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レベル51.女騎士と女奴隷と日常②
5.女奴隷とメイド(前編)
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土曜日の学校ってのは、一見「何で行かなきゃなんねーんだよ」と思うもの。
だが大抵の場合、土曜日の授業は半ドン――午前のみの授業だ。
平日よりも遥かに早い時間に解放されるというのは、若干お得な気分に浸れる。
一番いいのは、色々寄り道したりできる点だろう。
いつもとは違う店でランチしたり、ショッピングしたり、カラオケやボウリングに遊びに行ったりと、充実した時間が楽しめる。一日中休みだとどうしても外に出るのが億劫になる分、こういう時間が半強制的に作れるのはいいよな。
「さーて、これから何すんべか」
JR八王子駅北口ターミナル前。
普段の帰りとは行き先の違うバスに乗って、その大賑わいな広場に俺達は降り立った。
「お家……帰らなくてよいのですか?」
と、不安げに背中から声をかけてきたのはセミロング位の黒髪が可愛い二十歳くらいの女の子。黒いワンピースを着込み、肩にはモデルガンが収まったホルスターが装着されている。
クローラ・クエリ。元異世界の奴隷。訳あって向こうの世界で死亡し、こっちの世界になぜか転生。
主従関係を結んだ同居人という関係だったが、紆余曲折あって今は同じ大学に通う同級生。そして大切な彼女さんだ。
「まぁ、このまま家に帰ってダラダラするだけなのもアレだろ。こんなに天気もいいんだからさ」
「そーだぞクローラ」
にゅっ。
と、俺の肩の後ろから顔を出してきたのは金髪碧眼の外人っぽい女性。腰に巻いたウエスタンベルトに付いたホルスターには、玩具の剣をさげている。
リファレンス・ルマナ・ビューア。クローラと同じく異世界から転生してきた人間。
元お偉い騎士様だったそうだが、この世界で俺の自宅警備隊として生きることになった人。なのに全然自宅は守らない人。
「私達転生者の目的は、この世界に順応するべく文化や技術を学ぶこと。そのために街歩きは最も有効な手段だ。色々なものを直に見て周ってこそ、深く頭に叩き込めるというものだぞ」
「そ、そうです……ね」
鼻を高くして持論を述べる騎士に、黒ワンピースの裾を軽く握りしめながら彼女は同意した。
「まぁついでに、自宅警備隊の職務として、我がマスターの暮らす街を偵察し、危険がないか調べておかねばだし」
ついでか。俺の護衛はついでなんすか。
だが、確かに百聞は一見にしかず。家に引きこもってるよりは有意義に過ごせるのは間違いないだろう。
それに、リファに比べてクローラは非常にインドア派。何を調べるにも与えられたPCでググって終わりというパターンが多いからな。
「よぉし決まりだ。というわけで、今後の学習のため街の散策に出発だ!」
先陣を切ってのしのしと、リファさんは大手を振りながら出征へ向かった。
ずいぶん上機嫌だな。ま、好奇心旺盛なのはいいことだ。
「じゃ、俺達も行こうか」
「は、はいっ」
クローラはまだまごついていたが、俺が手を差し出すと健気に繋いできた。こうして見るとなんだかお手をするワンコみたいだな。
パタパタと尻尾を振るクローラを牽引しながら、俺はリファの後をついていくのだった。
○
十分後。
リファについていく中で最初に訪れた場所とは――。
「ブックオフ寄りたい」
「出落ち~」
学習ってなんだよ。自宅警備隊の職務遂行価値は古本屋以下か。つまり俺は古本屋以下か。俺はいくらで買い取られるんだ。高価買取コーナーには置いてもらえるのか。
リファはその無機質なマスコットキャラが描かれた看板を指さしながら、しきりに俺の服をひっぱってきた。
「そ、そんなことないぞ! ほら、あれだ。マスターに害が及ぶような危険なことが書かれた本とかがあったら、悪しき者の手に渡る前に処分せねばならんし。そういうのがないか確認するのも警備隊としてのやっぱどうでもいいや漫画読みたい」
あとちょっとなのにどうして最後まで頑張れないかなぁ。
「だってだって、立ち読みが公認されてる本屋なんてそーそーないもんっ! ここに行かずしてどこに行くというのだっ!」
地団駄踏みながら駄々をこねる女騎士。さっきの御高説はなんだったんだよまったく。
確かにリファは漫画好き故に本屋が大好き。当然その場じゃ読めないわけだから、今までに何度新刊を買って買ってとせがまれたことか。
で、このまま浪費していくのはダメだということで、なんとなく連れてきたのがこのブックオフ。
どれも安い上に普通に立ち読みができるという魅力に、たちまち彼女は虜になってしまった。大学入学前は週二、三回のペースで出かけてた。
別に漫画を読むのが学習じゃないといえばそうでもないけど、今日やろうとしてたのはそういうんじゃないだろ。
と、言ったところで聞く耳を持たないのは目に見えてる。
俺はクローラと目を合わせて軽く肩を竦めた。
「わーったよ。じゃあ帰る頃になったら連絡すっから。それまでおとなしく――」
「突撃ぃぃぃっ!!」
と、許可を出す頃には、既に彼女は日本兵みたいに叫びながら店内へと駆け出していた。
ったくあいつは……。
取り残された俺はただただ呆れるばかりであった。
「……」
で、そんな自分をチラチラと後ろから様子を伺っていたのは、困惑した表情のクローラさん。自分からなにか言うのは憚られているという感じだ。
俺は小さく息を吐くと、愛想笑いを彼女に向けた。
「じゃ、俺達だけで回ろうか」
「……は、はいっ!」
言うと、彼女は天使のような晴れやかな笑顔で、本当に幸せそうに頷くのでしたとさ。
○
「離れないように気をつけてね。今日結構人が多いから」
俺はクローラの手を引きながら、その大勢の人が行き交う道を歩いていた。
