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第二章

020:滅怪

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 弓削さんが発見されたという情報は、彼女を解放した翌日に開かれた朝のSHRで担任から発表された。
 クラスメイトは口々に「良かった」と声を漏らしている。
 中には、嬉しさのあまり泣き出してしまう子もいたくらいだ。

 俺ももちろん嬉しいのだが、恐らく周りとは嬉しいの意味合いは違ってくる。

 だって、俺が助けたんですもんよ!

 ハンターになったのは、人助けというよりは、どちらかというとダンジョンに潜ってロマンを味わいたいという想いが強かった。
 だけど、いざ人助けをすると、めちゃくちゃ嬉しい気持ちになれるってことを、俺は知ってしまったんだよな。

 多分だけど、俺には家族も友達もいないし、元パーティメンバーには無能って呼ばれるしで、自分の価値というのを完全に見失っていたからこそ、喜びも人一倍って感じなんだと思う。

 しかも、3等級の怪を倒したことでレベル7にもなったしな!
 数多くの霊獣を倒しても、さっぱり上がる気配がなかったのに、怪を倒したら一気に2つも上がっちゃったんですよ!
 こんなのテンション上がるに決まってますわ!

 あぁ、早く土曜日にならないかなぁ。
 なんてワクワクしてたのに、こんな仕打ち酷すぎるよ……。



 ―



「残念ですが、奴隷解放をするのは当分の間はやめましょう」


 土曜日になって、また今日も解放しちゃうぞって思ってたのに、黒衣さんからストップが掛かってしまった。
 だけど、村の厳戒態勢を見たら、さすがに無謀かもって思ってしまう。


「2回目までは、恐らく怪たちが報告をしなかったので他の村まで広がることはなかったのでしょうね。バレたら馬鹿にされるし、どうせまた攫えばいいや、くらいの感覚で。ですが、前回は怪を全滅させてしまいましたからね……。情報は広がって敵の侵入に備えるようになったのでしょう」


 黒衣の言うように、既に深夜になっているにも関わらず、村には煌々と灯りが照らされて、人間がいるであろう建物の前には、見張りの怪が立っていた。

 助けたい気持ちは山々だが、さすがにこの警戒態勢の中、何事もなく解放できる自信が無い。
 下手したら、その場で人間が殺されてしまう可能性も十分に考えられる。
 さすがにそれは避けたいところだった。



 ―



「これからはどうしようかなぁ」


 怪の村の厳戒態勢を見た翌日。
 俺は怪の国にある寺院で、修行前のストレッチを行っていた。

 今日の予定は、怪の国に行って基礎練を軽くやってから、霊獣の森の奥に入って霊獣と戦うというもの。
 うん、平日にやってることと何も変わらない……。

 レベル上げはもちろん大切なんだけど、目標があるとさらに気合いが入るというものだ。
 だけど、昨日まであった目標は、現在では綺麗さっぱりとなくなっている。

 そうなると、次は何を目標にして俺は活動をするのかを考える必要があるのだが、実は俺の中には一つやりたいことがすでにあった。
 と言うよりも、一度黒衣に提案済みの内容だったのだが、そのときはレベルが上がったばかりの頃だったから保留にしていたのだ。

 取り敢えずこのストレッチが終わったら、黒衣に相談してみようかな。


「詩庵様、少々よろしいでしょうか? 実は修行に入る前に、詩庵様にご相談したいことがございます」


 あっ、俺が話を振る前に先手を打たれてしまった……。
 俺はそんな心を見抜かれまいと、「どうしたの?」なんて平静を装ってみる。


「実は、奴隷になった人間を解放するのが難しくなった現状で、これからの活動について勝手ながら少々考えてみました」

「おぉ、ありがとう! どんなことを考えてくれたのか楽しみだ」

「以前詩庵様がやりたいと仰っていた、日国に現れる怪を倒すというものでございます。前回の戦いで詩庵様は、3等級の怪を見事に討ち滅ぼされました。あの強さでしたら、日国に現れる程度の怪なら問題にはなく倒せるでしょう。詩庵様は、この活動内容でいかがでしょうか?」


 黒衣の提案を聞いた俺は、正直驚きを隠せなかった。
 だって、その内容こそ俺が黒衣に相談しようと思っていたことなのだから。
 そうなると断る理由なんて何もないので、俺は二つ返事で了承をした。

