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レベル51.女騎士と女奴隷と日常②
7.女奴隷とメイド(後編)
しおりを挟む唖然呆然大仰天(本日二回目)
すでにキャパが軽くオーバーしていた俺は、頭から煙を出しつつなんとか言葉を紡ぐ。
「ど、どういうこと? なんで、なんで未來がここにいんの?」
それに対して彼女は「はぁ?」と、まるでCPUを常時南極海にでも沈めているかのような冷静さだった。
「なぜ私がここにいる? わざわざメイド喫茶に乗り込んできて、メイド服を着ている人に向かって? ここで働いているから、という答えがなぜ真っ先に思い浮かばないんですか?」
言いながら未來はこっちに近寄って、テーブルからものすごい気迫で身を乗り出してくる。
「そんな単純な事も考えつかずにまず人に尋ねるって……しかも食い気味に。なんという図々しさ、不潔な人はすることなすことも全部不潔なんですね」
「あぅ……」
タカビーのお次はドSか。別に指名したい娘がいたわけじゃないけど、せめてもうちょいノーマルな方をあてがってもらえないもんかねぇ?
黙るしかない俺を見下しながら、そのサディスティックメイドさんはそのあんまし手入れがされてないようなミディアムボブの横髪を手で掻き分ける。
「そもそもこんな場所に平然と訪れてる時点で既に不潔極まりないといいますか、ほとほと呆れ果てますよ」
「そこに勤めてるあんたが言うんか……」
「馬鹿ですかあなたは、職業選択の自由という言葉をご存知ないと? 憲法22条、中学校で習うレベルですよこんなの。人の職業に難癖付ける前に己の無知を恥じたらどうなんです?」
「理不尽すぎない!? だったら俺だってこういうとこ来る自由があるはずだろ!」
「ありませんよ」
ぴしゃりと無慈悲な否定が、俺の抗議の声を正面から袈裟斬りにした。
なんでじゃ、何で君には自由があってボクにはないんですか。行きたいとこも行けない世の中なんですか。POISON。
「私は先輩――いえ、クソご主人様を教育する義務があるんですから、これ以上あなたを野放しにしておくと何をしでかすかわかりませんからね。制限をかけるのは当然です」
「んな殺生な……」
「よかったですね、この店で私が働いてて。もし別な店に行って私以外の娘にニヤニヤしてたら即効で削ぎ落とすところでした」
「何を!?」
「オス犬やオス猫を飼う際、他のメスに手出しできないよう飼い主がしなきゃいけないことってなーんだ?」
「去勢する気だったの!? ていうかペットの去勢って削ぎ落とすもんじゃねーだろ!」
なんて残酷な。動物愛護団体と徳川綱吉が黙っちゃいないぞ。
閑話休題、さっさと本題に戻そう。
「で、お前はどうしてこんなところで働いているんだよ。Hot Dogと兼業なんて聞いてないぞ」
「先輩、最初私がHot Dogで挨拶したときに店長さんから説明あったのもう忘れちゃったんですか?」
「説明? ……んーと」
俺は腕を組んで必死に過去の記憶を引っ張り出す。
待てよ……そう言えばあの人なんか言ってたような……。
……あ。
「そっか。未來、定時制高校時代にバイトで別のカフェやってたって……」
正解、というように未來はわざとらしく短いため息。ファンファーレもお褒めの言葉もなくため息。めげるなぁ。
「失礼ですが先輩、あなたの記憶のストレージ容量何バイトあるんですか? ほんの一週間前ですよね?」
「いや、そうだけど……そんな些細なこといちいち記憶してない――」
「さ さ い な?」
ギロッ、ともともと鋭い未來の眼光が幾重にも研磨されたように尖った。
「先輩にとって私の存在はそんなにちっぽけだと? クソみたいな先輩のことをこの世界で唯一見捨てずに救ってあげようとしている私が? ……何様のつもりなんですか?」
「うひぃ、すみませんした! こんな重要なことを忘れていたなんて愚行の極みですよね! 心より反省し、お詫びいたす所存ですんで何卒寛大な措置をお願いしたく!」
ソファの上でジャンピング土下座をかますと、なんとか彼女はギリギリまで抜き出した矛を納めてくれた。
メイド喫茶で、その中でも特別待遇が受けられる部屋で何でこんな精神的苦痛を強いられねばならんのか。心が折れそうだよ、今日は本当にろくなことがない。
しかし未來がもともと勤めてたのがあろうことかメイド喫茶とは……意外というか想像もつかなかったというか。
しかも、エリアとこいつは契約を結んだ同居人であるにもかかわらず仲が悪い。それなのに、一緒のバイト先でかつ同じ時間帯に勤務してるってのも正直予想外だ。
ということをやんわりと伝えると、再び彼女はこめかみを抑えてため息を吐いた。
「頼みますからもう少し想像力を働かせてくださいよ。あんな精神異常者を一人どこかもわからないところで働かせようと思いますか?」
「……あぁ、そっか」
管理。
たとえどれだけ嫌っていても、問題を起こしたら自分にも責任が及ぶ。そうなるのは避けたいと思うのは自然な話だ。一緒の職場なのはそれでか。
