せていたおぞましい一面だが、それが今は常時解放されている状態。これほどのものとは……。

「リファっち~。あの娘怖いよぉ……」
「うぅ、渚殿~」

 ガクガクブルブルとリファと渚は身を寄せ合って震えだす。どうやらその恐怖感が骨の髄まで染み渡ったらしい。異世界で武勲を上げるほどの騎士でさえも縮こまらせるとは……間違いない、この女にはやるといったらやる『スゴ味』があるッ!

「ま、まぁまぁ。何はともあれ、こうして新しい仲間ができたんだ。それは素直に喜ぼうよ、ね?」

 と、店長が取り繕うようにヘラヘラ笑いながらそう言う。この状況下でよくそんなセリフが吐けるもんだぜ。下手したら全てが壊滅しなけないぞこの状況。

「そういうのも含めて、これから楽しく共に協力してこのカフェを盛り上げていこうじゃあないか」
「あのー、いいですか?」

 すると未來に無視されてからその場を傍観してただけのクローラが挙手した。どうしたのだろう。
 彼女はちょっとばかしテレテレと赤くなっていたが、やがて自分の着ていたワンピースの裾を軽く掴むと、とんでもないことを口走った。

「このあるばいと、クローラもさせてもらっていいですか?」 

 ……は?
 全員、再び唖然。そして絶句。
 衝撃発言に次ぐ衝撃発言。もうちょいインターバル挟んでくれ。でないと俺の精神が保たん。

「ど、どういうつもりだよクローラ!」
「なんだか私も興味あるので」

 あっけらかんとして彼女ははにかんだ。興味あるのでって……何でそんな突然に……。

「んーそうですね、理由はいくつかあるんですけど。まず、私って料理そんな得意ではないじゃないですか。いつまでも食器並べたり、材料用意したりだけで済ますわけにもいかないですし。こういうところで訓練がてらやってみるのも悪くないかなと」
「お、おう……」
「あとは――」

 そこでクローラは静かな怒りを灯した瞳で自分を睨みつけている未來を見つめ返して言った。

「未來ちゃんともっと仲良くなりたい――からかな」
「っ?」
「せっかく友達になれたんだもん。ね? 一緒に頑張ろうよ」

 リファや渚とは違い、今の恐ろしい場面に一切臆する様子を見せずにそうにこやかに笑いかけた。
 こいつ、怖いもの知らずかよ! 友達っつったって、たかが昨日ちょっと話しただけの奴にそこまで近付こうとするか? 何か他に意図があるのか、それともただ無鉄砲なだけ?
 と疑問に思うのは未來本人も同じだったらしい。小さく口元から歯ぎしりする音が聞こえたかと思うと、彼女は一歩後ずさった。

「ほ、他に理由は?」
「ん?」
「ここで、働く理由……そっ、それだけじゃないですよね?」

 豹変モードのままではあったが、どもり気味に未來は問い詰めた。どこか焦燥感と恐怖感を抱いていることを匂わせるように。
 対するクローラはしばらく無言のままであったが、やがてにーっとますます口の端を吊り上げた。

「それ……わざわざ言う必要あるかな?」
「っ!?」

 一転攻勢、未來の威勢が急激に弱まった。すげぇ、何という逆転劇。まさかここに来て強キャラとしての性能を開花させるとは誰が想像しただろうか。
 未來は完全にそのプレッシャーに圧され、唇を噛んだまま何も言い返せないでいる。「畜生そういうことかよ」という心情が透けて見えるようだ。

「――まぁいいや。じゃあ答えるよ」

 返答が帰ってこないのを悟ったクローラは、しゃなりと首輪の鎖を鳴らして俺のもとまでやってきた。そして可愛らしく上目遣いで俺を見上げると、天使のような微笑みで最後の理由を告げた。

「主くんと、もっと一緒にいたいからです」
「クローラ……」
「えへへ……」

 まぁ確かに、これから先、別行動をしなくちゃならなくなる時間は往々にして増えていくだろうからな。それはわかってたけど、せっかく恋人になれたのに離れ離れになるのはやっぱり寂しいものだからな。