 だけど、日国で怪と戦うことになると、ひとつ大きな問題があることを忘れてはいけない。その問題とは、怪と戦っているだろう、人間の組織の存在だった。


「本当に怪と戦う組織なんてあるのかな?」

「間違いなくあるとみて良いでしょう。私が現世に顕現してから2ヶ月以上経過しましたが、怪が現れて短時間で霊装が消失することも多々ございました。流石にこれは不自然すぎるので、怪を仇なす組織があると考えた方がよろしいかと」


 確かに、普通の人間には霊装を見ることも出来ないんだから、一番弱い7等級の怪が一体現れただけでも壊滅状態に追い込まれるだろう。
 だけど、日国で暮らしている人たちが、平和に暮らせているということは、怪と戦っている組織が存在していることを示唆しているということなのだ。


「怪を倒すという目的は一緒だけど、だからと言って味方とは限らないんだよな。やっぱり、その組織に見つかるのは避けたいと思うんだ。だからさ、黒衣の能力で怪を察知しても、勢いで戦いを挑まずにちょっと遠目から観察するっていうのはどうかな? もちろん、霊装断絶を使った状態でさ」

「それが一番よろしいかと思います。その上で、詩庵様が怪のところに着くまでの時間と距離を測りましょう。もし詩庵様より10分ほど遅れて組織の人間が現れたら、そこまでの範囲が詩庵様の戦う場となります」

「なるほど。4等級くらいまでなら、5分もあれば倒せるだろうしな。だけど、二体以上の怪が同時に現れたら、ちょっと厳しそうなんだけど大丈夫かね?」

「それは問題ございません。基本的に日国に来る怪は一体ずつでございます。これは、顕現してからずっと怪のことを探っていたのですが、奴らは同じ場所に一体ずつしか現れないようです」

「それならこちらにとって好都合だな。ちなみに、怪って何時くらいに現れることが多いんだ? 学校がある時間帯とかだとキツイなって」

「それはご安心ください。日国では夜の方が魔素が充満しやすいので、基本的には夜間に現れることが多いです。また、この2ヶ月間くらいの情報で恐縮ですが、深夜帯に訪れることはあまりなく、22時くらいが一番頻繁に出現しておりました」

「それなら問題ないな。よし、怪との戦いに苦戦しないためにも、今日の修行をガッツリ頑張るぞ! そろそろ黒衣の必殺技も本格的に作っていきたいしな!」

「はい! 共に頑張りましょう!」


 黒衣を見る限り、目標を失って落ち込んでいたのはどうやら俺だけじゃなさそうだった。
 目的を共有しあえる仲間の存在って本当に助かるなぁ。うんうん。



 ―



 日国で戦うことを決めた俺たちは、早速杜京に現れた怪の元へ向かっていた。
 黒天を握っている時の俺は、服装も髪の毛の長さも違うのだが、万が一ということもあるので、黒いバンダナで口の周りを隠している。


『なぁ、日国には毎日何体くらいの怪が来てるんだ?』

『日国に来ている全ての怪の数は分かりませんが、杜京だけでいうと、1日で30体くらいは来ているかと思います』

『そ、そんなに来てるのか!』

『はい。ですが、その内のほとんどの気配が、現れて間もない時間で消失しております』

『さすがに全ては倒しきれてないのか……』


 まぁ、そうだよな。
 だったら弓削さんをはじめとした、人間が怪の国に攫われるなんて有り得ないし。

 これからは、倒しきれなかった怪を俺が倒すことができたら良いな……。


『もう間もなく着きます』


 黒衣の言葉を聞いて、意識を前に向けると、黒い塊が宙に浮いているのが見えてきた。


『な、なにあの黒いのは?』

『あれが隠世でございます』


 目の前に見えた黒い塊が隠世?
 嘘だろ?
 だって精々10mくらいだろ。隠世に閉じ込められたときめちゃくちゃ走ったよ、おれ。


『隠世の中は現世の理が通用する空間ではございません。なので、見た目があれくらいの大きさだったとしても、中の広さが必ずしも同じということにはならないのです』

『――常識に囚われてたらダメなんだな……』

『さらに言うと、あの中は時の流れも異なっており、こちらの10分があちらでの1日と同じくらいになります』

『だから、俺が何日も隠世で過ごしたと思ってたのに、実際には1日も経ってなかったんだな』

『詩庵様の時ように、時間を掛けて嬲るようなことをことをするのは、7等級の知能が低い怪のみでございます。それ以外の怪がこちらに来るのは、人間を攫うことが目的となるので、長時間も隠世を展開することはございません』


 知能が低い怪は目的が人の魂を喰うことだから、隠世を長いこと展開して人を恐怖、絶望させていたのか。
 そして、等級が高い怪になるほど知能が高くなって、討伐される前に怪の国に戻れることになると。