ここでの生活も板についてきたとはいえ、まだ一人で歩かせるには不安が残る。
だが本人は俺の腕に自分の腕を絡ませ、身体を密着させてきた。
「大丈夫ですよ。ご心配には及びません」
そしてクローラは愛おしそうに二の腕に頬ずりをしながら、顔を赤らめて言った。
「私が主くんの元を離れようなど、思うはずがありませぬゆえ」
「……そっか」
確かに片時も離れるもんかって顔してるもんな。本当に甘えんぼなんだから。
久々に恋人らしい雰囲気に浸っていることを自覚して、俺も少し耳元が熱くなった。
「本当はリファさんとも一緒に行きたかったのですが……」
「だね」
ここで「あいつがいなくなったから二人になれてラッキー」とはどちらも思ってない。
俺達は三人で恋仲。みんなで一緒にいるのが一番幸せなのだ。だがまぁリファは元からあんなんだから仕方ないと言えば仕方ないけど。
「気落ちしてても始まらないさ。とにかく色んなとこ周ってみようぜ。どっか行きたいとこある?」
「や、クローラは……主くんと一緒ならどこでも」
キョロキョロと周囲の建物に目配せしながら彼女は答えた。こういうところはまだ全部物珍しくて、どこに行こうにも迷っちゃうのかな。それなら、ここは俺が彼氏らしくリードして差し上げますか。
というわけで、二人して東急スクエア前のスクランブル交差点から、富士見通りへと伸びる繁華街をお散歩。ここにはファーストフード店や服屋、ファミレスや美容室などが目白押し。見てるだけでも楽しいしテンションが上がる。
「やっぱりここは色々なお店がありますね。帝都の大市場みたいです」
「これでも規模的にはちゃちいもんだぜ。都心……日本の帝都に当たるところはこの何十倍も密度が濃いからな」
「そうなのです?」
「ああ。さっきの東急スクエア並のでかいのがいっぱい建ってんだぞ」
「さっきのとてつもなく大きなのですか? あんなのをいくつも目にしたら、クローラまともに立ってられないかもです」
確かに、初めてこの駅前を訪れたときもクラクラしてたしな。慣れは必要かもしれない。
さて、富士見通りにぶち当たったらそこで曲がって、またあてもなくフラフラ。俺はその間目につく店を適当にガイドしていく。
「あそこに見えるのがドンキ。最初クローラにいろいろ日用品とかその銃とか買ってやったところな。んでこっちの裏通りの入り口には中華料理屋があって、あそこがまたリーズナブルで美味いんだなー。あ、そこ突っ切っていくと――」
「……」
ぴたっ。と、そこで俺の歩みは止まった。
というのも、腕を組んでいたクローラが急停止したからである。
なにかと思ってみると、彼女はとある一点をじーっと凝視していた。その目線の先にあったものとは……。
「メイド喫茶やってまーす。ただいま五周年キャンペーン実施中でーす」
メイドだった。
大体クローラと同い年くらいの女の子が、ミニスカメイド服でチラシ配りをしていた。気になってたのって、あれ? まぁそうだよね、周囲からは浮いてるわけだし。何より八王子でこんな光景が見られる事自体俺でも珍しいと思うくらいだ。
「あれは……一体」
心底不思議そうに彼女はつぶやく。
だがそう訊かれても俺としてはこう答えるしかない。
「メイドだね」
「メイドですか」
「あー、メイドっていうのは、召使い的な人で――」
「いやそれは知ってますけど」
「あ、知ってるんだ」
「元奴隷にして元王族でもありましたので」
せやった。
何を隠そうクローラ・クエリというお人、奴隷になる前は代々帝王を輩出してきた一族の末裔だったそうである。つまりいいとこのご令嬢様だったわけだ。メイドくらい知ってて当然だろう。
「しかし、なぜこんな場所にメイドさんがいらっしゃるのでしょう。近くに貴族のお屋敷があるようではないみたいですが」
「あれは本職さんじゃなくて、コスプレ……まぁただそういう格好をしているだけだよ」
「つまり頭がおかしい人、と?」
こらこらこら。
この娘の無意識ディスにも困ったもんだぜ。どうしたもんか。このまま間違った認識でいても大して問題にはならないと思うけど……。
俺はしばらく悩んだが、やがてクローラを引き連れてその客引きをしているメイドさんへと近づいていった。
「あ、チラシいいですかー?」
「はい! よろしくおねがいしまーす。そこのパチンコ屋の向かい側にありますんでよければどうぞ」
「どうもでーす」
軽く挨拶してチラシを受け取り、自然に通り抜ける。
クローラは少々ビクビクしている模様。よほどやばい奴だと思ってたのだろう。
それはさておき、貰ったチラシをチェックだ。
「えーっとなになに。本日に限りチャージ料半額、各種ドリンク二割引。へー、結構お得じゃん」
「あ、あの主くん。これは……」
怪訝そうに覗き込んできたクローラに、俺はチラシを渡しながら説明した。
「メイド喫茶。さっきみたいにメイドの格好した女の子が接客やってるカフェだよ」
「つまり頭のおかしい人がやってる喫茶店?」
こらこらこら。
頭は全然おかしくないから。むしろおかしいのがいそうなのは客の方だから、ガチで。
「せっかくだから、入ってみる?」
「え? でも……」
「俺達も喫茶店やってるし、どういうものか見ていくのもいいんじゃない?」
「……」
彼女がいるのにメイド喫茶なんて、と思うかもだが案外カップル連れも多いって話は前に聞いたことがある。男向けの店ってわけじゃないのが今のスタイルらしいし。
「あ、主くんさえよろしければ……クローラは別に……」
「そっか。じゃあ行ってみよう。えっとパチンコ屋の向かい側……あそこか」
よく見ると、小洒落たアンティーク調の外観を持つお店が1軒、ビルの一階に構えていた。傍にはさっきと同じくメイド服を着た女の子が描かれている立て看板があった。どうやらここで間違いなさそうだ。
木製のドアのノブに手をかけ、いざ突入。