「私だってあんな奴と一緒なんてまっぴらごめんですよ。ただ家にわざわざ働きもしない人間を置いて、タダ飯くれてやるつもりはさらさらないんで」
そうつまらなそうに言いながら、未來は壁際でお茶の準備を始めた。
持ってきたバゲットからお茶菓子のスコーン、そして茶葉入りの缶などを出し、水筒に入っていた水をケトルに入れて沸かすなど、せっせと手際よくこなしていく。
なんだかんだ言って一応サービスはしてくれんのか。やっぱり良い奴なのか嫌味な奴なのかの境界がはっきりしないな。
俺はそんな彼女の後ろ姿を眺めながら、さりげなく言った。
「まぁ性格には難ありかもだけど、あいつもあいつで結構やれてるみたいじゃん? なんたってメイド長にまでなれちゃってるわけだし」
「私がいるのに他の女の話ですか」
ガチャン! と陶器が激しくかち合う音が俺を震え立たせた。
ゆっくりと振り返った彼女の瞳からはハイライトが消えており、身の毛もよだつオーラをこれでもかと振りまいている。
縮こまる俺から目を離さないまま、お盆に乗せたティーポットやカップを機械的にテーブルへ並べながら未來は詰問してきた。
「なんですか、やっぱりあいつが接待したほうが良かったんですか? チェンジって言いたいんですか? そうなんですか?」
「い、いや決してそういうわけじゃ――」
「第一……」
静かに彼女は立ち上がると、足音も立てずに俺の前までやってきて……。
ダンッ!! と、腿と腿の間……股間の前に厚底ブーツを履いた足を振り下ろした。
「なんであの女まで一緒なんですか」
「ひゅぃ……」
情けない悲鳴を上げて俺から一気に力が抜けていく。
つ、潰されるかと思った……。二つとも失って危うく女の子になっちゃうとこだった。今まで生きて生きてこれほどの恐怖感を味わったのは初めてだぜ。
「全部厨房から見てましたよ。二人で、あんなに仲良さそうに……もしかしてデートのつもりですか?」
「それって……クローラのこと?」
「他に誰がいると?」
未來は言って、つま先で股間をちょいと小突いた。
まずい、これ向こうの気分次第では本当に潰される! 受け答えは慎重にいかないと……落ち着いてゆっくり……。
「私入学式の時確認しましたよね? 今あなたと同居してる人は留学生で、いつも一緒にいるのはまだ一人でいろいろさせるのは不安だから仕方なく……と。それにあなたはうんって言いましたよね?」
「……」
「で? じゃあ二人でメイド喫茶来るのはその範疇に入るんですか? どう考えても教育とか介護とかの範囲逸脱してると思うんですけど。私言ってること変ですか?」
「いえ……」
もう正直に吐いちまえよ、と一瞬思った。
俺とクローラは付き合ってる恋人同士。
別に隠す必要もないし、どうせいつかはバレることだ。何より嘘は良くない。
だけどなぜだろう。理由ははっきりわからないけれど、さっきから体中から危険信号が出まくってんだよね。うっかり口滑らしたら即俺の人生終了だぞ、ってピーピーアラートが鳴ってんだよね。
で、葛藤しつつどう返答して良いものか悩みに悩んでる俺の顎に未來の手が添えられ、クイッと持ち上げられた。
強制的に上を向かせられ、彼女と視線がぶつかる。
「まさか……もういかがわしい関係になってたり――」
「そ、そんなわけ、ねーだろ!」
ほぼ反射的に言葉が出て、これまた反射的に俺の手が未來の手を払い除けていた。
「いかがわしいなんて……俺とあいつはそんな関係じゃない!」
そう、いかがわしくなんかない。
ちゃんと互いに好きになって、告白して、身も心も結ばれた間柄。それをいかがわしいなんて、冗談でも言われたくない。
「……はぁ。そうですか」
100%表面上でしか納得してないような返事を返すと、諦めてその寸止め金的を仕掛けてきている脚をどけてくれ……るかと思いきや。
「なら、その固くしたモノは一体何なんですか」
と、心の底から蔑むように言った。
その細めた目の先にあるのは自らのつま先のあたり。
つまり、俺の股間。
履いていたデニムに包まれていた我が一部は……あろうことか、ビンビンにテントをおっ勃てていた。そりゃもうシティーハンターもびっくりするくらいもっこりと。
「うわっ!?」
急いで脚を閉じて隠そうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。
なにせ俺の股のすぐそばで未來の脚という鉄槌が振り下ろされている状態。もはや一切逃げ隠れできない状態まで追い詰められていた。
「いや、あの……」
「私は先輩のことを真剣に憂いているというのに、肝心のあなたという人は……」
未來はもう完全に失望したように俺を憐憫一色に染まった目で見つめてくる。
「誰を想像してこうなってるんですか? あの精神異常者ですか? それともクロ、とかいう方ですか? もしそうだったら……」
「わー、待って待って! 違うんだこれは! 頼むから話を聞いてくれ!」
「話す? この期に及んで何を? 往生際が悪いですよクソご主人様。性器でしかモノを語れないのなら今すぐ黙らせてやーー」
もはや会話など不要と判断され、強制的に刑を執行すべく未來はその踵を軽く振り上げる。
