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レベル51.女騎士と女奴隷と日常②
18.女騎士と女奴隷と学祭⑥
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帰り道。
私達はマスターとクローラと一緒に三人で帰路についていた。
渚殿達はまだ色々やることがあるとのことで、我々だけ早めに帰宅することに。
「えへへ……」
クローラは本当に嬉しそうに、私達の前でスキップを踏んでいた。手首のブレスレッドを夜空に掲げて、幸せそうな顔を浮かべている。さっきからずっとそんな調子。
「もう、いくらなんでもはしゃぎすぎだろ、クローラ」
「だって本当に嬉しいんですもん」
くるくると、その場で踊りだしそうな勢いで彼女はそう言う。
確かに今日は悪くない一日だった。
色々あったけれど、お互いの正直な気持ちを認めあえたのだから。
「学祭……二人はどうだった? 半日以上は働き詰めだったけど」
「とっても楽しかったですよ!」
クローラはマスターの何気ない問いかけに即答した。
「苦労して皆で一つのことを成し遂げる……夏祭りはただお客さんとして楽しむだけでしたけれど、それとはまた違った喜びがありました。人を楽しませるって、こんなにもやり甲斐のあるものだったんだなぁって。来てくれた人の笑顔を見るたびにそう感じました!」
「そっか……よかったな」
マスターはそう言って、クローラの頭を撫でる。
「それに、またこんな素敵な贈り物がもらえるなんて……」
そう言って、彼女は愛おしそうにその装飾品へ頬ずりをした。
その頭には、いつも片時も外すことなく付けていた髪飾りがあった。
アネモネの花のヘアピン。彼女が過去にマスターから貰ったもの。しかも彼とペアルックで。
私、リファレンス・ルマナ・ビューアには、そういうのはない。
髪飾りなら、私にもあるけど……彼から貰ったものではないし。
つまり、初めてのプレゼント。
ズキリ。
それを見て、私の胸に刺すような痛みが走る。
なんでだろう。
嬉しいはずなのに、貰ったときは本当にそう感じていたのに、どうして今はこうモヤモヤしてるんだろう。
クローラは二つ。私は一つ。別に数なんて気にすること無いはずなのに……なぜかそこに差を感じてしまう自分がいた。
「でもなんか悪いな。もうちょっとちゃんとした店で買ったものにすればよかったんだけど」
「そんなことありませんよ。大切なのは、あなたが私達のためにくれたということなんですから」
申し訳なさそうにしているマスターに、クローラはメイド服のスカートを翻して言う。
「こうやって残していった思い出は、私達の記憶を繋ぎ止める、大切な絆ですから」
ズキリ。
また私の胸を何かが刺した。
というのも、私には「記憶を繋ぎ止める」ことができないからだ。
どういうわけかこの世界に来てから、私の記憶は常に薄れつつある。
「そうした」という事実や、学んだ知識はなんとなく覚えている。だけど、どうやってそれを学んだのか、その時にどんな会話をしたのか、どういうふうに感じたのか……思い出せないものが多々ある。
それをいつか告白したとき、マスターは「忘れたらまた何度でも教えてやる」って言ってくれた。
過去のことを忘れていくのとほぼ同時進行で、彼との新たな思い出が作られていく。
そうやって、今の私はなんとか今日を生きている状態だ。
いつも大事ないふうに装ってはいるけれど、そんな自分の状態を怖いと思うときがある。
マスターは私達が彼に愛想をつかすんじゃないかってずっと心配していた。
クローラはそれに対して怒っていたけど……正直言うと、私も同じような不安を感じていたのだ。
私は自分の首にかかったネックレスを何気なく見つめる。
恋人というのは、こうやって色んな思い出を共に残していくものなのだろう。
だけど私の中には……それが残らない。
その日その日を、かろうじて凌いでいるに等しい。
マスターと、私とクローラ。三人で恋人になる。
そう決まった時は嬉しかったし、誰も傷つかなくてよかったと思ったけど。
そんな不安定な私が、ずっと二人と一緒にいられるのだろうか。
この幸せは……一体いつまで続くのだろうか。
事あるごとに、そう考え込んでしまうのだ。
「リファさんも、そう思いますよね?」
そんな言いようのない不安が心を支配しかけたその時、クローラが無垢な表情でそう言ってきた。
私は心中を悟られないように、精一杯作り笑いをして答える。
「ああ、そう……だな」
そう思いたい。
だけど、今の言葉は私の心からの意思ではなかった。
本当は忘れたくなんかない。今日だって、楽しいことがいっぱいあった。ずっと心に留めておきたい出来事だってあった。
なのに……どうして。
「とにかく主くん、本当にありがとうございます。こんな素敵な思い出をくれて」
ぺこり、とクローラは一礼して改めてマスターにお礼を言った。
私も続けて頭を軽く下げる。
「かたじけない、マスター。私達からは何もないのに……それどこか殴っちゃったのに」
「何言ってんだよ。気にすることないって……二人にああしてもらったおかげで、忘れかけてた大切なことを思い出せたんだから」
マスターはまだ腫れの収まらない顔で笑い飛ばすと、端的に言った。
「俺達は……どんなことがあっても、ずっと一緒だってこと」
「!」
驚く私の右手を取り、彼は両手で優しく握ってくれた。
その瞬間。かつて私が彼に言った言葉を思い出す。
――私の手を、握ってくれますか?