「おかえりなさいませご主人様、お嬢様!」
門をくぐるなりかかってきたのは、そんな甘いボイスのハーモニー。
深々とお辞儀をして出迎えてくれる数人のメイドに俺もクローラも少したじろいだ。
さすがメイド喫茶、やっぱすげぇインパクトだな。
「本日もお疲れ様でした。どうぞこちらへ!」
「あ、はい」
俺達は流されるように席へと誘導され、隅っこの方の空いてるテーブルに座らされる。
さっきの客引き及びキャンペーンの効果か、店内はだいぶ混雑していてその分メイドさん達もひっきりなしに接客に追われていた。
「こちらメニューです。お決まりでしたら呼んでくださいね」
「あ、はい」
「ではでは、ごゆっくり~」
パチリと可愛らしくウィンクを決めてそのメイドさんは去っていった。
その後ろ姿をクローラはじーっと目で追っていた。やっぱり現代人の俺でも驚きなのに、異世界人から見たら衝撃度は相当なものだろうしな。
「なんだか……すごいです」
「だろ。俺もこういう所来るの初めてなんだけど、同じこと思った」
「はい。メイドさんを真似ているにしては非常に馴れ馴れしいあの態度。カフェの店員としてもなってないというか、全てが鼻につく感じですね」
こらこらこらこらこらこら。
「ここはああいうフレンドリーな接客が基本なの。お前が知ってるメイドとは違うの」
「そ、そうなのです?」
「ああ。この世界のメイドは、なんていうか、萌えキャラの一種というか……例えば時間止めたり、ナイフで戦ったり、主人が吸血鬼だったり――」
「すみません意味がわからないのですが」
うんこれは例えが悪かったね。全然意味伝わらないよね。ごめんね。
「とにかく、既存のイメージからは切り離して考えてくれ。どういうものかは実際に見てもらえばわかると思うから」
「はぁ……」
クローラは腑に落ちてないようだが、これ以上言葉で説明しようとしても埒が明かないからな。
「とりあえず何か頼もうぜ。えっと、何にする?」
「え、では……ゴキブリのお出汁で」
「コーヒーな。よっしゃわかった。すんませーん!」
俺は挙手して近くを通りかかったさっきのメイドさんを呼び止める。
するとその人はトテトテと慌ただしく駆け寄ってきた。
「はいはーい! 欲しいもの決まりましたぁ?」
「えっと……コーヒー二つお願いします」
「はい、コーヒー二つですね! お食事はよろしいですかぁ?」
「え? あー、それは別に……」
「今日はこのとろふわオムライスってのがとってもおすすめなの! 頼んでくれたら、いっぱいサービスしてあげられるんだけど……ダメかな?」
うるうるした目でお願いされた。
まずい、ただの営業トークだということはわかっているのに、なぜか断りきれない。
なんとか耐えようとしたのだが、最終的には誘惑に負けてしまうのが男の悲しい性。
「……あ、じゃあオナシャス」
「ありがとー! じゃあ頑張って用意してくるね、ご主人様!」
キュピン、とまたウィンクを飛ばされた。
やっべぇ、破壊力パネェ。
メイド喫茶恐るべし。こりゃハマる奴もいるわけだ。
「お嬢様の方はお食事どうなさいます~? ……って」
メイドはクローラの方にも追加の注文を訊こうとしたのだが。プチハプニングが発生した。
「む~っ……」
ぷっくりと頬を膨らませて、彼女はメイドを不満げに睨んでいた。
「あの、主くんは……あなたのご主人様じゃ……ない、です」
「ひょ?」
メイド喫茶で出るとは思わぬクレーム。当然素っ頓狂な声を上げるしかないメイドさん。だけど言ってる本人は大真面目に片言で、目を盛大に泳がせながら続けた。
「わっ、私はメイドさんみたいな手腕も知識もないですけど……でもでも、主くんのことだったら毎日ずっと一緒にいたし、誰よりもずっと知ってるし、絶対負けないっていうか」
「……おぅ」
「で、ですからっ! その、主くんは私の主くんだから……他の人のお世話はいらないといいますか、ええっと……だからあの……」
やばいな、対抗心燃やしちゃったか。軽々しく他の使用人に気移りするのは許せんってことだろう。彼女にも奴隷なりの挟持がしっかり残ってたのかな。
だがこの場でいざこざ起こされるのはまずい。ここは俺がなんとかして――。
「くすくすくす……もう、そんなに心配しなくても大丈夫ですよお嬢様」
と、思った矢先にメイドが笑いながらクローラをなだめた。
あまりの予想外な反応に、意趣返しを食らった女奴隷さんは目を丸くした。
「今の私はご主人様とお嬢様、お二人のメイドですんで。大切なパートナーを盗っちゃったりなんてしませんから。遠慮なくラブラブタイムを楽しんでください♡」
「らぶっ!?」
かぁーっ、とクローラの頬が赤く染まっていくのがわかる。
「わ、私はその……えと……」
「ふふ、照れちゃって。可愛いですよお嬢様~」
「か、可愛いなんて……あぅ」
メイドの褒めちぎりに気を良くして、ますますニヤけてしまうクローラさん。確かにめっちゃ可愛い。頭撫で回したい。
「それで可愛いお嬢様、お食事の方はどうしますか?」
「あ、カレーが食べたいです……」
「かしこまっ! それじゃあ楽しみに待っててね!」
またまたキュートなウインクを俺達に送ると、メイドは小走りで厨房へオーダーを届けに戻っていった。
そんな彼女をクローラはまた自然と目で追い、ポツリと呟く。
「いいかも……この世界のメイドさん」
どうやらすっかり乗せられてしまったみたいだ。でも興味を持ってもらえただけいいか。
「なんだか新鮮ですね。王族だった頃はメイドさんに世話をしてもらってたんですが、どうも他人行儀すぎてこっちも色々遠慮がちだったんです。でもそれとは全然違う、主くんの言ってた通りでした」
頬がまだほんのりと赤いクローラは、両手の人差し指を突き合わせながら言った。
「この世界のメイドさんはなんというか……すごく親身になってくれて、気兼ねなく話せそうな感じがしますです」