愚息の命の秒読みが始まった。間もなくそのパイルバンカーが木っ端微塵に無防備なそれを打ち砕くだろう。
だが俺は最後の僅かな望みに賭け、目をぎゅっとつむって大声で叫んだ。
「す、スカートっ! パンツ見えてるから!」
ピタッ。
と、未來の動きが止まった。まるで彼女の時間全体が停止したように、ただのオブジェクトと化した。
どうやら賭けは成功したようだ。
さて、俺が場違いにも勃起しちゃってる理由はこれでおわかりいただけただろうか。
俺はソファに座っている。未來はその前に立って片脚を上げ、俺の太腿の間に乗せている。
そして、彼女の着ているのはミニスカのメイド服。そんな衣装でそんなことをしちゃったら……。
嫌でも見えちゃうんですな、中の奥に見える桃源郷が。
ほどよい肉付きの魅惑的な太腿を包み込む白ストッキング、そこを繋ぎ止めるガーターベルトに導かれると……薄暗い闇の終着点にある柔らかそうな逆三角形の布地。
レース製でかなり派手。勝負下着と言うところでは言うやつ。メイドたるもの、下着まで気合入ってるんですね、驚きのお仕事精神ですわ。
で、そんなものをさっきから間近で見せつけられちゃてんのよ俺。
ええ、罵倒や哀れみの言葉を投げかけられてる最中にですよ? そりゃこうなりもしますって。
「……」
黙って未來は自分の下半身を見つめ、状況を確認する。
自分が、事もあろうにスカートの中を男の前でおおっぴらに御開帳しちゃっていることを。
うん、さっき賭けに勝って助かったと思ったけど……これ勝ってないね? むしろ大負けしてるね。さっきよりも怒らせちゃうパティーンだよね絶対。
「……え?」
キョトンとして、彼女は俺と自分の脚を交互に見やりながら呆けた声を上げる。その間も俺の目にはダイレクトに桃源郷の景色が届けられている。
幸せと気まずさが1:3くらいの割合でごちゃまぜになったような時間がただ流れていく。何にせよどちらもどう反応していいのかわからず、フリーズするのみだ。
「……見てたんですか?」
「え?」
冷徹な眼差しを向けたまま、脚を上げて下着を見せつけたまま、未來が訊いてくる。
「私のあそこ……ずっと見ててこうなってるんですか?」
「そ、それは……」
え? 何? 若干予想外のリアクションなんですけど。
どゆこと? これなんて返答すれば正解なの? はいかYesでしか答えられない質問に何の意味があるの?
「答えてください先輩。見てたんですか?」
「いや、ちょっと……未來?」
「見てたんですね。あの精神異常者じゃなく、この私のスカートの中の下着を見てそんなに興奮してるってことなんですよね?」
「いや、だから最初にそう言って――」
「いいえ、あなたは『パンツが見えてる』としか言ってないです。これでは言質になりません。ちゃんと先輩の口から言ってください。『あなたの丸見えの下着にさっきからずっと見惚れていました。そのせいですごく、すごく興奮して勃起しました』って」
……。
あぁそうか、これ羞恥プレイってやつか。
変態みたいなセリフ強制的に言わせた後に詰りまくるってアレだろ? 知ってる。エロ漫画でもよくあるよね。
そして、そんなものを他ならぬ俺が強要されてるわけか。なるほどなるほど。
……スゥー。
あのさ、ちょっと確認だけどここメイド喫茶だよね? いつからSMクラブになっちゃったの? 異世界転生か? 異世界転生かこれ? 俺知らぬ間に別の業種の世界に転生しちゃったんですか?
「ほら、先輩……早く言わないと潰しますよ」
「わかったわかった、わかったよもう!」
体を揺らして急かす未來に俺は投げやりに了承した。
背に腹は代えられない。どうせ未來は最初から俺のこと変態だと思ってるし、今更何を言っても関係ないか。他に誰が聞いてるわけでもなし、こんなことで済むなら安いもんだ。
小さく一息つき、深々と頭を下げて、俺は言われたとおりに懺悔し、陳謝した。
「えー、私は、八越未來様からお叱りを受けている最中なのにもかかわらず、偶然見えてしまった御御足と下着の美しさに心を奪われておりました。その扇情的な光景に不覚にも興奮し、本来であれば自らの失態を悔いるべきところで、このような痴態をお見せしてしまうことになったことは、誠に遺憾でございます。この度は本当に申し訳ございませんでした」
悟られないレベルで嫌味ったらしく言ってやったが、こんなとこか。
まったく、これで満足かよ?
心の中で悪態をつきながら俺は少しだけ顔を上げて、未來の様子を伺った。
すると。
「嬉しい嬉しい嬉しい先輩が私で興奮してくれた欲情してくれた勃起してくれた生物の生殖本能を無意識に私に向けてくれてたんだつまりこれって先輩が私に種付けしたいって思ってるってことだよね世界に何千万っている女の中から私だけを交尾の相手に選んでだってことだよねそうだよねあぁ幸せ過ぎて頭がおかしくなりそうだって仕方ないじゃないずっと私が思い続けてきた先輩の方から私を求めてくれたんだよこんなの喜ばないほうが無理だよやっぱり先輩には私がいいんだ私しかいないんだ私じゃなきゃダメなんだ……」
なんか小声でわけわかんないこと言ってやがるし。
つったって、どうせいつもの「不潔」連呼だろ?
