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第六章

075:思わぬ住民

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 仮契約が終わって凛音を家まで送り届けてから、俺は黒衣と瀬那と共に洋館に戻って今はリビングにあるソファーで寛いでいる。


「ふぅ。この屋敷って本当に何か出るのかね?」

「ただの噂だったらいいんだけど……」

「そのことですが、よろしいでしょうか?」と黒衣が真剣な表情で俺たちに話し掛けてくる。

「恐らくですが、この屋敷には怪がいます」

「はっ? 嘘だろ?」

「微弱ではありますが、下の方から怪の気配を感じます」


 嘘だろ?
 だとしたら、この屋敷に出てくるのって幽霊とかじゃなく怪だったのか?


「なら、なんであの時この屋敷に決めようと言ったんだ?」

「この屋敷が気に入ったのと、この程度の怪でしたらすぐに屠れば解決するからです」


 な、なるほど。
 確かに日国にいる怪だったら、俺たちならすぐに倒すことができるだろう。
 それに黒衣が言うにはかなり微弱な霊装の気配しか感じないらしい。
 だとしたら、善は急げということで怪を探しに行ってみるか。

 俺は黒衣と瀬那に怪を探しに行ってみようと伝えると、先ほどまで幽霊の影に怯えていた瀬那が元気を取り戻して、「よーし! 早く解決して最高の拠点ライフを過ごすぞ!」と意気込み始めた。
 瀬那ってお姉さんっぽい感じを演出してるけど、実は結構子供っぽいんだよな。
 俺は瀬那を見ながら微笑ましくて微笑んでいると、黒衣が俺のシャツの裾を掴んで頭をグリグリと擦り付けてきた。
 たまに犬っぽくなる黒衣の頭を撫でながら、「じゃあ、地下を探しに行くか」と屋敷探索を開始し始める。



 ―



 とはいえ、真下さんからは地下室があるなんてことは聞いていない。
 先ほどの内見でも地下に関しては一切触れていなかった。
 つまり、地下室の存在は現所有者の方も把握していないのかも知れない。


「どの辺から霊装を感じるかわかるか?」

「はい」


 そういうと、黒衣は洋館の2階に進むと、12畳くらいある書斎の中に入っていく。
 地下だと言っていたのに、なぜ黒衣は2階にある部屋に入ったのだろうか。
 俺が疑問に思っていると、黒衣は壁の方を指差して「ここから霊装が漏れています」と言ってきた。


「どういうことだ、黒衣?」

「恐らく隠し扉があるのでしょう。この部屋をしらみ潰しに探してみましょう」


 黒衣の言葉を信じて、俺たちは書斎の中をひたすら探してみるも、それらしきものはなかった。
 しかし、黒衣が間違えたことを言うとも思えないので、気を取り直してイチから探し始めていると、暖炉の中を探していた瀬那が「あっ、これかも」と言って何かを引っ張ると、壁が動いて下に降る階段が現れた。


「本当にあった……」

「ここだと言ったものの、少し不安になっていたので良かったです。瀬那さんありがとうございます」と黒衣は瀬那に向かって頭を下げる。

「私たちは黒衣ちゃんのことを信じてるからね。見つけたのもたまたまだし。それより、早く下に行ってみようよ」


 そう言うと、階段の方に向かって俺の腕を引っ張って進んでいく。
 さっきまでは幽霊に怯えてたとは思えないくらいの積極性だな。


「……詩庵様。先ほどよりも霊装を強く感じます」


 黒衣は若干緊張感のある表情を浮かべて、階段の先を睨んでいる。
 長い階段の執着地点には、扉がひとつあった。
 隙間からは薄らと灯りが漏れている。

 俺はドアノブに手を伸ばして、慎重にドアを開けると何もない空間が広がっていた。
 いや、正確にいうと、一部分には何体かの怪が身を寄せ合いながら、俺たちの方を怯えた表情で見つめている。

 怪を確認したと同時に、俺は黒衣と瀬那を神器化して、奴らに向かって刀を向けた。
 しかし、怪たちの様子が何かおかしい。
 俺に対して全くと言っていいほど戦意を示さないのだ。


「お前たちはなぜこの家にいるんだ?」


 俺はダメ元で問いかけてみると、一体の怪が立ち上がり「私たちは人間を襲いません……。助けてください」と口を開いた。
 まさかそんな回答が来るとは思わなかった俺は、驚いて息を飲んでしまった。


『――私が陰陽師をしていた頃に、霊獣の森で暮らしている怪の集落に出会ったことがありました。そこにいる怪は人を襲わずに、霊獣から魂を吸収して生活をしていたんです。ひょっとしたら、ここにいる怪はその集落にいた怪と同じなのかも知れません』


 人を襲わない怪がいるだって?
 確かにここにいる怪からは敵意を感じないが……。


「分かった。いきなり斬り付けることはしない。だが、念の為に刀はこのままにさせてもらう。――助けるかどうかは、ここで何をしているのか説明を聞いてからにする」


 俺が刀を下げると、固まっていた怪たちは、先ほど立ち上がった怪の元へ集まっていく。
 その数は合計で4体だった。
 俺は怪たちが話し合っている姿を眺めていると、最初に助けを求めた怪が口を開いて語り始めた。

