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レベル51.女騎士と女奴隷と日常②
10.女騎士と女奴隷とサークル
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ある日。
キーン、コーン……。
と、二限の授業終了及び昼休み開始のチャイムが辺りに鳴り響く。
ここは大学のとある教室棟。そこの廊下の壁にもたれかかっていた俺は、それを聞いていじくっていたスマホをポケットにしまう。
今はこの近くの教室で、リファとクローラが二人で授業を受けている。
受講しているのは必修科目。文字通り必ず履修しなければならない授業だ。
これらは通常の講義とは違い、各学年ごとに受けられる科目が決まっている。そのため、学年の違う俺達はこの時限だけは必然的に引き裂かれてしまうのだ。
しばらく時間を置いて、教室のドアが次々と開いてわらわらと学生達が溢れ出てくる。閑散としていた廊下は、一気に芋洗い状態に。そんな中で俺は、目を皿のようにして注意深く二人を探した。
その時。
「どうも、クソ先輩」
「うひぃ!」
突然耳元で誰かにそう囁かれ、俺は情けない声を上げて飛び上がった。
その冷たい声色と罵倒に背筋が凍るような思いに駆られながら、ゆっくりと振り返る。そこには、やはりというかなんというか、予想通りの人物が立っていた。
少々無造作なミディアムボブの髪に、黒縁メガネ。
シンプルなねずみ色のパーカーに長めのデニムスカート。
同じアパートの住人かつ同じバイトの同僚、そして同じ大学の後輩。
八越未來であった。
いきなり現れたものの、この娘も秋入学の新一年生。故にここで出会うのは半ば必然と言っていい。
俺はバクバク言う左胸を抑えながら、彼女に荒い息遣いで言う。
「お、お前……脅かすなよ、心臓に悪いだろもう……」
「脅かす? 私は普通に話しかけただけですが? 先輩がただぼさっとしてただけでしょう。不潔な人はなんでも責任転嫁するんですね」
「んなこと言ったって……」
未來は、言っちゃ悪いが総じて地味な風貌の女の子だ。この群衆に紛れたら、まず特定するのは無理な話である。そんな中で、気配を察知していきなり背後から話しかけられて動じない人間なんているか?
というような主旨のことをぼそっとさりげなく伝えたら。案の定未來さんいつもの豹変モードに突入。
「なんですかそれ? 私は先輩にとって空気みたいなものなんですか? 私はその程度の人間なんですか? 私はこの有象無象の塵芥に過ぎないって言いたいんですか!? そうなんですか!?」
「いや、そんなこと一言も言ってないだろ……」
ったく、毎度毎度面倒な奴だ。内面で言えば逆にここまでのインパクトある人間はそうそういないよ。
「……で、俺に何の用?」
「何の用……? 本当に先輩は物覚えが悪すぎますね。あなたの脳みそ、目玉よりも小さいんじゃないんですか?
「俺はダチョウか」
「は? まさか先輩、ご自分がダチョウと同等だとでも?」
「以下だったかぁ」
未來は全身が縮こまるよう睨みを利かせたまま、俺にあるものを押し付けてきた。
きれいな布に包まれた立方体の箱。ずっしりと重く、男の俺でも両手で抱えるのが精一杯なほどでかい。
これが何なのかは、包みを開けなくてもわかる。未來お手製の弁当だ。
彼女は俺の「教育者」を自称し、執拗になにかと構ってくる。この弁当だって、普段の昼食のメニューが偏ってるということでこれを作ってくれるようになった。しかも今日だけじゃない、学校がある日は毎日である。
これだけ聞けばありがたい話のように思えるが、本人の性格のせいでどうにも素直に喜べないんだよなぁ。しかも実を言うと、クローラもリファ監修の元お手製弁当を用意してくれているため、実質俺は二食分食べなくてはならないのだ。食べ盛りとはいえ、さすがにこれはキツイ。かといって文句はつけられないので……。
「ありがとう。いつも助かるよ」
と言って素直に受け取るしかない。
未來はふん、と鼻を鳴らすと俺の隣に立って道行く学生達を流し見ながら呟いた。
「先輩、随分前からこのへんで待機してますけど、二限何取ってるんですか?」
「え? あぁ、近くのラウンジで時間潰してた」
「……授業を受けてたわけではないと?」
「最初はそうしようかと考えたんだけどさ……あいつらまだこの学校に慣れてないし、二人だけの状態には極力したくないんだ」
授業を取ったらいつ終わるかもわからないし、移動時間もかなりかかる可能性だってある。そうするよりはフリーにしておく方がよほど確実だ。
「結局。こうして待ってるのも全部あの二人のためってことですか……無駄なことこの上ないですね。どういう履修管理してるんだか、まったく」
まぁこう言われるのは目に見えてた。確かに無駄っちゃ無駄だ。無論これからずっとこうするつもりはない、来年度からはちゃんとやるさ。
と心の中で思っていると、ふいに未來が俺に手を差し出してきた。
「ん」
「……何すか?」
「時間割表。もうすぐ履修決定日ですよね。精査しますので見せてください」
精査って……そんなとこまで管理されなあかんのかいな。
俺は渋々肩にかけていたトートバッグから、マイ時間割を取り出して手渡す。
未來はそれを無言で受け取ると、目だけを素早く動かして確認。
「ふむ、私が追跡して予測したものと完全に同じ……ならいいか」
「はい?」
「いえ、取る授業には特に問題はなさそうですが……」
時間割を俺に返しながら、彼女はそう意見してきた。
「これ、サークルはいつやる予定なんですか?」
「え?」
「先輩、一年生の時からずっと授業が終わったらまっすぐ家に帰っちゃってますよね? この時間割表にもどこにもそういうのはないようですが?」
「……ああ」
彼女の言う通り、今のところそういうのを考慮したスケジュールにはなってない。
特に時間が空いてないわけではないが、どの日も授業は一気にまとめて受け、早めに行って早めに帰るスタイルでいる。基本的にあまり大学に長居したくないタイプなのだ。
「入学式の時も訊きましたが、先輩って帰宅部なんですか? 勧誘も全く参加してませんでしたし」
「そういうわけじゃないけど……」
「私は先輩の教育係。当然課外活動もきっちり把握しておく必要があります」
人差し指を一本立てて、未來は少し気取ったように話し始めた。
「サークル活動は所属必須ではないですが、健全な学生生活を送るために欠かせません。就活においての重要なキャリアとなりますし、将来のための人脈の作成やコミュニケーション力の育成など、アルバイトに並ぶ社会経験となることは間違いないでしょう」
「……」
「ただ、サークルと一概に言えど、その形態は様々……ボランティア部や国際交流部など、人の役に立ったり職場の即戦力として活かせるようなものなら、とやかく言うことはありません。しかし、アニメやゲームなどの低俗なものをただ観賞するだけのくせに『研究部』などとほざくようなサブカルクソサークルなどに所属しているようでしたらそれはかえって逆効果。マイナスなイメージしかない部など到底許されませんので」
「許されないんだ」
「許されないです」
ぬかしおる。
しかしこいつ、典型的なアンチオタクな人間だったか。よく言うぜ、自分はメイド喫茶で働いてるってのに……。
「じゃあ、運動部はどうなのさ?」
「それは……」
試しに訊いてみると、未來は渋い顔をして顔を背けた。
「確かにスポーツは非常にサークル活動としてはメジャーですし、健康促進にも大いに見込めます。上下関係も厳しいものが多く、マナーや礼儀も存分に学べるという意味でも最適かと思います。しかし……」
「しかし?」
くいくいっ、としきりにメガネの縁を指で押し上げながら彼女はやや焦り気味に。
「た、体育会系は非常にハードで体力を消耗するため、先輩にはやや不適合かと。それで学業が疎かになっては元も子もありません」
「……は? いや別に俺はそこまで運動苦手じゃないぞ? 高校のマラソン大会は十位だったし、あと中学校まで剣道教室に通ってたこともあったし」
「そ、それにっ!」
やや裏返った声で未來は遮ると、自分がかなり体力を消耗してるみたいにバテた様子で言った。
「運動部はその……活動が男女で分けられている場合が多く、別々に行動することを余儀なくされることが折に触れてあるでしょう。先輩の教育係として、監視の目が行き届かないのは非常にまずいです。なので、そういう観点ではあまり推奨されるべきではないと考えるのは自然なことです」
……うん?
ちょっと待て、この娘は俺がサークルで何やってるかを明らかにしたいだけだよね? その活動内容が特に問題なければそれでクリアじゃないの? 何で男女で分けられるとか気にするの? 関係なくね?
「と、とにかく! いつまでも濁してないでさっさと教えてください! 先輩は何のサークルに所属してるんですか!」
やけくそになって詰め寄ってきた。本当に何もかも無理矢理な奴だぜ。
別に言えない理由があるわけではないが、言ったら言ったで面倒なことになりそうなんだよね、今までのこいつの反応からして。
くそー、どうするかなぁ。
と迷いに迷ってたその時である。
「おーい、マスター」
「主くーん。あ、未來ちゃんもいるー! おはよー!」
救いの女神、参上。
一人はまばゆい金髪と碧眼の女性。
もう一人は首輪とメイド服を着用した女性。見た目のインパクト最大級の二人組。
「おう。リファ、クローラ。遅かったじゃないか……」
俺は軽く手を上げ、笑顔で二人を出迎える。邪魔された未來は露骨に舌打ちをするが、聞こえないふり聞こえないふり。
「すまないマスター。少し先生殿に質問をしてたのだ」
「へー、珍しいな。なんて?」
「はい。えっと……何で黒板に書く字がそんなに汚いんですかー? とか、何でそんなに話す声が早口な上に小さいんですかー? とか、他の人から文句言われたことないんですかー? とか」
うんそれ全然質問じゃないからね? 完全無欠の挑発だからね? たとえ本気で疑問に思ってるのだとしても相手には喧嘩売られてるとしか思われないからね?