「不潔」
ほら見ろ。いい加減聞き飽きたわもう。
「不潔、不潔不潔不潔っ。先輩は……本当に、本当に不潔ですっ」
ガバッ、といきなり未來は俺の太腿にまたがってくると首に手を回してきた。
「ちょ、何、何!?」
またまた予想外の行動に当然度肝を抜かれて狼狽える俺を、彼女は荒い息を吐きながら見つめてくる。何故かその頬は若干赤らんでいた。
「はぁ、はぁ……先輩はっ……私の下着で興奮して、何を想像してたんですか。本当に私とエッチなことができるとでも思ってたんですか? あぁ不潔……先輩はこの世の誰よりも汚らしい変態さんです」
たじろぐ俺に更に未來の顔が近づいてくる。吹きかけられる吐息はケトルの中で沸騰しているお湯よりも熱いくらいであった。
彼女はハキハキと罵倒しながら、俺の腿の上で前後したり小さく飛び跳ねたり。何を興奮してやがんだこいつは。
「まったく仕方ないですね、こんな救いようのない穢れた人には……徹底的に教育を施しませんと」
「きょ、教育って……何する気だよ」
「決まってるでしょう。この逞――卑猥なモノを鎮めるんですよ」
と言って、未來は目を離さないまま……未だにテントを張り続けている俺の股間に手を伸ばしてきた。さわさわ、と優しくなぞるように触れてくる手付きだったが、俺にとってはいつでも握りつぶしてやるぞという宣言にしか取れなかった。
「こんな状態のまま外に出すわけにはいきません……他の娘に気移りでもしたら大変ですからね。そんなのダメ。私以外の人に劣情を抱くなんて、絶対に許されない」
「許されないんだ」
「許されないです」
ぬかしおる。
でもさ、それ裏を返せば君にはこういうことしてもいいよー、みたいなふうに聞こえちゃうんですけどそれは大丈夫なんですかね。
「……別にいいです」
What?
ちょっとごめん聞き違いかな? なんかものすげぇ信じがたいセリフが聞こえてきたような気がするんですけど。
「だから別にいいです。教育者以前に……今の私は仮にもクソご主人様のメイド。出来の悪い主の不始末の責任を取るのは当然の義務です」
ジジジ……と、なんか嫌な音がするかと思ったら。
驚木桃の木山椒の木。未來さんときたら、なんとデニムのチャックを下ろしにかかっているじゃありませんか。
「な、何してんの!」
「クソご主人様がはしたないせいでしょう。あなたが変な気を起こしたから、私がこんなことをする羽目になったんです。全部あなたのせいです。全部あなたが望んだからこうなったんです」
清々しいくらいに責任全てぶん投げてきたなオイ。したたかとかそういうレベルじゃない、あの下宿人にしてこの家主ありだなまったくよぉ!
なんていって呆れている場合じゃない、こうしてる間にも未來は息を荒くして俺の開放された社会の窓の内部に指先を――。
「バカバカやめろ! こんなこと頼んだ覚えねーよ!」
「私がやらずに誰がやるっていうんですか。こんなモノ……絶対に他の女なんかに譲らない……譲るものですか……」
聞いちゃいねぇよこいつ、目がマジだ。もしかしてこれも一種の豹変モードなの? 完全にセクハラだろ、おかしくね? こういうのって普通客が女の子にするもんだろ!? いやセクハラ自体普通じゃないけどさぁ! とにかくいいから離れろってのーっ!!
と、俺が声にならない叫びを上げた瞬間。
ガッ、と。そんな音がした。
くんずほぐれつしている拍子に、未來の足がテーブルのポットに当たってしまったらしい。
「「あ」」
気がついた時にはもう遅い。蹴り出され宙に浮いたその高そうな陶器は、既に下に向けて落下運動を始めていた。
床には硬い大理石製……ちょっとした高度でも粉々に砕け散るのは避けられないだろう。
「まずっ!」
全てがスローモーションのように流れる時の中、我に返った未來が急いで墜落寸前のポットに手を伸ばそうとした。しかし、どう考えても間に合うようには見えない。万事休すか、と思ったのだが。
ぱしっ。
と、間一髪で誰かの手によって受け止められた。
「ん?」
数秒間経っても、今起きた事態を理解するには不十分だった。
え? 何が起きたの?
未來は間に合わなかった。俺は手をのばすことすらしてなかった。
では誰が?
疑問符で頭が一杯になっている俺達だったが、解答は向こうからやってきた。
「危なかったですね」
そのめちゃくちゃ熱いだろうポットを平然と持ち上げながら、そいつは言った。
未來と同じような黒色の髪をセミロングにし、同じく黒色のワンピースを着込んでいる若い女性。
一見普通のどこにでもいる女の子であるがゆえに、彼女の首に付けられた鉄製の首輪、そして肩に下げられたホルスターに収まっているモデルガンが一際異彩を放っていた。
「クローラ……」
俺が彼女の名前を呼ぶと、にっこりとその少女は微笑んだ。
なんで、どうしてここに……?
