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第四章

047:討伐

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「かなり助かったわ、黒衣」

「いえ。駆けつけるのが遅くなり大変申し訳ありませんでした」


 俺の元へ駆け寄ってきた黒衣は、そのまま治癒術をかけて折れた肋骨を癒してくれる。
 そのお陰もあり、大分痛みが引いて来たので、さっきまでよりも軽く刀を振れるようになった。


「大分良くなったよ。ありがとな。――ところで瀬那はどうしてる?」

「瀬那さんは、元の場所で炎夏さんたちを止めてくださっています」

「みんな無事なのか?」

「はい。亡くなった方もいませんし、怪我もある程度は私が癒しました」


 どうやら炎夏さんたちも無事だったらしい。
 これで一切の不安は無くなったし、黒衣という力強い仲間も来てくれた。
 あとはバジリスクを倒すだけだ。


「黒衣。あいつは部分的に皮膚を硬質化できるみたいなんだ。霊装の出力を100%にした状態で天下一刀流を使うから時間稼ぎをしてもらえるか?」

「はい、それは可能ですが、詩庵様はその……」

「大丈夫だよ。だけど、終わったらちょっとキツイかもしんないから、ちょっと手助けしてくれな」


 少し冗談めかして言うと、黒衣はくすりと微笑して「お任せください」と言うと、バジリスクに真正面から向かって行く。
 黒衣が強敵と戦う姿を初めて見るのだが、はっきり言って滅茶苦茶強かった。

 左右に持った黒凰と黒鳳を舞うように操り、バジリスクのことを完全に翻弄していた。
 しかも、しっかりと大きなダメージを与えているのだ。
 いつもは俺のことを持ち上げてくれてるけど、黒衣はまだまだ俺よりも全然強いんだろうな。
 黒衣の戦いっぷりを見て、俺は変に腹落ちをしてしまった。

 そして、刀を鞘に収めて精神を統一させる。
 この一振りでバジリスクの息の根を止めてみせる。
 霊装を一気に高めて、出力を100%まで持っていく。
 黒天モードでは耐えられても、今は生身の状態なので体の彼方此方から軋む音が聞こえてくる。
 俺は体の痛みを無理やり押し込んで、黒衣からの合図を待つ。

 黒衣が2つの鉄扇を振るうたびに、バジリスクの足が胴と離れていく。
 そして、ついに自分の体を支えることが出来なくなったバジリスクは、ズズゥンと大きな音と土煙を立てて地面に倒れ込んだ。


「詩庵様、今です!!」


 黒衣の合図を聞いた俺は、バジリスクの首一点だけに狙いを定める。


「天下一刀流――居合の型――――虚空一閃こくういっせん


 右足に力を込めて、バジリスクとの間合いを一瞬でゼロにすると、鞘に収めた黒刀の鯉口を切ってそのまま横薙ぎに一閃する。
 右腕にはバジリスクを斬った手応えを確かに感じた。
 しかし、相手は想像以上の霊装を持つ魔獣だ。
 まだ生きている可能性は十分に考えられたので、残心をとって不意の一撃から身を守る。
 すると、バジリスクの首が徐々にズレて地面に落ちたので、残心を解いて黒刀を鞘に再び収めた。

 次の瞬間、俺の体に大量の魂が吸収されたのを感じる。
 まさかレベルが上がったのか!?
 俺はアプレイザルを開くと、レベルが20まで上がったのを確認をした。


(嘘だろ!? レベル16からずっと上がってなかったのに、一気に4も上がったのかよ!)


 俺が衝撃を覚えていると、黒衣がテテテと小走りに駆け寄ってきた。


「詩庵様! 先ほどの一撃お見事でした!」

「黒衣が足止めしてくれたからだよ。ありがとな」


 黒衣に感謝の気持ちを伝えて、頭を撫でると目を細めて幸せそうな顔をしながら、「うふふ」と笑みを零している。


「あっ、聞いてくれよ! バジリスクを倒したらレベルが一気に4も上がったんだよ。倒しても消えないし、魔獣であることは間違いないと思うんだけど、まさかダンジョンにこんなに強い奴がいるなんて思わなかったわ」

「えぇ、そのことについては私も驚いております。トップランクになるための理由がまた一つできましたね」


 黒衣の言う通りだった。
 恐らく今潜っている虚無も、Sランクのダンジョンに認定されるだろう。
 そうなると、Aランク以上にならないと、単独でダンジョンに足を踏み入れることができなくなってしまうのだ。