「ところで二人は何を話してたのだ? なんだか穴の開いたパンみたいな会話が聞こえてきたのだが」
それはベーグル。
「違いますよリファさん。主くん達はいろんな乗り物についての話をしてたんですよね?」
それはビークル。
「サークル。前にも話したろ。学校でやる趣味とかスポーツをやるコミュニティ」
「ああ……いつぞや大量のチラシを押し付けてきた奴らか」
「あれは厄災でしたね……」
二人は当時のもみくちゃにされた思い出が蘇ったのか、揃って苦笑した。
だがチャンスだ。ここから一気に話題が反らせる。
「でもさ、せっかく大学に入ったんだし、いろいろやってみてもいいんじゃないかな」
「私達が……ですか?」
「ああ。まだ新歓期間中で、どこのサークルも色々体験入部とか見学とかさせてくれるし。この機会に昼休みにちょっと覗いていってみないか?」
「クローラは、べつにそういうのは……」
反射的にクローラが言いかけたが、それをリファが遮った。
「確かにそうだな。入る入らないは別として、一見の価値はあるやもしれん」
「リファさん……」
怪訝そうに自分を見上げてくる女奴隷に、女騎士は優しい顔で諭す。
「マスターも言ってただろ。そういうところで友だちを増やして人脈を広げる、今しかできないようなことを思いっきりやるのも学生としての務めだと。お前が知っているアカデミーとは違ってここは学問だけを修める場ではないのだから」
「……むぅ。そう、ですね……わかりました」
そう言って、クローラも一応は了承してくれた。
なにはともあれ、これで予定は決まったな。あとは……。
「あの……先輩……?」
こいつか。
不機嫌そうに意地でも俺の所属を聞き出そうとしてくるが、こうなったらこっちもそれなりに粘ってやる。
俺は振り向きざまにニカっと笑って、爽やかに誘う。
「未來も行くだろ? 部活見学」
「は? いや私は……」
「遠慮すんなって、お前も一年なんだしさ。『健全な学生生活を送るために欠かせない』んだろ、サークル参加は。なら未來自身もちゃんといいとこ探さないと」
「ふゃっ!?」
ぽん、と肩を軽く叩くと彼女は小さく悲鳴をあげて一歩飛び退いた。
自分の発言を逆手に取られて悔しいのか、恨めしそうに睨んでくる。とりあえず反撃は成功だな。
「じゃ、昼メシ喰ったらさっそく出発だ!」
○
「サークルには運動系、文化系の二つがある」
昼休みで賑わう学校の中庭を歩きながら、俺は異世界コンビにサークルの概要を簡単に説明していた。
「運動系はその名の通りスポーツとかを中心にやるもの。文化系は芸術とか趣味とか、そういうのを研究したり極めたりするところだな」
「ふむふむ。私達はこの世界の文化を学ぶのが義務ですから、後者を選んだほうが良さげですが……」
「たしかにそうだけど、二人にしてみればこの世界でのスポーツってのも立派な文化だと思うよ? ひとまず、色々体験しておくに越したことはないさ」
「剣術の代わりになるようなものだとよいのだがな」
リファが頭の後ろで手を組みながら欠伸交じりに言う。
イメージ的にはリファは運動系、クローラが文化系って感じだけど。
そう思いながら、俺はチラッと後ろを無言でついてきていた未來を振り返った。
「未來はどっか行きたいところとかないの?」
「え!? や……私は……その、先輩のサークルに……」
「はい?」
「~~っ! ってどこだっていいでしょ! 女の子になんてこと訊いてるんですか! 不潔ですよ不潔っ!!」
希望サークル訊いただけでセクハラ扱いとか窮屈になったもんだな日本。そのうちいい天気ですねって言っただけでアウトになるんちゃうんか?
「それでマスター。これからどこに向かうのだ?」
「ん? ああ、そうだな……まずは運動系から行ってみるか」
というわけで、俺達一向は体育館エリアへ。
〇
「かーんとーんめーん!」
「かーいよーうどーう!」
「はんだーこてぇ!」
そこではそんな威勢のいい掛け声が絶え間なく響いていた。
部員達は皆、面と鎧を装着して、竹製の剣――竹刀をぶつけ合っている。
剣道場。
やはりリファに紹介するならここだろう。
「お~♡」
彼女は目を輝かせながらその光景に見入っていた。
騎士を退役したとはいえ、昔の血が騒いでしまっているのだろう。転生した今でも剣の修業だけは欠かさずにやってるくらいだからな。
「ようこそおいでくださいました!」
すると、部員の一人が俺達を爽やかな笑顔で出迎えてくれた。
さっきまで稽古をしていたのか、胴鎧は身に着けたままだし、頭にも手ぬぐいを巻いたままだ。
「申し訳ございません、このような格好で。私、この剣道部で部長をやっている者です。本日はどうぞよろしくお願いします」
「あ、いえいえ。こちらこそ、突然押しかけてすみません」
俺達はそう言って慌てて頭を下げる。
部長さんか……こりゃまた偉い立場の人が出てきたもんだ。
「いいんですよ。新入部員はいつでも大歓迎ですから。皆さん、剣道は初めてですか?」
「あ、俺は一応中学までやってました。で、このメイドと眼鏡が未経験で……あとこっちのパツキンが――」
「リファレンスだっ!」
ずいっ! と興奮を我慢できないというふうに女騎士は俺を押しのけて部長さんに詰め寄った。
「剣道、というのはよくわからんが。剣術であれば、前職でかなり腕を磨いてきた。襲い来る敵をバッタバッタとなぎ倒し、積み上げた屍は数知れず。百戦錬磨の実力を持つこの私なら、きっとこのサークルでも即戦力として役に立てると思うぞっ!」
「いい台詞だ。感動的だな。だが無意味だ」
いきなり部長さんは彼女の豪語を真正面から一刀両断した。
ポージングしながら目が点になる女騎士。俺達も一瞬頭をはてなマークが覆いつくす。
だがそれを言った本人はニコニコと笑顔を絶やさずに付け加えた。
「あなたの前職が何かは詳しくは訊きませんが、私達剣道部はあくまで剣の道を極めるサークル。人を傷つけるためにやるというのは所詮過去の考え方だ。技を磨き、体力をつけ、自らを高みに導くべく日々精進するのが我々のなすべきこと。文字通り真剣にね」
「いや、剣は凶器だろう」
空気が固まった。
カウンターとばかりに、今度はリファが部長さんの言葉を一瞬でぶった斬る。
爽やかな笑顔のまま空気と一緒に硬直してしまう彼を前に、女騎士はしれっと続けた。
「どれだけ体のいい言葉で取り繕おうが、人を傷つけるために生み出されたものだぞ。そして剣術は迅速かつより多くの敵を殺すために極めるもの。それが終着点ではないのか? 高みを目指してそれで終わりなんて……そこから何かに活かしてこそではないのか? それこそ『真剣』とは思えんが」
うーん、これは悪い方向に価値観の違いが出ちゃったなぁ。
リファの考えには誰しも「馬鹿じゃねーの」と思うだろう。だが騎士にしてみれば、剣というものをスポーツ用品として扱う考え方の方が理解できないのは間違いない。
そりゃ戦争なんてものを一回も経験したことのない人間と、毎日のように戦場に放り出されてきた人間とでは違って当たり前だ。境遇からして全然違う。
「わかりました。それでは一度実際に体験してもらいましょうか。私はこの剣道のおかげでまっとうな人間になれた。今度は私があなたに刻み込んであげよう。そうすればきっと理解できるはずだ。我々の剣道というものをね」
おいおいマジか。いきなり練習試合かよ。いくらなんでも急すぎないか?
と、俺は仲裁に入ろうとしたのだが、すでにリファは嬉々として誘いに乗ってしまっていた。
「なるほど、言葉よりは剣で語る方が早いということだな。よかろう。貴様の剣の道とやらと私の剣の道……どちらが正しいかを賭けて勝負といこうではないか」
あーあ、大丈夫かよこれ……。
俺とクローラが心配そうな目で、未來が冷めた目で追う先で、悠々とリファは部長さんに連れられ道場へと上がっていった。
そして防具を貸し出され、竹刀を与えられ。対戦準備が整った。部長が直々に相手をするということもあってか、周囲の部員らも練習を止めてギャラリーと化す。
「ふむ、この『しない』とやらも、なかなか扱いやすくていいな」
「ではケリを付けてあげましょう。遠慮はいりません、どこからでもかかってきてください」
「望むところ」
舌なめずりをしながらリファはその竹刀を両手で構える。
周囲の人間が息を呑む中、審判がゆっくりと腕を振り上げる。
異世界の剣士VS現実世界の剣士の異文化剣戟戦の火蓋が、いよいよ切って落とされる。
「では試合開始ぃぃ!!」
「さぁ試してあげよう、あなたの力を――ってちょっとタンマタンマそれ反則反則蹴りはなしでしょ蹴りは痛い痛いやめてやめてケリってそうじゃないよ決着って意味でちょやめろって竹刀はそんなことに使うものじゃないなにそれなにそれ竹刀が燃えてるどうなってんのそれやめてマジで死ぬから死ぬから僕焼け死ぬからちょ、ちょっと待ってください! 待って! 助けて! お願いします! うわああああああああああ熱い熱い熱い熱い! アツゥイ! ちょっとほんとにやめろってか審判何やってんの止めろよおいうわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp」
〇
リファをぶん殴って剣道部には詫びを入れた後、俺らは逃げるように道場から撤退した。まったく、なんでこうなるんだか……。
気を取り直して、部活巡り再開だ。
「次は文化系のとこ回ってみるか」
「文科系……具体的にはどのようなものがあるのでしょう?」
俺が開いている新歓用のパンフを覗き込みながらクローラが尋ねてきた。
この大学の文化部は、公認非公認含めて運動部の三倍以上の数がある。二年の俺でも「こんなのあったっけ?」と思うようなものもあるし。
クローラに合いそうなのは……元王族だし華道部とか茶道部とか? あ、それと歌が得意だから合唱部とかアカペラ部とかいいかも。よし、とりあえずそのへんちゃちゃっと周っちゃおう。
俺は気絶したリファを引きずりながら、次の目的地へと向かった。
・華道部
「華道とは、単なるお花遊びとは違いますーの」
正座した俺達を前に、和服姿の華道部部長(女・四年生)は厳しい顔でそう言った。
「華道の心得、『花は人の心である』。どれだけきれーいな花でーも、活ける者の心が穢れていてーは、ただのゴミになってしまうのーよ」
「……はぁ」
まったく興味なさそうな返事をするクローラを尻目に、部長さんは傍らにあった花を一本つまむ。
シュババババババ! と高速で剣山に花をぶっ刺し、数秒後に彼女の前には見事な生花が出来上がっていた。
「いかがですーの? これこーそ、華道を極めし者の心が生んだ生花ですのーよ。もう見るだけで気分が華やかになりますーの。ペペロンチーノ」
うん何がどうすごいのかもまったくもってわかんないけど。この人がそう言ってるならそういうことにしておこう。うん。
「ええ、何がすごいのかまったくもってわかりませんが、あなたがそう思うならそうなんでしょうね。あなたの中では」
こらこらこらこらこらこらこらぁ!!
