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第六章

076:ドヤる凛音

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 ダンプレ配信をしたダイブから2週間が経ったが、俺たち『清澄の波紋』は再び嚥獄にダイブして現在は36階層にいる。
 今回はダンプレで配信をせずに、黒衣の霊扉れいひを使って、一気に31階層目まで行って攻略を進めているのだ。
 もちろん、このことは外の人間には伝えていない。
 このような形でダイブするようになったのは、先日拠点で行われたミーティングを受けてのことだった。



 ―



「これからのハンター活動なんだけどさ、攻略用と活動用って感じで使い分けるのはどうかな?」

「攻略用と活動用ってどう言うことだ?」

「えっとね、嚥獄みたいに大きなダンジョンにダイブするとさ、最短でも前回くらいの日数はかかるじゃない? だけど、それって怪とも戦ってる私たちにはデメリットしかないよね」

「確かにな。ダンジョンにダイブしてるのに、街中で見つけられた日には怪しいどころじゃないもんな」

「うん。だからさ、攻略用はハンター協会とかにも報告しないで勝手に潜っちゃうんだよ」

「ってことは活動用っていうのは、正規でダイブする用ってことか?」


 俺がそういうと、凛音は満足気に頷いていた。そして凛音は説明を続ける。


「ダンジョンにダイブするときに、必ずゲートを通るじゃない? 『ハンターギルド』はそこで誰がどのダンジョンにダイブしたかをデータ取ってるんだよね。それで、各階層に降ると増える魔素の量を検知して、何階層目にいるかを記録してるのは知ってるよね?」


 これはハンターならほとんどの人が知っている知識だ。『ハンターギルド』がまだなかった時代は、何階層まで行ったのか魔獣の納品でしか判別していなかったのだが、いつも魔獣を捕獲できる状況というわけではない。そのため、本来とは違う階層で評価されてしまう場合があったらしい。
 しかし、『ハンターギルド』が出来たことで、証明が簡単になったことで正確なランク付けができることになったのだ。


「つまり私が何を言いたいかというと、ゲートを潜らない限りはハンターギルドにデータが残ることはないってことなんだよ」と言いながら、私偉いでしょと言わんばかりに胸を張ってニコニコ笑顔を振りまいている。


 笑顔が可愛すぎる凛音に見惚れていると、斜め前に座っている黒衣と瀬那から「むむむむむ」という不満の声が聞こえてきた。
 こ、これは黒衣と瀬那が抱き付いてきて、凛音が怒るというパターンのやつだ。
 これが始まると長時間脱線してしまうため、俺は慌てて「つまり、黒衣の霊扉で31階層目に行って、内緒で攻略を進めるってことだな?」と聞くと「うん。その通りだよ」と快活な声を上げて答えた。


「確かに凛音さんの言う通りに嚥獄に潜ったら、今まで以上に我々のレベルも上がるでしょうね」

「そうね。日国に来る怪を倒しててもレベルが上がらないけど、霊装を纏った魔獣を倒せばレベルが上がることが実証されてるし」


 凛音は残りの女性陣2人からも同意してもらい満足そうに笑っている。
 そして、俺を見つめてきた凛音は「しぃくんはどうかな?」と聞いてきたので、「断る理由がないよ。これからは凛音の提案通りに動こう」と快諾すると「ありがとー!」と大きな声をあげて抱き付いてきた。
 それを見た黒衣と瀬那が「あぁぁ!!!」と言いながら俺に抱き付いてきたのは言うまでもない。
 こうしてまたしてもミーティングは脱線していくのだった。



 ―



「当たり前だけど、31階層目から出てくる魔獣は『ハンターギルド』にも登録されてないな」


 嚥獄の31階層目からは、誰も足を踏み入れたことのない未知の階層だったため、現れる魔獣のことは誰も把握をしていなかった。
 実際に目の前にいる魔獣を照合しても、『ハンターギルド』でヒットすることはなかったのだ。
 今まで誰も足を踏み入れたことのない、未知のダンジョンに足を踏み入れるのはハンター冥利に尽きるというものだろう。

 しかし、思惑から外れることもあった。
 31階層目から現れる魔獣は全てが霊装持ちなのかと思ったのだが、従来の魔獣だったのだ。
 とはいえ、上層階に現れる魔獣に比べたら相当強いのだが、霊装持ちの魔獣ほど質の良い魂は保持していなかった。
 そのため36階層まで来た俺たちだったが、未だレベルを上げることができていない。


