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第二章

024:実力

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 日国に現れる怪と戦い始めてから、2週間ほどが経過した。
 その間は怪と戦うよりも優先して、滅怪と遭遇しない時間帯と距離を把握することに注力していたのだが、その努力の甲斐もあって大体の目安が分かってきたところだ。

 今のところ分かっていることは、30分先のところに出現したら大体滅怪と同じくらいのタイミングで到着するということだった。
 だが、方角によってはそれが20分くらいに縮むことがあるので、現在凛音に頼んでその統計を作ってもらっているところだ。
 そこから滅怪の大元がどこにあるのか、おおよその位置も把握しちゃおうという寸法である。

 そして、今日は20分くらいの位置に現れたということだったので、急いで怪のところへ向かうと複数の霊装の気配を黒衣が察知したので、急遽霊装断絶を使用してバレないように行動することにした。
 すると、怪がいるであろう位置で隠世が展開されたのを確認したので、『中に入ってもいいか?』と黒衣に相談をする。


『はい、大丈夫です。今回現れた怪は4等級なので、滅怪の力の片鱗が少しは確認できるのではないかと思います』

『それは楽しみだな。よし、慎重に中に入るぞ』


 俺は真っ黒な球体の中に飛び込むと、黒衣に霊装の気配を探ってもらって怪がいる場所を目掛けて走った。
 遠くから激しい剣戟の音が聞こえてくる。
 もうすでに滅怪と怪との戦いは始まっているようだ。

 怪の元に着くと、数人の人間が怪と戦っていた。
 10人くらい……かな。

 しかし、実際に戦っているのは8人だけで、190cmくらいはあろうかという大男と、140cmくらいのどう見ても小学生のような女の子の2人は後方で戦いの行方を静かに見守っている。
 あの2人から溢れ出てる強者感が半端ないな……。


『なぁ、黒衣。滅怪の人たちと俺だとどっちが強いかな?』

『強さだけで言うなら詩庵様の方が圧倒的に勝っております。ですが、霊装の使い方は関しては、あちらの方に分があるかと』

『やっぱりか。俺の目から見ても、流が滑らかで凄いと思うからな。それにしても、あいつらの武器って刀って決まってないんだな』


 怪と戦ってる滅怪は、武器が刀だけではなく、槍を使っている人もいたら、後方で弓矢を放ってる人もいる。
 あれらも全て霊器や神器だったりするのだろうか。


『今の滅怪もかつてと同様であるなら、神託の儀で自分にあった武器の中に、魂を入れて霊器、または神器にするのです。なので必ずしも刀のみが、霊装を持つ者の武器とは限りません』

『そうなのか。けど、槍とかめちゃくちゃ持ち歩きにくそうだな……』


 俺たちが戦いを観戦し始めてから5分ほどが経過すると、後ろで見ていた小柄な女の子が「うーん。私が戦うかにゃ」と口にして、怪に向かって歩き始めた。
 謎の猫語が、この殺伐とした空気とミスマッチで、かなりの違和感を感じてしまう。
 しかし、ただ歩いているだけにも関わらず、その女の子には一切の隙を見出すことが出来なかった。

 するとさっきまで戦っていた人たちは一斉に後ろに下がり、怪が逃げないよう包囲網を敷き始める。


「肉壁の後ろで怯えてた人間が、この俺様と戦うことが出来るのか? お前らみたいな霊装を纏った人間の魂って死ぬほどうめぇんだよな」


 怪は裂けた口を大きく広げて、舌を出してべロリと唇を舐めながら、女の子のことをニヤニヤと舐るように見ている。
 しかし、そんな怪の挑発を女の子は全く意に介した様子はない。
 それどころか「うーん。多分美味しくないと思うにゃよ」と、無邪気な笑顔を怪に向けた。
 そのまま歩み続ける女の子は、スラリと刀を鞘から抜く。
 刀を抜く行為が、あまりにも自然な所作だったので、俺はつい見蕩れてしまった。


「葬送霊器――――震振しんしん


 女の子がゆっくりとその言葉を吐くと、持っていた刀から茶色の霊装が溢れ出て全てを覆い尽くしてしまった。


『あ、あれは……』

『どうした黒衣? あれが何か知ってるのか?』

『はい。ですが、こちらの説明はこの戦いが終わってからさせて頂きます』


 黒衣の反応がとても気になってしまったが、確かに今目の前の出来事から意識を外すなんて論外だということも理解していた。

 それにしても、茶色の霊装、か。
 初めて見たけど、あとどれくらいの種類が霊装にはあるんだろうか。
 これも家に帰ったら聞いてみるか。

 霊装に覆われていたのは、時間としては一瞬だっただろう。
 気付いたら女の子は刀ではなく、自分と同じくらい、いやそれ以上の大きさの大槌を片手で軽々と持っていた。

 って大きすぎだろ!
 なんで小柄な女の子が、あんなサイズの大槌を軽々と持てるんだよ!