また出たこいつの無意識ディス! というよりも思考ダダ漏れ癖!
「クローラちゃん! ダメだろそういうこと言っちゃ!」
「でもこれを極めたところでなにか生活に活かせるとも思えませんし。極めたところで、こんなふうに一般の私達の心に響かないんですから、素人がやっても同じじゃないですか?」
「わかったわかったから、ちょっとお口チャックしてよ? ね?」
「わ、わわわわわたくしをぶーじょくするおつもりですーの!?」
わなわなと声と身体を震わせながら、部長さんはクローラを睨む。ほーら言わんこっちゃない。
「華道部部長の肩書をなめてもらっちゃ困りますーの! 毎日毎日、授業と就活とバイトの時間を全て犠牲にしーて、ようやくここまで上り詰めたんですのーよ! そんじょそこらの一般ピーポーに真似できるような芸当じゃないんですーの! カフェアメリカーノ!」
払っちゃいけないもの犠牲にしてる時点であんたも大概なめ腐ってんだよなぁ。
「ではそれ貸してください」
「は?」
「次は私がやってみます」
怖いもの知らずかよ。健気な顔して、なにげにメンタル強えんだよなこの娘。
その挑発的な態度に部長さんさらにお上品な表情が崩れていく。化粧も崩れていく。
そして無言で指パッチン。予備の剣山と花を一式、部員に命じて持ってこさせた。
「いい、いいですーよ。やれるもんならやってみなさいーの。吠え面かいーて、どれだけーの駄作が出来上がるーか見ててやりますーの。ピラメキーノ」
「出来ました」
「「早っ!!!」」
クローラの前には、素人のものとは思えないような見事な生花が完成していた。
こりゃすごい、部長といい勝負だ……いや待て。
よくよく見てみるとそもそも部長さんのとほとんど同じじゃん! 花の種類や位置、長さまで、判を押したように全部一緒だ!
これには思わず誰もが絶句。だが一番ショックを受けているのはコピー元の部長さん。
「あ、アンビリーバボー……こんなこと、ありえないーの……」
「ただの見よう見まねですよ。ほら、結局素人でも出来たじゃないですか」
「……」
ばたんきゅー。
と、部長さんはプライドを剣山にぶっ刺されたみたいに、正座したまま後ろに倒れた。
・茶道部
「え? なんでお茶淹れるだけでサークルなんて名乗れるんですか?」
「こらこらこらこらこらこらぁ!!」
説明聞いたら開口一番これだよ。マジ心の広さ利休の茶室並だなキミぃ。
「色々作法とかあるという話でしたが、そんなの日常で守ってる人いないじゃないですか。それに、私達だって喫茶店やってますけど? 主くんに毎日コーヒーだってお出ししてますし」
「はーいまたお口チャックしましょうねクローラちゃーん」
だが時すでに遅し。ほーらまた部長さん(男・四年生)怒らせちゃったじゃーん! めっちゃ顔引きつってるよ! 怖いなもう。
「なるほど、おみゃあか。華道部部長をやっている、ワイの二つ下の妹を倒したというんは」
何ダブしてんだあんた。血は争えねぇな。
部長さんはニヤリと笑うと、指を鳴らしながら正座を崩してあぐらをかく。
「ええやろ。ほなら妹の弔い合戦といこか。おみゃあ、ワイと茶道で勝負しぃや」
なんでどいつもこいつも、見学者にそうやすやすと勝負ふっかけるのかね? 未経験者の言うことくらい軽く受け流すとかしなさいよ! 煽り耐性ゼロですか。全部サークルのスキルに極振りしとんのですか。
「淹れる『だけ』言うんなら、ほな、ワイを唸らせるほどの茶ぁ出してみぃ。そしたら、望み通り部長の座はくれてやるさかい」
望んでない望んでない一ミクロンも望んでない。
何だこれ、いつの間に俺達道場破りになっちゃったの、ねぇ?
「わかりました。では……」
クローラは部屋の端に設置してある炉畳に移動するとそこでなにやらカチャカチャと作業を開始。一分も待たずに戻ってきた。
まーたゴキブリの出し汁とか出す気じゃねぇだろうな、と危惧はしたが……。予想に反して、茶碗に入っているのは美味そうな緑茶であった。
これは意外。ちゃんとした淹れ方いつ勉強したんだ? それともまた見よう見まねか?
「ほほうー、見栄えはまぁまぁやな。どれ、お手並み拝見といこか」
顎を撫でながら、部長はクローラお手製のお茶を啜る。
そして硬直。そのまま静寂の時が過ぎていく。
判定結果を見守る部員や俺達は、次々に唾を飲み下していく。
茶道初心者が茶道部部長に淹れた茶……果たして結果は!?
「う、うまい!」
ドン! と空になった茶碗を置き、部長は一言そう言い放った。それは紛れもなく、自らの敗北の宣言であった。
「いや……結構なお手前で……。信じられへん、この濁りと旨味……とても未経験者のものとは思えへん……。ワイの完敗や」
「そうですか」
嬉しそうな素振りも見せずに、クローラは軽く一礼。
華道部だけでなく茶道部の部長まで下したか。何者なんだこいつ……とんでもないポテンシャルの持ち主じゃないか。
「しゃぁないわ、約束やさかいな。今日からお前が茶道部部長や! さぁ、この部長の証である『茶道部のタスキ』を受け取ってくれ!」
「あ、そのへんのゴミ箱に入れておいてください」
「おう、わかった!」
新茶道部部長:ゴミ箱
「のうあんた。負けた分際で訊くのは憚れるんやけど……一つええか?」
「何をです?」
すでに帰り支度を始めていたクローラはつまらなそうに問い返した。
そんな彼女に、元部長は真剣な目つきで頼み込む。
「さっきのお茶……淹れ方教えてもらへんかのう? あの味は間違いなく、今まで体験したどの茶よりも最高やった。どうやったらあんな味が出せるのか……どうしても知りたいんや! なぁ、後生や!」
「なーんだ、そんなことですか。簡単ですよ」
靴を履き、入り口の襖を開いて。
クローラ・クエリは一度だけ皆の方向を振り返り、可愛らしい笑顔で回答を口にした。
「自動販売機にお金を入れて、出てきたものを注ぐだけです」
選ばれたのは、綾鷹でした。
○
「結局、面白そうなところはなかったですね」
「そーね」
ちなみに茶道部の後は合唱部、プラモデル部、囲碁サッカー部などを見学し。
その全てで喧嘩を売った挙げ句潰した。完膚なきまでに。もはやこれ完全にサークルクラッシャーだよな俺ら。
次はどうするかなぁ……クローラ向けのとこは大体回ったし……。
「ん?」
気がつくと、後ろを歩いていた未來が立ち止まって何かを見つめている。その目の向く先にあったのは、壁一面にはられている新歓用のポスターの数々であった。
一体どうしたんだろう、なにか気になる部でも見つけたのかな。
俺は彼女に気付かれないように背後から忍び寄り、その近くにある一枚を確認。
そこには……。
「漫画・小説創作研究会?」
「なっ!?」
口に出した途端に、未來は顔を真赤にして飛びのいた。
漫画・小説同好会。読んで字のごとく、漫画とか小説を書く者が集まってワイワイやるサークルだ。個人で頑張るも良し、力を合わせて合作するも良し。そうやって、自分の創作の腕を磨きながら活かしていくのだろう。
「な、何覗き見してるんですか!? 破廉恥です! 不潔ですっ!」
「覗くも何も、大体的に張り出されてるものでしょ。それに、こういう部活はマイナスイメージしかない低俗なもんじゃなかったのか?」
「……ええ、低俗ですよ」
ぷいっ、と彼女は不機嫌そうに顔を背けると吐き捨てるように言った。
「こんな……がんばったってなんの役にも立たない、努力もまったく実らない。ただただ、ふしだらで破廉恥で……。楽しんでる奴も、創ってる奴らもみんな不潔です」
「そうかなぁ」
そんな時、横からクローラが口を挟んできた。
彼女は未來の隣に立って、一緒にそのポスターを眺めた。
「少なくともさっき回ったとこよりは素敵だと思うよ。誰かから教わったことに沿って真似するんじゃない。ゼロから何かを生み出す……独創性っていうのかな? 技術やテクニックは練習すればできるけど、そういうのは出来る人にしか出来ないことだと思う」
「……」
「自分だけの世界を創るって……すごく大変だし、それで他人を惹きつけるのはもっと難しいことだけど……それは何よりも立派なことだと思うんだ」
キカイ。
彼女がワイヤードで生み出した技術にして最高峰のインフラ。
マニュアルもなしに、仕様書も手順書もなしに、彼女はゼロからそれを創り上げた。
それがワイヤードの人々の暮らしに変革をもたらした。貧しい人々を救ったかと思えば、職業バランスを崩す結果を生み、やがて戦争まで引き起こした。
ある意味彼女も「創作者」だったんだ。
漫画や小説とは一見何の関係もないように思えるけど、それにだって十分に人や世界を変える力はある。同じものづくりという観点から、ある種の繋がりを見出したのだろう。
「未來ちゃんも。そういうのがすごいって思ったから、この張り紙に興味持ったんじゃない?」
そこでクローラは横の未來を、瞬きもせずに見つめて、言った。
「そういう目してる」
「……」
「寄ってく?」
「行かない」
未來が彼女を見つめ返すことはなく、そうぶっきらぼうに言って顔を伏せるだけだった。
その瞬間。タイミングを見計らったかのように、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
○
「はぁー、今日は収穫なし。か」
「ですね。まぁいいんじゃないですか、別に」
あくまで楽観的にというか、そもそも部活が見つからないこの状況を楽しむような口調でクローラは言う。
お前なぁ……そんなんだといつまでたっても人脈なんて広がんないし、コミュニケーション力もつかないぞ?