今はもう、その事実しか記憶に無い。どういうシチュエーションで、どうしてそう言うに至ったのかは、もう覚えてない。
だけど、はっきりしていることは一つあった。
どんなことがあっても、マスターへの恋心は絶対に忘れないと。
思い出は忘れてしまうかもしれないけど、この気持ちだけは今も色褪せずに頭に残ってる。
私にとっては……それが記憶を繋ぎ止めてくれる絆なのだ。
「? どうしたリファ」
「ううん……私も、大事なことを思い出させてもらったから」
マスターはいつだって私達と一緒にいると叫んでくれた。
それなのに、今度は私がそんな弱気になるなんて。不甲斐ないにも程がある。
ずっと一緒にいられるのかな? そんな不安を抱えるくらいなら、「絶対に離れるもんか」って思えばいいんだ。
思い出が残せないなら、それに負けないくらい今を楽しめばいいんだ。
私は、これからもこの世界でマスターとクローラと共に生きていく。
それが紛れもない、私の貫くべき意思だから。
「ありがとう……マスター」
そう言って私も、左手を彼の両手に重ねた。
かすかに感じるそのぬくもりは……どうしようもなく揺れ動いていた私の心を癒やしてくれた。
私達は、ずっと一緒。
今なら、そう信じられる。
「ふふ、なんだかリファさん、嬉しそう」
私の顔を覗き込みながら、クローラはいたずらっぽく笑った。
嬉しい……か、違いない。
だって、こうして三人でいられることが私にとっては何よりの幸せなのだから。
「そういうクローラだって、私達の中じゃ一番嬉しそうだけどな」
「もちろんですよっ!」
軽快なステップを踏みながら、彼女はその場で一回転。
夜なのに、太陽のような笑顔を振りまいて、言った。
「こうして三人でいられることが、私にとっては何よりの幸せですから!」
ピシッ。
と、本当に小さな音が、どこかでした。
直後、私の右頬が痛み始める。
「つっ……」
先程のような胸を刺す痛みとは、また違った痛みだ。
そっと手をやってみると、べっとりとした感触が手のひらに伝わった。
「……!」
手を戻してみると、そこには真っ赤な血が付着していた。
傷が……裂けた。
私の頬にある……十字型の傷が。
ピシッ。ピシッ。
驚愕している間もなく、痛みがまた連続で襲ってくる。今度は腕だ。
ズキズキと疼くような苦痛。気付かれないようにそっとパーカーの袖に目をやる。
「ひっ!?」
悲鳴を上げそうになった。
ピンク色のはずの生地に……ポツンポツンと、真紅の染みができている。
私の腕には……巨大な火傷の痕がある。そんなところからも……。
袖をまくる気にはなれなかった。実際に見る勇気も無かったし、気の所為だと思い込みたかったのだ。
「? リファ? 大丈夫か」
異変に気づいたマスターが、そう怪訝そうに訊いてくる。私は傷が見えないように顔を背けて答えた。
「べ、別に……なんでもない」
「そうか? ちょっと顔色悪そうだけど……」
気づかれちゃ駄目だ。
よくわからないけど、余計な心配をかけるわけにはいかない。
これくらい……すぐに治るはず。
「ほ、本当になんでもないって。ただちょっと……顔が柄にもなく綻んじゃってるから……恥ずかしくて」
私はやや雑な言い訳でごまかした。
幸いマスターもクローラも深く追求してくることはせず、「なーんだ」と納得した。
「ま、それだけ喜んでもらえたならこっちも嬉しいよ」
「リファさん可愛いです」
「はは……」
私は照れ隠しを装って、ゴシゴシと頬と腕を押さえつけるようにこすり、止血を試みる。
止まって……血よ、お願いだから止まって。
何度かやっていると、少なくとも頬からの出血は収まったようだ。私は手にこびりついた血をスカートで拭いた。
「さ、さっさと家帰って、晩飯食って寝よう。明日も早いぞ」
「そうですね」
マスターに促され、クローラは彼と一緒に並んで歩いていく。
だが私は未だに自分に起きたことが受け入れられず、その場に立ち尽くしていた。
なんで……なんでこんなことが……。
私の身体には無数の傷がある。
だがそれのどれもが古傷だ。いつできたかもわからない、大昔の傷。