そう訊いても、本人は笑みを絶やさないまましれっと答えた。
「言ったじゃないですか。ちょっと汚れを落としてくるだけだって」
「いや……そうだけどさ」
いつの間に。ドアが開けられた音もしなかったし、足音も気配も全く感じなかった。
「鍵……」
すると沈黙を保っていた未來が低い声で言い出した。
「鍵……かけといたんだけど?」
目を細め、さっき俺に向けたものの更に上を行く鋭さを持つ眼光を目の前の女に向けている。隠そうともしない敵意を向けられているにもかかわらず、クローラはニコニコしたまましれっとこう答える始末。
「そう? 別に普通に開けられたけどなぁ」
「……くっ」
何だこの構図。怖い、怖すぎるんだけど。未來がHot Dogでのバイト挨拶に来たときもそうだったけどこの二人が一緒にいるとなんか筆舌に尽くしがたい雰囲気になるんだよな。
「すごいねー。メイド喫茶って、こんなところがあるんだー」
だがそんなことは気にも留めずに、キョロキョロとクローラは興味深そうに周囲を見渡していた。
すごい変わりようだ。さっきはエリアにいろいろ言われて、憔悴しきったような顔だったのに。今ではいつもの明るく元気いっぱいな笑顔。何があったんだよ一体。
「もう、主くんは疑り深いですね。ただちょっと顔を洗って、服を拭いただけですよ。そうしたら嫌なことは全部忘れちゃいました」
にぱーっと、白い歯を見せてキラッと満開スマイル。
脳天気というか、底が読めない奴というか……。
「でも驚いたのは未來ちゃんだよ。キミもメイドさんやってたんだね」
「ちっ」
露骨な舌打ちで返事をすると、ドSメイドは俺から離れて立ち上がった。
ようやく解放された俺は、彼女に気付かれないように安堵の息を吐く。ふぅ、助かった。
「その服かわいいね。すごく似合ってるよ」
「……どうも」
ぶっきらぼうに未來は言って、クローラから九死に一生を得たポットを受け取る。
そしてバゲットから、今度はガラス製の小さな壺を取り出してテーブルに置いた。中には乾燥した赤黒い何かが詰まっている。
それに興味津々なクローラは目をキラキラさせながら見つめる。
「これ、何かな? こーひー、とは違うよね?」
「……紅茶」
ぶっきらぼうに未來が答えると、彼女は目を丸くした。
「こうちゃ? もしかしてお茶なんですか、これ?」
「……」
無言で首肯し、メイドはせっせと茶葉をポットに入れていく。
ちなみにポットはさっき落としかけた陶製のと、大きめのガラス製のとで二つある。今茶葉を入れたのはガラス製の方だ。
未來は立ち上がるとケトルを持ってきて、中の沸騰した湯をそこにゆっくり注ぎ始めた。
透明な熱湯が、茶葉から染み出した色によって綺麗な真紅へと変わっていく。ダージリンの良い香りが湯気に乗って俺達の鼻孔をくすぐった。
「……」
「あれ? カップには注がないの?」
「蒸らしてるの」
しばらくそのまま待機していたのを指摘された未來は苛立たしげに言った。
「蒸らす?」
「しっかり茶葉の成分を抽出しないと、美味しくならないから」
「そっかぁ~。未來ちゃんは物知りだね!」
純粋な賞賛の言葉を送るクローラに対し、未來はふんと鼻で笑うという冷めた反応。
「常識だし。こんなのも知らないとか……淹れたことないの?」
ピリピリしてんなぁ~。こんな密室でキャットファイトとかマジでやめてくれよ。それに巻き込まれる俺のことも少しは考えてくれ。
しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
「うん。実はこういうのは見るのも初めてなんだ。いつもはカップに粉を入れてお湯を注いだらすぐできるやつだからさ」
「は?」
嘘みたいだが本当の話。
このクローラちゃん、緑茶もコーヒーもココアも全部「お茶」と呼ぶのだ。
そして自分で淹れられるのは今本人が言ったようなインスタントタイプのみ。こういったタイプの本格的な紅茶を淹れる工程を見せるのは、少なくともこの世界では初めてだ。
「この世界に来る前もさ、お茶とか普通に嗜んでた頃があったんだけど……それが私の前に出てくるまでにどういう道具を使うのか、どういう淹れ方をしているのかなんて、考えたこともなかったよ」
王族でいた頃、か。
周りの使用人が何でもしてくれてた環境で育ったんだ、無理もないことだろう。
「でも、今日見て本当にすごいなって思った。私の知らないいろんな事ができる人、なんだね」
「……別に、ただの真似事だし」
「確かに本職じゃないかもだけど、やっぱりすごいよ、メイドさんって」
混じりけのない、心からの言葉だと未來にもはっきり通じたのか、彼女は少しバツが悪そうな顔をした。さっき煽ったのを多少なりとも悔いてるのだろうか。
「ねぇ未來ちゃん」
「な、何?」
「よかったら他にも教えてくれないかな、メイドさんのこと」
「え?」
突然の申し出に、未來はビョクっと肩を震わせた。
さっきまでクールなキャラで通していたのに、完全にペース狂わされてら。
「な、なんであなたに……?」
「私もさ、主くんの家に住まわせてもらってる下宿人みたいな存在だし。ちょっとでもお手伝いとかして役に立ちたいなって思ってるの」
クローラは俺の方を見つめながら恥ずかしそうに心中を打ち明けた。
「掃除とか洗濯とかはできるけど、でもそれだけじゃ足りない。主くんに受けたこんなのじゃ返せないくらい大きいから。だからもっともっと腕を磨かなきゃって」
それだけでも十分ありがたいんですけどね。別に返してもらうために恩を売ってるわけじゃないし。