 と、そう解釈すれば健気な恋する乙女の告白に聞こえるだろうが……実際は違う。違うというかそれだけではないはず。
 牽制。
 未來が俺の教師になるとか言って、突然距離を詰めだした。要約すれば恋人に別な女がちょっかいかけようとしている。
 なら黙っちゃいられない。私が主くんを魔の手から守らなくっちゃ! ……ってことだろう。
 友達になろうっていうのも、それが目的であるという結論に達するのは今の会話を聞いていればたやすいことだ。当然未來もそれに気づいているんだろう。
 こえー。女同士の熾烈な心理戦こえー。

「もちろん家事もしっかりやる所存ではありますよ。ただ、少しでもあなたと共にいられるひとときを増やしたいだけなのです。ですから――」
「なっ、なら私も!」

 そんなうるうるした目でバイトの許可を訴えかけてくる彼女に、リファが割り込んできた。
 女騎士はクローラの背中に隠れながら早口でしゃべくる。

「私はマスターのための騎士! よくよく考えてみればバイト先に単身送り出しておいて警備隊を名乗るのはさすがにおこがましいと思う!」
「一人で留守番したくないだけだろ」
「うっ」

 二秒で論破。
 大体人を盾にしながらいうセリフじゃねぇんだよなぁ。
 っていうかその言い訳、俺が最初に彼女を残してバイトに出かけようとしたとき、一緒に行きたいと懇願してきた際に言ったことと同じじゃんか。

「そ、それならそれなら! 私は一度ここであるばいとを経験済み! そう言う意味ではきっと役に立てることはあるかと!」
「一日だけだけどな」
「えぅ」

 一秒で以下略。
 言い訳の弾丸が早くも尽きたのか、今にも泣きそうになりながらリファは苦し紛れに言った。

「でも……マスターやクローラといっしょにいたいのはほんとだもん……」
「……」
「ふふ、そうですね」

 そう言ってクローラは振り返ると優しく女騎士を抱きしめた。

「私達はずっと一緒ですもの。一人だけ仲間はずれになんてしませんよ」
「クローラ……」

 優しく語りかけるその姿はまるで聖母のよう。神々しい光景である。
 こりゃ拒否するっていうほうが無理のある話か。しゃぁない、別に俺だって何か文句があるわけじゃなし。ここは全員で――。

「あーちょっと待ってタンマタンマ」

 と思っていたら急遽店長がストップをかけてきた。

「困るよそんな勝手に決めてもらっちゃ。いくら人手不足でも、新たに二人分も人件費出せるほど儲けが出てるわけじゃないんだから。君達まで雇ったら逆に赤字だって」

 そりゃそうだ。これに関しては彼が正論である。バイトとは言え、これは立派な商売であり経営の問題。私情を挟んじゃいけないよな、反省反省。
 と考え直そうとしたらしれっとクローラが再びトンデモ発言第二弾を投下した。

「あ、心配ないですよ。クローラは別に無給でやらせていただいて問題ないので」
「ファッ!?」

 無給? むきゅー? MQ?
 給与ゼロ。一切のリターンなし? タダ働き?
 ちょいちょいちょいちょい! 何考えてんのキミィ!

「私は、ただ主くんと一緒に料理の勉強ができればいいので」

 いやいやいや、そんな可愛い顔でなら何言ってもスルーされると思わないで。
 キミ自分で何口にしてるかわかってるの? 働くということの大前提である等価交換の法則を根底から突き崩そうとしてんのよ?

「奴隷でしたから、対価なき労働など慣れてます。別にお金なら事務局の方から毎月安定した額が出ているはずですよね?」
「いやそれはそうだけどさぁ!」
「わ、私も私も!」

 そこで挙手して便乗してきたのは、金髪碧眼の女騎士。

「マスターを護衛するのは当然のこと。この世界にやってきたときから課せられた使命! そこに駄賃を求めるなど愚の骨頂! このリファレンス――たとえどのような仕事であろうとも無償で引き受けよう!」

 ああもうこのポンコツがぁ! そういう問題じゃねぇんだよぉぉぉ!!
 なんて嘆く俺とは180度違って嬉々とした表情を見せたのが我らが店長、箱根さん。

「そーかそーかそーか!! 無給でやってくれんのかぁ!!」

 いい笑顔ですねぇ! そりゃ経営者にとっちゃノーコストで人手が増えるんだから願ってもない話でしょうからねぇ! 