それがなんで今になって……なにもしてないのに。
唐突。あまりにも唐突すぎる。
まるで……誰かの痛みを代わりに負ったかのような。
落ち着け。これくらい、騒ぐほどのことじゃない。
痛みなんて今までいくつも経験してきただろう。
そう……私は騎士だったのだから。
……騎士?
あれ?
私って、騎士……だったよね?
この傷は……戦場でつけられたもの……のはずだよね?
……。
おかしい。
なんで? なんでそんな事今更疑うの?
戦でついた傷でなければ、一体いつできたものなの?
記憶が曖昧になってきてる? そんなバカな……自分の素性すら忘れるなんて……あるわけが……。
だがそう思えば思うほど……さっきまでなりを潜めていた不安がじわじわと沸き立ってくる。
自分で自分が信じられなくなる。
私は……私は……。
「おーい、リファ? リファレンス・ルマナ・ビューアさーん! なにしてんだよ!」
すると、大声で名前を呼ばれ、私は現実に引き戻された。
そうだ……私は、リファレンス・ルマナ・ビューアだ。眼の前にいるマスターと、クローラ・クエリの恋人だ。
まったく、何を考えてたんだか。傷一つでここまで動揺するなんて、私も落ちぶれたものだ。
「リーファ!」
再度マスターが呼んできた。
私は小さく息を吐き、彼に向き直る。
そして、元気よく返事を返した。
「はい、ご主人様!」
……え?
「え?」
「え?」
マスターも、クローラも、ポカンとしてこちらを見つめていた。
だが、一番ポカンとしていたのは、私だった。
――あいわかった、マスター。
そう言おうとした。
なのに口から出た言葉は……ぜんぜん違うセリフ。
なんで……?
今、私……どうしてあんなこと……。
私が喋ったのかと疑問に感じるくらい、全く無意識だった。
嘘だ……私は……違う。
これじゃあまるで私は……騎士じゃなくて――
「ぷっ、あはははは! どうしたんだよ、リファ。昔のクローラのマネのつもりか?」
「もうびっくりしましたよ……『きゃらへん』ってやつです?」
二人は笑った。
今の私のセリフを、真面目に受け取ることなく、笑った。どうやら二人には私がただの道化を演じてるだけに見えたらしい。
それが幸か不幸かは正直わからない。
「は、はは……まぁ、な……」
わからないから、私も笑うしかない。
どうしちゃったんだろう、私……。
「ま、学祭でテンション上がってるのもわかるけど、ほどほどにしとけよ?」
「……あ、ああ」
私が頷くと、二人はまた踵を返して歩き出す。
遠ざかる彼らを見つめながら、私はどうしようもない疎外感を感じていた。
さっきまで感じていた幸せ。
これからみんなとずっと一緒にいられるという希望。
心の支えになっていたはずのそれらが、足元から崩れ落ちていくような気がして……。
その真下にある耐え難い恐怖が、私を飲み込もうと渦巻いている。
膝が、肩が、全身が震え始めた。
私は両手で自分を抱きしめて……また無意識に呟いた。
誰にも答えられない、無意味な問いを。
「……私は、誰なの?」
私達はマスターとクローラと一緒に三人で帰路についていた。
渚殿達はまだ色々やることがあるとのことで、我々だけ早めに帰宅することに。
「えへへ……」
クローラは本当に嬉しそうに、私達の前でスキップを踏んでいた。手首のブレスレッドを夜空に掲げて、幸せそうな顔を浮かべている。さっきからずっとそんな調子。
「もう、いくらなんでもはしゃぎすぎだろ、クローラ」
「だって本当に嬉しいんですもん」
くるくると、その場で踊りだしそうな勢いで彼女はそう言う。
確かに今日は悪くない一日だった。
色々あったけれど、お互いの正直な気持ちを認めあえたのだから。
「学祭……二人はどうだった? 半日以上は働き詰めだったけど」
「とっても楽しかったですよ!」
クローラはマスターの何気ない問いかけに即答した。
「苦労して皆で一つのことを成し遂げる……夏祭りはただお客さんとして楽しむだけでしたけれど、それとはまた違った喜びがありました。人を楽しませるって、こんなにもやり甲斐のあるものだったんだなぁって。来てくれた人の笑顔を見るたびにそう感じました!」