「だろ? それがメイドカフェの醍醐味さ」
「はい。それに、奴隷であった頃も……主人の機嫌を損ねないように、腫れ物に触るような接し方をするのが常だと思ってました。けど、あんなふうに気軽に話せる間柄だったら……どんなに気が楽だったか」
「クローラ……」
王族と奴隷。従える者と仕える者。その両方を経験済みの彼女にとっては、思うことが多々あるのだろう。
どちらにせよ、クローラとの間には「距離」があった。気軽に話せるような仲ではないため、心中を打ち明けることもできない。その精神的に閉鎖された環境が、彼女を苦しめていたのちゃんとわかってる。故にそれを惜しんでいるのだろう。
「あ、でも今はそんなこと全然思ってませんから。むしろああいう環境でなければ、あなたに出会えなかったんですし」
「……ありがと」
俺達は目を合わせると、同時に笑いあった。まさに「ラブラブタイム」ってやつだな。
そうやってしばらく至福のひとときを楽しんでいると――。
「美味しくなぁれ♡ 萌え萌え、きゅーん♡」
とかいう鼓膜がとろけそうな声が隣から。
思わず二人してそっちに目をやると、別なメイドさんが別な客相手に接客をしていた。
美味しそうなスパゲッティに向けて、何やら手で作ったハートで念を送っている。
「はいっ、これですっごく美味しくなったよ! 愛情たっぷりのパスタ、たくさん食べてね!」
なるほど、これが俗にいう「美味しくなぁれビーム」ってやつか。マジでこういうのやるんだな。
「主くん、あれは?」
「見ての通り、ああすると一層美味しくなるように感じられるっていう不思議な呪文、みたいな?」
「そんなの作る前から美味しくしとくべきでは? わざと最初手を抜いてるということですか?」
「パフォーマンスだよ。ただはいどーぞ、なんて出されても面白みに欠けるだろ」
「ぱふぉーまんす……。見て楽しませることもする、というわけですね」
「そゆこと。むしろここってそっちの方に重きを置いてる所だからさ」
「なるなる。確かにそういうことをした方が集客は見込めそうかもです。さすがめいどきっさ……意外な目の付け所ですね。」
そう言って、クローラはメイド喫茶のことを研究すべく、注意深く他の接客の様子を観察し始めた。
ビームの他にも、あーんして食べさせもらってたり、一緒にツーショット撮ったり。およそ普通のカフェからは考えられないような光景が盛り沢山だ。俺には少々こっ恥ずかしくなるようなものもあったが、クローラは大真面目に見入っていた。
最初はどうかとちょっと思ったけど、連れてきて正解だったな。
キョロキョロと周囲をせわしなく見渡す彼女を俺が微笑ましく見つめていたその時。
「待たせたわね愚み――じゃない、ご主人様、お嬢様。お望みのものを持ってきたわよ! ありがたく受け取りなさい!」
注文の品がやってきた。
香ばしい匂いが鼻孔をくすぐるコーヒー、そしてホカホカと美味そうな匂いを湯気に乗せたオムライスとカレー。うん、注文通りだ。
だが、運んできたのはさっきのメイドさんとは別な人だった。
煌めくような銀髪をツインテールにして、その先端はカール状に巻かれている。
瞳はルビーを義眼にしてるのかと見間違うほど真っ赤。肌の白さとのコントラストが非常に際立つ。
ややハスキーだが透き通るような声が美しかったが、ちょいと口調がなんというかサバサバしてる。タメ口を通り越してメイドというよりうは女王様って感じ? とにかくさっきの人と負けず劣らずの明るさで、その人はテーブルに料理を置いてきた。
「えー、ではコーヒーと……カレーね。オムライスだけど、特別サービスであたしが直々にケチャップで好きな絵柄を描いてあげちゃうわよ!」
「そうなんですか。じゃあ、オーソドックスにハートマークで」
「ハートね。ふふん、ハートなら何十回も練習したから造作も無いわ」
くるくるとケチャップの容器を手で回しながら、そうメイドさんは自信満々に言う。
やっぱりなんかメイドっぽくねぇな。いやキャラとしてはこういうのもアリなんだろうけど、どうにもモヤモヤするというか……いや待て、この口調といい声といい、どっかで聞いたような……。
ていうか、このメイドさん自体どっかで見たような……。
「そんじゃ、早速張り切って―――」
だが。
結果的にそのふわとろ玉子生地の上に描かれたのは、ハートマークなんかとは程遠いものであった。
ビチャビチャビチャビチャ。
と、押し出されたケチャップがまるで血しぶきのようにダイナミックに飛び散る。皿にも、テーブルにも、そして俺のお気に入りの服にも。
瞬く間に美味しそうなオムライスは殺人現場みたいな光景に。中心にナイフでも突き立ててればマジでそれっぽくなりそうである。
何、何なの? 描き損じってレベルじゃないよね? え? いや確かにケチャップ出す時乱射しちゃうことはあるかもしれんけど、これはいくらなんでも常軌を逸してる。阿鼻叫喚の地獄絵図やんかこんなん。
驚きと困惑を隠せない俺は、恐る恐る顔を上げる。
「な……な……」
その犯人であるメイドさんは俺以上に驚き、困惑しているようで、ケチャップを握りしめたまま身体を小刻みに震わせていた。まるでなにかに怯えるように、まるで何かをとんでもないものを目にしてしまったように。これまたえらいテンションの変わりようである。
一体なぜ、どうしてそんな頼んでもいない斬新奇抜なサービスをされなければならないのか。一体メイドはなぜそのような奇行に走ったのか。
答えは実に単純明快だった。
そのメイドが、俺達のよく知る人物であったからだ。
ワンテンポ遅れてようやく俺も事の次第を理解し、全身が硬直した。
間違いない。何で今の今まで気づかなかったってレベルで間違いない。銀髪、赤い瞳、タカビーな態度。これで思い当たるやつなんて一人しかいない!