「主くん。人脈とかコミュニケーション力とかよく仰ってますけど……それって本当に必要でしょうか?」
「え?」
思いがけない彼女の意見に、俺は少し面食らった。
「サークルって……本来好きなことをやりたい人が集まる場所ですし。優先されるのは『それをやりたい』と思う気持ちではないでしょうか」
「それは……そうだけど」
「確かに主くんの仰っている要素も重要ではありますけど、そっちが目的化してしまうと、サークルなんてどこでもいいって話になってしまいます。それは流石に違いますよね?」
そのとおりだ。就活に有利だから、社会経験に必要だから、やる。だがそれだと活動なんて本気で身が入らないし、何より楽しめない。人脈やコミュ力なんて、本来後からついてくるものだし。
「それに……人との繋がりを広げなくても、自分の才能を活かせるようなことってあるのではないでしょうか。人付き合い一つとっても、向き不向きはあるのですし……あまりこだわりすぎるのもどうかなって、クローラは思います」
「……クローラ」
なんだか自分が恥ずかしくなってきた。
現代世界の文化を教えるはずが、逆に異世界人に諭されるなんて。
やっぱすごいや、クローラは。どこか抜けてるようで、全然しっかりしてる。そうだな、この件に関しては、俺が少々焦りすぎてたかもしれない。
充実した学生生活を送ってもらいたいという思いだけが先走ってて、肝心の二人の意思を置き去りにしていた。でも、それじゃあダメなんだよな。彼女達の学生生活は……彼女達自身が決断するべきことなんだから。
ワイヤードの掟。確たる自分の意志を持て。そして決して他人に流されるな。
それがクローラの示した意思なら、尊重してやるのが俺の義務だろう。
「でもサークル活動をすること自体には興味があるので……そうですね……」
首輪メイドさんはしばらく考え込むと、やがて俺を上目遣いで見つめながらこう言った。
「私……主くんのサークルに入りたいです」
「!?」
ここでまさかの話題掘り返し!?
しまった、こうくるとは予想してなかった。いや予想できて然るべきだった。
一緒にいたいっていう理由で無給バイトまで申し出る彼女のことだ、この発言はまったく不自然ではない。
「わ、私もそれを希望します!」
そしたら、ここぞとばかりに未來がメガネをクイクイしながらこっちに寄ってくる。
「さっきも言った通り、私は先輩の教育係ですから、所属サークル名だけでなく、その活動の実態についても日々管理していかなくてはいけません。そう考えると、やはり同じ部員としての方が何かと好都合かと存じます」
「おいおい……」
「私もー!」
今度は気絶していたリファがまるでゾンビみたいに起き上がると、勢いよく挙手してきた。
そしていつもと変わらぬ元気な調子で、ハキハキと喋りまくる。
「私はマスターの警備隊だ! 他の部にも興味はあるが、やはり自分のジョブの役目を全うするほうが先決。それなら、マスターと少しでも一緒にいられるようにするのが筋というものだろう!」
マジかよ~。結局こういう流れー? バイトだけでなくサークルまでも同じメンツとか。腐れ縁とかってレベルじゃねーぞ。
「さぁさ、主くん」
「ほらクソ先輩……」
「ほれほれマスター」
三人に擦り寄られた俺に、もはや言い逃れる術はなかった。
仕方がない。あんまり気乗りはしないけど、正直に白状しますか。三限始まっちゃうけど、ちょっとくらいいいか。次の授業、出席票は最後に配られるし。
「わかったよ。じゃあついてきて」
観念した俺は後輩ズを引き連れて、とある場所へと向かうことにした。
○
「ここさ」
たどり着いたのは、キャンパスの端の端にある部室棟。ちょっと古めなその校舎の一角に、その部室はある。
「ここは……何の部屋だ?」
「物もあまりないですし……誰も使ってなさそうですね」
そこには長椅子と長机、そしてロッカーだけが無造作に置かれている。閑散とした、お世辞にもサークルの部室とはいいがたい場所であった。
まるで廃墟の一室のようなその部屋の電気を付けながら、俺は軽く説明した。
「第二文化研究部。それが俺の所属しているサークルの名前だ」
「だいにぶんか……」
「けんきゅうぶ?」
「その名の通り、日本や世界の文化を研究して発表したりするのが活動内容。第一の方もあるんだけどそっちは学会に出たり、頻繁に海外に研修行ったりするガチなやつ。逆に第二の方はまぁ、ゆったりまったりとマイペースでやる人向けのサークルという感じ」
「なるほど……大体わかりました」
ため息混じりに未來は言うと、締め切っていた窓を開放した。外から吹き込んでくる心地よい風に髪をなびかせながら、彼女は俺を振り返る。
「要はただのお遊びサークルってことですよね」
「……悪く言えばね」
否定できない俺は肩を竦めるしかない。
大学のサークルで「第二」がつくのは大抵本気で活動する気がない、ただ部費及び部室が欲しいだけの連中が結成するものだ。
加えてこの大学は、人数さえ集まれば部室は提供してくれる。俺はそのための数合わせ要員というわけだ。誘われた新歓コンパで実態を知り、特に他に入りたいようなところもなかった俺は、先輩達に頼まれるままここに所属することになった。
それからはもっぱら幽霊部員として、ここに顔を出したことは一度もない。故に他の部員がどんな活動をしていたのかも知らない。
それにこの部室の状態を見るに、もうきちんと活動している人は誰もいないみたいだ。
「はー、呆れた。ここまで不真面目で不健康な生活をお送りだったとは……不潔です」
「……面目ない」
熱心に三人にサークルを勧めておいて、自分がこれだってんだから。馬鹿だよなぁ、俺。
「だがむしろいい機会ではないか」
するとテーブルに腰掛けながらリファが言い出した。
「こうして活動をするための拠点がある。活動費もある程度工面してもらえる。つまり、思いっきり活動できる環境が整っているということなのだから」
「ですです。それに文化研究部、という名前……これこそ今の私達が入るべきサークルだと思います!」
「……まぁ、活動内容自体は概ね問題はないかとは思いますし。私達が復興すれば、クソ先輩も少しはマシになるかと」
全員乗る気マンマンだな。
まぁ三人がそれでいいなら特に反対する理由はないけど。
「よぉし、そうと決まれば早速所属の申請をだな――」
「その心配はいらないよ!!」
バァン!!
と勢いよくドアを開けて誰かが入ってきた。
茶髪に濃い目のメイク。胸元が大きく露出したニットセーターに、短パンとロングブーツのコテコテギャル。
毎度おなじみ木村渚であった。
「申請なら、ついさっきあたしがやっておきました! きっちり四人分ね!」
と言って、彼女は俺達に何枚かの紙を見せつけてきた。
そのどれにも大きく上部に「入部届」と書かれている。そしてその全てにはリファやクローラ、未來の名前が書かれていた……。
「おー! 気が利くではないか渚殿!」
「生ゴミさんでも役に立つことってあるんですねー!」
「なんのなんの。これくらいついでよ、ついで!」
大笑いしながら渚はドッカとパイプ椅子に腰掛ける。
相変わらず手際が良いというかなんというか……どうやって俺のサークルを突き止めたんだよ。盗み聞きしてたとしても、そこから入部手続きまで全部やってくるなんてフットワーク軽すぎんだろ。
……てか待てよ。ついで、って言ったか今?
まさか……。
俺は机に置かれた申請用紙をもう一度よく確認する。
リファの分、クローラの分、未來の分。
そして……渚の分。
……はぁ~。やはりというか、ブルータスじゃないけどお前もか。
「そりゃあたしだけ除け者なんて寂しいもーん。センパイが本気でサークル活動再興するってんなら、この木村渚を入れないわけにはいかないっすよ」
「ただ単純に面白半分なだけだろ……」
「まぁまぁ、サークルなんて基本面白半分でやるもんすよ。気楽にいきましょ気楽に」
悪びれずにいう渚に、もはや俺はため息しか出ない。
まぁ部員が増えて悪いことはないんだけどさ。
でもま、気楽にってのはその通りだ。深いことは考えずにのんびりやってけばいいさ。
「そうは問屋がおろしませんよ」
と思ったら問屋こと未來さんが厳しい声でそう言ってきた。
「いいですか。私は不潔なクソ先輩を徹底的に教育しなければならないんです。アニメや漫画みたいにダラダラ部室でお茶飲みながら何もせず過ごすなんて、怠惰な生活は絶対に許しません。ここは第二と言えど文化研究部。これからみっちりしごいていくんで覚悟してください」
おうふ、マジかよ。ぶっちゃけそういう生活を送ってみたかったんだが。
「そうだぞマスター! 私達だってせっかくやる気になってるんだ。マスターもしっかりついてきてもらわないと困る!」
「クローラもそう思います! 一緒に頑張りましょう、主くん!」
躍起にあった異世界コンビも援護射撃。
参ったなこりゃ。こんなんもう頑張るしかないやんけ。
このサークルを紹介したことを若干後悔したが、だがこれでリファとクローラがやる気になって成長してくれるなら……それに越したことはないか。
「あやや、なんだか体育会系っぽい雰囲気になっちゃいましたねぇ。でもま、こういうのも悪くないっすね」
そう言って渚は反動をつけて椅子から立ち上がると、みんなの前に立った。
「というわけで、これからはあたし達『新生第二文化研究部』の誕生をここに宣言しまーす! みなさん、心機一転。はりきってこの世界の文化を一緒に学んでいきましょー!」
「うむ!」
「はいです!」
「……」
「りょーかい」
四人がバラバラに返事をし、めでたくこのサークルは再スタートを切ったのであった。
大学、バイトに加えて新しく出来たこの集まり。
今まで茫漠と過ごしてきた大学生活に、ちょっとだけ光が差した気がする。リファやクローラが変わり始めているとの同時に、他ならぬ俺自身も変わっているのかもしれない。
何が起きるかわからないし不安でいっぱいだけど……そのどこかで、少し期待に胸を踊らせている自分がいた。
……うん、頑張ってみよう。
その心の何処かにいる自分を信じ、俺は静かにそう決意するのだった。
俺、リファ、クローラ、渚、そして未來。
第二文化研究部の新たな一歩が、今始まる。
「じゃーせっかく新しく部が発足したことですし。ここで部長であるあたしから挨拶をばーー」
「いやいや何言ってんだよ渚。普通に考えて部長は俺だろ。年功序列だぞ」
「何を言ってるんですかクソ先輩。この中で一番部をまとめるのにふさわしいのはこの私です」
「おいおい、私は元ワイヤード騎士団兵長だぞ? この私を差し置いて適任者などいるわけないだろう」
「……クローラ、元王族なんですけど?」
……。
…………。
………………………。
「「「「「あ゛?」」」」」
第二文化研究部、内部抗争勃発により崩★壊
キーン、コーン……。
と、二限の授業終了及び昼休み開始のチャイムが辺りに鳴り響く。
ここは大学のとある教室棟。そこの廊下の壁にもたれかかっていた俺は、それを聞いていじくっていたスマホをポケットにしまう。
今はこの近くの教室で、リファとクローラが二人で授業を受けている。
受講しているのは必修科目。文字通り必ず履修しなければならない授業だ。
これらは通常の講義とは違い、各学年ごとに受けられる科目が決まっている。そのため、学年の違う俺達はこの時限だけは必然的に引き裂かれてしまうのだ。
しばらく時間を置いて、教室のドアが次々と開いてわらわらと学生達が溢れ出てくる。閑散としていた廊下は、一気に芋洗い状態に。そんな中で俺は、目を皿のようにして注意深く二人を探した。
その時。
「どうも、クソ先輩」
「うひぃ!」
突然耳元で誰かにそう囁かれ、俺は情けない声を上げて飛び上がった。
その冷たい声色と罵倒に背筋が凍るような思いに駆られながら、ゆっくりと振り返る。そこには、やはりというかなんというか、予想通りの人物が立っていた。
少々無造作なミディアムボブの髪に、黒縁メガネ。
シンプルなねずみ色のパーカーに長めのデニムスカート。
同じアパートの住人かつ同じバイトの同僚、そして同じ大学の後輩。
八越未來であった。
いきなり現れたものの、この娘も秋入学の新一年生。故にここで出会うのは半ば必然と言っていい。
俺はバクバク言う左胸を抑えながら、彼女に荒い息遣いで言う。
「お、お前……脅かすなよ、心臓に悪いだろもう……」
「脅かす? 私は普通に話しかけただけですが? 先輩がただぼさっとしてただけでしょう。不潔な人はなんでも責任転嫁するんですね」
「んなこと言ったって……」
未來は、言っちゃ悪いが総じて地味な風貌の女の子だ。この群衆に紛れたら、まず特定するのは無理な話である。そんな中で、気配を察知していきなり背後から話しかけられて動じない人間なんているか?