「そっか……よかったな」
マスターはそう言って、クローラの頭を撫でる。
「それに、またこんな素敵な贈り物がもらえるなんて……」
そう言って、彼女は愛おしそうにその装飾品へ頬ずりをした。
その頭には、いつも片時も外すことなく付けていた髪飾りがあった。
アネモネの花のヘアピン。彼女が過去にマスターから貰ったもの。しかも彼とペアルックで。
私、リファレンス・ルマナ・ビューアには、そういうのはない。
髪飾りなら、私にもあるけど……彼から貰ったものではないし。
つまり、初めてのプレゼント。
ズキリ。
それを見て、私の胸に刺すような痛みが走る。
なんでだろう。
嬉しいはずなのに、貰ったときは本当にそう感じていたのに、どうして今はこうモヤモヤしてるんだろう。
クローラは二つ。私は一つ。別に数なんて気にすること無いはずなのに……なぜかそこに差を感じてしまう自分がいた。
「でもなんか悪いな。もうちょっとちゃんとした店で買ったものにすればよかったんだけど」
「そんなことありませんよ。大切なのは、あなたが私達のためにくれたということなんですから」
申し訳なさそうにしているマスターに、クローラはメイド服のスカートを翻して言う。
「こうやって残していった思い出は、私達の記憶を繋ぎ止める、大切な絆ですから」
ズキリ。
また私の胸を何かが刺した。
というのも、私には「記憶を繋ぎ止める」ことができないからだ。
どういうわけかこの世界に来てから、私の記憶は常に薄れつつある。
「そうした」という事実や、学んだ知識はなんとなく覚えている。だけど、どうやってそれを学んだのか、その時にどんな会話をしたのか、どういうふうに感じたのか……思い出せないものが多々ある。
それをいつか告白したとき、マスターは「忘れたらまた何度でも教えてやる」って言ってくれた。
過去のことを忘れていくのとほぼ同時進行で、彼との新たな思い出が作られていく。
そうやって、今の私はなんとか今日を生きている状態だ。
いつも大事ないふうに装ってはいるけれど、そんな自分の状態を怖いと思うときがある。
マスターは私達が彼に愛想をつかすんじゃないかってずっと心配していた。
クローラはそれに対して怒っていたけど……正直言うと、私も同じような不安を感じていたのだ。
私は自分の首にかかったネックレスを何気なく見つめる。
恋人というのは、こうやって色んな思い出を共に残していくものなのだろう。
だけど私の中には……それが残らない。
その日その日を、かろうじて凌いでいるに等しい。
マスターと、私とクローラ。三人で恋人になる。
そう決まった時は嬉しかったし、誰も傷つかなくてよかったと思ったけど。
そんな不安定な私が、ずっと二人と一緒にいられるのだろうか。
この幸せは……一体いつまで続くのだろうか。
事あるごとに、そう考え込んでしまうのだ。
「リファさんも、そう思いますよね?」
そんな言いようのない不安が心を支配しかけたその時、クローラが無垢な表情でそう言ってきた。
私は心中を悟られないように、精一杯作り笑いをして答える。
「ああ、そう……だな」
そう思いたい。
だけど、今の言葉は私の心からの意思ではなかった。
本当は忘れたくなんかない。今日だって、楽しいことがいっぱいあった。ずっと心に留めておきたい出来事だってあった。
なのに……どうして。
「とにかく主くん、本当にありがとうございます。こんな素敵な思い出をくれて」
ぺこり、とクローラは一礼して改めてマスターにお礼を言った。
私も続けて頭を軽く下げる。
「かたじけない、マスター。私達からは何もないのに……それどこか殴っちゃったのに」
「何言ってんだよ。気にすることないって……二人にああしてもらったおかげで、忘れかけてた大切なことを思い出せたんだから」
マスターはまだ腫れの収まらない顔で笑い飛ばすと、端的に言った。
「俺達は……どんなことがあっても、ずっと一緒だってこと」
「!」
驚く私の右手を取り、彼は両手で優しく握ってくれた。
その瞬間。かつて私が彼に言った言葉を思い出す。
――私の手を、握ってくれますか?