俺はかろうじて動く口で、目の前に立つ人物の名を口にする。
「エリア……」
「わ、我が婿……なんで」
そのメイドの正体は。
「自称」ワイヤードの帝王。
エイリアス・プロキシ・スプーフィングであった。
だが大抵の場合、土曜日の授業は半ドン――午前のみの授業だ。
平日よりも遥かに早い時間に解放されるというのは、若干お得な気分に浸れる。
一番いいのは、色々寄り道したりできる点だろう。
いつもとは違う店でランチしたり、ショッピングしたり、カラオケやボウリングに遊びに行ったりと、充実した時間が楽しめる。一日中休みだとどうしても外に出るのが億劫になる分、こういう時間が半強制的に作れるのはいいよな。
「さーて、これから何すんべか」
JR八王子駅北口ターミナル前。
普段の帰りとは行き先の違うバスに乗って、その大賑わいな広場に俺達は降り立った。
「お家……帰らなくてよいのですか?」
と、不安げに背中から声をかけてきたのはセミロング位の黒髪が可愛い二十歳くらいの女の子。黒いワンピースを着込み、肩にはモデルガンが収まったホルスターが装着されている。
クローラ・クエリ。元異世界の奴隷。訳あって向こうの世界で死亡し、こっちの世界になぜか転生。
主従関係を結んだ同居人という関係だったが、紆余曲折あって今は同じ大学に通う同級生。そして大切な彼女さんだ。
「まぁ、このまま家に帰ってダラダラするだけなのもアレだろ。こんなに天気もいいんだからさ」
「そーだぞクローラ」
にゅっ。
と、俺の肩の後ろから顔を出してきたのは金髪碧眼の外人っぽい女性。腰に巻いたウエスタンベルトに付いたホルスターには、玩具の剣をさげている。
リファレンス・ルマナ・ビューア。クローラと同じく異世界から転生してきた人間。
元お偉い騎士様だったそうだが、この世界で俺の自宅警備隊として生きることになった人。なのに全然自宅は守らない人。
「私達転生者の目的は、この世界に順応するべく文化や技術を学ぶこと。そのために街歩きは最も有効な手段だ。色々なものを直に見て周ってこそ、深く頭に叩き込めるというものだぞ」
「そ、そうです……ね」
鼻を高くして持論を述べる騎士に、黒ワンピースの裾を軽く握りしめながら彼女は同意した。
「まぁついでに、自宅警備隊の職務として、我がマスターの暮らす街を偵察し、危険がないか調べておかねばだし」
ついでか。俺の護衛はついでなんすか。
だが、確かに百聞は一見にしかず。家に引きこもってるよりは有意義に過ごせるのは間違いないだろう。
それに、リファに比べてクローラは非常にインドア派。何を調べるにも与えられたPCでググって終わりというパターンが多いからな。
「よぉし決まりだ。というわけで、今後の学習のため街の散策に出発だ!」
先陣を切ってのしのしと、リファさんは大手を振りながら出征へ向かった。
ずいぶん上機嫌だな。ま、好奇心旺盛なのはいいことだ。
「じゃ、俺達も行こうか」
「は、はいっ」
クローラはまだまごついていたが、俺が手を差し出すと健気に繋いできた。こうして見るとなんだかお手をするワンコみたいだな。
パタパタと尻尾を振るクローラを牽引しながら、俺はリファの後をついていくのだった。
○
十分後。
リファについていく中で最初に訪れた場所とは――。
「ブックオフ寄りたい」
「出落ち~」
学習ってなんだよ。自宅警備隊の職務遂行価値は古本屋以下か。つまり俺は古本屋以下か。俺はいくらで買い取られるんだ。高価買取コーナーには置いてもらえるのか。
リファはその無機質なマスコットキャラが描かれた看板を指さしながら、しきりに俺の服をひっぱってきた。
「そ、そんなことないぞ! ほら、あれだ。マスターに害が及ぶような危険なことが書かれた本とかがあったら、悪しき者の手に渡る前に処分せねばならんし。そういうのがないか確認するのも警備隊としてのやっぱどうでもいいや漫画読みたい」
あとちょっとなのにどうして最後まで頑張れないかなぁ。
「だってだって、立ち読みが公認されてる本屋なんてそーそーないもんっ! ここに行かずしてどこに行くというのだっ!」
地団駄踏みながら駄々をこねる女騎士。さっきの御高説はなんだったんだよまったく。
確かにリファは漫画好き故に本屋が大好き。当然その場じゃ読めないわけだから、今までに何度新刊を買って買ってとせがまれたことか。
で、このまま浪費していくのはダメだということで、なんとなく連れてきたのがこのブックオフ。
どれも安い上に普通に立ち読みができるという魅力に、たちまち彼女は虜になってしまった。大学入学前は週二、三回のペースで出かけてた。
別に漫画を読むのが学習じゃないといえばそうでもないけど、今日やろうとしてたのはそういうんじゃないだろ。
と、言ったところで聞く耳を持たないのは目に見えてる。
俺はクローラと目を合わせて軽く肩を竦めた。
「わーったよ。じゃあ帰る頃になったら連絡すっから。それまでおとなしく――」
「突撃ぃぃぃっ!!」
と、許可を出す頃には、既に彼女は日本兵みたいに叫びながら店内へと駆け出していた。
ったくあいつは……。
取り残された俺はただただ呆れるばかりであった。
「……」
で、そんな自分をチラチラと後ろから様子を伺っていたのは、困惑した表情のクローラさん。自分からなにか言うのは憚られているという感じだ。
俺は小さく息を吐くと、愛想笑いを彼女に向けた。
「じゃ、俺達だけで回ろうか」
「……は、はいっ!」
言うと、彼女は天使のような晴れやかな笑顔で、本当に幸せそうに頷くのでしたとさ。
○
「離れないように気をつけてね。今日結構人が多いから」
俺はクローラの手を引きながら、その大勢の人が行き交う道を歩いていた。
ここでの生活も板についてきたとはいえ、まだ一人で歩かせるには不安が残る。
だが本人は俺の腕に自分の腕を絡ませ、身体を密着させてきた。
「大丈夫ですよ。ご心配には及びません」