というような主旨のことをぼそっとさりげなく伝えたら。案の定未來さんいつもの豹変モードに突入。
「なんですかそれ? 私は先輩にとって空気みたいなものなんですか? 私はその程度の人間なんですか? 私はこの有象無象の塵芥に過ぎないって言いたいんですか!? そうなんですか!?」
「いや、そんなこと一言も言ってないだろ……」
ったく、毎度毎度面倒な奴だ。内面で言えば逆にここまでのインパクトある人間はそうそういないよ。
「……で、俺に何の用?」
「何の用……? 本当に先輩は物覚えが悪すぎますね。あなたの脳みそ、目玉よりも小さいんじゃないんですか?
「俺はダチョウか」
「は? まさか先輩、ご自分がダチョウと同等だとでも?」
「以下だったかぁ」
未來は全身が縮こまるよう睨みを利かせたまま、俺にあるものを押し付けてきた。
きれいな布に包まれた立方体の箱。ずっしりと重く、男の俺でも両手で抱えるのが精一杯なほどでかい。
これが何なのかは、包みを開けなくてもわかる。未來お手製の弁当だ。
彼女は俺の「教育者」を自称し、執拗になにかと構ってくる。この弁当だって、普段の昼食のメニューが偏ってるということでこれを作ってくれるようになった。しかも今日だけじゃない、学校がある日は毎日である。
これだけ聞けばありがたい話のように思えるが、本人の性格のせいでどうにも素直に喜べないんだよなぁ。しかも実を言うと、クローラもリファ監修の元お手製弁当を用意してくれているため、実質俺は二食分食べなくてはならないのだ。食べ盛りとはいえ、さすがにこれはキツイ。かといって文句はつけられないので……。
「ありがとう。いつも助かるよ」
と言って素直に受け取るしかない。
未來はふん、と鼻を鳴らすと俺の隣に立って道行く学生達を流し見ながら呟いた。
「先輩、随分前からこのへんで待機してますけど、二限何取ってるんですか?」
「え? あぁ、近くのラウンジで時間潰してた」
「……授業を受けてたわけではないと?」
「最初はそうしようかと考えたんだけどさ……あいつらまだこの学校に慣れてないし、二人だけの状態には極力したくないんだ」
授業を取ったらいつ終わるかもわからないし、移動時間もかなりかかる可能性だってある。そうするよりはフリーにしておく方がよほど確実だ。
「結局。こうして待ってるのも全部あの二人のためってことですか……無駄なことこの上ないですね。どういう履修管理してるんだか、まったく」
まぁこう言われるのは目に見えてた。確かに無駄っちゃ無駄だ。無論これからずっとこうするつもりはない、来年度からはちゃんとやるさ。
と心の中で思っていると、ふいに未來が俺に手を差し出してきた。
「ん」
「……何すか?」
「時間割表。もうすぐ履修決定日ですよね。精査しますので見せてください」
精査って……そんなとこまで管理されなあかんのかいな。
俺は渋々肩にかけていたトートバッグから、マイ時間割を取り出して手渡す。
未來はそれを無言で受け取ると、目だけを素早く動かして確認。
「ふむ、私が追跡して予測したものと完全に同じ……ならいいか」
「はい?」
「いえ、取る授業には特に問題はなさそうですが……」
時間割を俺に返しながら、彼女はそう意見してきた。
「これ、サークルはいつやる予定なんですか?」
「え?」
「先輩、一年生の時からずっと授業が終わったらまっすぐ家に帰っちゃってますよね? この時間割表にもどこにもそういうのはないようですが?」
「……ああ」
彼女の言う通り、今のところそういうのを考慮したスケジュールにはなってない。
特に時間が空いてないわけではないが、どの日も授業は一気にまとめて受け、早めに行って早めに帰るスタイルでいる。基本的にあまり大学に長居したくないタイプなのだ。
「入学式の時も訊きましたが、先輩って帰宅部なんですか? 勧誘も全く参加してませんでしたし」
「そういうわけじゃないけど……」
「私は先輩の教育係。当然課外活動もきっちり把握しておく必要があります」
人差し指を一本立てて、未來は少し気取ったように話し始めた。
「サークル活動は所属必須ではないですが、健全な学生生活を送るために欠かせません。就活においての重要なキャリアとなりますし、将来のための人脈の作成やコミュニケーション力の育成など、アルバイトに並ぶ社会経験となることは間違いないでしょう」
「……」
「ただ、サークルと一概に言えど、その形態は様々……ボランティア部や国際交流部など、人の役に立ったり職場の即戦力として活かせるようなものなら、とやかく言うことはありません。しかし、アニメやゲームなどの低俗なものをただ観賞するだけのくせに『研究部』などとほざくようなサブカルクソサークルなどに所属しているようでしたらそれはかえって逆効果。マイナスなイメージしかない部など到底許されませんので」
「許されないんだ」
「許されないです」
ぬかしおる。
しかしこいつ、典型的なアンチオタクな人間だったか。よく言うぜ、自分はメイド喫茶で働いてるってのに……。
「じゃあ、運動部はどうなのさ?」
「それは……」
試しに訊いてみると、未來は渋い顔をして顔を背けた。
「確かにスポーツは非常にサークル活動としてはメジャーですし、健康促進にも大いに見込めます。上下関係も厳しいものが多く、マナーや礼儀も存分に学べるという意味でも最適かと思います。しかし……」
「しかし?」
くいくいっ、としきりにメガネの縁を指で押し上げながら彼女はやや焦り気味に。
「た、体育会系は非常にハードで体力を消耗するため、先輩にはやや不適合かと。それで学業が疎かになっては元も子もありません」
「……は? いや別に俺はそこまで運動苦手じゃないぞ? 高校のマラソン大会は十位だったし、あと中学校まで剣道教室に通ってたこともあったし」
「そ、それにっ!」
やや裏返った声で未來は遮ると、自分がかなり体力を消耗してるみたいにバテた様子で言った。
「運動部はその……活動が男女で分けられている場合が多く、別々に行動することを余儀なくされることが折に触れてあるでしょう。先輩の教育係として、監視の目が行き届かないのは非常にまずいです。なので、そういう観点ではあまり推奨されるべきではないと考えるのは自然なことです」
……うん?
ちょっと待て、この娘は俺がサークルで何やってるかを明らかにしたいだけだよね? その活動内容が特に問題なければそれでクリアじゃないの? 何で男女で分けられるとか気にするの? 関係なくね?
「と、とにかく! いつまでも濁してないでさっさと教えてください! 先輩は何のサークルに所属してるんですか!」
やけくそになって詰め寄ってきた。本当に何もかも無理矢理な奴だぜ。
別に言えない理由があるわけではないが、言ったら言ったで面倒なことになりそうなんだよね、今までのこいつの反応からして。
くそー、どうするかなぁ。
と迷いに迷ってたその時である。
「おーい、マスター」
「主くーん。あ、未來ちゃんもいるー! おはよー!」
救いの女神、参上。
一人はまばゆい金髪と碧眼の女性。
もう一人は首輪とメイド服を着用した女性。見た目のインパクト最大級の二人組。
「おう。リファ、クローラ。遅かったじゃないか……」
俺は軽く手を上げ、笑顔で二人を出迎える。邪魔された未來は露骨に舌打ちをするが、聞こえないふり聞こえないふり。
「すまないマスター。少し先生殿に質問をしてたのだ」
「へー、珍しいな。なんて?」
「はい。えっと……何で黒板に書く字がそんなに汚いんですかー? とか、何でそんなに話す声が早口な上に小さいんですかー? とか、他の人から文句言われたことないんですかー? とか」
うんそれ全然質問じゃないからね? 完全無欠の挑発だからね? たとえ本気で疑問に思ってるのだとしても相手には喧嘩売られてるとしか思われないからね?