とはいえ、頑張ろうとしてくれてるその気持ちは尊重してやんなくちゃな。
「未來、お願いできないかな。ほら、クローラもバイト始めたし、同じ喫茶店員としていろいろ学べることはあると思うんだ」
俺からもそう頼みこむと、未來はジト目で俺を睨み、また小さくため息をこぼした。
「……クソご主人様の命なら」
○
「……まずポットは蒸らす用とカップに注ぐ用の二つを用意する。こっちのガラス瓶の方に茶葉を入れ手蒸らしたら……こっちの陶器の方に茶濾ししながら注ぐ」
未來のテキパキとした実演を真剣に見ながらクローラは二度三度頷いた。
「あと茶葉用のポットは事前にお湯で温めておくこと。こうするとあとで茶葉を蒸らすときに温度が下がりにくくなるから」
「へぇー、そんなところまでしっかりやるんだ」
「ご主人様に出すものなんだから、きちんとやるのは当たり前でしょ。最高のコンディションで提供できないんならメイドなんて務まらないよ」
言い方に所々棘はあるが、お願いしたとおりにきちんと丁寧に説明してくれてるな。
「そっか……そうだよね。うん、ちょっと忙しそうだけど」
「常に自分ができることを探すのがこの仕事。なんにもやることないからぼけーっとするなんてそんな事許されない。自分が役に立ちたいと思う人が何を必要としているか、自分が何をしてあげられるかをいつも考えて行動する。メイドってそういうものだよ」
そう、他人に言われてから動くのでもなければ、言いつけられたことだけをするのでもない。
それがメイド――人に奉仕する仕事と、奴隷というクローラが課せられた仕事との大きな違いだ。
その違いが、彼女の目にはどう映っているんだろうか。
「はい、できました」
そうこうしてる内に紅茶が淹れ終わったらしい。
カップに注がれたそれはまるでルビーから滴り落ちたような鮮やかな色をしている。見るだけで極上品だと、素人目にもわかるくらいだ。
「どうぞ、クソご主人様」
「あ、どうも」
「はい、『お嬢様』も」
「えっ、私にもくれるの?」
クローラの目の前にもカップを差し出した未來は無言で頷いた。
「一般席の料理とかは既に片付けちゃったから。何も飲ませず食わせずで帰らせるわけにも行かないし」
「……ありがとう、未來ちゃん」
本当に嬉しそうにクローラはお礼を言い、その美味そうな紅茶に向けて手を合わせた。
いつもの挨拶。どこに行っても食べたり飲んだりする前には忘れずに。
「いただきます」
そして待ちに待ったティータイムだ。
一口啜ると、得も言われぬ舌触りと味が口の中に広がった。さすが、ここまで手間をかけただけのことはあるな。
茶菓子として添えられたスコーンも、程よい甘さと食感が癖になる美味しさ。お茶のお供にはこれ以上ないくらいのベストマッチだった。俺達は時も忘れ、夢中でそれらを堪能した。
VIPルーム、確かに極上の時間が体験できる部屋だった。
「はぁー、美味しかった。ごちそうさま」
恵比寿様みたいにほんわかした笑顔でクローラは食後の挨拶をした。
そして、手早く用済みの食器を片付ける未來を見つめながら、うっとりとつぶやく。
「これがメイドさんの仕事……やっぱりできる人は違うんだなぁ」
「仕事の出来だけじゃない。礼儀とかコミュニケーションとか……単に仕事をするだけの機械じゃないんだから、一人の人間として接し、ご奉仕するってことを念頭に置いて取り組む。それがメイドとしての最低限の掟」
「キカイじゃなく、一人の人間としてか……」
まだちょっと不安が残っているようではあったが、迷ってる場合じゃないというふうにぱちんとクローラは両手で自分の頬をはたいた。
「わかった、私も頑張るよ――っとと、違った」
「?」
いそいそと彼女は立ち上がって身なりを整え、背筋をピンと伸ばす。
そして軽く深呼吸の後、お腹の前に両手を添えて深々とお辞儀をした。
「邁進いたします」
……あらまぁ。
その完璧で瀟洒な挨拶に、俺は思わず心の中で拍手。
「……まぁ、せいぜい頑張れば?」
未來は相変わらず冷めた表情ではあったが、彼女の心意気だけは認めたらしい。
それでも嬉しかったのか、心底幸せそうにクローラははにかんだ。
○
「いってらっしゃいませご主人様、お嬢様!」
退店時。大勢のメイド達に入り口で見送られて俺達はそのメイド喫茶を後にした。
未來はまだVIPルームの片付けが残ってるからと部屋前でのお見送りで、エリアの方は結局会えずじまいだった。
未來曰く「スタッフルームに置いておいても荷物だからとっとと帰らせた」とのこと。一言挨拶でもと思ったが、また陰湿な雰囲気になるだろうし、これでよかったかもな。
「来店時に『おかえりなさいませ』、そして退店時に『いってらっしゃいませ』か……なかなか面白いですね」
クローラは俺の一歩前でスキップしながら楽しそうに言った。
「一応メイドってのは自宅で仕える使用人だからな。そういうところもきちんと真似てんだよ」
「ふむふむ。今日はいろいろと勉強になりました」
「……」
俺はそんなクローラの背中を見つめていたが、やがて足を止めて声をかけた。
「あのさクローラ」
「はい?」
「あの……大丈夫か? その……エリアにいろいろ言われたこととか」
蒸し返すみたいで正直悪い気はしたが、もし彼女はやせ我慢しているのだったらきちんと解決しないといけない。それは彼女の恋人である俺の義務でもある。
足を止めたクローラの顔に、少しだけ影がさした。やっぱり、気にはしてたようだ。
――何を隠してるの?
