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第二章

021:解除

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 弓削さんが発見されたとSHRで発表されてから、ちょうど一週間後の月曜日に弓削さんは久しぶりに学校へ登校してきた。
 クラスに入った瞬間に、クラスメイトから囲まれてしまいアワアワとしていたが、質問には丁寧に分かる範囲で回答しているようだった。

 ちなみに俺はそのクラスメイトの輪の中に入れるわけもなく、自分の席から遠目で眺めているだけなのだが。
 しかし、SHRで先生から「弓削はまだ完全じゃないんだから、ゆっくりさせてやれ」というお小言を貰ってしまったことで、次の休憩時間からは以前から仲が良かった友人とゆっくりと過ごせているようで安心する。
 その光景を眺めながら、本当に良かったなと心から思うのであった。

 ――つか、遠目で弓削さんのこと眺めてる俺って、シンプルに気持ち悪くない?

 まぁ、俺のことなんて誰も見ていないだろうから、そんな俺の気持ち悪い姿なんて知られることないんだけどね。
 あははは。

 それにしても、どうやって弓削さんにかかってる黒夢を解けばいいだろう。
 元ヤンで無能ってクラス内で呼ばれてる俺が、急に呼び出しちゃっても良いものだろうか……。
 うーん。
 クラスメイトと会話しないのが当たり前になりすぎて、対人スキルが著しく低下しているの流石に危機感を覚えてしまう。



 ―



「黒衣はどうしたらいいと思う?」


 お昼休憩になり、俺たちはいつもご飯を食べている旧校舎の屋上でお弁当を食べていた。
 今日のお弁当の中身は、ミニハンバーグに茹でたブロッコリーとニンジン、そしてたこさんウィンナーが入っている。
 しかも冷凍食品など一切使っておらず、全てを黒衣が早起きして手作りしてくれているのだから頭が上がらない。


「放課後に後を追って、程よいタイミングで話し掛けてみるのは如何でしょうか?」

「うっ、ストーカーみたいだ……」

「最初は疑われるかも知れませんが、黒夢を解除すれば全てを思い出すので問題はないかと思います」

「た、確かにな……。だけど、他に良い方法が浮かばないしな。――仕方ない。黒衣案で行こう!」


 俺は黒衣に背中を押してもらい、放課後に弓削さんの後をつけることにした。
 決してストーカーなんかじゃないんだからね!



 ―



 弓削さんは、クラスメイトの友人と電車で途中まで一緒に下校しているらしい。
 なぜ俺がそれを知っているかと、お昼の作戦通りに弓削さんの後を尾行しているからだ。

 ちなみに弓削さんと友人の女の子――確か、不破柳美鈴ふわやなぎみすずさんだったと思う。
 不破柳さんは、多分俺のことが嫌いだと思う。
 だって、たまに廊下とかですれ違うと、あからさまに嫌そうな顔をするんだもんよ。
 まぁ、そんなことするの不破柳さんだけじゃないから別にいいんだけどね。

 そう考えると、弓削さんって本当にレアだよな。
 別に俺のことを庇ってくれるとかはないけど、フラットに接してくれていたことに改めて気付く。
 たまにクラスの用事とかで話し掛けてくることもあるのだが、弓削さんからは侮蔑の目で見られたことは一度もない。
 たったそれだけのことなのだが、俺はそれだけで弓削さんの好感度は、他のクラスメイトに比べてかなり高いのだ。
 っていうか、俺の好感度の水準が低すぎる気がするんだけど、分け隔てなく接してくれる人間っていうのは、それだけでも信用に値するって俺は思っている。

 そう考えると、弓削さんのことを助けることが出来て本当に良かった。
 他のクラスメイトを助けたとしても、『良かった』とは思うんだろうけど、俺だって人間だからさ。
 やっぱり思うところは色々あるわけなんですよ。

 なんてことをボンヤリと考えていたら、弓削さんが不破柳さんと「バイバーイ」と手を振りながら電車から出ようとしていた。
 俺はギリギリのところで電車から駆け降りて、素知らぬ顔をしながら弓削さんに気付かれないように後ろをつけて歩く。