 この考えが正しいのなら、取りこぼしてるのは等級が高い怪だと想定される。
 俺としては等級が高い怪と戦えば、それだけ多くの魂を吸収して強くなれるのでぶっちゃけ有難い。


『黒衣って等級の高い怪がどこに現れたかって判別ついたりするの?』

『怪の等級は霊装の強さと同意になので、どこに強い怪がいるかの判別は可能になります』

『おぉ! それは良いことを聞いた!』


 俺は先程思い付いた考えを黒衣に伝えると、少し考えた後に『確かにその可能性は高いかも知れませんね』と肯定する。

 よし。これで方向性がより明確になってきたな。

 ――それよりここに来てから5分くらい経ってるんだけど、隠世の中はどうなってるんだろうか……。


『なぁ、黒衣……。あの中って今どうなってるのかな? もし戦ってる人間が中にいなかったら、今まさに苦しめられてる人がいるってことだよな……』

『あの中には霊装を纏った複数の人間がいるはずです。恐らく制御が上手いのでしょう。近くに来るまで確信を持てませんでしたが、今でははっきりと霊装の気配を複数感じることができます』

『マジか……。じゃああの中で戦ってるってことだよな? 今から中に入るのって出来るのかな?』

『隠世の中に入ることは可能です。あれは、蜘蛛の巣みたいな役割もありますからね。隠世を張っておいて、迷い込んだ人間を捕えたりもします。ですが、ここに来て時間が経過しすぎているので、今回はやめておきましょう。隠世が解けたら、どちらかの勝者が出てくるはずなので、もし怪だった場合は私たちが倒す形でよろしいでしょうか』

『あぁ、大丈夫だ』


 それから30秒もしないうちに、隠世の縁が粒子になって消えていく。
 すると、20人くらいの人間が一斉に隠世の中から飛び出して来た。

 あれが、怪と闘っている人間たちなのか……。

 長着が紺色でその下に濃灰色の袴、そして滅怪と赤色で大きく背に書かれた、真っ黒な羽織を一様に着ていた。

 ――あれって、完全に黒衣が言ってた滅怪じゃん。
 1200年前くらいに組織されたって言っていたけど、現代の日国でもずっと変わらずに活動中なのかよ……。

 長い歴史のある組織ほど闇深いものはないと俺は思っているので、ぶっちゃけ1ミリたりとも関わり合いを持ちたくない。なので俺は、霊装断絶を維持したままさっさとこの場から立ち去ることにした。



 ―



「やっぱりあれって、黒衣が言ってた滅怪って組織だよね?」

「そうでしょうね。羽織の背に書かれていた、滅怪の文字がそれを物語っております。――あっ、コーヒーと紅茶どちらに致しますか?」

「うーん。コーヒーでお願い。――それにしても、1200年も続いてるってやばくない? しかも、そんなに長く続いてる組織なのに、日国内で多分知ってる人そんなにいない気がするんだけど」


 こう見えて俺は、日国内でも最難関と言われている英明高校で、成績上位者に入るくらいの知識は持っている。
 もちろん日国の歴史はかなり詳しい方だと思うのだが、それでも滅怪という組織のことを見聞きしたことが一度もなかった。


「私には、その後の滅怪が現在までに、どのような道を辿ってきたのかは分かりません。ですが、今も尚その存在が健在ということは、この国の中枢まで力を伸ばしていても不思議ではありません。歴史があるということは、それだけの繋がりが作られているということなので」


 黒衣はコーヒーをテーブルに置いてから、クッションの上で正座をしてお茶を啜り始める。


「俺もそう思うよ。だからこそ俺は滅怪に関わるのは危険だと思う。前からあの組織とは関わらない方針だったけど、これからはその危機意識をもっと強く持たないとダメかもな」


 もし今まで神魂を発動することが出来たのが、滅怪に関連している人間だけだったとしたら、俺という存在はかなり異端ということになるだろう。
 そして、そんな人間のことを見逃してくれるような組織だとは正直思えない。

 だからといって、日国で怪と闘うっていう選択肢を無くすことなんて、有り得ないんだけどね。
 だって、俺はもう知っちゃったんだよ。
 怪の国で奴隷にされている人間たちがいることを。
 そして、それが俺のクラスメイトにまで及んでいることも。

 俺は一人でも多くの人を怪から救ってあげたい。
 お前何目線だよって自分でも思うけど、偶然とはいえ救える力が俺にはあるんだから。
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