あいつが言ってた言葉の意味。
まだクローラには秘密があるということ。
エリアとクローラ……陥れた密告者とその被害者。
彼女達の間に一体何があったのか。
――私は……何か彼女に取り返しのつかないひどいことをしたような気がするんです。
それは入学式の日にクローラから聞いた言葉。
おそらく秘密とはそれに関係したものではないかと踏んでいるが、その真相は未だにはっきりしていない。
当人たちですら思い出せない真実……一体何が二人の間にあったのか。彼女には耳の痛い話かもしれないけど、俺はそれが非常に気がかりだった。
俺の問いかけに、クローラはこちらを振り返らないまま答えた。
「今は……言えません」
「え?」
「私にも、まだはっきりとしたことがわからないままなので」
「……そっか」
「けど、いつかは明らかにしなければと思ってます。多分、それは私にとってもあの人にとっても大切なことでしょうから」
そこで彼女は振り返り、ひと目でやせ我慢だとわかる笑顔をこちらに向けた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。何があっても、私と主くんは恋人同士……決して離れることのない関係ですから」
そう言ってクローラはこちらに駆け寄ると俺の腕に自分の腕を優しく絡めてきた。
「さぁ行きましょう。リファさんも待ってますよ」
「……そうだな」
焦ることはない、か。
俺は納得して頷くと、愛しい彼女さんと共に、もうひとりの恋人を迎えに行くために歩き出した。
メイド喫茶という、言わばサブカルの極みみたいな場所ではあったが、十分有意義な職業体験ができたようだ。
これを通して今後クローラ・クエリという人間がどう変わっていくのか、どんなふうに成長するのか。
そんな未来図がちょっぴり楽しみな俺であった。
○
後日。
「今日はたくさん買ったなマスター」
「ああ。色々安かったからな」
スーパーに買い出しに行った帰り。俺とリファは食材でパンパンに膨らんだ買い物袋を抱えて夕焼けの綺麗な道を歩いていた。
もうすっかり秋。日もだいぶ早く沈むようになったな。あれだけうるさかったセミの合唱は止み、代わりに鈴虫やコオロギの音楽隊が舞台に出てくるようになった。
「今日の献立はカレーにするかな。ふふ、クローラきっと喜ぶぞ」
「だな。早いとこ帰ろうぜ」
俺達は駆け足で、クローラが待っている我が家へと急いだ。
「「ただいまー」」
玄関の戸を開け、明かりをつけ、靴を脱ぎながら、俺とリファは二人同時に言った。
すると待ってましたというように、ドタバタとリビングの方から彼女がやってきた。
「おかえりなさいませっ。主くん、リファさん!」
こっちまで嬉しくなるような満面の笑みで、俺達の恋人クローラ・クエリが出迎えてくれた。
「お外寒かったでしょう。今日は一段と冷え込む一日って言ってましたからね。さぁさ、早く中へ入って温まってくださいな。あ、お風呂も沸いておりますので、よろしければそちらにします?」
「……」
「ふふ、今日はまた一段と買い込んだのですね。今日の献立は何でしょうか。えっと……じゃがいもににんじん、たまねぎ……あ、もしかしてカレーですか? やった、クローラすごく嬉しいです!」
「……」
「? お二人ともどうかしましたか? さっきから口を開けてぽかんとして――」
怪訝そうに俺達を交互に見ながら訊いてくるクローラ。
確かにいつもなら俺達も明るく受け答えするところだが……どっこい、今日はそんなことができるような状態ではなかった。というよりそのための余裕を全部根こそぎ持ってかれてしまっていた。
「あの、クローラ?」
「はい?」
「な、なんだ……その服装」
俺とリファは顔をひきつらせながら、クローラが着込んでいる衣装を指差す。
おさらいついでに説明すると、彼女の家での標準装備は裸エプロン。何も着ない、一糸纏わない状態に直接エプロンをかけるというなんともエロティックでファンタスティックな格好である。
だが、今日は違った。
彼女が着ていた服。それは――。
「あぁそうでした。どうですかこれ! 似合います?」
黒いロングスカートのドレスに白い大きなエプロンをかけ、頭には清楚なヘッドドレスを着用している。
メイド服。
どこからどう見てもメイド服だった。
俺とリファはあんぐりと口を開けてその変わり果てた姿を凝視する。
なにこれ? メガシンカ? 突然変異? 奴隷がいつの間にかメイドになってたんですけどどうすりゃいいの?