 駅から10分ほど歩くと、大通りから裏路地に入っていったので、人が周りにいないのを確認して黒衣を影から呼び出した。
 そして弓削さんに近付いて声をかける。


「突然話し掛けてごめんなさい。弓削さんとちょっとお話したいことがあるんだけど、時間もらってもいいかな?」

「えっ? あ、神楽くん? こ、こんなところでどうしたの?」

「実は弓削さんの記憶について話したいことがあってさ。――弓削さんって今、行方不明だったときの記憶を思い出すことが出来ないよな?」


 俺が話し掛けたときは警戒心が目から感じ取れたが、記憶のことを言うと驚いた表情を浮かべて「なんでそれを……」と呟いた。


「色々と説明するから、近くにある公園で話せないか? あまり時間を取らせないからさ」

「わ、分かった。じゃあ、少し歩いたところにベンチのある公園があから、そこでお話を聞かせてもらっても良い?」


 俺の少し先を歩いている弓削さんだったが、チラチラとこちら――と言うよりも、黒衣のことを見ているようだった。
 そりゃ気になるよな。
 親しくもないクラスメイトの隣に、真っ黒な着物を来た美少女が隣で歩いてるんだから。
 多分弓削さんは、色々と絶賛混乱中なんだろうな。
 なんとなく、弓削さんの頭の中を想像したら、申し訳ないけどちょっと面白いなって思ってしまった。
 俺だったら絶対に頭の中がグチャグチャになって、確実に思考を停止していた自信がある。



 ―



「弓削さんは温かいお茶でいいかな?」


 東屋にあるベンチで向かい合わせで座ると、俺は公園の入り口にあった自販機で買った飲み物を弓削さんに手渡した。
 弓削さんは小さな声で、「ありがとう」と口にするが、目からは滲み出る警戒心を隠そうとはしなかった。


「まず最初に、俺の隣で座ってる子のことを紹介するよ」


 俺はそう言って、黒衣のことや今どうして俺の隣にいるのかを簡単に説明をした。
 まぁ、それでも良く分からない感じではあったが、弓削さんは「はじめまして」と黒衣に頭を下げた。


「神楽くんには色々と聞きたいことはあるんだけど、まずなんで私が行方不明だったときの記憶がないことを知っているか教えて欲しいな」

「口で説明しても理解できないと思うから、取り敢えず記憶を取り戻してもらうことにするよ」


 俺がそう言うと、黒衣が腕を弓削さんの方に向けて、指を「パチン」と鳴らした。
 すると弓削さんは目を見開いて、「あっ、あぁ……」と声を漏らしながら、両目から涙を零していた。
 そして、そのまま机に突っ伏して、大声で泣き始めてしまった。

 今まで忘れていたあの苦しかった日々を思い出してしまったのだから仕方ないだろう。
 弓削さんにお願いをされていたからとはいえ、俺はこの選択が本当に正しかったのか自問自答してしまった。

 目の前で泣いている女の子がいるのに、俺と黒衣は何もすることができなかった。
 気安く「大丈夫」なんて声を掛けられるはずがない。
 彼女にとって怪の国での生活は、本当に苦しくてまさに地獄のような日々だっただろうから。

 黒夢を解除してから、10分くらい経ったくらいで弓削さんは顔を上げて、俺の顔を真っ直ぐ見つめてきた。
 弓削さんの表情があまりにも真剣で、何かを覚悟したような目をしていたため、俺は気圧されてしまい息を呑んでしまった。


「神楽くんと黒衣ちゃん。私のこと、そして幼馴染のまぁちゃんのことを助けてくれて本当にありがとうございます。そして、お礼を言うのが遅れちゃって、ごめんなさい。私との約束をちゃんと守ってくれたことにも、本当に感謝しています」

「いや、助けられたのが本当に偶然だったから。それに、一度記憶を戻したけど、弓削さんの話を聞いた後に、やっぱり記憶を阻害した方が良いって判断したら、こちらの都合でまた術を掛けさせてもらうから感謝とかしなくても良いよ」

「ううん。それでもやはり2人には感謝しかないよ。助けてもらえなかったら、私もまぁちゃんもあそこで殺されてたと思うし」

「うん、分かった。じゃあ素直に受け取っておくな。それで、あの時に弓削さんが、俺たちと一緒に戦いたいって言った理由とかを教えて欲しいんだけど聞かせてくれるか?」
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