「あっ、あそこに魔獣がいるぞ」


 俺たちの50m前方には、パイソンを更に大きくした魔獣が数頭群れを成して水を飲んでいた。
 やはり元の遺伝子は動物から来ているからだろうか。
 普通の動物のような生活を送っているようだった。


「よし。俺たちが致命傷を与えるから、さっきまでと同様にトドメはお前たちが刺すんだ。――できるか?」

「ご期待に応えてみせます」という声に続いて「お任せください」と口を揃えて言ったのは、拠点に住み着いた4体の怪だった。


 なぜここにいるかというと、折角だから強くなってもらって、拠点を守るガーディアンの役割も果たしてもらおうと考えたからだ。
 ここにいる怪たちがいくら強くなっても、黒衣の術式が埋め込まれている限り裏切ることもない。
 それに今のままでは霊装が弱すぎるので、もし滅怪や他の怪に襲われたら一瞬で屠られてしまうだろう。
 怪とはいえ、せっかく仲間になったのにそれはあまりにも忍びなかった。

 予定通り俺たちが魔獣に致命傷を与えると、怪たちはハンター協会で購入した武器を振り下ろしてトドメを刺した。
 このようなことを31階層目から行っていたので、弱体化したことで7等級の怪よりも少ない霊装しかなかった怪たちも元の5等級相当の霊装を蓄えるまでになっていた。

 そして、パイソンの魔獣にトドメを刺したことで元の霊装を完全に取り戻したのか、不安定だった外見をしっかりと維持できるようになった。


「――お、お前たち全員女性だったんだな」


 そう。今俺たちの目の前にいる怪たちは、全員がメイド服を着た美しい女性に姿を変えていた。


「人間だった頃の性別は女だったようです」

「そ、そうか。それにしても何故メイド服を着てるんだ?」


 いつも代表で話している怪だけではなく、他の3体の怪も全員がメイド服を着用していた。
 しかもデザインまで統一されている。


「それは、私たちが詩庵様たちのお屋敷を守るメイドだからです。これからはこの姿で従事させてください」

「分かった。これからも頼むな」と俺が怪に告げると、瀬那が「ねぇ、詩庵。せっかく仲間になったし、性別も分かったんだから、この子たちにも名前をつけてあげたら良いと思うんだけど」と提案をしてくる。


 確かに瀬那が言うのも最もだ。
 女性の姿をした、しかもメイド服を完全に着こなしている人(まぁ実際は怪だけど)を呼ぶときに「おい、怪A」では流石に拙いよな。
 そんなことを考えていると、コネクトから『はいはい! 私がみんなの名前をつけてあげたい!』と凛音が手を上げてきた。
 凛音は残念ながら怪を見ることは出来ないので、実際に会うことは出来ないのだが名前を付けることで繋がりが欲しいのかも知れない。


『あぁ、じゃあ凛音に名付けを任せようかな。俺たちが戻るまでに決めることは出来そうか?』

『うん。もちろんだよ! あとね。帰ったらちょっと実験させてもらいたいことがあるからよろしくね』

『……? 実験ってよく分からないけど、とりあえず任せたな。拠点に戻る時連絡するから』

『はーい。じゃあみんな頑張ってね! 私も頑張って開発するから!』


 この間から凛音は屋敷の中にある、凛音専用の作業部屋に篭ることが多かった。
 何をしているのか聞いても「ふふっ、秘密だよぉ」と言って全然教えてくれないのだが、たまにメガネらしきものをかけて屋敷の中をウロチョロしている姿を見かけるので、どうやらそのメガネに秘密がありそうだった。



 ―



 今回のダイブは、基本的に階層全体を探索するようにしている。
 これには一つの階層で多くの魔獣と戦うというのと、レア鉱石を探すという2つの目的があったためだ。
 とはいえ、この広大は嚥獄を自分の足で進むのは効率が悪いので、地竜のシュンカとシュウ、そしてトウの3体に乗って進んでいる。
 これはダンプレ配信していないからこそできる裏技だった。
 しかも嚥獄のこの階層だったら誰にも会う心配がないしな。