今はもう、その事実しか記憶に無い。どういうシチュエーションで、どうしてそう言うに至ったのかは、もう覚えてない。
だけど、はっきりしていることは一つあった。
どんなことがあっても、マスターへの恋心は絶対に忘れないと。
思い出は忘れてしまうかもしれないけど、この気持ちだけは今も色褪せずに頭に残ってる。
私にとっては……それが記憶を繋ぎ止めてくれる絆なのだ。
「? どうしたリファ」
「ううん……私も、大事なことを思い出させてもらったから」
マスターはいつだって私達と一緒にいると叫んでくれた。
それなのに、今度は私がそんな弱気になるなんて。不甲斐ないにも程がある。
ずっと一緒にいられるのかな? そんな不安を抱えるくらいなら、「絶対に離れるもんか」って思えばいいんだ。
思い出が残せないなら、それに負けないくらい今を楽しめばいいんだ。
私は、これからもこの世界でマスターとクローラと共に生きていく。
それが紛れもない、私の貫くべき意思だから。
「ありがとう……マスター」
そう言って私も、左手を彼の両手に重ねた。
かすかに感じるそのぬくもりは……どうしようもなく揺れ動いていた私の心を癒やしてくれた。
私達は、ずっと一緒。
今なら、そう信じられる。
「ふふ、なんだかリファさん、嬉しそう」
私の顔を覗き込みながら、クローラはいたずらっぽく笑った。
嬉しい……か、違いない。
だって、こうして三人でいられることが私にとっては何よりの幸せなのだから。
「そういうクローラだって、私達の中じゃ一番嬉しそうだけどな」
「もちろんですよっ!」
軽快なステップを踏みながら、彼女はその場で一回転。
夜なのに、太陽のような笑顔を振りまいて、言った。
「こうして三人でいられることが、私にとっては何よりの幸せですから!」
ピシッ。
と、本当に小さな音が、どこかでした。
直後、私の右頬が痛み始める。
「つっ……」
先程のような胸を刺す痛みとは、また違った痛みだ。
そっと手をやってみると、べっとりとした感触が手のひらに伝わった。
「……!」
手を戻してみると、そこには真っ赤な血が付着していた。
傷が……裂けた。
私の頬にある……十字型の傷が。
ピシッ。ピシッ。
驚愕している間もなく、痛みがまた連続で襲ってくる。今度は腕だ。
ズキズキと疼くような苦痛。気付かれないようにそっとパーカーの袖に目をやる。
「ひっ!?」
悲鳴を上げそうになった。
ピンク色のはずの生地に……ポツンポツンと、真紅の染みができている。
私の腕には……巨大な火傷の痕がある。そんなところからも……。
袖をまくる気にはなれなかった。実際に見る勇気も無かったし、気の所為だと思い込みたかったのだ。
「? リファ? 大丈夫か」
異変に気づいたマスターが、そう怪訝そうに訊いてくる。私は傷が見えないように顔を背けて答えた。
「べ、別に……なんでもない」
「そうか? ちょっと顔色悪そうだけど……」
気づかれちゃ駄目だ。
よくわからないけど、余計な心配をかけるわけにはいかない。
これくらい……すぐに治るはず。
「ほ、本当になんでもないって。ただちょっと……顔が柄にもなく綻んじゃってるから……恥ずかしくて」
私はやや雑な言い訳でごまかした。
幸いマスターもクローラも深く追求してくることはせず、「なーんだ」と納得した。
「ま、それだけ喜んでもらえたならこっちも嬉しいよ」
「リファさん可愛いです」
「はは……」
私は照れ隠しを装って、ゴシゴシと頬と腕を押さえつけるようにこすり、止血を試みる。
止まって……血よ、お願いだから止まって。
何度かやっていると、少なくとも頬からの出血は収まったようだ。私は手にこびりついた血をスカートで拭いた。
「さ、さっさと家帰って、晩飯食って寝よう。明日も早いぞ」
「そうですね」
マスターに促され、クローラは彼と一緒に並んで歩いていく。
だが私は未だに自分に起きたことが受け入れられず、その場に立ち尽くしていた。
なんで……なんでこんなことが……。
