貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。

ななよ廻る

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第2部 第9章

第2話 side.リオネル 失敗を想定する価値

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 憂いも去り、クルールとユーリアナ嬢が席を立って退室していった。
 誰もいなくなった部屋で、ようやく肩の力を抜く。ソファーに体を預けて、長く息を吐き出す。

「失敗に慣れている、か」

 そう自嘲するクルールを瞼の裏に描くと、く、と小さく笑いが漏れてしまう。

「それを堂々と言える価値を、彼は知らないのだろうな」

 貴族は見栄を張る。
 だから、失敗はしないと自信満々に嘯く。私は成功しかしてこなかったと語る者のなんと薄っぺらいことか。

 もし、事実だとしても、それはなにもしてこなかったと宣言しているようなものだ。そのような愚か者に大切な仕事を任せられるはずもない。

 失敗を想定し、動く。
 己の失敗を認めようとしない貴族たちにはないもので、貴族制という生まれながらの特権階級が生み出す弊害でもある。自分は特別な存在だ、という特権意識を抱く者が生まれやすい。

 そうした自惚れた者たちをまとめ、傾いた国を立て直すというのは困難を極める。頭の痛い日々だが、クルールのような実直な貴族に出会えたのは幸運なのかもしれない。

「ふっ」

 クルールを取り合う、ユーリアナ嬢とのやり取りを思い出す。
 あれは面白がったものであったが、存外、冗談ではないのかもしれない。

 あのユーリアナ嬢と取り合うというのは、なかなかに骨が折れそうだが、国に必要であればやる。

 ――私は王国第二王子なのだから。

「なにを1人で悦に浸って笑っていらっしゃるんですか?」

 不意な声に表情を硬くする。
 見れば、去っていったはずのユーリアナ嬢が入口でしかめっ面を浮かべて、私を見ていた。

 驚きとともに、醜態を晒した事実にため息が出る。

「……卿らは、揃って人の隙を窺わねば気が済まないようだ」
「旦那様と一緒というのは嬉しいですね」

 皮肉なのだが、クルールと揃いというだけで、ユーリアナ嬢にとっては喜ぶべきことであるらしい。打って変わって赤らんだ表情からも、その言葉が嘘でないのが伝わってくる。

 ――以前はこうではなかったのだがな。

 人をからかって楽しむ節は以前からあったが、そもそも人付き合いが嫌いだった。
 社交界デビュー後も、社交の場に顔を出すことは少なく、姿を見せても壁の花となっていた。

 それがこうも他人への好意を示すようになるとは。
 以前の彼女を知っている者ほど驚くだろう。

 最初は私への反抗、当てつけだったのだろうがね。

 子どものようなことをする、と思っていたが、それがいつしか本物になるとは考えもしていなかった。それをよい変化と呼べるようになるのは今後次第だろうが、昔よりも生き生きとしているのは間違いない。

 ただ、ユーリアナ嬢は公爵令嬢だ。
 いつまでも夢を見てはいられないはずだが……本当のところ私は、彼女たちにどうなってほしいのかな。

「ユーリアナ嬢、なにか用か? まさか、私の醜態を見に戻ってきた、とは言うまいな?」
「そうですが?」
「……」

 なに当たり前のことを?
 そのような顔をされて、咄嗟に言葉が出てこなかった。厚かましい……いや、不遜が正しいか?

「クルールの苦労が忍ばれる」
「私と旦那様は相思相愛の仲睦まじい夫婦ですよ?」

 否定しているようで、否定しないのは自覚があるからか。
 ユーリアナ嬢に婚約を迫っている私が言えたことではないが、美しくとも謙虚さとはかけ離れた女性に好かれるクルールは大変だろうと同情する。

「……他に用事は?」
「本命は終わりましたが、ついでが」

 そちらが本命だろう、と指摘するのは疲れるので黙っておく。

「旦那様が口にしていたことを伝えた方がよいと思いましたので」
「クルールが?」

 彼が口にしたこと。
 鉱輝祭のことか? それが1番あり得るが、本人ではなくユーリアナを経由する理由はない。

 なら、それはなんなのか。
 ユーリアナ嬢の言葉を待つと、彼女は楽しげに笑う。

「『リオネル殿下は親しみやすい人だ』と、そう言っていましたよ」
「――……私が?」

 親しみやすい?
 思いもしなかったことを告げられて、しばらく内容を理解するのに時間を要した。

 しかし、時間が経つにつれて意味が浸透していき――笑いが込み上げてきた。

「はははっ! 私が? 恐れられ、敬われこそすれ親しみやすいと? ふ、くくっ、ははは……っ!」

 いつもなら自制できる感情を抑制できない。
 腹から込み上げてくる笑いが、そのまま飛び出していく。

「あははははっ! そうか、くくくっ、つくづくおかしな男だ」

 だが、悪くない。
 まだ込み上げてくる笑いを喉で抑えたが、震えてくぐもった笑いになるだけだった。

「くく、こうも笑ったのはいつぶりだったか。ユーリアナ嬢、だがいいのか? そのようなことを伝えても?」
「よくはありません」

 私の哄笑が癇に障ったか、ユーリアナ嬢は不機嫌そうな顔になっていた。その容貌は冷淡で、最近では見ることの少ないかつての表情だった。
 笑っている姿ばかりを目にするようになったからな。

「リオネル殿下が旦那様を気に入るのはしゃくです。私のですから」
「独占欲がすぎると嫌われるぞ?」
「……旦那様は私だけ見ていればいいんです」

 ぷいっ、とユーリアナ嬢が顔を背ける。
 その仕草がいかにも少女的で、幼い頃から彼女を知っている私からしても、初めて見る態度だった。

「それだけ執着を持ちながら、私に気に入らせようとした意図は?」
「――味方がほしい、それだけです」

 そうか、と首肯する。
 彼女らしく、わかりやすい物言いだ。小細工を弄するのを嫌うその真っ直ぐさを、私は好ましく感じる。

「私の立場からすれば、卿らのことに口を挟むのは我が身を不利にする行為なのだが……」

 深く息を吐く。
 瞼の裏にシトの笑顔を見る。

「卿らの望む明日に繋がる道を見せてくれ。私が協力するかはそれからだ」

 ここでは決めかねる。
 私がそう伝えると、ユーリアナ嬢は酷く落胆したような表情を浮かべて、去るように私に背中を向けた。

「意気地なしめ」

 それだけ言い残して、あっさり姿を消す。
 改めて私はソファーに体を預ける。

「公爵家の令嬢が使う言葉ではないな」

 ただ、的を射ている。
 我が身の重さにどこまでも沈んでいきそうだった。
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