 この異様な光景に動揺しているのは、俺だけで滅怪の人たちからしたら当たり前の光景なのだろう。
 みんな油断せずに怪と対峙し続けていた。

 それは怪も同様だった。
 先ほどまでのニヤケ面ではなく、先ほどまでは手にしていなかった大振りの剣を具現化させて、女の子のことを睨みつけている。

 そして女の子は、あと一歩先に進むとお互いの間合いになるという直前で立ち止まり、「よいしょ」と言いながら大槌を肩に担いだ。
 その行為が隙だと感じたのだろうか。怪が「キシャァァ!」と奇声を上げながら間合いを詰め、女の子に向かって大剣を振り抜いた。

 それなのに、女の子はまだ微動だにしない。
 怪は入ったと思ったのだろう。ニヤリと口が歪んだのが分かった。
 しかし、結果は怪が思い描いたようにはならない。
 女の子は大きく一歩だけ後ろに下がって大剣を空振りさせると、大槌を両手で持って一気に叩き落としたのだ。

 ズシィィィィンという大きな音が響くのと同時に地面が大きく振動して俺の体を揺らした。

 あ、あの女の子ヤバイな……。
 俺は見てしまったのだ。
 大槌が怪の頭に当たって、そのまま潰れていく様を。
 怪はダメージを受けても血が出るわけではないので、スプラッタ感は軽減されていたが、それでも人みたいな形をした怪が潰れていく光景はもう一回見たいとは思えないものだった。


「ふぅ。終わったかにゃ?」


 女の子は大槌を肩に担ぎながら、子供のような元気な声を出して辺りを見渡す。
 すると、隠世の端が粒子となって消失していくのを確認した。


『詩庵様。気付かれないように、念の為早めにここから出ましょう』


 俺はあまりの衝撃にポカンとしていたが、黒衣からの言葉で我に返って急いで隠世から脱出をする。
 チラリと後ろの方を見ると、滅怪の人たちも隠世から離脱をするところだったようで、一斉に駆け出していた。
 先ほどまでは様々な武器の形をしていたが、今は何れも刀の形になっている。
 恐らく葬送霊器なるものが関係しているのだろう。



 ―



 一足先に隠世から離脱した俺たちは、少し離れたところから滅怪が向かう先を確認する。

 あっちの方角は、ハンター協会の本部がある方かな?
 ということは、杜京の中心部くらいにあいつらのアジトがあるのかもな。
 本当は後を追って場所を探りたかったのだが、黒衣の霊装断絶もそろそろ限界が近いので今回は断念することにした。

 まだ隠世は崩れている途中ではあるが、ここにはもう用事はないので、家に帰ろうと思って振り返ると、歩道の真ん中から隠世がある方を眺めている女の子がいることに気付いた。
 普通の人が隠世を見ることは出来ないので、まぁ偶然だろうと思って特に気にせずにその場を離れたのであった。


『なぁ、黒衣。滅怪の人たち凄かったな。特にあの女の子は本当にヤバかった』

『えぇ、かなりの熟練者のようでしたね。4等級の怪を一人で圧倒するとは思ってもみませんでした』

『一振りだったもんな。――それにしてもあいつら全員若かったな。多分あの大柄な男が一番年が上だったと思うけど、それでも20代中盤って感じだろうし』

『前線で戦っていた陰陽師も皆が若かったですね。むしろ、怪と戦って無事に年を重ねられる人の方が圧倒的に少ないのですよ。ですから、みんな若い頃から家庭を持って子孫を残していたのです。ただその中でも、戦える女の人だけは例外でしたが』

『め、めちゃくちゃ過酷なんだな……』


 普通に考えたら確かにそうだよな。
 毎日のように怪と戦ってるんだろうし、そんな生活を繰り返してたらいつ死んでもおかしくないか。

 正直俺は彼らに同情をしてしまっている。

 ここまで至るために、彼らはどれくらいの努力をしてきたのだろう。
 俺も幼少の頃から剣術をやってきたので、彼らがどれだけ苦しい修行をしてきたのか分かってしまった。
 しかも、彼らは幼少の頃から怪と戦うことが宿命付けられていたのだと思う。
 将来の自分が生きるか、死ぬかの修行だ。
 それはもう苛烈なことになるのは間違い無いだろう。

 もし彼らと敵対することがあったら俺はどうしたら良いのだろうか。
 ひょっとしたら遠くない未来に、その問題としっかり向き合う必要が来るのかも知れないと思った。
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