そしてクローラは愛おしそうに二の腕に頬ずりをしながら、顔を赤らめて言った。
「私が主くんの元を離れようなど、思うはずがありませぬゆえ」
「……そっか」
確かに片時も離れるもんかって顔してるもんな。本当に甘えんぼなんだから。
久々に恋人らしい雰囲気に浸っていることを自覚して、俺も少し耳元が熱くなった。
「本当はリファさんとも一緒に行きたかったのですが……」
「だね」
ここで「あいつがいなくなったから二人になれてラッキー」とはどちらも思ってない。
俺達は三人で恋仲。みんなで一緒にいるのが一番幸せなのだ。だがまぁリファは元からあんなんだから仕方ないと言えば仕方ないけど。
「気落ちしてても始まらないさ。とにかく色んなとこ周ってみようぜ。どっか行きたいとこある?」
「や、クローラは……主くんと一緒ならどこでも」
キョロキョロと周囲の建物に目配せしながら彼女は答えた。こういうところはまだ全部物珍しくて、どこに行こうにも迷っちゃうのかな。それなら、ここは俺が彼氏らしくリードして差し上げますか。
というわけで、二人して東急スクエア前のスクランブル交差点から、富士見通りへと伸びる繁華街をお散歩。ここにはファーストフード店や服屋、ファミレスや美容室などが目白押し。見てるだけでも楽しいしテンションが上がる。
「やっぱりここは色々なお店がありますね。帝都の大市場みたいです」
「これでも規模的にはちゃちいもんだぜ。都心……日本の帝都に当たるところはこの何十倍も密度が濃いからな」
「そうなのです?」
「ああ。さっきの東急スクエア並のでかいのがいっぱい建ってんだぞ」
「さっきのとてつもなく大きなのですか? あんなのをいくつも目にしたら、クローラまともに立ってられないかもです」
確かに、初めてこの駅前を訪れたときもクラクラしてたしな。慣れは必要かもしれない。
さて、富士見通りにぶち当たったらそこで曲がって、またあてもなくフラフラ。俺はその間目につく店を適当にガイドしていく。
「あそこに見えるのがドンキ。最初クローラにいろいろ日用品とかその銃とか買ってやったところな。んでこっちの裏通りの入り口には中華料理屋があって、あそこがまたリーズナブルで美味いんだなー。あ、そこ突っ切っていくと――」
「……」
ぴたっ。と、そこで俺の歩みは止まった。
というのも、腕を組んでいたクローラが急停止したからである。
なにかと思ってみると、彼女はとある一点をじーっと凝視していた。その目線の先にあったものとは……。
「メイド喫茶やってまーす。ただいま五周年キャンペーン実施中でーす」
メイドだった。
大体クローラと同い年くらいの女の子が、ミニスカメイド服でチラシ配りをしていた。気になってたのって、あれ? まぁそうだよね、周囲からは浮いてるわけだし。何より八王子でこんな光景が見られる事自体俺でも珍しいと思うくらいだ。
「あれは……一体」
心底不思議そうに彼女はつぶやく。
だがそう訊かれても俺としてはこう答えるしかない。
「メイドだね」
「メイドですか」
「あー、メイドっていうのは、召使い的な人で――」
「いやそれは知ってますけど」
「あ、知ってるんだ」
「元奴隷にして元王族でもありましたので」
せやった。
何を隠そうクローラ・クエリというお人、奴隷になる前は代々帝王を輩出してきた一族の末裔だったそうである。つまりいいとこのご令嬢様だったわけだ。メイドくらい知ってて当然だろう。
「しかし、なぜこんな場所にメイドさんがいらっしゃるのでしょう。近くに貴族のお屋敷があるようではないみたいですが」
「あれは本職さんじゃなくて、コスプレ……まぁただそういう格好をしているだけだよ」
「つまり頭がおかしい人、と?」
こらこらこら。
この娘の無意識ディスにも困ったもんだぜ。どうしたもんか。このまま間違った認識でいても大して問題にはならないと思うけど……。
俺はしばらく悩んだが、やがてクローラを引き連れてその客引きをしているメイドさんへと近づいていった。
「あ、チラシいいですかー?」
「はい! よろしくおねがいしまーす。そこのパチンコ屋の向かい側にありますんでよければどうぞ」
「どうもでーす」
軽く挨拶してチラシを受け取り、自然に通り抜ける。
クローラは少々ビクビクしている模様。よほどやばい奴だと思ってたのだろう。
それはさておき、貰ったチラシをチェックだ。
「えーっとなになに。本日に限りチャージ料半額、各種ドリンク二割引。へー、結構お得じゃん」
「あ、あの主くん。これは……」
怪訝そうに覗き込んできたクローラに、俺はチラシを渡しながら説明した。
「メイド喫茶。さっきみたいにメイドの格好した女の子が接客やってるカフェだよ」
「つまり頭のおかしい人がやってる喫茶店?」
こらこらこら。
頭は全然おかしくないから。むしろおかしいのがいそうなのは客の方だから、ガチで。
「せっかくだから、入ってみる?」
「え? でも……」
「俺達も喫茶店やってるし、どういうものか見ていくのもいいんじゃない?」
「……」
彼女がいるのにメイド喫茶なんて、と思うかもだが案外カップル連れも多いって話は前に聞いたことがある。男向けの店ってわけじゃないのが今のスタイルらしいし。
「あ、主くんさえよろしければ……クローラは別に……」
「そっか。じゃあ行ってみよう。えっとパチンコ屋の向かい側……あそこか」
よく見ると、小洒落たアンティーク調の外観を持つお店が1軒、ビルの一階に構えていた。傍にはさっきと同じくメイド服を着た女の子が描かれている立て看板があった。どうやらここで間違いなさそうだ。
木製のドアのノブに手をかけ、いざ突入。
「おかえりなさいませご主人様、お嬢様!」
門をくぐるなりかかってきたのは、そんな甘いボイスのハーモニー。
深々とお辞儀をして出迎えてくれる数人のメイドに俺もクローラも少したじろいだ。