私の身体には無数の傷がある。
だがそれのどれもが古傷だ。いつできたかもわからない、大昔の傷。
それがなんで今になって……なにもしてないのに。
唐突。あまりにも唐突すぎる。
まるで……誰かの痛みを代わりに負ったかのような。
落ち着け。これくらい、騒ぐほどのことじゃない。
痛みなんて今までいくつも経験してきただろう。
そう……私は騎士だったのだから。
……騎士?
あれ?
私って、騎士……だったよね?
この傷は……戦場でつけられたもの……のはずだよね?
……。
おかしい。
なんで? なんでそんな事今更疑うの?
戦でついた傷でなければ、一体いつできたものなの?
記憶が曖昧になってきてる? そんなバカな……自分の素性すら忘れるなんて……あるわけが……。
だがそう思えば思うほど……さっきまでなりを潜めていた不安がじわじわと沸き立ってくる。
自分で自分が信じられなくなる。
私は……私は……。
「おーい、リファ? リファレンス・ルマナ・ビューアさーん! なにしてんだよ!」
すると、大声で名前を呼ばれ、私は現実に引き戻された。
そうだ……私は、リファレンス・ルマナ・ビューアだ。眼の前にいるマスターと、クローラ・クエリの恋人だ。
まったく、何を考えてたんだか。傷一つでここまで動揺するなんて、私も落ちぶれたものだ。
「リーファ!」
再度マスターが呼んできた。
私は小さく息を吐き、彼に向き直る。
そして、元気よく返事を返した。
「はい、ご主人様!」
……え?
「え?」
「え?」
マスターも、クローラも、ポカンとしてこちらを見つめていた。
だが、一番ポカンとしていたのは、私だった。
――あいわかった、マスター。
そう言おうとした。
なのに口から出た言葉は……ぜんぜん違うセリフ。
なんで……?
今、私……どうしてあんなこと……。
私が喋ったのかと疑問に感じるくらい、全く無意識だった。
嘘だ……私は……違う。
これじゃあまるで私は……騎士じゃなくて――
「ぷっ、あはははは! どうしたんだよ、リファ。昔のクローラのマネのつもりか?」
「もうびっくりしましたよ……『きゃらへん』ってやつです?」
二人は笑った。
今の私のセリフを、真面目に受け取ることなく、笑った。どうやら二人には私がただの道化を演じてるだけに見えたらしい。
それが幸か不幸かは正直わからない。
「は、はは……まぁ、な……」
わからないから、私も笑うしかない。
どうしちゃったんだろう、私……。
「ま、学祭でテンション上がってるのもわかるけど、ほどほどにしとけよ?」
「……あ、ああ」
私が頷くと、二人はまた踵を返して歩き出す。
遠ざかる彼らを見つめながら、私はどうしようもない疎外感を感じていた。
さっきまで感じていた幸せ。
これからみんなとずっと一緒にいられるという希望。
心の支えになっていたはずのそれらが、足元から崩れ落ちていくような気がして……。
その真下にある耐え難い恐怖が、私を飲み込もうと渦巻いている。
膝が、肩が、全身が震え始めた。
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「……私は、誰なの?」
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デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2025.11.25)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
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ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
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