「そーゆーことなら大歓迎! ようこそHot Dogへ! これからよろしく頼むよ二人とも!」
「うむ!」
「ですっ!」

 元気いっぱいに返事する異世界コンビ。
 なんだろう、喜ばしいことのはずなのにすげぇ腑に落ちない!

「いやーよかったー。棚からぼた餅ってこのことだねぇ。これは収入もどんどん増えるのは間違いないぞ……とすると」

 ちら、とそこで店長は俺を見た。
 そして良からぬことを考えてると丸わかりなほどジト目になり、ぼそっと言った。

「バイト君……もういらないんじゃ」
「おい」

 ある意味一番の衝撃発言来たぞ。

「いやだってさ、無償で仕事してくれる人が二人も入ったんだよ。そんなら有償でやってる君をこれ以上雇用する意味ないじゃん。ここで一人くらい減ったって人員的な問題はクリアできるわけだし」

 つまりお払い箱だよと。いままで必死で貢献してきた部下に真顔でよくそんな外道発言できるもんだぜ。人間性は最悪でも、経営者としては多少なりとも尊敬できる部分はあるかなと思ってたが一瞬で幻滅したわ。

「はーい、というわけで本日をもってバイト君はクビ! もう帰っていいよ。ご苦労さん。ってなわけでこれから未來ちゃん、リファちゃん、クローラちゃん、そしてナギちゃん。今日からこの新体制で頑張っていこう。よろしくねみんな!」
「「「「ぶっ殺すぞ」」」」
「バイト君、やっぱりこのカフェには君が必要だ」

 店長、四人の女子から殺害予告されて即効手のひらクルーの巻。ざまぁみやがれ。

 かくして。
 俺は三秒ぶりにこの店に復帰を果たし、新たなメンバーを加えての新生Hot Dogがここに結成された。
 しかし状況はそう楽観してもいられない。既に亀裂が入った水瓶と同じ、いつ瓦解して中の水が溢れ出すかわからないのだ。女が複数同じ場所に集まるということはそういうことである。

 それを証明するかのように、リファと渚はクローラの影に隠れ、未來はクローラへ様々な負の感情を込めた視線を送りつけ、クローラはそれを物ともせずに挑戦的な眼差しを送り返しているのであった。

「じゃあこれからは同じ仕事仲間だね。よろしく、未來ちゃん」
「……ふん」

 鼻を鳴らして未來は差し出された彼女の右手を無視。

「まぁいいですよ。あなた達の思惑がどうであれ、私の目的が揺らぐことはありません」

 そっけない態度で言いながら制服のスカートを翻すと、靴音を立てて俺の前までやってきた。

「先輩は私が変えてみせます。あなたは私がいなくちゃだめなんですから。先輩を救えるのは私だけなんですから――」
「……おいおい俺はそんなこと――」
「何 か 文 句 で も?」

 すっ、と彼女は目を細め、いまさっき店長にも向けた殺意100%の眼光を俺に容赦なく突き刺した。
 ひぃぃ、やっぱり怖い……。なんで、どうしてこうなっちゃったの!
 まるで追い詰められた小動物のように立ちすくむ俺をしばらく未來は睨みつけていたが、やがて完全に目を閉じて静かに言う。

「怖がらなくても大丈夫ですよ。先輩が私の指導と指示にちゃんと従っていれば、何も問題はないのですから」
「指導と指示って、それが一番問題……」
「何 か 言 い ま し た?」
「いえ、なんでもないです! ご指導ご鞭撻よろしくオネシャス!」

 ビシッと背筋を伸ばして敬礼する俺に「よろしい」と満足したようにうなずく未來。
 そしてニコッとその内に眠るおぞましい思念をスマイルでコーディングした。

 それを見て俺は確信した。もう、あの儚げでおとなしい未來はいないんだと。
 いや、最初からそんなものいなかったのかもしれない。
 きっとこれが……この娘の本性なんだ。今までああいう少女を演じて自分を偽ってたけど、今日本当の自分をさらけ出したのだ。
 ああ、もしかしなくても俺は、とんでもない化物を檻から解放してしまったのかもしれない。

 そんな俺の絶望など察することもなく。
 新たなバイト仲間、八越未來は、どす黒い笑顔を全開にして挨拶するのだった。



「そんなわけで、これから徹底的にしごいていくんで覚悟しておいてくださいね。クソ先輩」
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