 って、地竜最高すぎる!
 急激に気分が高まった俺は、嚥獄を颯爽と走っている愛竜のシュウの首元を撫で回すと「クリュゥ」と可愛い声を出してくる。
 おぅ、可愛すぎるだろ。
 俺に撫でられてご機嫌になったのか、シュウは速度を上げる。
 ちなみに怪たちは魔獣に遭遇するまでは、俺の影の中に入ってもらっている感じだ。

 こうして前回のダイブよりも遥かに快適な嚥獄ライフを楽しみながら、今回は39階層目にある階段付近で終了させた。
 今回のダイブで俺たちは結局レベルを上げることは出来なかったが、怪たちはもうちょっとで4等級まで上がりそうなところまで来ている。
 しかし、今のままでは滅怪にも勝てないのでもっと強くなってもらわないとな。

 そうして黒衣のマーキングが終わると、霊扉を展開してもらって俺たちは拠点に戻ってきた。
 すると俺たちが帰ってきた気配を察したのか、凛音が例のメガネをつけたまま俺たちを出迎えてくれた。
 その表情はすでにかなりのドヤ顔である。


「お帰りなさい! みんな今日もお疲れ様でした!」と凛音はそう言うと、メガネに触れて欲しいのかクイクイクイクイと上下している。


「た、ただいま。――ところでそのメガネはどうしたんだ?」

「んふふ。気付いちゃいましたか?」


 俺がメガネのことに触れると、ニヤリと口角を上げて不敵な笑みを浮かべている。
 とはいえ、凛音が自分が開発したガジェットを、ここまで勿体ぶるのは本当に珍しいので、どんな性能を秘めているのかとても気になるのは本当のことだ。


「あぁ、さっきコネクトで開発頑張るって言っていたが、そのメガネがその成果なのか?」

「しぃくん正解だよ!」

「やっぱり。ねぇ、そのメガネにどんな秘密があるのか教えてよ」と瀬那が言うと、隣で黒衣もウンウンと頷いている。その姿を見た凛音はますます嬉しそうな顔になって「じゃあ特別に教えちゃいます」と弾むような声を出した。


「実はこのメガネは――――怪のことを見ることができる、その名も『見えるんだ君』なのです!」


 そう言うと凛音は自分でパチパチパチと拍手をする。
 そして、俺たちはというと凛音の言ってることに衝撃を受けすぎて、何も言えなくなっていた。


「あれ? みんな驚いてくれないの?」

「い、いや……。あまりにも凄すぎて言葉が出なかっただけだ」

「ところで、怪の皆さんはどこにいるの? 前まではなんとなく見えてる感じだったんだけど、完成した『見えるんだ君』では本当にパキッと見えるのか実験したいんだけど」


 凛音が俺たちの周りにキョロキョロと視線を漂わせると、黒衣が慌てて「ご、ごめんなさい。すぐに呼びますね」と言って怪たちを俺の影から出るように伝えた。
 すると俺の影から、メイド服を着た怪が4体ニョキニョキと現れる。


「おっ……おおおぉぉぉ!!! 見える! ちゃんと見えるよ! ってなんでメイド服なの? とっても似合ってる! 可愛い!」


 これで確定した。
 凛音は本当に怪の姿が見えているらしい。
 別に疑っていたわけではないのだが、まさか怪まで見ることができるようになるとは……。


「ふふっ、それだけじゃないんだよ。――ねぇ、誰でもいいから私に話し掛けてみてくれない?」と綺麗に整列している怪に向かって言った。

「凛音様。ただ今帰宅致しました」

「うん! お帰りなさい!」


 うおおぉ!
 見えるだけじゃなく、会話まで出来るようになってる!
 凛音ってマジでチートすぎるだろ。
 俺たちが驚愕の目で見ているのをお構なしに、凛音はドヤ顔をしながら『見えるんだ君』の説明をしているが、正直何を言っているのかさっぱり分からない。
 だが、これで全員が仲間の怪のことを見えるようになったんだな。
 凛音だけ仲間外れになっちゃってる感じがしていて、ちょっと申し訳ない気持ちになっていたから本当に良かった。

 その後10分くらい凛音による解説が続いたが、区切りがついたようなので「では、名前を発表したいと思います!」と怪たちの方を向いた。
 メイド長の怪はミカと名付けられ、他の3体はそれぞれウリとラーファ、リエルという名になった。
 由来は4大天使から取ったという。
 凛音のことだから不思議な名付けをすると思ったが、思った以上にまともでこれまた驚いてしまったが、口には出さなかった俺は大人の男と言っても差し支えないだろう。
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