「えへへ、この間内緒でお小遣いで買っておいたんです。隠しておくつもりはなかったんですけど、二人をびっくりさせたくて」
いたずらっぽく笑ってクローラは言った。
そ、そうだったのか。特にキミに異常現象が起きたわけではないことはわかったけど……なぜにメイド服を?
まさか、こないだのメイド喫茶?
「まぁ……そんな感じですかね」
「お、おう」
固まった表情でぎこちない返事を返すと、クローラは人差し指をつつき合わせながら釈明した。
「この前……あの人から言われたじゃないですか。私はまだ奴隷を脱せてないって……」
「え? あ、ああ」
「あの後考えたのですが……それ、当たってるなって思ったんです」
「ど、どういうことだ」
「私にはあの辛い思いをしたワイヤードを早く忘れてこの世界の人間になりたいと思う気持ちはあります。だけどそれとは別に、変化を恐れて変わりたくない……あの世界を捨ててはいけないと考えてる自分もいると。それも本当です」
「クローラ……」
「その原因が何かを探るのももちろん大事ですが、そのためにいつまでも曖昧な自分のままでいるのは失礼だということも事実」
そこで言葉を切ると、クローラは真剣な眼差しで俺達を見据えた。
「ですのでっ、私はこの度メイドへのジョブチェンジを志すことに決めたのです」
いやそこがさっぱりわからんのですが。肝心なとこ説明飛ばさないでくれる?
「つまりですね、いつまでも自分のことで悩んでばかりいるのはダメだってことです。過去と今とで板挟みになってばかりいたら、それは大切な恋人であるお二人を蔑ろにしてるのと同じですから」
「はぁ……」
イマイチ飲み込めずそんな返答しかできない俺達に、クローラはしんみりした表情になって続けた。
「この前メイド喫茶で、未來ちゃんはこう言ってました。『自分が役に立ちたいと思う人が何を必要としているか、自分が何をしてあげられるかをいつも考えて行動するのがメイドだ』と。それを訊いて私は確信しました。メイドさんこそ、今の私が目指すべき人物像であると」
「な、なるほど」
「もちろん、私はまだ未熟故にそんな人なるにはまだまだ修行を積まねばなりません。ですが、こうして形から入ることくらいはしておいてもいいのではないかな、と思いまして」
そういうことか、ようやくわかったわ。
要するに彼女は心機一転、自分のステップアップを図ろうとしている。そしてメイド服はその決意の表れ。言わば気合を入れるためのハチマキのようなものであるということだ。
しっかしあのメイド喫茶での一見が彼女にとってここまでの転機になるとは……正直想像つかなかった。
「あ、やっぱり変でしたか? 前の裸エプロンの方が良かったというのでしたら……」
「いやいやいやいやそんなことないって! めっちゃ似合ってるし、こっちのほうが断然いいって! なぁリファ!」
「う、うむ! それにすごく可愛いしな! 衣替えとしてもベストな選択だと思うぞ!」
「そ、そうですか……気に入ってもらえてよかったです」
二人で頭を撫でてあげると、テレテレとにやけるクローラさん。
首輪をつけたメイド、か。
確かに普段着としてはどうかとは思うけど、裸エプロンより数段まともだからいいか。可愛いことには変わりないし。
色々突然で驚いたけれど、彼女がこうして自分から変わろうとしている。それは素直に喜ぶべきだろう。
「じゃあ、これでクローラはめでたくメイドにジョブチェンジってわけか」
「うーん、それは違いますね」
苦笑しながらやんわりとクローラは否定した。
「今はあくまでジョブチェンジを志す段階。私はまだ完全に奴隷を抜けきれていないですし、お茶淹れや料理もまともにできない以上、正式にメイドを名乗るのはおこがましいとういうものです」
「あ、そう。でもじゃあその場合って何になるの?」
メイド見習い? 研修生?
別に呼び方にこだわることはないと思うけど、気にはなる。
するとクローラは目を閉じて胸の前に手を置くと静かに語りだした。
「愛する人のために奴隷から抜け出そうとし、愛する人のためにメイドを目指す。過去の私と未来の私……そして今を生きる私。それを表す言葉など……一つしかありません」
「それは一体?」
先を促すと、クローラ・クエリはスカートの裾をつまんで軽く持ち上げるとペコリと一礼し、宣言した。
今後自らが名乗る、新しい職業の名を。
新しい自分への旅立ちに相応しい、晴れやかな笑顔で。
「愛奴、と。そうお呼びくださいませ」
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