「ところで二人は何を話してたのだ? なんだか穴の開いたパンみたいな会話が聞こえてきたのだが」
それはベーグル。
「違いますよリファさん。主くん達はいろんな乗り物についての話をしてたんですよね?」
それはビークル。
「サークル。前にも話したろ。学校でやる趣味とかスポーツをやるコミュニティ」
「ああ……いつぞや大量のチラシを押し付けてきた奴らか」
「あれは厄災でしたね……」
二人は当時のもみくちゃにされた思い出が蘇ったのか、揃って苦笑した。
だがチャンスだ。ここから一気に話題が反らせる。
「でもさ、せっかく大学に入ったんだし、いろいろやってみてもいいんじゃないかな」
「私達が……ですか?」
「ああ。まだ新歓期間中で、どこのサークルも色々体験入部とか見学とかさせてくれるし。この機会に昼休みにちょっと覗いていってみないか?」
「クローラは、べつにそういうのは……」
反射的にクローラが言いかけたが、それをリファが遮った。
「確かにそうだな。入る入らないは別として、一見の価値はあるやもしれん」
「リファさん……」
怪訝そうに自分を見上げてくる女奴隷に、女騎士は優しい顔で諭す。
「マスターも言ってただろ。そういうところで友だちを増やして人脈を広げる、今しかできないようなことを思いっきりやるのも学生としての務めだと。お前が知っているアカデミーとは違ってここは学問だけを修める場ではないのだから」
「……むぅ。そう、ですね……わかりました」
そう言って、クローラも一応は了承してくれた。
なにはともあれ、これで予定は決まったな。あとは……。
「あの……先輩……?」
こいつか。
不機嫌そうに意地でも俺の所属を聞き出そうとしてくるが、こうなったらこっちもそれなりに粘ってやる。
俺は振り向きざまにニカっと笑って、爽やかに誘う。
「未來も行くだろ? 部活見学」
「は? いや私は……」
「遠慮すんなって、お前も一年なんだしさ。『健全な学生生活を送るために欠かせない』んだろ、サークル参加は。なら未來自身もちゃんといいとこ探さないと」
「ふゃっ!?」
ぽん、と肩を軽く叩くと彼女は小さく悲鳴をあげて一歩飛び退いた。
自分の発言を逆手に取られて悔しいのか、恨めしそうに睨んでくる。とりあえず反撃は成功だな。
「じゃ、昼メシ喰ったらさっそく出発だ!」
○
「サークルには運動系、文化系の二つがある」
昼休みで賑わう学校の中庭を歩きながら、俺は異世界コンビにサークルの概要を簡単に説明していた。
「運動系はその名の通りスポーツとかを中心にやるもの。文化系は芸術とか趣味とか、そういうのを研究したり極めたりするところだな」
「ふむふむ。私達はこの世界の文化を学ぶのが義務ですから、後者を選んだほうが良さげですが……」
「たしかにそうだけど、二人にしてみればこの世界でのスポーツってのも立派な文化だと思うよ? ひとまず、色々体験しておくに越したことはないさ」
「剣術の代わりになるようなものだとよいのだがな」
リファが頭の後ろで手を組みながら欠伸交じりに言う。
イメージ的にはリファは運動系、クローラが文化系って感じだけど。
そう思いながら、俺はチラッと後ろを無言でついてきていた未來を振り返った。
「未來はどっか行きたいところとかないの?」
「え!? や……私は……その、先輩のサークルに……」
「はい?」
「~~っ! ってどこだっていいでしょ! 女の子になんてこと訊いてるんですか! 不潔ですよ不潔っ!!」
希望サークル訊いただけでセクハラ扱いとか窮屈になったもんだな日本。そのうちいい天気ですねって言っただけでアウトになるんちゃうんか?
「それでマスター。これからどこに向かうのだ?」
「ん? ああ、そうだな……まずは運動系から行ってみるか」
というわけで、俺達一向は体育館エリアへ。
〇
「かーんとーんめーん!」
「かーいよーうどーう!」
「はんだーこてぇ!」
そこではそんな威勢のいい掛け声が絶え間なく響いていた。
部員達は皆、面と鎧を装着して、竹製の剣――竹刀をぶつけ合っている。
剣道場。
やはりリファに紹介するならここだろう。
「お~♡」
彼女は目を輝かせながらその光景に見入っていた。
騎士を退役したとはいえ、昔の血が騒いでしまっているのだろう。転生した今でも剣の修業だけは欠かさずにやってるくらいだからな。
「ようこそおいでくださいました!」
すると、部員の一人が俺達を爽やかな笑顔で出迎えてくれた。
さっきまで稽古をしていたのか、胴鎧は身に着けたままだし、頭にも手ぬぐいを巻いたままだ。
「申し訳ございません、このような格好で。私、この剣道部で部長をやっている者です。本日はどうぞよろしくお願いします」
「あ、いえいえ。こちらこそ、突然押しかけてすみません」
俺達はそう言って慌てて頭を下げる。
部長さんか……こりゃまた偉い立場の人が出てきたもんだ。
「いいんですよ。新入部員はいつでも大歓迎ですから。皆さん、剣道は初めてですか?」
「あ、俺は一応中学までやってました。で、このメイドと眼鏡が未経験で……あとこっちのパツキンが――」
「リファレンスだっ!」
ずいっ! と興奮を我慢できないというふうに女騎士は俺を押しのけて部長さんに詰め寄った。
「剣道、というのはよくわからんが。剣術であれば、前職でかなり腕を磨いてきた。襲い来る敵をバッタバッタとなぎ倒し、積み上げた屍は数知れず。百戦錬磨の実力を持つこの私なら、きっとこのサークルでも即戦力として役に立てると思うぞっ!」
「いい台詞だ。感動的だな。だが無意味だ」
いきなり部長さんは彼女の豪語を真正面から一刀両断した。
ポージングしながら目が点になる女騎士。俺達も一瞬頭をはてなマークが覆いつくす。
だがそれを言った本人はニコニコと笑顔を絶やさずに付け加えた。
「あなたの前職が何かは詳しくは訊きませんが、私達剣道部はあくまで剣の道を極めるサークル。人を傷つけるためにやるというのは所詮過去の考え方だ。技を磨き、体力をつけ、自らを高みに導くべく日々精進するのが我々のなすべきこと。文字通り真剣にね」
「いや、剣は凶器だろう」
空気が固まった。
カウンターとばかりに、今度はリファが部長さんの言葉を一瞬でぶった斬る。
爽やかな笑顔のまま空気と一緒に硬直してしまう彼を前に、女騎士はしれっと続けた。
「どれだけ体のいい言葉で取り繕おうが、人を傷つけるために生み出されたものだぞ。そして剣術は迅速かつより多くの敵を殺すために極めるもの。それが終着点ではないのか? 高みを目指してそれで終わりなんて……そこから何かに活かしてこそではないのか? それこそ『真剣』とは思えんが」
うーん、これは悪い方向に価値観の違いが出ちゃったなぁ。
リファの考えには誰しも「馬鹿じゃねーの」と思うだろう。だが騎士にしてみれば、剣というものをスポーツ用品として扱う考え方の方が理解できないのは間違いない。
そりゃ戦争なんてものを一回も経験したことのない人間と、毎日のように戦場に放り出されてきた人間とでは違って当たり前だ。境遇からして全然違う。
「わかりました。それでは一度実際に体験してもらいましょうか。私はこの剣道のおかげでまっとうな人間になれた。今度は私があなたに刻み込んであげよう。そうすればきっと理解できるはずだ。我々の剣道というものをね」
おいおいマジか。いきなり練習試合かよ。いくらなんでも急すぎないか?
と、俺は仲裁に入ろうとしたのだが、すでにリファは嬉々として誘いに乗ってしまっていた。
「なるほど、言葉よりは剣で語る方が早いということだな。よかろう。貴様の剣の道とやらと私の剣の道……どちらが正しいかを賭けて勝負といこうではないか」
あーあ、大丈夫かよこれ……。
俺とクローラが心配そうな目で、未來が冷めた目で追う先で、悠々とリファは部長さんに連れられ道場へと上がっていった。
そして防具を貸し出され、竹刀を与えられ。対戦準備が整った。部長が直々に相手をするということもあってか、周囲の部員らも練習を止めてギャラリーと化す。
「ふむ、この『しない』とやらも、なかなか扱いやすくていいな」
「ではケリを付けてあげましょう。遠慮はいりません、どこからでもかかってきてください」
「望むところ」
舌なめずりをしながらリファはその竹刀を両手で構える。
周囲の人間が息を呑む中、審判がゆっくりと腕を振り上げる。
異世界の剣士VS現実世界の剣士の異文化剣戟戦の火蓋が、いよいよ切って落とされる。
「では試合開始ぃぃ!!」
「さぁ試してあげよう、あなたの力を――ってちょっとタンマタンマそれ反則反則蹴りはなしでしょ蹴りは痛い痛いやめてやめてケリってそうじゃないよ決着って意味でちょやめろって竹刀はそんなことに使うものじゃないなにそれなにそれ竹刀が燃えてるどうなってんのそれやめてマジで死ぬから死ぬから僕焼け死ぬからちょ、ちょっと待ってください! 待って! 助けて! お願いします! うわああああああああああ熱い熱い熱い熱い! アツゥイ! ちょっとほんとにやめろってか審判何やってんの止めろよおいうわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp」
〇
リファをぶん殴って剣道部には詫びを入れた後、俺らは逃げるように道場から撤退した。まったく、なんでこうなるんだか……。
気を取り直して、部活巡り再開だ。
「次は文化系のとこ回ってみるか」
「文科系……具体的にはどのようなものがあるのでしょう?」
俺が開いている新歓用のパンフを覗き込みながらクローラが尋ねてきた。
この大学の文化部は、公認非公認含めて運動部の三倍以上の数がある。二年の俺でも「こんなのあったっけ?」と思うようなものもあるし。
クローラに合いそうなのは……元王族だし華道部とか茶道部とか? あ、それと歌が得意だから合唱部とかアカペラ部とかいいかも。よし、とりあえずそのへんちゃちゃっと周っちゃおう。
俺は気絶したリファを引きずりながら、次の目的地へと向かった。
・華道部
「華道とは、単なるお花遊びとは違いますーの」
正座した俺達を前に、和服姿の華道部部長(女・四年生)は厳しい顔でそう言った。
「華道の心得、『花は人の心である』。どれだけきれーいな花でーも、活ける者の心が穢れていてーは、ただのゴミになってしまうのーよ」
「……はぁ」
まったく興味なさそうな返事をするクローラを尻目に、部長さんは傍らにあった花を一本つまむ。
シュババババババ! と高速で剣山に花をぶっ刺し、数秒後に彼女の前には見事な生花が出来上がっていた。
「いかがですーの? これこーそ、華道を極めし者の心が生んだ生花ですのーよ。もう見るだけで気分が華やかになりますーの。ペペロンチーノ」
うん何がどうすごいのかもまったくもってわかんないけど。この人がそう言ってるならそういうことにしておこう。うん。
「ええ、何がすごいのかまったくもってわかりませんが、あなたがそう思うならそうなんでしょうね。あなたの中では」
こらこらこらこらこらこらこらぁ!!