 この怪たちは、約80年前に日国へ現れて来たらしい。
 目的は日国で静かに暮らすためとのこと。
 元々怪の国で人間の奴隷などを管理していたが、その行為が苦痛となったため、怪の国から日国へ逃げて来たのだった。
 しかし、日国に来て早々に滅怪と衝突をしたものの、そこも何とか切り抜けてこの屋敷に逃げ込んだらしい。
 この怪は、この屋敷に結界が張られていることには気付いていなかったらしく、本当に偶然だったとのことだ。
 それから10年後に同じような怪が現れて2体となり、同じような感じで他の怪も逃げ込んできて、最終的には4体の怪でここの屋敷で暮らすことになったのが顛末らしい。


「なるほど……。お前たちは今までに人間の魂を一度でも喰ったことはあるのか?」

「いえ、我々は人間の魂を喰ったことはありません。なので、自我が芽生えたときに人間を奴隷にすることに忌避感を覚えたのでしょう」

「それは、日国に来てからも同様か?」

「はい。我々は今に至るまで一度も人間の魂を喰ったことはありません」

「そうか……」


 俺はこの怪たちをどうするか悩んでしまった。
 本当に一度も人間を喰ったことがないのなら、別に屠らなくても良いのではないだろうか。
 俺が悩んでいると「あの怪たちの霊装は本当にわずかしかありません。ひょっとしたら7等級の怪よりも微弱です」と言って来た。
 それは目の前にいる怪が人間の魂を喰っていないことに繋がる気がしたのだ。


「怪の国では何を喰ってたんだ?」

「霊獣の魂を喰っていました。人間には及びませんが、霊獣の魂も糧となりますので」

「今は?」

「今は特に何も。霊装は確かに衰えてしまいますが、魂を喰わなくても最低限生きることはできます」

「――では、この屋敷で住民のことを脅した理由はなんだ?」

「穏やかな生活を送りたかったからです。人間がいると我々の生活が脅かされると思いましたので……」と、返事をした後に少し間を置いて「私も質問しても良いでしょうか?」と問い掛けられた。

「なんだ?」

「なぜ我々がいることに気付いたのでしょうか? そして、貴方様たちは我々を屠ろうとしてきた者たちとはとは違うのでしょうか?」


 そう問いかけてくる怪は若干怯えているように見えた。


「霊装を感知する仲間がいたから気付くことができた。そして、俺たちはお前たちを追い詰めた滅怪ではない。だが、人間に仇なす怪は例外なく屠るべき敵であることには変わりないがな」


 俺が睨みつけながらそう言うと、怪たちは身を寄せ合って震えていた。
 これじゃあ俺が弱い者いじめをしてるみたいじゃないか。
 若干テンションが下がってしまうが、気を抜いたところを攻撃されたら目も当てられない。


「お前たちはこれからどうするんだ? 俺たちはこの屋敷を拠点にしたいと思っている」

「い、命を助けて下さるのでしたら、今すぐにでも屋敷から離れます」

「だが、ここから出ると滅怪に見つかって今度こそ屠られるんじゃないか?」

「助かる可能性に賭けたいと思います……」


 さて、本格的にどうするかな。
 俺がまた悩み始めると『この怪たちが本当に人の魂を喰わないなら殺す必要はないんじゃないかな?』と怪に恨みを持っている瀬那が俺にそう言って来た。
 確かに害がないなら殺す必要はないだろう。
 だが、全てを鵜呑みにするのも危険だ。


『詩庵様。では奴らに楔を打ちましょう』

『楔?』と俺が聞くと、黒衣は頷いて『私の術式に誓いを破るとその者の魂を破壊するものがございます。それをこの怪たちに埋め込むのです』と言った。

『なるほどな。それならこいつらが裏切ったとしても人に被害が行くことはないのか』

『はい。この術式は力が離れていないと効果がありませんが、この怪たちなら問題がないでしょう』


 俺は黒衣の説明を聞いて意を決すると、人間に危害を加えようとしたら、その瞬間に魂が破壊される術式を埋め込むことに同意をするなら、このままこの屋敷に暮らしても良いことを伝えた。


「よ、よろしいのでしょうか? それでしたらお願い致します。お前たちもそれでいいよな?」


 他の怪を見渡すと全員が首肯をしていた。
 それを見た俺は、黒衣を人間の姿に戻して術式を埋め込んでもらう。


「完了しました。これで貴方たちは、自分たちから人間を襲おうとした瞬間に魂が破壊されます。しかし例外として、私たちが戦闘を許可した場合に限り、この術式は発動しないようになります」

「よし。じゃあ、ここで暮らしてもらうことは良いんだけど、一緒に暮らすのに何もしないっていうのも良くないので、お前たちに仕事をしてもらいたいんだがそれは問題ないだろうか?」

「仕事ですか?」

「あぁ、お前たちには、この屋敷の手入れをしてもらいたいのだが出来そうか?」

「そ、それなら問題はありません。我々はこの屋敷に居付いてから毎日屋敷の手入れをしておりました」


 そういうことか。
 もう何十年も誰も暮らしていないにも関わらず、この屋敷はもちろん庭園も手入れが行き届いていた。
 最初は不動産会社が定期的に掃除していたのかと思ったが、この怪たちがやっていたらしい。


「じゃあ、安心だな。俺たちの他にもう一人人間の女の子が仲間だ。彼女は俺たちみたいに怪を見ることは出来ないが、丁寧に接してくれると助かる」

「はい。もちろんでございます」


 こうして、仮契約をした初日に俺たちは屋敷の問題を解決することができた。
 しかも屋敷の手入れをしてくれる怪もセットでだ。


「じゃあ、これからよろしくな」


 俺がそういうと怪たちは「こちらこそよろしくお願い致します」と一斉に頭を下げるのであった。
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