「とりあえず、バジリスクをロックアップに入れてみんなの元に戻ろう」


 黒衣からロックアップを受け取って、バジリスクを収納しようすると、奥から「うぉぉ! バジリスクがマジで殺られてやがる!」という声が聞こえてきた。


「詩庵、お前がやったんだよな? 信じられねぇけど、ガチなんだよな。――お前強かったんだなぁ」


 興奮気味に話し掛けて来たのは、『紅蓮』のリーダー炎夏さんだった。
 他の合同パーティのメンバーも来ているらしく、バジリスクを触ったり中には記念撮影をしている人もいたりした。
 その光景を見て、みんなが助かって本当に良かったと心から思うのだった。
 そんな俺たちのことを、『龍の灯火』のメンバーは一歩下がったところから、複雑そうな表情を浮かべてこちらを見ていた。

 そして、ある程度盛り上がった後に、ロックアップにバジリスクを収納すると、炎夏さんの指示で19階層目まで戻ってきた。


「まさかバジリスクが出てくるとは思わなかったが、『清澄の波紋』の詩庵と黒衣が討伐してくれたお陰で俺たちは生き残ることができた!」


 炎夏さんがそう言うと、合同パーティの一部を除いたメンバーが俺たちの方を向いて拍手をしながら「ありがとう」と声を掛けてくれた。
 こうやって大人数から感謝されたことが今までなかったので、ちょっと気恥ずかしい思いをしてしまうが、とても嬉しくて笑顔になってしまう。


「そして、これ以上階層を降るのは自殺行為になるため、今回の調査はここで終了としたいと思う。しかし、今からすぐに離脱するのも大変だと思うので、今日はここでキャンプをして明日から行動をしよう」


 合同でダンジョンに潜るのは初めての経験だったので、ここで終わるのは少し寂しい気持ちになってしまった。
 なので、せっかくの調査終了を決めた日だし、豪勢な食事を取って軽くパーティーをしないかと提案をしてみると、全員が賛成をしてくれた。

 しかし、バジリスク討伐の功労者の一人である黒衣だけに、料理を任せることはできないと言うことで、各パーティの料理ができる人たちが集まって準備をすることとなった。
 ちなみにその中に『龍の灯火』メンバーは含まれていない。

 大量の食材をロックアップに入れてきていたので、種類が豊富な食事が並ぶことだろう。
 更に、各パーティの人たちが特別な時だけ食べる食材や、お酒なども食卓に並べてくれたのでちょっとした飲食店以上のラインナップになった。

 パーティーが始まって、時間が経過してくると、炎夏さんと猪新さんが改めて感謝を伝えに来てくれた。


「詩庵。今回は本当に助かった」

「あぁ、まさかバジリスクが出てくるとは思わなかったからな」

「いえ。倒せたこともそうですが、皆さんが無事で本当に良かったです」

「お前のお陰だよ。――んで、マジな話をすると、多分お前たちはSランクになる可能性が高い」

「え? 俺たちがSランクですか!?」


 そんなことってあるのか?
 俺たちはまだGランクなんだぞ?


「俺は間違いなくSランクになると踏んでいる。猪新はどう思う?」

「炎夏と同意見だな。Sランクの魔獣をたった2人で倒すクランだからな。しかも、ただのSランクじゃない、あの嚥獄で誰一人倒すことが出来なかったバジリスクを倒したんだぞ? Sランクになれるに決まってるだろ」

「けど、正直まだピンと来ないですね」

「まぁ、そうだろう。だけど、俺たちからもちゃんとお前たちが2人でバジリスクを倒したって結果報告するからよ」


 本当に俺たちがSランクになれるのか?
 もしそうなるのなら願ったり叶ったりだ。
 ダンジョンの中に霊装を纏った魔獣が出てくるって知ってしまったんだから。


「嘘付いてんじゃねぇよ!!!!!」


 突然大声が聞こえたと思ったら、優吾が俺たちの方に向かって歩いてくるのが見えた。
 その表情は怒りに染まっていて、俺のことを憎々しげに睨みつけている。


「詩庵! お前どんな手品を使ったんだ? お前みたいな無能がバジリスクなんて倒せるわけがないだろうが!」

「はぁ? 手品でバジリスクを倒せるわけがないだろう」


 俺は意味不明な言い掛かりをつけてくる優吾に辟易としてしまう。


「どうせお仲間に助けてもらって、お前は何一つ役に立ってないんだろ? 調子に乗るなよ、詩庵。俺たちのこと散々足引っ張ったくせに、強い仲間に助けられてSランクとか絶対に認めないからな!」