また出たこいつの無意識ディス! というよりも思考ダダ漏れ癖!
「クローラちゃん! ダメだろそういうこと言っちゃ!」
「でもこれを極めたところでなにか生活に活かせるとも思えませんし。極めたところで、こんなふうに一般の私達の心に響かないんですから、素人がやっても同じじゃないですか?」
「わかったわかったから、ちょっとお口チャックしてよ? ね?」
「わ、わわわわわたくしをぶーじょくするおつもりですーの!?」
わなわなと声と身体を震わせながら、部長さんはクローラを睨む。ほーら言わんこっちゃない。
「華道部部長の肩書をなめてもらっちゃ困りますーの! 毎日毎日、授業と就活とバイトの時間を全て犠牲にしーて、ようやくここまで上り詰めたんですのーよ! そんじょそこらの一般ピーポーに真似できるような芸当じゃないんですーの! カフェアメリカーノ!」
払っちゃいけないもの犠牲にしてる時点であんたも大概なめ腐ってんだよなぁ。
「ではそれ貸してください」
「は?」
「次は私がやってみます」
怖いもの知らずかよ。健気な顔して、なにげにメンタル強えんだよなこの娘。
その挑発的な態度に部長さんさらにお上品な表情が崩れていく。化粧も崩れていく。
そして無言で指パッチン。予備の剣山と花を一式、部員に命じて持ってこさせた。
「いい、いいですーよ。やれるもんならやってみなさいーの。吠え面かいーて、どれだけーの駄作が出来上がるーか見ててやりますーの。ピラメキーノ」
「出来ました」
「「早っ!!!」」
クローラの前には、素人のものとは思えないような見事な生花が完成していた。
こりゃすごい、部長といい勝負だ……いや待て。
よくよく見てみるとそもそも部長さんのとほとんど同じじゃん! 花の種類や位置、長さまで、判を押したように全部一緒だ!
これには思わず誰もが絶句。だが一番ショックを受けているのはコピー元の部長さん。
「あ、アンビリーバボー……こんなこと、ありえないーの……」
「ただの見よう見まねですよ。ほら、結局素人でも出来たじゃないですか」
「……」
ばたんきゅー。
と、部長さんはプライドを剣山にぶっ刺されたみたいに、正座したまま後ろに倒れた。
・茶道部
「え? なんでお茶淹れるだけでサークルなんて名乗れるんですか?」
「こらこらこらこらこらこらぁ!!」
説明聞いたら開口一番これだよ。マジ心の広さ利休の茶室並だなキミぃ。
「色々作法とかあるという話でしたが、そんなの日常で守ってる人いないじゃないですか。それに、私達だって喫茶店やってますけど? 主くんに毎日コーヒーだってお出ししてますし」
「はーいまたお口チャックしましょうねクローラちゃーん」
だが時すでに遅し。ほーらまた部長さん(男・四年生)怒らせちゃったじゃーん! めっちゃ顔引きつってるよ! 怖いなもう。
「なるほど、おみゃあか。華道部部長をやっている、ワイの二つ下の妹を倒したというんは」
何ダブしてんだあんた。血は争えねぇな。
部長さんはニヤリと笑うと、指を鳴らしながら正座を崩してあぐらをかく。
「ええやろ。ほなら妹の弔い合戦といこか。おみゃあ、ワイと茶道で勝負しぃや」
なんでどいつもこいつも、見学者にそうやすやすと勝負ふっかけるのかね? 未経験者の言うことくらい軽く受け流すとかしなさいよ! 煽り耐性ゼロですか。全部サークルのスキルに極振りしとんのですか。
「淹れる『だけ』言うんなら、ほな、ワイを唸らせるほどの茶ぁ出してみぃ。そしたら、望み通り部長の座はくれてやるさかい」
望んでない望んでない一ミクロンも望んでない。
何だこれ、いつの間に俺達道場破りになっちゃったの、ねぇ?
「わかりました。では……」
クローラは部屋の端に設置してある炉畳に移動するとそこでなにやらカチャカチャと作業を開始。一分も待たずに戻ってきた。
まーたゴキブリの出し汁とか出す気じゃねぇだろうな、と危惧はしたが……。予想に反して、茶碗に入っているのは美味そうな緑茶であった。
これは意外。ちゃんとした淹れ方いつ勉強したんだ? それともまた見よう見まねか?
「ほほうー、見栄えはまぁまぁやな。どれ、お手並み拝見といこか」
顎を撫でながら、部長はクローラお手製のお茶を啜る。
そして硬直。そのまま静寂の時が過ぎていく。
判定結果を見守る部員や俺達は、次々に唾を飲み下していく。
茶道初心者が茶道部部長に淹れた茶……果たして結果は!?
「う、うまい!」
ドン! と空になった茶碗を置き、部長は一言そう言い放った。それは紛れもなく、自らの敗北の宣言であった。
「いや……結構なお手前で……。信じられへん、この濁りと旨味……とても未経験者のものとは思えへん……。ワイの完敗や」
「そうですか」
嬉しそうな素振りも見せずに、クローラは軽く一礼。
華道部だけでなく茶道部の部長まで下したか。何者なんだこいつ……とんでもないポテンシャルの持ち主じゃないか。
「しゃぁないわ、約束やさかいな。今日からお前が茶道部部長や! さぁ、この部長の証である『茶道部のタスキ』を受け取ってくれ!」
「あ、そのへんのゴミ箱に入れておいてください」
「おう、わかった!」
新茶道部部長:ゴミ箱
「のうあんた。負けた分際で訊くのは憚れるんやけど……一つええか?」
「何をです?」
すでに帰り支度を始めていたクローラはつまらなそうに問い返した。
そんな彼女に、元部長は真剣な目つきで頼み込む。
「さっきのお茶……淹れ方教えてもらへんかのう? あの味は間違いなく、今まで体験したどの茶よりも最高やった。どうやったらあんな味が出せるのか……どうしても知りたいんや! なぁ、後生や!」
「なーんだ、そんなことですか。簡単ですよ」
靴を履き、入り口の襖を開いて。
クローラ・クエリは一度だけ皆の方向を振り返り、可愛らしい笑顔で回答を口にした。
「自動販売機にお金を入れて、出てきたものを注ぐだけです」
選ばれたのは、綾鷹でした。
○
「結局、面白そうなところはなかったですね」
「そーね」
ちなみに茶道部の後は合唱部、プラモデル部、囲碁サッカー部などを見学し。
その全てで喧嘩を売った挙げ句潰した。完膚なきまでに。もはやこれ完全にサークルクラッシャーだよな俺ら。
次はどうするかなぁ……クローラ向けのとこは大体回ったし……。
「ん?」
気がつくと、後ろを歩いていた未來が立ち止まって何かを見つめている。その目の向く先にあったのは、壁一面にはられている新歓用のポスターの数々であった。
一体どうしたんだろう、なにか気になる部でも見つけたのかな。
俺は彼女に気付かれないように背後から忍び寄り、その近くにある一枚を確認。
そこには……。
「漫画・小説創作研究会?」
「なっ!?」
口に出した途端に、未來は顔を真赤にして飛びのいた。
漫画・小説同好会。読んで字のごとく、漫画とか小説を書く者が集まってワイワイやるサークルだ。個人で頑張るも良し、力を合わせて合作するも良し。そうやって、自分の創作の腕を磨きながら活かしていくのだろう。
「な、何覗き見してるんですか!? 破廉恥です! 不潔ですっ!」
「覗くも何も、大体的に張り出されてるものでしょ。それに、こういう部活はマイナスイメージしかない低俗なもんじゃなかったのか?」
「……ええ、低俗ですよ」
ぷいっ、と彼女は不機嫌そうに顔を背けると吐き捨てるように言った。
「こんな……がんばったってなんの役にも立たない、努力もまったく実らない。ただただ、ふしだらで破廉恥で……。楽しんでる奴も、創ってる奴らもみんな不潔です」
「そうかなぁ」
そんな時、横からクローラが口を挟んできた。
彼女は未來の隣に立って、一緒にそのポスターを眺めた。
「少なくともさっき回ったとこよりは素敵だと思うよ。誰かから教わったことに沿って真似するんじゃない。ゼロから何かを生み出す……独創性っていうのかな? 技術やテクニックは練習すればできるけど、そういうのは出来る人にしか出来ないことだと思う」
「……」
「自分だけの世界を創るって……すごく大変だし、それで他人を惹きつけるのはもっと難しいことだけど……それは何よりも立派なことだと思うんだ」
キカイ。
彼女がワイヤードで生み出した技術にして最高峰のインフラ。
マニュアルもなしに、仕様書も手順書もなしに、彼女はゼロからそれを創り上げた。
それがワイヤードの人々の暮らしに変革をもたらした。貧しい人々を救ったかと思えば、職業バランスを崩す結果を生み、やがて戦争まで引き起こした。
ある意味彼女も「創作者」だったんだ。
漫画や小説とは一見何の関係もないように思えるけど、それにだって十分に人や世界を変える力はある。同じものづくりという観点から、ある種の繋がりを見出したのだろう。
「未來ちゃんも。そういうのがすごいって思ったから、この張り紙に興味持ったんじゃない?」
そこでクローラは横の未來を、瞬きもせずに見つめて、言った。
「そういう目してる」
「……」
「寄ってく?」
「行かない」
未來が彼女を見つめ返すことはなく、そうぶっきらぼうに言って顔を伏せるだけだった。
その瞬間。タイミングを見計らったかのように、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
○
「はぁー、今日は収穫なし。か」
「ですね。まぁいいんじゃないですか、別に」
あくまで楽観的にというか、そもそも部活が見つからないこの状況を楽しむような口調でクローラは言う。
お前なぁ……そんなんだといつまでたっても人脈なんて広がんないし、コミュニケーション力もつかないぞ?