さすがメイド喫茶、やっぱすげぇインパクトだな。
「本日もお疲れ様でした。どうぞこちらへ!」
「あ、はい」
俺達は流されるように席へと誘導され、隅っこの方の空いてるテーブルに座らされる。
さっきの客引き及びキャンペーンの効果か、店内はだいぶ混雑していてその分メイドさん達もひっきりなしに接客に追われていた。
「こちらメニューです。お決まりでしたら呼んでくださいね」
「あ、はい」
「ではでは、ごゆっくり~」
パチリと可愛らしくウィンクを決めてそのメイドさんは去っていった。
その後ろ姿をクローラはじーっと目で追っていた。やっぱり現代人の俺でも驚きなのに、異世界人から見たら衝撃度は相当なものだろうしな。
「なんだか……すごいです」
「だろ。俺もこういう所来るの初めてなんだけど、同じこと思った」
「はい。メイドさんを真似ているにしては非常に馴れ馴れしいあの態度。カフェの店員としてもなってないというか、全てが鼻につく感じですね」
こらこらこらこらこらこら。
「ここはああいうフレンドリーな接客が基本なの。お前が知ってるメイドとは違うの」
「そ、そうなのです?」
「ああ。この世界のメイドは、なんていうか、萌えキャラの一種というか……例えば時間止めたり、ナイフで戦ったり、主人が吸血鬼だったり――」
「すみません意味がわからないのですが」
うんこれは例えが悪かったね。全然意味伝わらないよね。ごめんね。
「とにかく、既存のイメージからは切り離して考えてくれ。どういうものかは実際に見てもらえばわかると思うから」
「はぁ……」
クローラは腑に落ちてないようだが、これ以上言葉で説明しようとしても埒が明かないからな。
「とりあえず何か頼もうぜ。えっと、何にする?」
「え、では……ゴキブリのお出汁で」
「コーヒーな。よっしゃわかった。すんませーん!」
俺は挙手して近くを通りかかったさっきのメイドさんを呼び止める。
するとその人はトテトテと慌ただしく駆け寄ってきた。
「はいはーい! 欲しいもの決まりましたぁ?」
「えっと……コーヒー二つお願いします」
「はい、コーヒー二つですね! お食事はよろしいですかぁ?」
「え? あー、それは別に……」
「今日はこのとろふわオムライスってのがとってもおすすめなの! 頼んでくれたら、いっぱいサービスしてあげられるんだけど……ダメかな?」
うるうるした目でお願いされた。
まずい、ただの営業トークだということはわかっているのに、なぜか断りきれない。
なんとか耐えようとしたのだが、最終的には誘惑に負けてしまうのが男の悲しい性。
「……あ、じゃあオナシャス」
「ありがとー! じゃあ頑張って用意してくるね、ご主人様!」
キュピン、とまたウィンクを飛ばされた。
やっべぇ、破壊力パネェ。
メイド喫茶恐るべし。こりゃハマる奴もいるわけだ。
「お嬢様の方はお食事どうなさいます~? ……って」
メイドはクローラの方にも追加の注文を訊こうとしたのだが。プチハプニングが発生した。
「む~っ……」
ぷっくりと頬を膨らませて、彼女はメイドを不満げに睨んでいた。
「あの、主くんは……あなたのご主人様じゃ……ない、です」
「ひょ?」
メイド喫茶で出るとは思わぬクレーム。当然素っ頓狂な声を上げるしかないメイドさん。だけど言ってる本人は大真面目に片言で、目を盛大に泳がせながら続けた。
「わっ、私はメイドさんみたいな手腕も知識もないですけど……でもでも、主くんのことだったら毎日ずっと一緒にいたし、誰よりもずっと知ってるし、絶対負けないっていうか」
「……おぅ」
「で、ですからっ! その、主くんは私の主くんだから……他の人のお世話はいらないといいますか、ええっと……だからあの……」
やばいな、対抗心燃やしちゃったか。軽々しく他の使用人に気移りするのは許せんってことだろう。彼女にも奴隷なりの挟持がしっかり残ってたのかな。
だがこの場でいざこざ起こされるのはまずい。ここは俺がなんとかして――。
「くすくすくす……もう、そんなに心配しなくても大丈夫ですよお嬢様」
と、思った矢先にメイドが笑いながらクローラをなだめた。
あまりの予想外な反応に、意趣返しを食らった女奴隷さんは目を丸くした。
「今の私はご主人様とお嬢様、お二人のメイドですんで。大切なパートナーを盗っちゃったりなんてしませんから。遠慮なくラブラブタイムを楽しんでください♡」
「らぶっ!?」
かぁーっ、とクローラの頬が赤く染まっていくのがわかる。
「わ、私はその……えと……」
「ふふ、照れちゃって。可愛いですよお嬢様~」
「か、可愛いなんて……あぅ」
メイドの褒めちぎりに気を良くして、ますますニヤけてしまうクローラさん。確かにめっちゃ可愛い。頭撫で回したい。
「それで可愛いお嬢様、お食事の方はどうしますか?」
「あ、カレーが食べたいです……」
「かしこまっ! それじゃあ楽しみに待っててね!」
またまたキュートなウインクを俺達に送ると、メイドは小走りで厨房へオーダーを届けに戻っていった。
そんな彼女をクローラはまた自然と目で追い、ポツリと呟く。
「いいかも……この世界のメイドさん」
どうやらすっかり乗せられてしまったみたいだ。でも興味を持ってもらえただけいいか。
「なんだか新鮮ですね。王族だった頃はメイドさんに世話をしてもらってたんですが、どうも他人行儀すぎてこっちも色々遠慮がちだったんです。でもそれとは全然違う、主くんの言ってた通りでした」
頬がまだほんのりと赤いクローラは、両手の人差し指を突き合わせながら言った。
「この世界のメイドさんはなんというか……すごく親身になってくれて、気兼ねなく話せそうな感じがしますです」
「だろ? それがメイドカフェの醍醐味さ」
「はい。それに、奴隷であった頃も……主人の機嫌を損ねないように、腫れ物に触るような接し方をするのが常だと思ってました。けど、あんなふうに気軽に話せる間柄だったら……どんなに気が楽だったか」