 正直優吾と会話をする気も起きないのだが、ここまで言われると流石にカチンと来てしまう。
 俺が立ち上がって優吾のところに行こうとすると、炎夏さんと猪新さんが慌てて俺たちを止めに来た。


「お前たちに何があったか分からないが、バジリスクと戦った奴が無能な訳がないだろ! 頭を冷やせ優吾!」

「なんで俺のことを責めるんですか? あんなペテン師の話を聞く必要はないですよ」

「お前がなんて言おうと、バジリスクを討伐したのは『清澄の波紋』の2人なんだよ! 現実を見ろ馬鹿野郎が!」


 そういうと炎夏さんは優吾の頬を殴りつけた。
 レベル差があるので、本気ではないだろうが、それでもかなりのダメージを受けただろう。
 倒れ込む優吾の元へ花咲さんたちが駆け寄って、優吾の頬にポーションを擦り付ける。


「炎夏さん急に殴るなんて酷いですよ!」


 そう抗議をするのは、花咲さんだ。
 その他のメンバーも同様に優吾に非はないと訴えている。


「お前たちなんでそんなに『清澄の波紋』のことを目の敵にしてるんだ? 詩庵が元々お前たちのパーティにいたことは知ってるし、レベル1から上がらずにクビになったことだって知ってるよ。だけど、こいつはその後も頑張って強くなったんだろ。それをお前たちが否定しても良い理由にはならないんだよ」

「クッ……。だけど、こんな短時間でSランク並に強くなる不自然すぎるじゃないですか!」

「いや、そんなことねぇよ。今Sランクになってる『天上天下』の龍二なんかもかなり早かったぞ。俺たちより後からハンターになったのに、あっという間に強くなってあっさりと置いていっちまった」

「あぁ、確かに龍二は反則だったよな。Sランクなのに、未だにパーティなのあいつらくらいだしな」


 『天上天下』の龍二さんは、俺よりも2つ年上でつい最近まで高校生だったSランクハンターだ。
 龍二さんたちは小学生の頃からの仲良し6人で結成されたパーティで、みんながかなりの武闘派で有名だった。
 俺も彼らがSランクハンターになったときの衝撃は今でも覚えている。
 ハンターになってすぐにランクを駆け上がり、約8ヶ月くらいでSランクハンターになってしまったのだ。
 その代償として高校の出席が足りずに留年するところだったらしいが、Sランクハンターになったことで恩赦を受けて無事に卒業することができたらしい。
 ちなみにこの情報は、ハンターギルドの掲示板で得た情報だ。


「じゃ、じゃあこいつが龍二さんと同じだって言うんですか!?」

「あぁ、そういうことだ。っていうか、龍二以上だろ、バジリスク倒してるんだから」


 どうしても納得が行かないのか、それから優吾は俺のことをただひたすら睨みつけてきた。
 気付いたら黒衣と瀬那が、守るように俺の両端に立っている。


「なぁ、優吾。俺が『龍の灯火』にいたときは、足を引っ張って本当に申し訳なかったと思ってるよ」


 俺は優吾のことを、いずれ上の方まで来るハンターだと思っている。
 それは出会ったときから思っていたことだった。


「確かにあの時の俺は弱かった。だけど今はレベルも上がってるし、あの時とは違うんだよ。別にお前に認めてもらいたいとは思ってないが、これ以上俺に敵対心を向けるのはやめてくれないか」

「うるせぇよ! そこにいる黒衣ってやつに守られてるお前が俺に意見するんじゃねぇよ!」

「――そうか。じゃあ、俺からはもう何も言うことないな。っていうか、初めて会ったあの時の方が、お前魅力的なハンターだったぞ」


 俺は倒れている優吾に背を向けて、「皆さん申し訳ありませんでした」と謝罪をして黒衣と瀬那を連れてテントへと戻っていった。
 それから炎夏さんと猪新さん、アリスさんが俺たちのテントにやってきて、「俺たちは君たちを認めているよ」と言ってくれたのがとても嬉しかった。

 しかし、優吾たちのことを思うと正直テンションが落ちてしまう。
 はぁ、俺たちのことなんて今までみたいに無視して、自分たちのことを頑張ればいいのにな……。



 ☆★☆★☆★☆★

 補足情報

 治癒術はオーラ持ちの人でも使うことが出来ます。
 ただ、黒衣の治癒術はオーラ持ちの治癒術師とはレベルが段違いです。
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