「主くん。人脈とかコミュニケーション力とかよく仰ってますけど……それって本当に必要でしょうか?」
「え?」
思いがけない彼女の意見に、俺は少し面食らった。
「サークルって……本来好きなことをやりたい人が集まる場所ですし。優先されるのは『それをやりたい』と思う気持ちではないでしょうか」
「それは……そうだけど」
「確かに主くんの仰っている要素も重要ではありますけど、そっちが目的化してしまうと、サークルなんてどこでもいいって話になってしまいます。それは流石に違いますよね?」
そのとおりだ。就活に有利だから、社会経験に必要だから、やる。だがそれだと活動なんて本気で身が入らないし、何より楽しめない。人脈やコミュ力なんて、本来後からついてくるものだし。
「それに……人との繋がりを広げなくても、自分の才能を活かせるようなことってあるのではないでしょうか。人付き合い一つとっても、向き不向きはあるのですし……あまりこだわりすぎるのもどうかなって、クローラは思います」
「……クローラ」
なんだか自分が恥ずかしくなってきた。
現代世界の文化を教えるはずが、逆に異世界人に諭されるなんて。
やっぱすごいや、クローラは。どこか抜けてるようで、全然しっかりしてる。そうだな、この件に関しては、俺が少々焦りすぎてたかもしれない。
充実した学生生活を送ってもらいたいという思いだけが先走ってて、肝心の二人の意思を置き去りにしていた。でも、それじゃあダメなんだよな。彼女達の学生生活は……彼女達自身が決断するべきことなんだから。
ワイヤードの掟。確たる自分の意志を持て。そして決して他人に流されるな。
それがクローラの示した意思なら、尊重してやるのが俺の義務だろう。
「でもサークル活動をすること自体には興味があるので……そうですね……」
首輪メイドさんはしばらく考え込むと、やがて俺を上目遣いで見つめながらこう言った。
「私……主くんのサークルに入りたいです」
「!?」
ここでまさかの話題掘り返し!?
しまった、こうくるとは予想してなかった。いや予想できて然るべきだった。
一緒にいたいっていう理由で無給バイトまで申し出る彼女のことだ、この発言はまったく不自然ではない。
「わ、私もそれを希望します!」
そしたら、ここぞとばかりに未來がメガネをクイクイしながらこっちに寄ってくる。
「さっきも言った通り、私は先輩の教育係ですから、所属サークル名だけでなく、その活動の実態についても日々管理していかなくてはいけません。そう考えると、やはり同じ部員としての方が何かと好都合かと存じます」
「おいおい……」
「私もー!」
今度は気絶していたリファがまるでゾンビみたいに起き上がると、勢いよく挙手してきた。
そしていつもと変わらぬ元気な調子で、ハキハキと喋りまくる。
「私はマスターの警備隊だ! 他の部にも興味はあるが、やはり自分のジョブの役目を全うするほうが先決。それなら、マスターと少しでも一緒にいられるようにするのが筋というものだろう!」
マジかよ~。結局こういう流れー? バイトだけでなくサークルまでも同じメンツとか。腐れ縁とかってレベルじゃねーぞ。
「さぁさ、主くん」
「ほらクソ先輩……」
「ほれほれマスター」
三人に擦り寄られた俺に、もはや言い逃れる術はなかった。
仕方がない。あんまり気乗りはしないけど、正直に白状しますか。三限始まっちゃうけど、ちょっとくらいいいか。次の授業、出席票は最後に配られるし。
「わかったよ。じゃあついてきて」
観念した俺は後輩ズを引き連れて、とある場所へと向かうことにした。
○
「ここさ」
たどり着いたのは、キャンパスの端の端にある部室棟。ちょっと古めなその校舎の一角に、その部室はある。
「ここは……何の部屋だ?」
「物もあまりないですし……誰も使ってなさそうですね」
そこには長椅子と長机、そしてロッカーだけが無造作に置かれている。閑散とした、お世辞にもサークルの部室とはいいがたい場所であった。
まるで廃墟の一室のようなその部屋の電気を付けながら、俺は軽く説明した。
「第二文化研究部。それが俺の所属しているサークルの名前だ」
「だいにぶんか……」
「けんきゅうぶ?」
「その名の通り、日本や世界の文化を研究して発表したりするのが活動内容。第一の方もあるんだけどそっちは学会に出たり、頻繁に海外に研修行ったりするガチなやつ。逆に第二の方はまぁ、ゆったりまったりとマイペースでやる人向けのサークルという感じ」
「なるほど……大体わかりました」
ため息混じりに未來は言うと、締め切っていた窓を開放した。外から吹き込んでくる心地よい風に髪をなびかせながら、彼女は俺を振り返る。
「要はただのお遊びサークルってことですよね」
「……悪く言えばね」
否定できない俺は肩を竦めるしかない。
大学のサークルで「第二」がつくのは大抵本気で活動する気がない、ただ部費及び部室が欲しいだけの連中が結成するものだ。
加えてこの大学は、人数さえ集まれば部室は提供してくれる。俺はそのための数合わせ要員というわけだ。誘われた新歓コンパで実態を知り、特に他に入りたいようなところもなかった俺は、先輩達に頼まれるままここに所属することになった。
それからはもっぱら幽霊部員として、ここに顔を出したことは一度もない。故に他の部員がどんな活動をしていたのかも知らない。
それにこの部室の状態を見るに、もうきちんと活動している人は誰もいないみたいだ。
「はー、呆れた。ここまで不真面目で不健康な生活をお送りだったとは……不潔です」
「……面目ない」
熱心に三人にサークルを勧めておいて、自分がこれだってんだから。馬鹿だよなぁ、俺。
「だがむしろいい機会ではないか」
するとテーブルに腰掛けながらリファが言い出した。
「こうして活動をするための拠点がある。活動費もある程度工面してもらえる。つまり、思いっきり活動できる環境が整っているということなのだから」
「ですです。それに文化研究部、という名前……これこそ今の私達が入るべきサークルだと思います!」
「……まぁ、活動内容自体は概ね問題はないかとは思いますし。私達が復興すれば、クソ先輩も少しはマシになるかと」
全員乗る気マンマンだな。
まぁ三人がそれでいいなら特に反対する理由はないけど。
「よぉし、そうと決まれば早速所属の申請をだな――」
「その心配はいらないよ!!」
バァン!!
と勢いよくドアを開けて誰かが入ってきた。
茶髪に濃い目のメイク。胸元が大きく露出したニットセーターに、短パンとロングブーツのコテコテギャル。
毎度おなじみ木村渚であった。
「申請なら、ついさっきあたしがやっておきました! きっちり四人分ね!」
と言って、彼女は俺達に何枚かの紙を見せつけてきた。
そのどれにも大きく上部に「入部届」と書かれている。そしてその全てにはリファやクローラ、未來の名前が書かれていた……。
「おー! 気が利くではないか渚殿!」
「生ゴミさんでも役に立つことってあるんですねー!」
「なんのなんの。これくらいついでよ、ついで!」
大笑いしながら渚はドッカとパイプ椅子に腰掛ける。
相変わらず手際が良いというかなんというか……どうやって俺のサークルを突き止めたんだよ。盗み聞きしてたとしても、そこから入部手続きまで全部やってくるなんてフットワーク軽すぎんだろ。
……てか待てよ。ついで、って言ったか今?
まさか……。
俺は机に置かれた申請用紙をもう一度よく確認する。
リファの分、クローラの分、未來の分。
そして……渚の分。
……はぁ~。やはりというか、ブルータスじゃないけどお前もか。
「そりゃあたしだけ除け者なんて寂しいもーん。センパイが本気でサークル活動再興するってんなら、この木村渚を入れないわけにはいかないっすよ」
「ただ単純に面白半分なだけだろ……」
「まぁまぁ、サークルなんて基本面白半分でやるもんすよ。気楽にいきましょ気楽に」
悪びれずにいう渚に、もはや俺はため息しか出ない。
まぁ部員が増えて悪いことはないんだけどさ。
でもま、気楽にってのはその通りだ。深いことは考えずにのんびりやってけばいいさ。
「そうは問屋がおろしませんよ」
と思ったら問屋こと未來さんが厳しい声でそう言ってきた。
「いいですか。私は不潔なクソ先輩を徹底的に教育しなければならないんです。アニメや漫画みたいにダラダラ部室でお茶飲みながら何もせず過ごすなんて、怠惰な生活は絶対に許しません。ここは第二と言えど文化研究部。これからみっちりしごいていくんで覚悟してください」
おうふ、マジかよ。ぶっちゃけそういう生活を送ってみたかったんだが。
「そうだぞマスター! 私達だってせっかくやる気になってるんだ。マスターもしっかりついてきてもらわないと困る!」
「クローラもそう思います! 一緒に頑張りましょう、主くん!」
躍起にあった異世界コンビも援護射撃。
参ったなこりゃ。こんなんもう頑張るしかないやんけ。
このサークルを紹介したことを若干後悔したが、だがこれでリファとクローラがやる気になって成長してくれるなら……それに越したことはないか。
「あやや、なんだか体育会系っぽい雰囲気になっちゃいましたねぇ。でもま、こういうのも悪くないっすね」
そう言って渚は反動をつけて椅子から立ち上がると、みんなの前に立った。
「というわけで、これからはあたし達『新生第二文化研究部』の誕生をここに宣言しまーす! みなさん、心機一転。はりきってこの世界の文化を一緒に学んでいきましょー!」
「うむ!」
「はいです!」
「……」
「りょーかい」
四人がバラバラに返事をし、めでたくこのサークルは再スタートを切ったのであった。
大学、バイトに加えて新しく出来たこの集まり。
今まで茫漠と過ごしてきた大学生活に、ちょっとだけ光が差した気がする。リファやクローラが変わり始めているとの同時に、他ならぬ俺自身も変わっているのかもしれない。
何が起きるかわからないし不安でいっぱいだけど……そのどこかで、少し期待に胸を踊らせている自分がいた。
……うん、頑張ってみよう。
その心の何処かにいる自分を信じ、俺は静かにそう決意するのだった。
俺、リファ、クローラ、渚、そして未來。
第二文化研究部の新たな一歩が、今始まる。
「じゃーせっかく新しく部が発足したことですし。ここで部長であるあたしから挨拶をばーー」
「いやいや何言ってんだよ渚。普通に考えて部長は俺だろ。年功序列だぞ」
「何を言ってるんですかクソ先輩。この中で一番部をまとめるのにふさわしいのはこの私です」
「おいおい、私は元ワイヤード騎士団兵長だぞ? この私を差し置いて適任者などいるわけないだろう」
「……クローラ、元王族なんですけど?」
……。
…………。
………………………。
「「「「「あ゛?」」」」」
第二文化研究部、内部抗争勃発により崩★壊
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