「クローラ……」
王族と奴隷。従える者と仕える者。その両方を経験済みの彼女にとっては、思うことが多々あるのだろう。
どちらにせよ、クローラとの間には「距離」があった。気軽に話せるような仲ではないため、心中を打ち明けることもできない。その精神的に閉鎖された環境が、彼女を苦しめていたのちゃんとわかってる。故にそれを惜しんでいるのだろう。
「あ、でも今はそんなこと全然思ってませんから。むしろああいう環境でなければ、あなたに出会えなかったんですし」
「……ありがと」
俺達は目を合わせると、同時に笑いあった。まさに「ラブラブタイム」ってやつだな。
そうやってしばらく至福のひとときを楽しんでいると――。
「美味しくなぁれ♡ 萌え萌え、きゅーん♡」
とかいう鼓膜がとろけそうな声が隣から。
思わず二人してそっちに目をやると、別なメイドさんが別な客相手に接客をしていた。
美味しそうなスパゲッティに向けて、何やら手で作ったハートで念を送っている。
「はいっ、これですっごく美味しくなったよ! 愛情たっぷりのパスタ、たくさん食べてね!」
なるほど、これが俗にいう「美味しくなぁれビーム」ってやつか。マジでこういうのやるんだな。
「主くん、あれは?」
「見ての通り、ああすると一層美味しくなるように感じられるっていう不思議な呪文、みたいな?」
「そんなの作る前から美味しくしとくべきでは? わざと最初手を抜いてるということですか?」
「パフォーマンスだよ。ただはいどーぞ、なんて出されても面白みに欠けるだろ」
「ぱふぉーまんす……。見て楽しませることもする、というわけですね」
「そゆこと。むしろここってそっちの方に重きを置いてる所だからさ」
「なるなる。確かにそういうことをした方が集客は見込めそうかもです。さすがめいどきっさ……意外な目の付け所ですね。」
そう言って、クローラはメイド喫茶のことを研究すべく、注意深く他の接客の様子を観察し始めた。
ビームの他にも、あーんして食べさせもらってたり、一緒にツーショット撮ったり。およそ普通のカフェからは考えられないような光景が盛り沢山だ。俺には少々こっ恥ずかしくなるようなものもあったが、クローラは大真面目に見入っていた。
最初はどうかとちょっと思ったけど、連れてきて正解だったな。
キョロキョロと周囲をせわしなく見渡す彼女を俺が微笑ましく見つめていたその時。
「待たせたわね愚み――じゃない、ご主人様、お嬢様。お望みのものを持ってきたわよ! ありがたく受け取りなさい!」
注文の品がやってきた。
香ばしい匂いが鼻孔をくすぐるコーヒー、そしてホカホカと美味そうな匂いを湯気に乗せたオムライスとカレー。うん、注文通りだ。
だが、運んできたのはさっきのメイドさんとは別な人だった。
煌めくような銀髪をツインテールにして、その先端はカール状に巻かれている。
瞳はルビーを義眼にしてるのかと見間違うほど真っ赤。肌の白さとのコントラストが非常に際立つ。
ややハスキーだが透き通るような声が美しかったが、ちょいと口調がなんというかサバサバしてる。タメ口を通り越してメイドというよりうは女王様って感じ? とにかくさっきの人と負けず劣らずの明るさで、その人はテーブルに料理を置いてきた。
「えー、ではコーヒーと……カレーね。オムライスだけど、特別サービスであたしが直々にケチャップで好きな絵柄を描いてあげちゃうわよ!」
「そうなんですか。じゃあ、オーソドックスにハートマークで」
「ハートね。ふふん、ハートなら何十回も練習したから造作も無いわ」
くるくるとケチャップの容器を手で回しながら、そうメイドさんは自信満々に言う。
やっぱりなんかメイドっぽくねぇな。いやキャラとしてはこういうのもアリなんだろうけど、どうにもモヤモヤするというか……いや待て、この口調といい声といい、どっかで聞いたような……。
ていうか、このメイドさん自体どっかで見たような……。
「そんじゃ、早速張り切って―――」
だが。
結果的にそのふわとろ玉子生地の上に描かれたのは、ハートマークなんかとは程遠いものであった。
ビチャビチャビチャビチャ。
と、押し出されたケチャップがまるで血しぶきのようにダイナミックに飛び散る。皿にも、テーブルにも、そして俺のお気に入りの服にも。
瞬く間に美味しそうなオムライスは殺人現場みたいな光景に。中心にナイフでも突き立ててればマジでそれっぽくなりそうである。
何、何なの? 描き損じってレベルじゃないよね? え? いや確かにケチャップ出す時乱射しちゃうことはあるかもしれんけど、これはいくらなんでも常軌を逸してる。阿鼻叫喚の地獄絵図やんかこんなん。
驚きと困惑を隠せない俺は、恐る恐る顔を上げる。
「な……な……」
その犯人であるメイドさんは俺以上に驚き、困惑しているようで、ケチャップを握りしめたまま身体を小刻みに震わせていた。まるでなにかに怯えるように、まるで何かをとんでもないものを目にしてしまったように。これまたえらいテンションの変わりようである。
一体なぜ、どうしてそんな頼んでもいない斬新奇抜なサービスをされなければならないのか。一体メイドはなぜそのような奇行に走ったのか。
答えは実に単純明快だった。
そのメイドが、俺達のよく知る人物であったからだ。
ワンテンポ遅れてようやく俺も事の次第を理解し、全身が硬直した。
間違いない。何で今の今まで気づかなかったってレベルで間違いない。銀髪、赤い瞳、タカビーな態度。これで思い当たるやつなんて一人しかいない!
俺はかろうじて動く口で、目の前に立つ人物の名を口にする。
「エリア……」
「わ、我が婿……なんで」
そのメイドの正体は。
「自称」ワイヤードの帝王。
エイリアス・プロキシ・スプーフィングであった。
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